被相続人の長男が、被相続人から住宅取得資金の贈与(特別受益)を受けたうえで、被相続人の遺産分割が成立する前に死亡した事案について、大阪高裁は、その長男が死亡時に有していた具体的相続分(特別受益を控除した後の相続分)を、長男の相続人(妻と子)が承継すると判断しました。死亡した相続人が受けた特別受益は、その相続人を承継した者の取得額の算定にも反映されることを示したものです。原審がこの点を考慮せず遺産分割を行っていたため、原審判の一部が変更されています。数次相続における特別受益の取扱いの基本枠組みを示した実務上重要な決定です。
判例情報
- 裁判所:大阪高等裁判所
- 判決日:平成15年3月11日(決定)
- 事件番号:平成14年(ラ)第105号
- 関連条文:民法887条、896条、903条
事案の概要
本件は、被相続人の遺産分割が成立する前に死亡した相続人が、生前に被相続人から贈与(特別受益)を受けていた場合に、その特別受益が、相続人を承継した者の具体的相続分の算定にどう反映されるかが問われた事案です。
登場人物
- C(被相続人):多数の不動産を所有し農業を営んでいた者。平成7年12月27日死亡。
- D(Cの妻):後にDも被相続人となるが、本件の主要論点はCの相続。
- E(Cの長男):昭和59年10月ごろにCから住宅取得資金の贈与を受ける。Cの遺産分割成立前である平成9年1月13日に死亡。
- Y1(Eの妻):Eの相続人。
- Y2、Y3(Eの子):Eの相続人。
- F(Cの二男):Cの死亡前に死亡しており、その子がFを代襲してCを相続。
- Y4、Y5(Fの子):Fを代襲してCを相続。
- X1(Cの三男):Cの相続人。
- Y6(Cの長女):Cの相続人。
- X2(Cの二女):Cの相続人。
時系列
- 昭和59年10月ごろ:EがCから住宅取得資金として現金1000万円の贈与を受け、自宅用の中古建物付き土地を購入
- 平成7年12月27日:被相続人C死亡(遺産分割は調停を経て家庭裁判所の審判に移行)
- 平成9年1月13日:長男E死亡(Cの遺産分割成立前)
- 平成13年12月25日:原審・大阪家庭裁判所がCの遺産分割審判
- 平成15年3月11日:本件決定
経緯
被相続人Cは多数の不動産を所有し農業を営んでいました。Cの長男Eは、昭和42年に婚姻して家を出た後、昭和59年10月ごろに自宅用の中古建物付き土地を取得しています。その取得資金のうちCが現金で1000万円を出したことは認められ、さらに残額1000万円分のローン返済の過程でも、Cの定期預金がローンの担保に差し入れられたり、Cの貸金庫の中にE名義の手形と利息計算書が残されていたりした事情がありました。裁判所は、これらの間接事実を総合して、おおむね1000万円以上2000万円以下の贈与があったと認定し、評価時点(平成12年)における特別受益の額を1500万円としています。
Cが平成7年12月に死亡した後、その遺産分割は調停を経て家庭裁判所の審判に移行しましたが、その途中の平成9年1月にEが死亡しました。Eの相続人は、Eの妻Y1とEの子Y2・Y3の3名(以下「Y1ら3名」)です。
Cの遺産分割審判で、他の共同相続人らはEへの住宅取得資金の贈与を特別受益として主張し、その額をY1ら3名が承継するEの相続分から控除すべきだと訴えました。これに対して原審(大阪家庭裁判所)は、「Eは既に死亡し被相続人Cの相続人ではないから、これを相手方ら(Y1ら3名)の特別受益と認めることはできない」として、Eへの贈与を考慮せずに具体的相続分を算定しました。
この判断を不服として、他の相続人らが抗告し、大阪高裁の判断を仰ぐことになったのが本件です。
争点
死亡した相続人が被相続人から受けた特別受益は、その相続人を承継した者の具体的相続分の算定で考慮されるか
争点の本質的な問い:被相続人Aから生前贈与を受けた相続人Bが、Aの遺産分割が成立する前に死亡した場合、Bを承継したCは、Bが受けた贈与(特別受益)を控除した相続分を承継するのか。それとも、特別受益を考慮せずに法定相続分どおりの相続分を主張できるのか。
抗告人ら(他の共同相続人)は、EはCの長男としてCから住宅取得資金の贈与を受けたのだから、それは特別受益として民法903条1項により算定されるべきであり、Y1ら3名はEの具体的相続分(特別受益控除後の相続分)を承継すると主張しました。
これに対してY1ら3名は、Eには特別受益となるような贈与は存在しないと述べましたが、原審の段階では具体的な反論書面は提出せず、立証する資料がない旨を述べるにとどまりました。
裁判所の判断
判旨の要約
