「うちの株に価値なんてない」は本当か――遺産分割における非上場株式の評価と対処法

この記事のポイント

非上場株式は「売れない=価値がない」ではありません。遺産分割の場に出てくる税理士作成の株価は、多くの場合、相続税の申告用に計算された相続税評価額(財産評価基本通達)で、遺産分割の基準になる時価とは別の数字です。遺産分割協議書に押印する前に貸借対照表を入手し、不動産などの含み資産を今の価値に引き直して試算する。その差が大きければ、代償金の交渉をする余地があります。

相談に来られたのは、町工場を営んでいた父を亡くした二男の方でした。会社を継ぐ長男から「会社には借金もある。株なんて紙切れだから、俺が額面で引き取る」と言われたといいます。手元には税理士名義の株価評価書があり、1株500円。父は発行済株式の7割を持っていました。

言われたとおりに進めてよいのか。結論から言えば、その評価書の数字だけで判断するのは危険です。

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「株に価値がない」という言い分にある3つの思い込み

後継者側の「価値がない」という言い分には、たいてい次の3つが混ざっています。

1つ目は、「非上場株は市場で売れないから価値がない」。売りにくいのは事実ですが、売りにくさと価値がないことは別です。株式には会社の資産という裏付けがありますから、資産が残っている限り、紙切れになるわけではありません。

2つ目は、「税理士の評価書は客観的な数字だ」。その評価書、相続税の申告のために作られたものではないでしょうか。相続税評価額は税額計算用の画一的な基準で、遺産分割で使う時価とは目的も計算方法も違います。多くの場合、時価より低く出ます。

3つ目は、「継ぐ者が引き取るのが筋だ」。誰が株式を取得するかといくらで取得するかは、別の話です。この2つを一緒にしたまま話が進んでいくのが典型なケースです。

相続した株式は、まだ誰のものでもない

亡くなった方が持っていた株式は、相続が開始しても当然には分割されず、遺産分割が終わるまで相続人全員の準共有になります。兄が会社を継ぐ予定でも、遺産分割を経ない限り、その株式が兄のものになるわけではありません。

準共有のままだと、困るのはむしろ会社側です。準共有株式の議決権を行使するには、持分の過半数で権利行使者を決めて会社に通知しなければなりません(会社法106条、最判平成9年1月28日)。相続人同士が対立していると、この権利行使者が決められません。被相続人の持株比率によっては、株主総会の決議そのものが動かせなくなることもあります。早く決着させたい事情は、後継者側にこそあることが多い。「価値がないんだから早くハンコを」と急がされる場面ほど、慌てて応じる必要はありません。

遺産分割で基準になるのは、私法上の時価です。調停や審判で正面から争いになれば、最終的には鑑定で時価を出すのが原則です。決算書の純資産は「買ったときの値段(簿価)」の集計にすぎません。30年前に取得した土地、帳簿上ほぼゼロ円まで償却が進んだ建物、会社契約の生命保険の解約返戻金など、簿価に表れない含み資産が眠っていることは珍しくありません。

そのまま遺産分割協議書にサインするとどうなるか

相続人全員が合意すれば、相続税評価額を基準にしても遺産分割協議は有効です。裏を返せば、いったん遺産分割協議書にサインすると、後から「本当の時価はもっと高かった」と気づいても、原則としてやり直せません。錯誤などを理由に効力を争う道が全くないわけではないものの、ハードルは高く、争いも長引きます。

実務の感覚では、株式の評価差は不動産以上に開きやすいものです。不動産なら路線価や査定書である程度の相場観が共有されますが、非上場株式には見える相場がありません。「1株500円」と言われれば、そのまま通ってしまう。あとから時価を試算したら桁が違った、というケースも実際にあります。

合意する前にやる4つのステップ

ステップ1:決算書類を手に入れる

直近3期分ほどの貸借対照表・損益計算書と、勘定科目内訳明細書の開示を求めます。まずは、遺産分割協議の前提資料としての任意の開示です。

応じてもらえない場合でも、株主としての閲覧請求はすぐには使えません。さきほどの権利行使者を決められない状態では、準共有株式の権利行使そのものが難しいからです(会社法106条)。現実的なのは、遺産分割調停を申し立て、調停の場で資料の提出を求めたり、裁判所の調査嘱託を利用したりする道です。相続税の申告に決算資料が必要だ、という切り口で開示を求める方法もあります。

いずれにせよ、開示がないまま金額の話に応じる必要はありません。実務では、数字の根拠を正面から確かめようとする姿勢を見せるだけで、相手の提示額が動くことがあります。安値で押し切れる前提が崩れるからです。

ステップ2:含み資産を今の価値に引き直す

貸借対照表の資産のうち、土地・建物・有価証券・保険積立金を今の価値に置き直します。土地は近隣の取引事例や公的な評価から当たりを付ける。建物は簿価がほぼゼロでも、まだ使えるなら利用価値や売却価値で見ます。会社契約の生命保険は、解約したらいくら戻るかが貸借対照表に正確に表れていないことがあります。

ステップ3:提示額との差を測る

引き直した純資産を発行済株式数で割り、被相続人の持株数を掛けた金額を出します。その金額を、相手の提示額と見比べてください。差の大きさで、その後の動き方が変わります。

提示額との差動き方
小さい(鑑定費用を下回る程度)争う実益に乏しい。提示額を前提に、他の遺産の分け方の調整に力を注ぐ
数百万円単位簡易試算を根拠に代償金の増額を交渉する。正式鑑定は費用(数十万〜数百万円程度)との見合いで判断
桁が違う合意を保留し、専門家を入れて評価から組み立て直す

ステップ4:代償金の交渉に乗せる

株式を後継者が取得すること自体は、争わなくてよい場面が多いはずです。争点は金額に絞ります。「株は兄が取得する。ただし時価を基準にした代償金を支払う」という形なら、事業承継の妨げにもなりません。

協議でまとまらなければ、調停を申し立てます。調停や審判に進めば、最終的には鑑定を視野に入れることになります。

よくある質問

税理士が作った株価評価書を見せられ、この金額で遺産分割協議書にサインするよう求められています。従うべきですか

その評価書が相続税の相続税の申告用であれば、遺産分割の基準にそのまま使う必然性はありません。貸借対照表を入手し、含み資産を反映した試算と見比べてから判断しても遅くありません。差が大きければ、時価を基準にした代償金を求める余地があります。

会社が決算書を見せてくれません。どうすればよいですか

まず遺産分割協議の前提資料として任意の開示を求めます。相続した株式は準共有のため、株主としての閲覧請求を単独で使うのは難しく、応じてもらえない場合は、遺産分割調停での資料提出の要請や調査嘱託の利用が現実的です。開示がないまま金額に合意する必要はありません。資料が出てこないこと自体、提示額を疑う材料のひとつになります。

正式な株価鑑定はいつ頼むべきですか

いきなり依頼する必要はありません。費用が高額になることがあるため、まず簡易な試算で差の規模をつかみ、差額が費用を明確に上回る場合や、調停・審判で評価が正面から争点になる段階で検討するのが現実的です。

すでに相続税評価額を前提に、遺産分割協議書にサインしてしまいました。やり直せますか

全員の合意で成立した協議は、原則としてやり直せません。錯誤などを理由に効力を争う余地が全くないわけではありませんが、認められる場面は限られます。

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