遺産分割調停に弁護士の関与は義務づけられておらず、相続人本人だけで申し立てて進めることもできます。もっとも、本人に代わって手続を行う手続代理人になれるのは、法定代理人を除き、原則として弁護士に限られます(家事事件手続法22条1項)。遺産分割事件では当事者が自ら主張と立証を尽くす運用がされているため、争点のある事案では弁護士に依頼する意味が大きくなります。
それぞれの意味
本人で進めるとは、手続代理人を選任せず、相続人本人が申立書や主張書面の作成、資料の収集、調停期日への出席をすべて自分で行うことをいいます。遺産分割調停に弁護士の関与は法律上求められておらず、本人だけで手続を進めることは可能です。
弁護士に依頼するとは、弁護士を手続代理人に選任し、書面の作成と提出、期日での対応を弁護士に任せる、または弁護士とともに行うことをいいます。手続代理人(=当事者から委任を受けて、その事件の手続を本人に代わって行う代理人)は、手続を追行するための包括的な代理権を持ちます(家事事件手続法24条1項)。成年後見人や親権者のように、本人の意思によらず法律の規定によって代理権が生じる法定代理人は、手続代理人には含まれません。
調停や審判で手続代理人になれるのは、原則として弁護士だけです(家事事件手続法22条1項本文)。例外として、家庭裁判所が許可すれば弁護士でない者を手続代理人とすることもできますが(同項ただし書。許可代理)、家庭裁判所はこの許可をいつでも取り消すことができます(同条2項)。
本人で進める場合と弁護士に依頼する場合の違い
| 項目 | 本人で進める場合 | 弁護士に依頼する場合 |
|---|---|---|
| 手続を行う人 | 相続人本人 | 手続代理人弁護士(本人が同席することもできる) |
| 根拠となる規定 | ― | 家事事件手続法22条1項、24条 |
| 主張書面・資料の準備 | 本人が作成し、収集する | 弁護士が法的な枠組みに沿って作成し、必要な資料を確認して収集する |
| 期日への出席 | 本人が家庭裁判所に出向く | 弁護士が出席する。遠隔の地に居住しているときなどは、ウェブ会議や電話会議による参加が認められることもある(家事事件手続法258条1項、54条1項) |
| 手続を終わらせる行為 | 本人が自ら判断して行う | 調停の成立や申立ての取下げには、委任状による特別の委任が必要(家事事件手続法24条2項) |
| 調停が不成立となった場合 | 本人が審判手続に対応する | 調停の段階から審判を見据えて主張と立証を組み立てられる |
| 費用 | 申立手数料や資料の取得費用などの実費 | 実費に加えて弁護士費用がかかる |
手続代理人が原則として弁護士に限られているのは、手続の進行に高度な専門知識が求められ、本人の利益を保護する必要が高いことと、不適切な者が家事事件の手続に関与するのを防ぐ必要があることによります。許可代理が可能なのは家庭裁判所の手続に限られ、高等裁判所や最高裁判所では認められません(家事事件手続法22条1項ただし書)。原審の判断を当事者が争う事件は紛争性が高く、専門家を手続代理人とするのが適切だからです。家事調停において許可と許可の取消しを判断するのは、調停委員会です(同法260条1項1号)。当事者本人の病気や高齢を理由に配偶者や子を手続代理人にしたいという申出がされることもありますが、遺産分割事件で許可される例は多くありません。裁判所に出向けない当事者も、書面で意向を示したり主張したりできるためです。
弁護士を手続代理人に選任すると、その弁護士は、委任を受けた事件について、参加、強制執行及び保全処分に関する行為をし、弁済を受領することもできます(家事事件手続法24条1項)。もっとも、調停を成立させること、申立てを取り下げること、審判に対して不服を申し立てることなど、事件を終わらせたり不服申立てをしたりする行為は、本人に重大な効果が及ぶため、委任状による特別の委任がなければできません(同条2項)。手続代理人の権限は、書面で証明する必要があります(家事事件手続規則18条1項・2項)。