死亡した相続人が被相続人から生計の資本等の贈与を受けていた場合、その贈与は特別受益として民法903条1項により算定され、当該相続人の相続分は具体的相続分(特別受益控除後の相続分)として確定する。その相続人の死亡後、その相続人を承継した者は、被相続人に対する相続分についても具体的相続分を承継する。
判決文の引用
Eは被相続人Cの長男であってその相続人であるから、被相続人Cから生計の資本等として贈与を受けたとすれば、それを特別受益として民法903条1項の規定に従って算定した額がEの相続分となる。そして、Eがその後の平成9年1月13日に死亡したことにより、その相続人である相手方Y1ら3名がEの有していた財産を相続するのであるから、被相続人Cに対する相続分についても、現にEが有していた相続分(すなわち特別受益を控除した具体的相続分)を承継するものといわざるを得ない。
判例の考え方
原審は、Eが既に死亡しておりCの相続人ではないという形式的な理由で、Eが受けた贈与をY1ら3名の特別受益として考慮しませんでした。しかし、これは民法903条と896条の規律を踏まえれば成り立たない判断です。
本決定の論理を整理すると、まず、Eは死亡時点でCの相続人だったので、生前にCから受けた贈与は特別受益として民法903条1項の対象になります。次に、903条の処理を行うと、Eの「相続分」は、本来的相続分から特別受益額を控除した具体的相続分として確定します。そして、Eが死亡したことにより、その相続人であるY1ら3名は民法896条によりEが死亡時に有していた一切の権利義務を承継します。そこには、Cの遺産分割における具体的相続分も含まれます。したがって、Y1ら3名がCの遺産分割で取得しうる額の算定にあたっても、Eが受けた特別受益はY1ら3名の取得額に反映されることになります。
要するに、Eは死亡前の段階ですでに特別受益分を「先取り」していたのと同じことであり、その先取り分を残したまま死亡した結果として、Y1ら3名は「先取りされた後の」具体的相続分を承継するにとどまる、という整理です。
結論に至る処理
裁判所は、Eが受けた贈与の正確な金額の立証は困難としつつ、Cが現金で1000万円を出したことは認められること、ローン返済の過程でCが関与した形跡(定期預金の担保差し入れ、貸金庫に残された手形・利息計算書)等から、おおむね1000万円以上2000万円以下の贈与があったと認定しました。そのうえで、Eが取得した不動産が地価下落の影響を受けたこと、他の相続人もある程度の援助を受けていたこと等を考慮し、評価時点(平成12年)での特別受益の額を1500万円と確定しました。
そして、この1500万円を持戻し対象としてみなし相続財産に算入し、各当事者の法定相続分を乗じて本来的相続分を算定したうえで、Y1ら3名の本来的相続分から特別受益額を控除して、Y1ら3名の具体的相続分を確定させています。裁判所は、Eの特別受益はCの相続におけるY1ら3名の法定相続分で先取りしたものとして計算するのが合理的であり、Y1ら3名の意思にも合致すると考えられると説明しています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
第一に、本決定は、被相続人Cから「生計の資本等」として贈与を受けた相続人Eが、被相続人Cの遺産分割が成立する前に死亡し、Eの相続人がEを承継した、という事案類型を対象にしています。判決文は「Eは被相続人Cの長男であってその相続人であるから」を起点に論じており、Eが被相続人Cの相続人としての地位を取得していたことが前提です。被相続人の相続人ではない者(被相続人より先に死亡したため代襲相続人にもならない直系卑属など)への贈与には、本決定の論理は及びません。
第二に、本決定は民法903条1項の特別受益の存在を前提として組み立てられています。贈与の事実自体が認められない場合や、被相続人による持戻し免除の意思表示(民法903条3項)が認定される場合には、本決定の枠組みはそのまま当てはまりません。
第三に、本決定が示しているのは、被相続人Cの遺産分割の場面における、Eを承継したY1ら3名の具体的相続分の算定方法です。判決文は「現にEが有していた相続分(すなわち特別受益を控除した具体的相続分)を承継する」と述べており、Eが死亡時点で有していた具体的相続分がそのままY1ら3名に承継される、という構成を採っています。
実務での使い方
使える場面
第一次相続(親)の遺産分割が完了する前に、その相続人の一人(子)が死亡し、その配偶者や下の世代に承継される、という数次相続の場面です。第一次相続人が被相続人から生前贈与を受けていた場合に、その贈与の存否や額を特別受益として議論することになります。
