「相続人の廃除」で遺留分すらもらえなくなる?

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「相続人の廃除」とは?

配偶者や子といった相続人の地位にあれば、たとえ遺言で何も相続できなかったとしても、遺留分を主張できるのが原則です。しかし、相続人の中にも、相続人としての権利を与えるのが妥当ではない人がいます。このような人から相続人としての権利を剥奪するのが、「相続人の廃除」という制度です(民法892条)。

裁判所が相続人の廃除を認めると、身分関係上は相続人の地位にあった人であっても、相続人としての権利を失いますので、遺留分も主張できなくなります。そのため、相続人から廃除されるかどうかは、遺留分権利者にとって極めて重大な問題になります。

なお、相続欠格という制度もありますが、相続欠格事由に該当すると当然に相続資格を失う制度で(民法891条)、裁判所の審判が必要な相続人の廃除とは異なります。

相続人の廃除はどのように行うか

相続人の廃除は、被相続人(相続財産を残す人)が行います。
もっとも、廃除すると宣言すれば廃除できるわけではなく、家庭裁判所の審判手続を経る必要があります。

被相続人(相続財産を残す人)が、生前、家庭裁判所に相続人の廃除を申し立てることもできます(民法892条、生前廃除)し、遺言で廃除の意思表示をすることもできます(民法893条、遺言廃除)。

なお、遺言廃除の場合、家庭裁判所に廃除の申立てをするのは遺言執行者(遺言の内容を実現する人)です。

(推定相続人の廃除)
第八百九十二条 遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。

(遺言による推定相続人の廃除)
第八百九十三条 被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。

廃除される相続人は誰か

廃除できる相続人は「遺留分を有する」相続人で(民法892条)、配偶者、子供、親などの直系尊属が廃除の対象となります。

兄弟姉妹が相続人となる場合もありますが、遺留分はありません(1042条1項)ので、相続人の廃除もできません。
兄弟姉妹に相続させたくない場合には、遺言で兄弟姉妹以外の人に相続させれば足ります。

相続人から廃除されるのはどのような場合か

民法892条では、相続人の廃除が認められる事情(相続廃除事由)として、

  • 被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき
  • 推定相続人にその他の著しい非行があったとき

と規定されています。

もっとも、法律の文言はかなり抽象的なため、相続人から廃除されるのは具体的にどのような場合かが問題となります。

廃除が認められるかどうかの判断要素

相続人の廃除について、東京高裁平成8年9月2日決定では、以下のとおりに判断がなされています。

  • 推定相続人の廃除は、遺留分を有する推定相続人が被相続人に対して虐待及び侮辱並びにその他の著しい非行を行ったことが明らかであり、かつ、それらが、相続的共同関係を破壊する程度に重大であった場合に、推定相続人の相続権を奪う制度である。
  • 右廃除は、被相続人の主観的、恣意的なもののみであってはならず、相続人の虐待、侮辱、その他の著しい非行が客観的に重大なものであるかどうかの評価が必要となる。
  • その評価は、相続人がそのような行動をとった背景の事情や被相続人の態度及び行為も斟酌考量したうえでなされなければならない。

つまり、相続人の行為が形式的に虐待や侮辱に該当するかどうかだけで判断するのではなく、「相続的共同関係を破壊する程度に重大」であることを求めています。

また、その重大性は客観的なものである必要があり、当該行動をとった背景事情や被相続人の態度及び行為も加味すべしとしています。

相続人の最低限の取り分である遺留分すらも奪う制度であるため、その強力な効果に見合うレベルの重大な非行がなければ、相続人の廃除は認められないことになります。

相続人から廃除されたケース

事案

小学校低学年の頃から問題行動を起こし、その後も少年院に行ったり暴力団幹部と同棲したりした相続人が、被相続人の反対にも関わらず暴力団幹部と婚姻し、披露宴の招待状にその暴力団幹部と連名で被相続人の名前を連名で印刷し、被相続人の知人等にも送付するなどしたケース(東京高裁平成4年12月11日決定)

原審の判断

相続人の非行の原因が相続人にのみあるわけではないこと等を理由に、廃除を否定

控訴審の判断

被相続人は親としての最善の努力をしたがどの効果はなく、相続人の一連の行為により、被相続人は多大な精神的苦痛を受け、その名誉が毀損され、その結果、家族的共同生活関係が全く破壊されて修復が著しく困難になったことを理由に、原審判を取り消し(相続人の廃除を肯定)

相続人から廃除されなかったケース

事案

推定相続人が、被相続人に対し、約12年間にわたって侮辱、暴力及び嫌がらせを行っていたケース(東京高裁平成8年9月2日決定)

原審の判断

推定相続人の行為の程度に着目し、相続人の廃除を肯定

控訴審の判断

推定相続人と被相続人の不和は嫁姑関係の不和に起因し、双方が日常的に口論する家庭状況にあったこと、何の理由もなく一方的に行われたものではないことを考慮し、原審判を取り消し(相続人の廃除を否定)

廃除請求された相続人はどうすればいいか

相続人の廃除の申立てがなされると、申立人と廃除請求された相続人(生前廃除の場合は推定相続人)を当事者とみなして審判手続が行われます。廃除請求された相続人に申立書の写しが送付されますので、これにより、廃除の申立てがなされたことが分かります。

家庭裁判所は、原則として、審問期日において、廃除請求された相続人の意見を聞かなければなりません(家事事件手続法188条3項)ので、廃除請求された相続人は、審問期日において反論することができます。

なお、前記のとおり、相続人の廃除が認められるためには、客観的に重大な事情が必要です。申立人の方で重大であることを客観的に裏付ける必要がありますので、そもそも裏付けがなければ、相続人の廃除は認められません。


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