相続人は、原則としていつでも遺産分割を請求できます(民法907条1項)。その例外として、①被相続人の遺言、②相続人全員の契約(調停を含む)、③家庭裁判所の審判により、遺産の全部または一部について分割を禁止することができます(民法908条)。禁止できる期間はいずれも5年以内で、②③では相続開始の時から10年が終期の上限です。
遺産分割の禁止の意味と趣旨
遺産共有(相続人が相続分に応じて遺産を共同で有している状態)にある遺産は、いつでも分割することができます(民法907条1項)。共同相続人の1人は、他の相続人が分割を望まない場合であっても、遺産分割の協議・調停・審判を求めることができるのが原則です。遺産分割を請求する権利は、消滅時効(一定期間行使しないことにより権利が消滅する制度)にもかかりません。
遺産分割の禁止とは、この原則の例外として、一定の期間、遺産の分割をすることができない状態にする制度です。民法908条は、①遺言による禁止、②相続人全員の契約による禁止、③家庭裁判所の審判による禁止の3つを定めています。②は、調停でも同じ条件のもとで定めることができます(家事事件手続法244条、別表第2の13の項)。
このような制度があるのは、相続の開始後、直ちに遺産を分割することがかえって適当でない場合があるためです。たとえば、誰が相続人であるか、どの財産が遺産に含まれるかといった分割の前提となる事柄に争いがあり、その決着を待つ方が相続人全員にとって望ましい場合があります。
もっとも、遺産共有の状態が長く続くと、土地の所有者やその相続人が所在不明となって土地の管理・処分が困難になるおそれがあります。この観点から、令和3年の民法等改正により、分割を禁止できる期間とその終期の制限が整えられました。
禁止の対象は、遺産の全部に限られません。対象となる遺産を特定したうえで、その一部だけを分割禁止とすることもできます(民法908条2項・4項は、いずれも「遺産の全部又は一部」と定めています)。
遺産分割を禁止する3つの方法と要件
3つの方法の違いは、次のとおりです。
| 方法 | 根拠条文 | 理由の要否 | 期間 | 期間の始まり | 更新 |
|---|---|---|---|---|---|
| ①遺言による禁止 | 民法908条1項 | 不要 | 5年を超えない期間 | 相続開始の時 | できない |
| ②契約(調停)による禁止 | 民法908条2項・3項 | 不要 | 5年以内 | 契約の時 | 5年以内の期間で更新できる |
| ③審判による禁止 | 民法908条4項・5項 | 「特別の事由」が必要 | 5年以内 | 審判の時 | 5年以内の期間で更新できる |
①遺言による禁止
被相続人(亡くなった方)は、遺言によって、相続開始の時から5年を超えない期間内で遺産の分割を禁止することができます(民法908条1項)。
分割を禁止する被相続人の意思は、遺言の形式で示されている必要があります。生前に口頭などで分割を禁止する意思を表明していても、遺言にしていなければ効力は生じません。また、遺言で更新を指定しても、その指定は効力を持たないと解されています。
②相続人全員の契約(調停)による禁止
相続人は、5年以内の期間を定めて、遺産分割をしないという契約をすることができます(民法908条2項)。従来から分割をしないとの合意はできると解されていましたが、令和3年の改正で条文上「協議」が「契約」に改められ、期間の制限とあわせて明文化されました。この契約は、期間が満了したときに、5年以内の期間を定めて更新することができます(同条3項本文)。
調停による場合には、分割の禁止を求める調停を申し立てる方法のほか、遺産分割調停の中で相続人の合意に基づいて分割禁止の条項を定める方法もあります。
③家庭裁判所の審判による禁止
遺産の分割の請求があった場合において、「特別の事由があるとき」は、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部または一部について分割を禁止することができます(民法908条4項本文、907条2項本文)。期間は5年以内で、更新も認められます(同条5項本文)。
特別の事由とは、遺産分割を禁止することが相続人全員に共通の利益となる客観的な事情がある場合をいいます。具体的には、遺産分割を進めるうえで法律上の障害がある場合、相続人の範囲や遺産の範囲、遺言・遺産分割協議の効力といった前提問題に争いがあり、その解決を待つことが相続人全員の共通の利益になる場合、遺産の現状や相続人の事情から直ちに分割することが適さない場合などが挙げられます。特別の事由は審判による禁止だけの要件で、①の遺言や②の契約による禁止では、禁止する理由は問われません。
なお、大阪家審平成2年12月11日は、主要な不動産の全部について遺産に含まれるかどうかが争われていた事案で、遺産の全部について分割を禁止する審判をしています。
これに対し、東京高決昭和60年6月13日は、遺産の範囲について合意ができないことを理由に分割を禁止することを否定しています。
審判による禁止は、分割の禁止を求める審判を申し立てる方法(家事事件手続法39条、別表第2の13の項)によることも、遺産分割事件の審判の主文で命じる方法によることもできます。
期間の終期の制限
②の契約(調停)と③の審判によって定めた分割禁止の期間は、その終期が相続開始の時から10年を超えることができません(民法908条2項ただし書、4項ただし書)。更新した場合も同じです(同条3項ただし書、5項ただし書)。この制限は、相続人全員の同意があっても変更できません。
ただし、5年の経過措置が設けられているため、「相続開始の時から10年」と「令和10年4月1日」のいずれか遅い方までは分割禁止の期間を定めることができます(令和3年改正民法附則3条)。なお、これらの期間の規定は、改正民法908条の施行日(令和5年4月1日)より前に相続が開始した遺産の分割にも適用されます。
遺産分割の禁止の効果
遺産分割が禁止されると、相続人は、その期間中、遺産分割を請求することができなくなります。分割の禁止は分割を先送りするものにとどまるため、禁止の対象になった遺産は遺産共有の状態が続き、物権法上の共有(通常の共有)に変わるわけではないと解するのが多数の見解です。
禁止の効力は、当事者となった相続人だけでなく、相続財産の包括承継人や、相続人から持分を譲り受けた特定承継人にも及びます(特定承継人につき民法254条)。ただし、不動産については、共有物分割禁止の定めの登記(不動産登記法59条6号)がなければ第三者に対抗できません。
分割の禁止は、いったん定められても、その後の事情の変更に応じて取り消し、または変更することができます。遺言による禁止の場合でも、事情の変更があるときは、家庭裁判所に分割禁止の取消しの調停または審判を申し立てることができます。審判による禁止についても、家庭裁判所は、相続人の申立てにより、いつでもその審判を取り消し、または変更することができます(家事事件手続法197条)。
なお、実務上、③の審判によって遺産の分割が禁止される例は多くないと指摘されています。遺産分割を申し立てた相続人の意思は分割を求めることにあり、現物分割や代償分割が難しい場合でも、換価分割や共有分割によって分割することができるためです。

