共有者が「買わない・売らない」と拒みつづけても、共有状態を解消する権利までは奪えません。協議がまとまらなければ、共有物分割請求訴訟で裁判所が分割方法を決めます(民法256条・258条)。交渉の出発点は、固定資産税評価額ではなく時価に置くこと。相続した不動産なら、遺産分割が済んでいるかどうかで使う手続が変わる点にも注意が要ります。訴訟になった場合の見通しまで立っていれば、「買わない」と言っている相手にも、買い取る理由が生まれます。
ご相談に来られたのは、母を亡くした二人姉弟の妹にあたる方でした。実家の土地建物は、母の遺言で兄と2分の1ずつの共有に。兄一家がそのまま住み続け、妹は全く使っていない状態です。「持分を買い取ってほしい」と何度か切り出しましたが、返ってくるのは「そんな金はない」「家を売る気もない」。話はそこで止まったまま、3年が経ちました。
共有者の1人が「買わない・売らない」という態度だと、一見すると塩漬けになってしまうに見えます。しかし、相手の同意がなくても共有状態を終わらせられる仕組みが、法律上、用意されています。使う順番さえ間違えなければ、やりようはあります。
「買わない・売らない」がなぜ通ってしまうのか
住んでいる側は、現状のままで何も困りません。困るのは、使ってもいない不動産の税金と管理の負担だけを負い続ける側です。困っているのが片方だけだから、話が動かない。相手に決断を迫る材料がない限り、「そのうち考える」で何年でも引き延ばせてしまいます。
この場面で問題になるのは、持分をいくらと評価するか、そして拒否されたら何ができるか(共有物分割請求)の2つです。相続で共有になった不動産なら、さらにもうひとつ、遺産分割が済んでいるかどうかで、使える手続そのものが変わります。ここを押さえずに交渉を始めると、入口でつまずくか、安く手放すかのどちらかになりがちです。
動く前に確認しておく3つのこと
登記簿で共有者と権利関係の現状を確認する
登記事項証明書の権利部(甲区)で、共有者の顔ぶれと持分割合を確かめます。あわせて見ておきたいのが、分割を禁止する契約の登記の有無。共有物の分割禁止は5年以内の期間で合意でき、登記されていると分割請求の障害になります。
相手方の側で相続が起きていれば、交渉相手は登記簿上の名義人ではなく、その相続人たちに変わっています。長年連絡の取れない共有者が混ざっている場合は、そもそも協議も訴訟も進めにくいため、所在等不明共有者の持分取得という別の制度も検討します。
買取価格は「時価」を基準にする
毎年の納税通知書にある固定資産税評価額を、そのまま売買価格の基準にしてしまう方が少なくありません。公的な土地の価格には公示地価・基準地価・相続税路線価・固定資産税評価額の4種類がありますが、いずれも時価そのものではなく、特に固定資産税評価額は公示価格の7割程度の水準に設定されるのが一般的です。これを基準にした時点で、3割引からの交渉になってしまいます。
また、共有持分を第三者に売る場合には「共有減価」(単独では自由に使えない持分だから安くなる、という割引)が働きますが、買い手が他の共有者なら事情が違います。相手はあなたの持分を取得することで完全な単独所有権を手にし、共有による制約そのものが消えます。共有者への全部売却では共有減価は生じない、というのが評価実務の考え方で、減価を前提にした値引きに応じる必要はありません。
価格の根拠には、周辺の取引事例や不動産会社の査定を使います。取引事例は国土交通省の「不動産取引価格情報検索」などでも調べられますし、金額が大きい案件や評価自体が争いになりそうな案件では、不動産鑑定士に鑑定評価を頼む方法もあります。
買取交渉から訴訟までの3ステップ
ステップ1:時価を根拠に、書面で持分の買取りを打診する
口頭の「買ってよ」「金がない」の応酬は、何年つづけても記録に残りません。金額とその根拠(査定書など)を明示した書面で打診します。その書面では、買い取る側のメリットも言葉にして伝えます。単独所有になれば、リフォームも建替えも売却も自由にできることや、いま解決しなければ、次の相続のたびに権利者が増えて、話がいっそうまとまらなくなることなどです。
実務の感覚では、金額の根拠を示さない打診は「言い値」と受け取られて、なかなか話が進みません。根拠のある数字と回答期限を添えた書面には、口頭のやり取りとは違う重みがあります。相手が不動産を単独で使っている場合には、持分に応じた使用の対価(賃料相当額)を求めることができ、このまま負担なしで住み続けられるわけではないことを伝えることも、交渉の材料になります。
ステップ2:応じなければ、共有物分割請求訴訟へ
書面にも応じず、「売らない・買わない」の一点張りであったとしても、打つ手は残っています。各共有者は、いつでも共有物の分割を請求できます(民法256条1項)。この分割請求権は共有の本質に基づく権利とされており、相手に拒否権はありません。
