「もう話し合いにならない」――遺産分割調停に切り替えるタイミングと損をしないための準備

この記事のポイント

遺産分割協議が感情的な対立で止まっているなら、遺産分割調停への切り替えを検討する段階です。調停では相手と同席せず、調停委員を介して交互に話すのが原則の運用で、直接顔を合わせることはありません。ただし調停は、相続人の範囲から分割方法まで段階を踏んで進み、一度合意した段階を後から蒸し返すことは原則としてできません。生前の使途不明金のように、調停では扱えない問題もあります。申立ての前に、どの争点を調停で扱い、どれを訴訟に回すのか、仕分けが欠かせません。

ご相談に来られたのは、三人きょうだいの長女の方でした。父が亡くなって半年。実家に住み続ける長男と分け方の話をしようとしても、電話には出ず、手紙にも返事がありません。ようやくつながったと思えば「親の面倒を見たのはおれだ。文句があるなら出るところに出ろ」。母を交えた話し合いは二度とも、怒鳴り合いで終わったといいます。

「出るところ」、つまり家庭裁判所。売り言葉に買い言葉のようですが、この状況なら、むしろそれが正解です。

目次

話し合いを続けるか、打ち切るか――見極めの3つのサイン

協議を打ち切る決断は、早すぎても遅すぎてもうまくいきません。次のどれかに当てはまったら、当事者だけの話し合いで解決する見込みはかなり低くなっています。

  1. 話し合いのテーブルにつかない
    連絡を無視する、期限を切っても返事がない。遺産分割協議は相続人全員の合意がなければ成立しないので、一人でも応じない人がいれば、それだけで前に進みません。
  2. 前提となる事実がかみ合わない
    「遺産はこれで全部なのか」「生前に預金が引き出されていないか」といった入口の事実で食い違っている場合、条件のすり合わせ以前の問題です。相手に資料を出させる仕組みが当事者間の協議にはありませんので、平行線になりがちです。
  3. 感情の応酬になっている
    顔を合わせるたびに昔の話を持ち出して罵り合いになる。この状態で回数を重ねても合意には近づかず、相手の態度はかえって硬くなっていきます。

実務では、いったん決裂した協議を当事者だけで立て直せたケースは多くありません。時間が過ぎるほど記憶も資料も散逸しますし、預金の取引履歴のように取得できる期間に限りのある証拠もあります。「裁判所は大ごとだから」とためらったまま1年、2年と協議を引き延ばすほうが、失うものは大きいというのが率直なところです。

調停は「対決の場」ではない――相手と顔を合わせずに進む

裁判所と聞いて、法廷で相手とにらみ合う場面を想像する方が多いのですが、遺産分割調停の実際はまったく違います。

場所は会議室のような調停室。そこにいるのは、あなたと2名の調停委員だけです。申立人と相手方には別々の待合室が用意され、調停室には交互に入ります。あなたが20~30分ほど話して退室し、入れ替わりに相手が入る。その間、あなたは別室で待つ。調停委員が双方の言い分を整理して伝えてくれるので、相手と直接やり取りする場面は原則としてありません。

廊下ですれ違うことすら避けたい事情があれば、申立ての際に裁判所へ提出する「進行に関する照会回答書」でその旨を伝えてください。多くの裁判所で、到着時間をずらすといった配慮をしてもらえます。

もう一つの誤解は、「調停で不利な結論を押し付けられるのではないか」というもの。調停はあくまで合意を目指す手続きで、納得できない案には応じなくて構いません。全員が合意しなければ調停は不成立で終わり、次の手続き(審判)に進むだけです。

調停は段階を踏んで進む――どの段階で何が争点になるか

調停は思いつくままに話す場ではなく、争点を順番に片付けていく「段階的進行」で進められます。標準的な進め方は次のとおりです。

段階決めることよくある争点
1. 相続人の範囲誰が相続人か認知された子・養子の存在
2. 遺産の範囲分ける財産は何か名義預金、財産隠しの疑い
3. 遺産の評価それがいくらの価値か不動産の評価額
4. 特別受益・寄与分相続分をどう修正するか生前贈与、介護の貢献
5. 分割方法具体的にどう分けるか実家を誰が取るか、代償金

この表で押さえておきたいことは2つあります。

第一に、自分の不満がどの段階の話なのかを、申立ての前に仕分けることです。「兄だけ生前に家を建ててもらった」は段階4(特別受益)、「実家の値段で折り合えない」は段階3の話です。仕分けができていると調停委員への説明が伝わりやすく、進行も速くなりやすいのです。

