遺産分割協議を相続人全員の合意で解除し、再分割できるとした事例 | 最判平成2年9月27日

判例のポイント

最高裁は、共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部または一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上当然には妨げられない、と判示しました。原審が遺産分割の遡及効(民法909条本文)を根拠に再分割協議自体を許されないとしたのは法令解釈の誤りであるとされましたが、本件では合意解除と再分割協議の事実そのものが認定されなかったため、結論において原審が是認され、上告は棄却されています。本判決は、相続人全員の合意があれば一度成立した分割協議をやり直せることを正面から認めた点に意義があります。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第一小法廷
  • 判決日:平成2年9月27日
  • 事件番号:昭和63年(オ)第115号
  • 関連条文:民法907条、909条、545条

事案の概要

被相続人の死亡後にいったん成立した遺産分割協議について、その後に「修正の合意」(=合意解除と再分割協議)があったか、あるいは土地持分の贈与があったかが争われ、その前提として共同相続人全員の合意による遺産分割協議の合意解除と再分割協議が法律上許されるかが論点となった事案です。

登場人物

  • A:被相続人(本件土地の元所有者)
  • X:Aの相続人。最初の遺産分割協議で本件土地を相続したと主張する者(本件原告・被上告人)
  • Y:Aの相続人。本件土地について自己名義の所有権移転登記を経由した者(本件被告・上告人)
  • X1・X2・X3:Aの他の相続人(計3名)

相続人はX、Y、X1〜X3の合計5名です。

時系列

  • 昭和56年12月3日:Aが死亡し、相続が開始
  • 昭和57年3月25日:相続人5名の間で、Xが本件土地(伊達市内の宅地等)を相続する旨の遺産分割協議が成立
  • 昭和57年3月末頃:YがX方を訪れ、自動車の出入りに関する利便から、本件土地の一部譲渡について話し合いが行われる。Xは新聞の折込広告の裏面に贈与する範囲を示す線を引き、実印を交付。数日後、登記済証を交付し、印鑑証明書を送付
  • 昭和57年4月7日:Y名義で本件土地全部について所有権移転登記が経由される
  • 昭和57年12月10日頃:Xが、本件土地全部の所有権移転登記がY名義となっている事実を初めて知り、紛争となる
  • 昭和58年1月15日:相続人らが解決のために集まり協議。Xは話がまとまらないまま途中で退席
  • その後:Xが、Y名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求めて提訴

経緯の解説

最初の遺産分割協議では、本件土地はXが単独で相続することとされていました。ところが、その直後にYがX方を訪れ、Yの自動車の出入りに必要な範囲の土地の譲渡についての話し合いが行われます。Xは新聞折込広告の裏面に贈与する範囲を示す線を引き、実印・登記済証・印鑑証明書をYに渡しました。ところがYは、これらを使って本件土地の全部について自己名義の所有権移転登記を経由してしまいます。

Xは後にこの事実を知り、Yに対して所有権移転登記の抹消登記手続を求めて提訴しました。これに対しYは、抗弁として、(1)その後の相続人間の合意により当初の遺産分割協議が修正された(本件土地の持分2分の1をYに、残りをX1・X2に取得させる内容)、(2)仮にそうでないとしても、Xから持分2分の1の贈与を受けた、と主張しました。

第一審は、抗弁(1)について、遺産分割協議の合意解除と再分割は民法909条本文の遡及効による法的安定性を害するから許されない、として主張自体失当とし、抗弁(2)についても事実認定でこれを否定し、Xの請求を認容しました。控訴審もこれを維持したため、Yが上告したものです。

争点

争点1:共同相続人全員の合意による遺産分割協議の解除・再分割協議は法律上許されるか

遺産分割には民法909条本文によって遡及効が与えられていますが、これを共同相続人全員の合意で覆し、改めて分割協議をやり直すことが法律上許されるのか。法的安定性の確保と私的自治の尊重とをどう調整するかが問われています。

Y側は、共同相続人全員の合意があれば、契約一般について合意解除が認められるのと同様、遺産分割協議についても全員の合意による解除と再分割が認められるべきであると主張しました。X側は、遺産分割は遡及効により相続開始時にさかのぼって効力を生じるものであり、これを後から覆すことは法的安定性を害して許されない、と主張しました。原審はX側の立場を採用しています。

争点2:本件において、合意解除と再分割協議の事実が認められるか

仮に合意解除と再分割協議が法律上許されるとしても、本件で実際にそのような合意が相続人全員の間で成立していたといえる証拠があるか、という事実認定の問題です。

Y側は、昭和58年1月15日(またはそれ以前の昭和57年3月末頃)に、X1を除く相続人間で本件土地の持分2分の1をYに、残りをX1・X2に取得させる旨の合意が成立し、後日X1も同意した、と主張しました。X側はこれを否認しました。

裁判所の判断

判旨の要約

最高裁は、共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議は法律上当然には妨げられないと判示し、この点で原審の法令解釈には誤りがあるとしました。もっとも、原審はYの主張事実を肯認するに足りる証拠はないという認定判断もしており、この認定判断は是認できるから、結論において原審を是認できるとして上告を棄却しました。

判決文の引用

共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許されないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。しかしながら、原判決は、その説示に徴し、上告人の右主張事実を肯認するに足りる証拠はない旨の認定判断をもしているものと解され、この認定判断は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りるから、上告人の右主張を排斥した原審の判断は、その結論において是認することができる。

判例の考え方

原審は、民法909条本文が遺産分割に遡及効を与えていることを根拠に、いったん成立した遺産分割協議を後から解除して再分割協議をすることは法的安定性を著しく損ない許されない、と判断しました。