協議が調わないときだけでなく、相手が話し合い自体に応じないときも「協議をすることができないとき」にあたり、裁判所に分割を請求できます(民法258条1項)。調停から入ることもできますし、遺産分割と違って、調停を経ずにそのまま訴訟を起こすこともできます。
訴訟になった場合、裁判所が命じる分割方法は次の3つです。
| 分割方法 | 内容 | この場面での意味 |
|---|---|---|
| 現物分割 | 土地を物理的に分ける | 賠償分割と並ぶ基本の方法。ただ、建物が建つ実家ではまず選ばれない |
| 賠償分割 | 一方が全部を取得し、他方に代償金を払う | 実質的な「持分の買取り」。取得者に支払能力があることが前提 |
| 換価分割(競売) | 競売で売却し、代金を持分割合で分ける | 現物分割も賠償分割もできない場合の、最後の方法 |
このうち賠償分割には、自分が買い取る形(自分の単独所有)と、相手に取得させて自分は代償金を受け取る形(相手の単独所有)の2つの型があります。「買い取らせたい」この場面で使うのは後者で、訴状の段階から、相手の単独所有と自分への代償金の支払を求める形で提起できます。
ただし、無条件ではありません。判例は、その不動産を特定の共有者に取得させるのが相当で、価格が適正に算定され、取得者に支払能力があるなど、共有者間の実質的公平を害しない特段の事情がある場合に、この全面的価格賠償による分割を認めています(最判平成8年10月31日。現在は民法258条2項に分割方法として明文化されています)。代償金の支払や持分移転の登記は判決で給付として命じてもらえるため(民法258条4項)、支払われなければ強制執行も視野に入ります。
なお、相手方からは、「住んでいる家を取り上げるのは権利の濫用だ」といった反論が出ることもあります。居住しているという事実だけで分割請求が封じられるわけではありませんが、共有に至った経緯や当事者の関係によっては争点になりうるため、反論を見越して準備しておく必要があります。
ステップ3:訴訟の中で、和解による持分の買取りを模索する
共有物分割訴訟は、判決まで行かず、和解で終わる事件が多くを占めます。
相手に支払能力があれば、賠償分割の判決が現実味を帯びます。どうせ買い取ることになるなら、金額を判決で決められる前に、和解の中で条件を交渉した方が相手にとっても合理的です。支払能力がなければ、行き着く先は換価分割、つまり競売。競売の落札価格は市場価格を下回ることが多く、住んでいる相手は住まいを失ったうえ手取りも減り、あなたの回収額も減ります。誰も得をしません。
だからこそ、判決の手前で、裁判所から「競売になる前に、この金額で買い取って和解してはどうか」と促されることが少なくありません。和解なら、判決より柔軟に内容を決められます。支払時期を調整することもできますし、引渡しまでの猶予を設けることも、共同で第三者に売って代金を分けることもできます。
交渉の本質は、相手を脅すことではなく、このまま拒みつづけた場合に何が起きるかという見通しを、裁判所という第三者を交えて共有することです。現状維持がいちばん損な選択だと相手が理解したとき、「買わない」は「いくらなら買えるのか」という話に変わっていきます。
金額がまとまったら、支払の確保まで詰めておきます。代償金の支払と引換えに持分の移転登記をする(引換給付)、期限までに支払がなければ競売を申し立てられる条項にしておくなどです。ここを曖昧にすると、せっかくの合意が宙に浮きかねません。この支払の確保までが、交渉のうちです。
持分だけを売る方法もあるが、金額は大きく下がる
相手に資力がまったくなく、競売と聞いても「勝手にしろ」と開き直る。そこまで来たら、自分の持分だけを第三者(共有持分の買取業者など)に売却する道が残ります。持分の処分に、他の共有者の同意は要りません。
ただし、条件面ではかなり不利になります。第三者への持分売却では共有減価がそのまま効き、時価の持分相当額を大きく下回る提示になるのが通常です。金額よりも「共有関係から抜ける」ことを最優先する場合の最終手段と考えた方がいいです。
よくある失敗
- 固定資産税評価額を基準に応じてしまう。いったん口にした金額を後から引き上げるのは、事実上できません。
- 口頭のやり取りだけで何年も過ごす。記録が残らず、相手に時間を与えるだけです。
- 遺産分割が済んでいないのに共有物分割訴訟を起こしてしまう。手続を間違えると、時間と費用を失います。
- 和解や合意で金額だけ決めて、支払の確保(引換給付や不払時の取り決め)を詰めない。支払が滞ると振り出しに戻ります。
- 交渉が面倒になり、早々に持分を業者へ売ってしまう。共有減価の分だけ、確実に目減りします。
- 何もせず放置する。次の相続が起きるたびに共有者が増え、まとまる話もまとまらなくなります。

