医療法人の出資持分の払戻額は出資割合で算定する──定款の「出資額に応じて返還」の解釈|最判平成22年4月8日

判例のポイント

持分の定めのある医療法人の定款にいう「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる」との規定は、出資した金額をそのまま返す趣旨ではなく、退社時における法人財産の評価額に、総出資額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を認める趣旨だと判断した判例です(いわゆる出資割合説)。設立時から法人財産が大きく増えていれば、払戻額は出資額を大きく上回ることになります。他方で最高裁は、具体的な事情によっては払戻請求が権利の濫用に当たり許されないことがあり得るとも指摘しており、無制限の請求を認めたわけではありません。医療法人の出資持分を相続した場面で必ず参照される基本判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第一小法廷
  • 判決日:平成22年4月8日
  • 事件番号:平成20年(受)第1809号
  • 関連条文:民法1条・91条・166条、医療法44条・54条・56条(平成18年法律第84号による改正前)

事案の概要

本件は、医療法人に出資した父母がそれぞれ死亡して社員資格を失ったことにより発生した出資金返還請求権(「出資持分払戻請求権」とも呼ばれます)を、相続・贈与によって取得した子が、医療法人に対して出資金の返還を求めた事案です。

登場人物

  • Y(医療法人・被告・被控訴人・被上告人):昭和32年にBとCの出資で設立された、病院を経営する社団たる医療法人。
  • B(Xの父):Yの設立時に442万5600円を出資した社員。昭和57年死亡。
  • C(Xの母・Bの妻):Yの設立時に20万円を出資した社員。平成13年死亡。
  • X(BとCの子・原告・控訴人・上告人):B・Cの死亡により発生した出資金返還請求権を相続・贈与により取得し、Yに返還を請求した。
  • D・E(BとCの子・Xのきょうだい):Bの死亡に伴い取得した出資金返還請求権をXに贈与した。

時系列

  • 昭和32年:Bが442万5600円、Cが20万円を出資してYを設立(これ以外にYへの出資はない)
  • 昭和57年10月3日:Bが死亡し、Yの社員資格を喪失(B分の出資金返還請求権が発生)
  • 平成13年6月14日:Cが死亡し、Yの社員資格を喪失(C分の出資金返還請求権が発生)
  • 平成15年12月25日:D・EがB分の出資金返還請求権をXに贈与。同日、Cの遺産全部をXが相続する旨の遺産分割協議が成立
  • 平成16年1月20日:XがYに対し、B分・C分の出資金の返還等を求めて提訴
  • 平成16年4月16日:Yが口頭弁論期日において、B分の出資金返還請求権につき消滅時効を援用
  • 平成18年2月24日:第一審(前橋地方裁判所)判決
  • 平成20年7月31日:控訴審(東京高等裁判所)判決
  • 平成22年4月8日:最高裁がC分に関する部分を破棄し、東京高等裁判所に差し戻す

経緯

Yは、Xの父Bと母Cのみが出資者となって昭和32年に設立された医療法人です。その定款には、社員は死亡によって資格を失うこと(6条)、退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができること(8条)、解散時の残余財産は払込出資額に応じて分配すること(33条)などの定めがありました。

Bは昭和57年に、Cは平成13年に死亡し、それぞれYの社員資格を失いました。定款の定めにより、死亡退社の時点でそれぞれ出資金返還請求権が発生し、これが相続の対象になります。

Xは、きょうだいのD・EからB分の請求権の贈与を受け、Cの遺産は遺産分割協議によって全部を相続したうえで、平成16年、Yに対して出資金の返還等を求めて提訴しました。請求額は、B分・C分を合わせて内金4億7110万円余りに上ります。出資額の合計は462万5600円ですから、出資額とはかけ離れた規模の争いであることが分かります。なお、Bの死亡から既に20年以上が経過していたため、YはB分について消滅時効を援用しています。

Yの側には、昭和55年に和議(旧法下の再建型倒産手続)の申立てに至るほど経営が悪化し、その後再建されたという経緯もありました。この財産の変動経緯が、後の最高裁の権利濫用に関する指摘につながります。

第一審は、退社した社員は法人財産に対して出資割合に応じた額を請求できるという解釈(出資割合説)を採りました。これに対して控訴審は、定款8条が「分配」ではなく「返還」という文言を用いていることや、剰余金の配当を禁止する医療法54条の趣旨を踏まえ、出資社員は自己が出資した額の限度でのみ返還を請求できるという解釈(出資額説)を採り、C分の請求を出資額20万円の限度でしか認めませんでした(B分は時効消滅を理由に棄却)。Xが上告受理申立てをしたのが本件です。