違いを考えるうえで前提になるのが、遺産分割事件の運用です。遺産分割事件は、親族間の紛争という側面を持つ一方で、被相続人が遺した財産を分ける経済的な事案でもあることから、実質的には当事者主義的な運用がされています。遺産の範囲、遺産の評価、特別受益(被相続人から生前に受けた贈与や遺贈などの特別な利益)や寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をした相続人に認められる上乗せ分)を主張する当事者は、自らの責任でその裏付けとなる資料を提出することが求められます。特別受益と寄与分については、訴訟における主張立証責任と同様の考え方で事実の認定と法的な判断がされており、裏付けとなる資料が出されなければ、その主張が取り上げられないまま手続が進むこともあります。
調停が不成立となって審判に移るためには、調停の段階で遺産の範囲や評価が確定し、特別受益・寄与分についての主張と立証が尽くされていることが前提になります。当事者の希望だけで早期に調停を不成立にする運用はとられていません。
代理とは別に、当事者や手続代理人の手続上の活動を補うものとして、補佐人の制度も準用されています(家事事件手続法27条、民事訴訟法60条)。補佐人は、専門的な知識を補ったり、言語能力が十分でない場合に活動を補ったりするために、裁判所の許可を得て当事者や手続代理人とともに期日に出頭する立場であり、本人に代わって手続を行う手続代理人とは異なります。
どちらを選ぶべきか
遺産分割事件では、代理人弁護士が関与している事件が多数を占めます。令和7年の司法統計によれば、家庭裁判所で終局した遺産分割事件16,431件のうち、代理人弁護士の関与があったものは13,062件で、全体の約8割にあたります。
遺産の価額別にみると、価額が大きい事件ほど関与の割合が高くなります。認容または調停成立で終局した事件についての内訳は、次のとおりです。
| 遺産の価額 | 認容・調停成立件数 | うち代理人弁護士の関与あり | 割合 |
|---|---|---|---|
| 1000万円以下 | 2,967件 | 2,272件 | 約77% |
| 5000万円以下 | 3,541件 | 3,047件 | 約86% |
| 1億円以下 | 948件 | 864件 | 約91% |
| 5億円以下 | 544件 | 510件 | 約94% |
| 5億円を超える | 60件 | 59件 | 約98% |
(注)令和7年司法統計年報(家事編)第53表により作成。遺産の価額が算定不能・不詳の339件(うち関与あり295件)を除く。上記5区分の合計は8,060件で、うち関与ありは6,752件(約84%)。
審理期間の分布も関与の有無によって異なりますが、代理人弁護士が関与している事件には遺産の価額が大きいものや争点の多いものが多く含まれます。この数値だけで、関与の有無が期間の長短にどう影響するかを判断することはできません。
本人で進めることが考えられるのは、遺産の範囲や評価、特別受益・寄与分といった法的な争点がなく、遺産の内容も複雑でない場合です。書面の作成や期日への出席の負担に本人が対応できることも前提になります。
弁護士を手続代理人に選任する意味が大きくなるのは、次のような場合です。
- 遺産の範囲や評価、特別受益・寄与分に争いがあり、法的な主張とその裏付け資料の提出が必要な場合
- 相手方に手続代理人弁護士が就いている場合
- 相続人の数が多い場合や、数次相続・代襲相続で権利関係が入り組んでいる場合
- 遠隔の地に居住している、病気や仕事の都合で期日に出席しにくいなど、手続の負担が大きい場合
- 合意の見込みが乏しく、調停が不成立となって審判に移ることが見込まれる場合
意向を同じくする複数の相続人が、同じ弁護士に手続代理人を依頼することもできます。この場合は双方代理の問題が生じるため(民法108条)、当事者があらかじめ許諾する申述書を提出するなどの対応がとられます。申述書が提出されないと、調停成立の効力が後から争われるおそれが残ります。
弁護士に依頼する場合は弁護士費用がかかるため、遺産の内容や争点の重さとの兼ね合いも判断の要素になります。