これに対し最高裁は、共同相続人全員の合意がある以上、遺産分割協議もまた当事者の合意によって成立した法律行為である以上、その全部または一部を合意により解除し、改めて分割協議をやり直すことは、法律上当然には妨げられないと判断しました。契約一般について合意解除が認められることとの均衡からも、当事者全員が合意するのであれば、これを否定すべき理由は乏しいと考えられます。

ここで重要なのは、最高裁が「法律上、当然には妨げられない」という限定的な表現を用いている点です。これは、合意解除と再分割協議それ自体は許されるが、個別の事案において、たとえば第三者の権利を害するような場合や、解除の合意自体に瑕疵があるような場合には別途の検討が必要となることを示唆していると考えられます。

結論に至る処理

最高裁は、原審が遺産分割協議の修正(合意解除と再分割協議)の主張自体を失当としたことについては、法令解釈の誤りがあるとしました。しかし、原審は予備的に「上告人の主張する事実を認めるに足りる証拠はない」という事実認定もしており、この認定は証拠関係に照らして首肯できるとされました。すなわち、本件では仮に合意解除と再分割協議が法律上許されるとしても、その事実自体が認められないため、原審の結論(Y側の抗弁を排斥した結論)は是認できる、として上告を棄却しています。

法令解釈は誤りであるが事実認定でカバーできるため結論として原判決を維持する、というやや特殊な構造の判決です。最高裁が積極的に法令解釈の誤りを指摘し、合意解除と再分割協議の可否について規範を示した点に、本判決の判例としての意義があります。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

本判決が認めたのは、あくまで「共同相続人の全員が」「合意により」遺産分割協議を解除し再分割協議をすることです。したがって、一部の相続人の合意のみで分割協議を解除することは、本判決の射程に含まれません。共同相続人「全員」の合意というのが必要条件として明示されています。

また、判決文は「法律上、当然には妨げられるものではなく」という限定的な表現を用いています。これは、合意解除と再分割協議それ自体は法律上許容されるが、個別の事情、たとえば第三者の権利を害する場合などには別途の制約が及び得ることを含意しているものと考えられます。本判決はそのような場面における限界の問題には触れていないため、第三者の権利保護をめぐる具体的処理は、本判決の射程外の論点として別途検討する必要があります。

なお、本判決が認めているのは「合意による」解除と再分割協議です。共同相続人の一人による債務不履行などを理由とする一方的な解除(法定解除)が許されるかは、本判決が直接判断したところではありません。

実務での使い方

使える場面

本判例は、一度成立した遺産分割協議の内容にやむを得ない事情で不都合が生じた場合に、相続人全員の合意があれば分割協議をやり直すことができる、という実務上の処理の根拠となります。たとえば、当初の分割協議の後に判明した事情(分割対象財産に新たに発見された不動産が含まれていた、税務上の取扱いに齟齬があった、相続人間で合意内容の認識にズレがあった等)を踏まえ、相続人全員が改めて協議をしたいと希望する場面で、本判例は法律上の根拠として機能します。

他方で、相続人の一部が再分割に応じない場合、本判例は再分割を主張する側の論拠にはなりません。本判例が前提としているのはあくまで「全員」の合意だからです。

再分割を主張する側(主に再分割によって有利になる相続人側)

主張する側としては、共同相続人全員の合意が成立していること、その合意の内容(従前の分割協議の解除と新たな分割の内容)を具体的に特定して主張・立証することが重要です。本件のように、合意の事実そのものが争われる事案では、合意の存在を裏付ける書面(再分割の遺産分割協議書、議事録、メール等)の存否が決定的な意味を持ちます。本件で原審が「主張事実を肯認するに足りる証拠はない」と認定したのは、まさにこの立証の問題でした。

再分割を否定したい側(従前の分割協議の効力維持を主張する相続人側)

対抗する側としては、(1)全員の合意がないこと、(2)仮に一部の相続人間で何らかの合意があったとしても、それが当初の分割協議を解除する趣旨ではなく、別の法律行為(個別の贈与・売買等)であること、を主張することが考えられます。本件でYは、抗弁として「分割協議の修正」と「持分の贈与」を別の構成で主張していますが、両者は法的に別個の主張であり、その混同を避けることが重要です。再分割を否定する側からは、相手方の主張する「合意」が分割協議の解除合意と評価できるのか、それとも単なる個別の贈与にすぎないのか、を切り分けて反論することが効果的です。

立証上のポイント

合意解除と再分割協議の事実は、書面化されていないことが多く、立証上は困難を伴います。本件でも、相続人らが集まった際の協議の経過、原告(被上告人)の関与の有無、最終的な合意成立の有無が証拠上明確でないために、Y側の主張は事実認定の段階で排斥されました。実務上は、再分割の合意が成立した場合には、必ず再分割協議書を相続人全員の署名押印で作成することが、後日の紛争を防ぐ最善策となります。税務上の取扱いを意識して書面を作成する場合にも、合意解除である旨を明記しておくことが望ましいでしょう。

併せて検討すべき周辺論点

合意解除と再分割協議が法律上許される場合でも、税務上はこれが新たな贈与・譲渡として課税対象となり得ることに注意が必要です。判決の射程は私法上の効力に限られており、税務上の取扱いは別個の問題として検討する必要があります。実務では、税理士との連携が不可欠です。

また、合意解除前に第三者(債権者・差押債権者・譲受人等)の権利が成立している場合には、その第三者の権利を害してまで合意解除と再分割の効力を主張できるかは、本判決の射程外の問題として別途検討する必要があります。民法545条1項ただし書の趣旨が、合意解除の場面でも参酌されるべき場面が考えられます。

さらに、本判決が認めたのは「合意」による解除であって、相続人の一人による「法定解除」(債務不履行解除など)とは性質が異なります。法定解除をめぐる処理は本判決とは別の枠組みで議論されており、混同しないよう注意が必要です。

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