争点

「出資額に応じて返還」とは、出資した額を返す趣旨なのか

──退社した社員に戻ってくるのは、出資した金額そのものにとどまるのか。それとも、退社時の法人財産のうち出資割合に相当する額なのか。

X側の主張:定款8条の「出資額に応じて返還」は、解散時の残余財産について「払込出資額に応じて分配する」と定める定款33条と同じく、法人財産の評価額に出資割合を乗じた額の返還を認める趣旨である。

Y側の主張:剰余金の配当を禁止する医療法54条の趣旨や、8条が「返還」という文言を用いていることからすれば、同条は出資した額の限度で払戻しを認めたにとどまる。

出資額説によればC分は出資額20万円で頭打ちになるのに対し、出資割合説によれば法人財産の評価額次第で桁違いの金額になり得ます。両説の対立は、そのまま請求額の規模の対立でした。

先に発生した他の社員の請求権が時効で消滅すると、後発の請求権の額は増えるのか

──出資金返還請求権の額はいつの時点で確定するのか。他の出資社員の請求権がその後に時効消滅した場合、残る請求権の額が膨らむことはあるのか。

X側の主張:B分の請求権は時効により消滅した以上、C分の額を算定する際にこれを負債として控除すべきではない(第一審は、B分の時効消滅を前提にYの資産を計算してC分を算定していました)。

Y側の主張:C分の額はCが死亡した時点で確定しており、その時点で現に存在していたB分の請求権は負債として控除される。その後の時効消滅によって額が増えることはない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:本件定款8条の「出資額に応じて返還」とは、出資社員が、退社時における法人財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求できることを定めたものである(出資割合説)。
  • 理由:改正前医療法は、医療法人の財産の出資社員への分配を基本的に定款の定めに委ねており、解散時の残余財産について「払込出資額に応じて分配する」と定める定款33条の文言と対照すれば、8条も同じ割合的な算定方法を定めたものと読めるから。

判決文の引用

最高裁は、改正前医療法の下では財産の分配が基本的に定款自治に委ねられていたことを、次のように述べて出発点に据えました。

医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)44条、56条等に照らせば、同法は、社団たる医療法人の財産の出資社員への分配については、収益又は評価益を剰余金として社員に分配することを禁止する医療法54条に反しない限り、基本的に当該医療法人が自律的に定めるところにゆだねていたと解される

そのうえで、定款の解釈について次のとおり結論を示しています。

本件定款33条の「払込出資額に応じて」の用語と対照するなどすれば、本件定款8条は、出資社員は、退社時に、同時点における被上告人の財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該出資社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができることを規定したものと解するのが相当である

また、C分の額の算定については、Cの死亡時点(判決文にいう「同時点」)を基準に、既に発生していたB分の請求権を負債として控除すべきものとしたうえで、次のように述べました。

同時点より後に、B分の出資金返還請求権につき消滅時効が援用されて、同請求権が消滅したとしても、C分の出資金返還請求権の額が増加することはないと解すべきである

さらに、本件の具体的な事情を踏まえて、次の指摘を加えています。

上告人の請求は権利の濫用に当たり許されないことがあり得るというべきである

判例の考え方

出発点は、改正前医療法の下での定款自治です。改正前医療法には退社社員への払戻しを直接定めた規定がなく、剰余金の配当を禁止する54条に反しない限り、財産の分配の在り方は各法人が定款で自律的に定めることに委ねられていました。だからこそ、本件の答えは法律の解釈ではなく定款の解釈から導かれます。

本件定款は、8条で「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる」と定める一方、33条で解散時の残余財産を「払込出資額に応じて分配する」と定めていました。33条が、残余財産の評価額に各出資者の出資割合を乗じた額を分配する趣旨であることは文言上明らかです。最高裁は、この33条の「払込出資額に応じて」という用語と対照して、8条の「出資額に応じて」も同じ割合的な算定を意味すると読みました。退社の場面と解散の場面とで、同じ「応じて」という言葉の意味を変えて読む理由はない、という文理に忠実な解釈です。控訴審が重視した基本財産に関する規定(9条・15条)についても、出資金返還請求権の額の算定の基礎となる財産の範囲や返還額の限度を定めたものとは解されないとして、結論に影響しないと整理しています。

