親の預金が勝手に引き出されていた場合、遺産分割でどう扱われますか?

回答

使途不明金(被相続人の預金が使途の分からないまま引き出されていた問題)は、原則として遺産分割の対象にはなりません。遺産分割は相続開始時に存在し、かつ分割時にも現存する財産を対象とするためです。ただし、相続人全員が合意すれば、遺産分割の手続の中で使途不明金を処理することも可能です。合意に至らない場合は、不当利得返還請求訴訟や損害賠償請求訴訟といった別途の民事訴訟で解決を図ることになります。

目次

結論

使途不明金とは、相続人が相続開始の前後に被相続人名義の預貯金を払い戻したにもかかわらず、その使途が不明であるものをいいます。

使途不明金は、引き出された時点で預貯金として現存しないため、原則として遺産分割の対象にはなりません。遺産分割は、相続開始時に存在し、かつ分割時にも存在する財産を対象とする手続だからです。

もっとも、使途不明金の問題は当事者の関心が非常に強く、遺産の範囲の確定において最も大きな争いとなることが少なくありません。そのため、遺産分割調停の実務では、調停委員会が当事者から事情を聴取し、調整を試みるのが通常の運用です。当事者全員が合意すれば、遺産分割の中で使途不明金を処理することもできますが、合意に至らない場合は、別途民事訴訟等の手続で解決を目指すことになります。

根拠と条件

使途不明金が遺産分割の対象外とされる理由

遺産分割の対象となる財産は、被相続人が相続開始時に有していた財産で、分割時にも現に存在するものに限られます。使途不明金として問題となる預貯金は、既に払い戻されて現存しないため、この要件を満たしません。

したがって、使途不明金の問題は、本来は遺産分割とは別の問題として、不当利得返還請求訴訟(民法703条・704条)や不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(民法709条)といった民事訴訟で解決すべき事柄です。

調停における使途不明金の取扱い

使途不明金は本来の遺産分割の対象ではないものの、当事者からの主張を一切受け付けないとすると、調停に対する信頼を損ない、調停を円滑に進められなくなるおそれがあります。そのため、遺産分割調停の実務では、調停委員会が遺産の範囲の確定の問題として使途不明金について確認し、調整を図ることになります。

ただし、使途不明金の問題は当事者間の感情的対立が激しく、合意に至らないことも多いため、使途不明金を取り扱う期日の回数について、あらかじめめどを立てる運用が望ましいとされています。たとえば、4回の期日を経ても合意が見込めない場合には、使途不明金問題の調整を打ち切ることも考えられます。

当事者全員で合意した場合の処理方法

調停の過程で使途不明金について当事者全員が合意した場合には、以下のような方法で遺産分割の問題として処理することができます。

  • 既取得財産として計算する方法:払い戻された預貯金(またはその一部)を、払い戻した相続人が既に取得したものとして、相続分・具体的相続分を計算する方法です。
  • 保管現金として分割対象にする方法:払い戻した相続人が一定額の現金を保管しているものとして、これを分割対象の遺産に含める方法です。
  • 特別受益として計算する方法:払い戻された預貯金が被相続人から払い戻した相続人に対する贈与と認められる場合に、当該相続人の特別受益(被相続人から生前に受けた贈与や遺贈などの特別な利益)として具体的相続分を計算する方法です。

また、使途について当事者全員が認めた場合には、一切問題にしないで遺産分割を進め、別途の民事訴訟にもならないこともあります。

合意できない場合の解決手段

当事者間で合意ができない場合には、使途不明金は現存する遺産ではないため、遺産分割の問題とは切り離されます。使途不明金の返還を求める相続人は、不当利得返還請求訴訟または損害賠償請求訴訟といった民事訴訟を別途提起して解決を図ることになります。

なお、使途不明金を主張する相続人が民事訴訟を提起しない場合であっても、遺産であることの争いがない財産や、証拠資料上遺産と認められる財産を対象として遺産分割を進めることになります。ただし、使途不明金の額が大きい場合には、公平な分割が実現できない可能性もあるため、調停委員会が調停申立ての取下げを検討するかを確認することもあります。

平成30年相続法改正による新設規定(民法906条の2)

平成30年相続法改正により、相続開始後・遺産分割前に遺産が処分された場合の規定が新設されました(民法906条の2、2019年7月1日施行)。この規定により、相続開始後に共同相続人の1人が遺産に属する財産を処分した場合には、相続人全員の同意によって、処分された財産を遺産分割時に存在するものとみなすことができます(同条1項)。さらに、処分をした相続人以外の相続人全員が同意すれば、処分をした本人の同意がなくても遺産に含めることができます(同条2項)。

この規定は、相続開始後の預貯金の払戻しなど、処分者が特定できる場合に適用されるものであり、相続開始前の引出しや処分者が不明な場合には直接の適用はありません。使途不明金の問題の多くは相続開始前の引出しを含むため、民法906条の2だけでは解決できないケースも少なくない点に留意が必要です。

具体的な場面での適用

設例:相続開始前に多額の預金が引き出されていたケース

被相続人Aの相続人がB(Aと同居していた長男)とC(別居の次男)の2名であるとします。Aの死亡後、Cが預貯金口座の取引履歴を取得したところ、Aの生前にBが合計1,000万円を払い戻していたことが判明しました。Bは「Aの生活費や医療費に充てた」と主張し、Cは「使途の説明がつかない」と主張しています。

この場合、1,000万円の使途不明金は、原則として遺産分割の対象にはなりません。遺産分割調停では、調停委員会がBに対して使途の裏付け資料の提出を求め、Cの反論を聴くなどして調整を行います。B・Cが合意できれば、たとえばBが500万円を既に取得したものとして具体的相続分を計算する方法で遺産分割を行うことができます。合意に至らなければ、使途不明金の問題は調停から切り離され、Cは別途民事訴訟を提起して返還を求めることになります。

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