第二に、一度通過した段階には戻りにくいことです。段階3で「実家は3000万円」と合意した後に「やはりもっと高いはずだ」と蒸し返すのは、原則として通りません。早く分け方の話に入りたいばかりに評価へ安易に合意し、後で身動きが取れなくなるケースは少なくありません。急かされても、各段階で立ち止まって確認してください。それが調停で後悔しないための鉄則です。

調停で扱える財産、扱えない財産

遺産分割調停で扱えるのは、「いま遺産として存在する財産」が基本で、何でも持ち込めるわけではありません。

預貯金は、調停で扱えます。問題は、生前に引き出されてしまったお金、いわゆる使途不明金です。すでに引き出された金銭は預貯金債権として残っていないため、原則として遺産分割の対象になりません。取り戻すなら、不当利得返還請求などの民事訴訟(地方裁判所)の話になります。相手が「遺産に戻して計算する」ことに同意すれば、調停の中で柔軟に処理できますが、争っている相手が同意するとは限りません。

相続開始の後に引き出されたお金は扱いが異なり、一定の要件のもとで遺産とみなして分割の計算に入れる制度があります(民法906条の2)。

生前か死後か。引出しの時期によって使える手続きが変わるため、通帳の取引履歴で引出しの時期を確認しておくことが、仕分けの第一歩になります。

実務でよくあるのが、「調停ですべて白黒つけたい」と申し立てたものの、争いの中心が生前の使途不明金で、調停では決着がつかないパターンです。この場合、遺産分割調停と民事訴訟の二本立てにするのか、どちらを先行させるのか、申立ての前に決めておく必要があります。

やってはいけないこと・よくある失敗

感情論で時間を浪費する

調停委員は中立の立場であり、動かすのは事情への同情ではなく客観的な資料です。「昔から兄ばかり優遇されてきた」という話よりも、贈与の振込が分かる通帳、不動産の査定書、被相続人の日記やメモのほうが、はるかに強く効きます。

証拠のないまま使い込みを主張し続ける

取引履歴も取らずに「絶対に使い込んでいるはずだ」と繰り返すと、調停が空転します。主張の前に、被相続人の取引履歴や介護認定記録などの資料を取り寄せ、裁判所に提出するのが先です。

遺産の範囲や評価をその場の空気で合意する

さきほど触れたとおり後戻りは難しいので、迷ったら「次回までに検討します」と持ち帰って構いません。

調停の不成立を恐れて不本意な条件をのむ

調停の不成立は敗北ではなく、審判という次の手続きへの入口です。ここを誤解していると、押し切られます。

調停がまとまらなかったら――審判に移行する

調停が不成立になると、手続きは自動的に審判へ移行し、裁判官が法律と資料に基づいて分け方を決めます。審判には強制力があり、「納得できないから従わない」は通用しません。話し合いが成立しない相手との紛争は、最終的にはここで決着します。

遺産分割は理屈のうえでは最初から審判を申し立てることもできますが、裁判所の判断でまず調停に回される運用(付調停)が通常です。順番としては調停から、と考えて差し支えありません。

大事なのは、調停の段階から審判を見据えて動くことです。調停で提出した資料と整理した主張は、審判に移行してもそのまま土台になります。「どうせ話し合いだから」と準備を緩めず、証拠に基づいてひとつずつ積み上げていく。それが、合意で終わるにせよ審判までいくにせよ、いちばん確実な進め方です。

よくある質問

相手が調停に出席しない場合、手続きはどうなりますか

裁判所が出席を促しますが、それでも応じなければ調停は不成立となり、審判に移行します。審判は相手が欠席のままでも進められ、裁判官が資料に基づいて分割を決めるため、「無視すれば逃げ切れる」ことにはなりません。

調停を申し立てたら、きょうだいの関係がもっと悪くなりませんか?

むしろ逆のことが多い印象です。当事者同士では感情がぶつかる話も、調停委員という第三者を介すると、条件の話として淡々と進みます。直接罵り合う場から離れること自体に、関係悪化を止める効果があります。

弁護士に頼まず、自分だけで調停を進められますか

可能ですし、本人だけで調停に臨む方も少なくありません。ただし、使途不明金や特別受益のように証拠の集め方・出し方で結果が変わる争点が中心の場合や、審判への移行が見込まれる場合は、方針のご相談だけでも弁護士にしておくことを検討してください。

調停で一度合意した内容を、後から変えることはできますか

段階的進行で通過した合意を覆すのは、原則として困難です。特に遺産の評価額は、その後の分割方法すべての前提になります。迷いがあるうちは合意せず、持ち帰って検討する進め方をおすすめします。

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