C分の算定方法に関する判断も見逃せません。出資金返還請求権は退社(本件では死亡)の時点で発生し、その額も同時点を基準に確定します。Cが死亡した平成13年6月14日の時点では、Bの死亡により発生したB分の請求権が既に存在していたため、C分の額は、B分を負債として控除した法人財産の評価額に、Bの出資額を除いて計算される総出資額中のCの出資額の割合(本件では20万分の20万)を乗じて算定されます。その後にB分が時効で消滅しても、いったん確定したC分の額が増えることはありません。第一審はB分の時効消滅を前提にC分を大きく算定していましたが、最高裁はこの算定方法を明確に否定しました。

結論に至る処理

最高裁は、出資額説を採った控訴審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとして、原判決のうちC分の出資金返還請求に関する部分を破棄しました。もっとも、金額を自ら確定してはいません。Yが過去に和議開始の申立てをしてその後再建されたという財産の変動経緯とその過程でCらが果たした役割、Yの公益性・公共性の観点等に照らすと、Xの請求は権利の濫用に当たり許されないことがあり得ると指摘したうえで、C分の額と権利濫用の成否について更に審理を尽くさせるため、事件を東京高等裁判所に差し戻しています。

なお、XはB分の出資金返還請求等についても上告受理の申立てをしていましたが、理由を記載した書面を提出しなかったため、この部分の上告は却下され、B分が時効により消滅したとの判断は確定しました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

第一に、本判決は、解散時の残余財産を「払込出資額に応じて分配する」と定める規定を持つ定款における、「出資額に応じて返還」という退社時の規定の解釈として示されたものです。33条の文言との対照が決め手になっている以上、定款の文言構成が異なる場合、たとえば払戻額を出資額の限度とする旨が明記されている定款についてまで、本判決の結論が当然に及ぶとは判決文からは読み取れません。個別の定款の確認が常に出発点になります。

第二に、本判決が適用したのは平成18年法律第84号による改正前の医療法です。この問題が現に生じるのは、改正前に設立され、持分の定めを維持したまま存続している医療法人の定款についてです。

第三に、請求権の額の算定に関する判断です。判決文は、C分の額はCの死亡時点を基準に算定され、その後にB分の請求権が時効消滅しても「額が増加することはない」と述べています。請求権の額が発生時点を基準に確定するという考え方は、判決文から確定的に読み取れます。

第四に、権利濫用については、最高裁は「権利の濫用に当たり許されないことがあり得る」と述べて差し戻したにとどまり、どのような場合に権利濫用となるかの基準を示したわけではありません。出資割合説を採ったとしても、事案によっては請求が制限され得ることを示した点に意味があります。

関連判例

法廷意見の中で引用された判例はありません。宮川光治裁判官の補足意見が、出資割合説を支持する裁判例として言及するのが東京高判平成7年6月14日(高民集48巻2号165頁)です。

同判決は、「退会した会員は払込済出資額に応じて払戻しを請求することができる」という定款の規定を、解散時の残余財産を「払込済出資額に応じて分配する」という規定と併せて読み、退会した会員は法人資産に対する出資持分に相当する資産の払戻しを請求できると判断しました。剰余金の配当を禁止する医療法54条を根拠に、払戻しを出資額の限度に絞る解釈を退けた点で、本判決と同じ考え方に立ちます。上告審でも結論は維持され、確定しています。

加えて同判決は、本判決が直接扱っていない二つの論点にも判断を示しました。一つは、法人の設立後に出資して入会した社員の持分割合です。この場合の割合は、入会時における法人の資産総額に当該社員の払込済出資額を加えた額に対する、当該出資額の割合によるとされました。同事件では、退会時の出資総額に対する単純な割合で計算すれば5億円を超え得た払戻額が、この方式により588万円余りと算定されています。もう一つは資産の評価方法で、帳簿価額でも清算価額でもなく、事業の継続を前提とした時価によって評価すべきものとしています。

実務での使い方

使える場面

本判例が働くのは、持分の定めのある医療法人の出資持分をめぐって払戻額の算定が問題になる場面です。相続の文脈では、次の三つが典型です。

第1に、医療法人に出資していた被相続人が死亡し、定款の定めにより死亡退社となって、相続人が法人に払戻しを請求する場面。本件そのものの類型です。

第2に、遺産分割や遺留分侵害額請求において、出資持分ないし出資金返還請求権の評価額が争われる場面。出資額か出資割合かで評価は大きく変わるため、本判例の理解が議論の前提になります。

第3に、医療法人の事業承継の場面。後継者以外の相続人が払戻請求権を行使すると法人の資金繰りを直撃するため、生前対策の設計にも本判例の理解が欠かせません。

払戻しを請求する側(出資持分を相続した相続人側)

