共有物分割の賠償金(代償金)は「マンション全体の時価×持分割合」が基準です。相続税評価額は税金を計算するための評価額にすぎず、共有物分割をする際の基準ではありません。マンション(特にタワーマンション)の場合、相続税評価額と時価の開きが大きく、相続税評価額は市場価格の4割程度にとどまるという調査もあります。2024年の評価ルール見直し後も、差は残ります。交渉がまとまらなくても、共有物分割訴訟では、最終的に、鑑定に基づく時価で決着します。相続税評価額ベースの提示に急いで応じる理由はありません。
相談者は50代の会社員の方でした。父親の遺言で、実家のマンション一室は兄と2分の1ずつの共有に。兄は父親と同居していて、亡くなった後もそのまま10年近く住み続けています。共有のままでは先に進まないと考えて解消を持ちかけたところ、兄の返事は「持分は買い取る。賠償金は相続税評価額で計算した」。提示された金額は、同じマンションの売出し価格から考えると、半分にも届かない水準でした。
買い取ること自体には合意できている。揉めているのは金額だけ。それなのに話が動かない――このタイプの行き詰まりの正体は、ほとんどの場合、お互いが違う「物差し」で話していることにあります。
その賠償金、何を基準に計算されていますか
マンションには、性質の違う評価額が最低でも3つあります。
| 評価額 | どのような性質の数字か | マンションでの傾向 |
|---|---|---|
| 相続税評価額 | 相続税・贈与税の計算用 | 時価より大幅に低くなりやすい |
| 固定資産税評価額 | 固定資産税等の計算用 | さらに低いことも多い |
| 時価(市場価格) | 実際に売買される価格 | 共有物分割の賠償金の基準はこれ |
問題は、マンションの場合、この3つの評価額の開きが戸建てよりもずっと大きくなることです。マンション一室当たりの敷地権はごくわずかで、評価の多くを建物部分が占めます。ところが、市場価格を動かしているのは、階数、眺望、駅距離、ブランド、市況といった、税務上の評価に反映されにくい要素です。国税庁の調査では、マンションの相続税評価額は市場価格の平均4割程度にとどまっていたと報告されています。高層階ほど開きは広がり、タワーマンションで顕著です。
「タワマン節税」への対策として、2024年からマンションの相続税評価の方法は見直されました。しかし、この新ルールは、評価額を市場価格の6割水準まで引き上げる補正であって、時価に一致させる仕組みではありません。見直し後の評価額であっても、それを基準に持分を手放せば、理屈の上でも時価の6割前後で売る計算になります。
実務では、相続税評価額ベースの提示に悪意があるとは限りません。相続税申告のときに全員が目にした数字で、「お互い一度納得した金額」という感覚が相手にはあります。ただ、住み続けたい側にとって都合のよい数字であることもまた事実です。だからこそ、感情論ではなく、「物差し」の違いから話を始めます。
共有物分割の賠償金は「時価」で決まる
共有物分割により共有状態を金銭で清算するときの基準は、マンション全体の時価×持分割合です。交渉段階でも、最終的に共有物分割訴訟まで進んだ場合でも、これは変わりません。
裁判所が共有者の一人に建物全部を取得させ、他の共有者への賠償金の支払いを命じる方法(全面的価格賠償)を認めた最高裁平成8年10月31日判決は、その条件として「価格が適正に評価され」ることを挙げています。訴訟でも評価額が折り合わない場合、不動産鑑定士の鑑定によって時価が認定され、賠償金はその鑑定価格から算定されます。相続税評価額を基準にした賠償金の主張が、そのまま通ることはありません。
「共有持分なんて、売っても二束三文だ」という言い分と混同しないことも大事です。持分だけを買取業者など第三者に売る場合には、たしかに大きな割引(共有減価)が働きます。しかしそれは、紛争リスクごと持分を引き受ける買取業者相手の話です。共有者どうしの清算では、買い取る側は完全な単独所有を手に入れるのですから、共有減価を持ち出す前提を欠きます。
低い価格を提示されたときの対応
ステップ1:その場で答えず、数字の出どころを確認する
「どの評価額を、どう計算したのか」を書面でもらいます。相続税評価額なのか固定資産税評価額なのか、いつの時点の数字なのかで、話の前提が変わります。出どころを確認するだけなら角も立ちません。