数次相続のケースでは、第一次相続人本人がすでに不在のため、本人から事情を聴くことができません。このため、贈与の有無や評価額をめぐって争いが激化しやすい類型です。本決定は、こうした場面で「先に死亡した相続人が受けた特別受益は、その相続人を承継した者の具体的相続分の算定にも反映される」という基本枠組みを示しており、数次相続事案で特別受益を議論する際の出発点となる決定です。
特別受益を主張する側の立場
第一次相続人(既に死亡)が受けた贈与を特別受益として主張する場合、本人からの説明を得ることができないため、間接的な資料を丁寧に積み上げる立証が中心になります。本件で裁判所が手がかりとしたのは、被相続人の貸金庫に残されていた手形・利息計算書、被相続人の定期預金が担保に差し入れられていた事実、相続税申告時の評価処理、関係者の供述等です。送金記録、不動産取得時の資金移動の記録、預金履歴、税務申告資料等、客観資料の総合が決め手になります。
立証の正確性が完全には担保できない場合でも、本件のように、間接事実から「おおむね●万円以上●万円以下」という範囲で認定し、その上で合理的な評価額を裁判所が定める処理が取られることがあります。確定額の立証ができないからといって主張を諦めるのではなく、間接事実の積み上げを訴訟資料として整理しておくことが重要です。
主張に対抗する側の立場
第一次相続人を承継した相続人の側は、本決定の論理を踏まえると、「自分は被相続人から直接贈与を受けていない」という反論だけでは足りません。被承継者である第一次相続人が受けたとされる贈与の事実そのものを争うか、それが特別受益に該当しないことを主張する必要があります。
具体的には、贈与の事実を否認する、贈与は単なる扶助・小遣いの域を出ないものであって「生計の資本等」(民法903条1項)に該当しないと主張する、被相続人による持戻し免除の意思表示があったと主張する、といった対抗手段が考えられます。
本件で原審はY1ら3名に有利な判断(特別受益を考慮しない)をしましたが、Y1ら3名は反論書面を提出していなかった経緯があり、抗告審では覆されました。第一次相続人を承継した側に立つ場合でも、贈与額の評価や持戻し免除の意思表示の有無について、可能な限り積極的に反証を試みる姿勢が求められます。
立証上のポイント
数次相続の事案では、贈与の時期から相当の年月が経過していることが多く、関係資料が散逸しがちです。被相続人の生前資料(預金履歴、不動産取得時の登記資料、税務申告書類、貸金庫の中身、関係者間のメモや手紙等)を、可能な限り早い段階で広く確保することが重要です。
また、特別受益の評価時点については、本件のように、資料の制約から相続開始時ではなく遺産分割時の評価で算定するという扱いがされる場合があります。当事者の合意状況や資料の制約を踏まえ、どの時点を評価基準とするかを早めに整理しておくと、後の立証で躓きにくくなります。
併せて検討すべき周辺論点
第一に、令和3年改正民法(令和5年4月1日施行)904条の3との関係です。同条は、相続開始から10年を経過した遺産分割では、原則として特別受益や寄与分の主張ができないと定めています。数次相続では、第一次相続から第二次相続までの時間や、その後の遺産分割協議の長期化等で、容易に10年を超えてしまうことがあります。本決定の枠組みが当てはまる場面でも、第一次相続の開始時期からどれだけの時間が経過しているかを確認しておく必要があります。特別受益を主張する側にとっても、対抗する側にとっても、相続開始時期との関係は前提として押さえておくべき点です。
第二に、第一次相続人について寄与分が問題となるケースもあり得ます。第一次相続人が被相続人に寄与をしていた場合に、その寄与分がその相続人を承継した者にも反映されるかは、特別受益の場合と並行して整理すべき論点です(本件でもX1の寄与分の主張が独立に争われています)。
第三に、本決定はあくまで数次相続(被相続人より後に第一次相続人が死亡した場合)の場面における具体的相続分の承継を扱うものです。これに対して、第一次相続人が被相続人より先に死亡している場合は、代襲相続(民法887条2項)の場面となり、本決定の枠組みとは別の規律で処理されます。代襲相続では第一次相続人の直系卑属だけが代襲相続人となり、第一次相続人の配偶者は代襲相続人になれません(本件でも、EはDより先に死亡しているため、Dの遺産分割では代襲相続の場面となり、Eの直系卑属であるY2・Y3はDの代襲相続人となるのに対し、Eの配偶者Y1はDの相続権を持ちません)。数次相続と代襲相続では、承継できる者の範囲も具体的相続分の計算方法も異なるため、第一次相続人が「いつの時点で、どの被相続人より先に・後に死亡したか」を正確に整理しておく必要があります。