出発点は定款の確認です。本判例の結論は、退社時の払戻条項(「出資額に応じて返還」)と解散時の残余財産分配条項(「払込出資額に応じて分配」)の対照から導かれているため、対象法人の定款が同種の文言構成を採っているかを最初に確かめます。改正前の行政庁のモデル定款に沿った定款であれば、本判例を引いて出資割合説による算定を主張する足場ができます。

請求額の算定には、退社時(死亡時)における法人財産の評価額の主張立証が必要です。決算書類・事業報告書、不動産の評価資料、医療機器等の資産状況、負債の内容を、退社時点を基準にそろえることになります。他の出資社員に既に発生していた出資金返還請求権があれば、負債として控除される点も見落とせません。

時効管理も重要です。出資金返還請求権は死亡退社の時点で発生し、消滅時効にかかります。本件でもB分は時効消滅が確定しました。相続開始から年数が経っている案件では、時効の完成・援用の有無を初動で確認する必要があります。

そして、権利濫用の反論への備えです。本判決自体が、法人の財産の変動経緯や出資者側の関与、法人の公益性・公共性等によっては請求が権利濫用に当たり得ることを認めています。請求額が法人の経営を揺るがす規模になる事案ほど、この反論を想定した主張の組み立てが求められます。

払戻請求を受ける側(医療法人・承継者側)

本判決後、同種の文言の定款について出資額説を正面から主張して争うことは難しくなりました。法人側の対応は、おおむね三つの方向で考えることになります。

第1に、算定そのものを争うことです。財産の評価額(不動産や医療機器の評価、負債の計上)、控除すべき他の出資金返還請求権の存在、退社時という算定基準時などを丁寧に主張立証することで、請求額が相当程度動くことが少なくありません。

第2に、権利濫用の主張です。本判決が挙げた要素、すなわち法人の財産の変動経緯(経営危機と再建の経緯)とその過程で出資者側が果たした役割、法人の公益性・公共性、請求額の規模等を具体的に主張立証することになります。本件が差戻しになった経緯からも、これが法人側の中心的な防御方法になり得ることが分かります。

第3に、時効の援用です。死亡退社から長期間が経過した請求権については、消滅時効の完成を検討します。本件でもB分は時効援用により消滅しています。なお、本件当時の民法では権利を行使できる時から10年でしたが、現行民法では、権利を行使できることを知った時から5年(遅くとも行使できる時から10年)が原則です。

立証上のポイント

争いの中心は、結局のところ退社時における法人財産の評価額に集約されます。決算書類だけでなく、不動産については鑑定評価や固定資産評価、医療機器等については帳簿価額と実際の価値との差、負債については他の出資社員の請求権を含めた網羅的な把握が必要です。評価の基準時は退社時(死亡時)であり、その後の財産の増減や他の請求権の消長は原則として額に影響しない、という本判決の枠組みを算定の前提に置きます。

評価の方法自体について本判決は基準を示していませんが、宮川補足意見が言及する東京高判平成7年6月14日は、帳簿価額でも清算価額でもなく、事業の継続を前提とした時価によるべきものとしており、算定実務の参考になります。設立後に入会した出資社員がいる法人では、持分割合の算定方法自体が争点になり得る点にも注意が必要です。

定款そのものが最重要の証拠であることも忘れてはなりません。原始定款から変更の経緯までを双方が確認する必要があります。設立時の出資の事実と金額、社員資格の得喪の経緯を裏付ける資料も算定の基礎になります。

併せて検討すべき周辺論点

本判決は民事上の払戻額の算定を扱ったもので、税務は別の問題です。相続税の場面では、持分の定めのある医療法人の出資は財産評価基本通達に基づいて評価され、内部留保の厚い法人では出資額をはるかに上回る評価になることが少なくありません。払戻請求をするかどうかにかかわらず、相続税の負担が先に問題になります。

医療法人制度の側では、平成18年改正後は持分の定めのある医療法人を新たに設立することはできず、既存の法人は経過措置として存続しています(平成18年改正法附則10条2項)。持分なし医療法人への移行を支援する認定医療法人制度(移行に伴う税負担の軽減措置)や、定款変更により払戻額を出資額に限定する出資額限度法人への移行など、紛争を予防する制度的な選択肢もあります。相続の観点からは、出資持分を後継者に集中させる遺言や生前贈与の設計、他の相続人の遺留分への手当てと併せて、相続開始前に検討しておくべき論点です。

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