ステップ2:時価の資料を集める
複数の不動産会社の査定と、周辺の成約事例を揃えます。マンションはここが有利です。同じ棟や近隣に同じ階数や間取りの取引が積み重なっているため、戸建てより時価を客観的に示しやすいのです。金額の開きが大きい場合や訴訟も視野に入る場合は、不動産鑑定士の鑑定評価書まで検討します。
ステップ3:根拠資料を添えて対案を示す
「時価×持分割合」で計算した金額を、根拠資料を添えて書面かメールで提示します。あわせて、相続税評価額は税計算用の数字であって売買の基準ではないことを、一言だけ説明しておきます。長い反論は要りません。物差しの違いを指摘すれば足ります。
ステップ4:中立の不動産鑑定士に共同で依頼することを提案する
「お互いの言い値では決まらないので、中立の不動産鑑定士に任せませんか」という提案です。費用を折半すれば、結果はお互いに受け入れやすくなります。これにも応じないなら、訴訟では裁判所を通じた鑑定で時価が認定されることを事実として伝えます。
実際の交渉では、ステップ3の根拠資料を出した段階で、相手の態度が変わることが少なくありません。感覚のぶつけ合いだった話が、数字と根拠の勝負に切り替わるからです。
兄側から出てきそうな反論と切り返し方
反論1:「相続税の申告では、この評価額でお互い納得していたはずだ」
納得したのは税金の計算であって、持分の売買価格ではありません。目的の違う数字だと切り分けて返します。相続税申告書の数字を持ち出されても、売買の場面に持ち込む理由にはなりません。
反論2:「タワマン節税の是正で、評価額は時価に近づいたはずだ」
新ルールは市場価格の6割水準への補正です。「近づいた」ことと「一致した」ことは違います。見直し後の評価額を基準にしても、なお時価との差が残る設計になっていること自体を説明します。
反論3:「時価で買い取る金はない」
手持ち資金が不足しているのであれば、まずは金融機関からの借入れを促します。それでも難しいなら、全体を売却して代金を持分割合で分ける方向(換価分割)への切替えが現実的になります。全面的価格賠償は、取得する側に支払能力があることも条件だからです。「安くしか払えないから安く買う」は、共有物分割の枠組みでは通りません。
交渉で動かないとき――訴訟では鑑定と時価で決着がつく
マンション一室は、土地のように線を引いて分けられません。共有物分割訴訟まで進んだ場合、どちらかが全体を取得して他方に持分の価格を支払うか(賠償分割)、全体を売却して代金を分けるか(換価分割)の二択になります。
つまり、訴訟になれば、兄に資力がある限り「鑑定で認定された時価」を基準とする清算に向かい、資力がなければ競売です。競売の売却価格は市場で売るより低くなりがちで、住み続けることもできなくなりますから、兄にとって最も避けたい結末のはずです。相続税評価額ベースの主張は、訴訟では維持できません。この仕組みと見通しを感情を交えずに共有できれば、「訴訟の手前で、時価ベースで合意する」ことが相手にとっても合理的な選択であることが分かるはずです。
訴訟には1年程度の期間と、弁護士費用や鑑定費用の負担が伴います。共有物分割請求の目的は、訴訟そのものではなく、訴訟になった場合の帰結を背景に、その手前で適正な金額に着地させることです。
やってはいけないこと・よくある失敗
根拠を確かめないまま、提示額で合意書にサインする
持分を譲渡してしまえば、後から「安すぎた」とやり直すことは原則できません。書面を交わす前の確認がすべてです。
一般論で「安すぎる」と言い続ける
具体的な根拠のない不満では、相手を説得することはできません。数字には数字を。査定書一枚でも、議論の土俵は変わります。
行き詰まって買取業者に持分を売る
買取業者に持分を売却する場合、共有減価で時価持分相当額を大きく下回りがちなうえ、第三者の買取業者が関与してくることで、兄との関係も決定的に悪化します。検討するとしても、交渉と分割請求を尽くした後の最後の選択肢です。
訴訟を避けて現状を維持する
その間も管理費・修繕積立金・固定資産税の負担は続きます。兄に相続が起きれば、交渉相手は兄の家族に変わり、関係性が希薄な共有者が増えて話がまとまりにくくなります。時間が経てば経つほど、解決は困難になってきます。

