遺産分割協議は錯誤で無効になるか──評価額と寄与分の説明を信じた相続人の主張を退けた事例|東京高判平成28年5月17日
遺産分割協議の成立後に、相続人の一人が「遺産の評価額や寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をした相続人の取り分を増やす制度)の説明を誤信して署名押印した」として協議の錯誤無効を主張した事案で、東京高等裁判所は錯誤の成立を否定し、協議は有効に成立していると判断しました。寄与分の有無と程度は当事者が自由に処分できる性質の事柄であり、協議で示された寄与分の主張は当事者の主張として十分あり得る内容だったこと、評価額の説明にも一応の根拠があったこと、疑義があれば資料の提出と再度の協議を求めることができたことが、その理由です。錯誤無効を認めて請求を棄却した第一審判決は変更され、協議書どおりの分割金の支払が命じられました。なお、本判決は平成29年改正前の民法95条(錯誤の効果を「無効」とする規定)が適用された事案です。
判例情報
- 裁判所:東京高等裁判所
- 判決日:平成28年5月17日
- 事件番号:平成27年(ネ)第5825号
- 関連条文:改正前民法95条(錯誤)、民法904条の2(寄与分)、民法907条(遺産の分割の協議)
事案の概要
本件は、母の遺産分割協議が成立して相続人全員が協議書に署名押印した後、遺産の預金全額を払い戻して保管していた相続人の一人が「評価額や寄与分の説明を誤信した」として錯誤無効を主張し、協議で定められた分割金の支払を拒んだ事案です。第一審は錯誤無効を認めて請求を棄却しましたが、控訴審の東京高等裁判所がこれを覆しました。
登場人物
- C(被相続人):5名の子の母。自宅土地建物の持分2分の1などの不動産と、預金合計1874万3934円を遺して死亡。
- X(四女・原告・控訴人):夫Dとともに約33年半にわたりCと同居。協議により、不動産の持分と預金1074万3934円を取得するものとされた。
- D(Xの夫):自宅土地建物をCと持分2分の1ずつで共有。相続人ではないが協議に同席し、寄与分の説明資料に沿って具体的な説明を行った。
- Y(長男・被告・被控訴人):協議により預金200万円を取得するものとされた。相続人全員の依頼で遺産の預金全額を払い戻して保管していた。錯誤無効を主張。
- Cの子3名(訴外):XとYのきょうだい。協議により各200万円を取得するものとされた。
時系列
- 昭和49年11月:XとDが婚姻
- 昭和55年:Xの父EとDが自宅土地建物などを持分2分の1ずつで取得。X夫婦が父E・母Cと自宅建物で同居を開始
- 昭和58年5月25日:父Eが死亡。不動産の父Eの持分は母Cが相続
- 平成25年9月10日:母Cが死亡(相続開始)。相続人は子5名
- 平成25年11月3日:相続人5名がXの自宅に集まり本件遺産分割協議。同日、全員が遺産分割協議書に署名押印
- 平成25年11月14日:Yが、相続人全員の依頼に基づき遺産の預金全額を払い戻し、自己名義の口座で保管
- 平成25年12月14日:XがYに対し、書面で分割金1074万3934円の支払を請求(同日到達)
- 平成27年10月13日:第一審の横浜地方裁判所が、Yの要素の錯誤を認めて協議を無効とし、Xの請求を棄却
- 平成28年5月17日:東京高等裁判所が原判決を変更し、Xの請求を一部認容(本判決)
経緯
Xは婚姻後、夫Dとともに父E・母Cと同居を始めました。自宅土地建物はDと父E(父Eの死後は母C)が持分2分の1ずつで共有しており、同居は約33年半に及びました。平成25年9月に母Cが死亡し、子5名が相続人となりました。
平成25年11月3日、相続人5名がXの自宅に集まり、遺産分割協議が行われました。Xが配布した財産目録には、遺産として自宅土地建物の持分(評価額600万円と記載)と預金合計1874万3934円が記載されており、不動産の持分をXが取得することには他の相続人もすぐに同意しました。続いて預金の分け方の協議に移り、Dも加わって、寄与分に関する説明資料が配布されました。X側は、母Cの生活費の負担などを理由に約2700万円の寄与分があると説明したうえで、協議の場では、Xの寄与分を874万円とし、これを差し引いた1000万円を相続人5名で分割するという提案をしました。
Yは、評価額600万円の根拠を質問し、Dから「近隣で似た条件の住宅が、当初1800万円で売りに出され、最終的に1180万円で売れたようだ」という説明を受けました。寄与分の意味についての質問にも、Dが「長い間療養看護して、母の財産の維持、増加に使ったお金である」と説明しています。他の相続人からは、計上された生活費が高すぎるのではないかという意見や、1000万円はXを除く4名で分けるべきだという意見も出ましたが、Dは、協議が成立しなければ家庭裁判所の手続になり、その場合は寄与分として2700万円全額を主張すると述べました。最終的に、同日午後6時ころ、X以外の4名が各200万円を取得し、その余の遺産(預金1074万3934円と不動産の持分)をXが取得する内容で全員が合意し、その場で協議書に署名押印しています。
協議後、相続人全員の依頼により、Yが遺産の預金全額を払い戻して保管しました。ところがその後、協議書に不動産の地番の誤記や遺産目録の記載漏れが見つかり、Xが協議書の作り直しを求めたところ、X以外の相続人らは遺産分割協議そのもののやり直しを求めてこれに応じませんでした(Xは、協議書の捨て印を利用して誤記などを訂正し、相続登記を済ませています)。XはYに分割金の支払を書面で請求しましたが支払われなかったため、協議に基づく分割金の支払を求めて提訴しました。
第一審の横浜地方裁判所は、評価額600万円の記載は協議の資料として適切なものとはいえず、寄与分の説明も不正確を超えて誤っていたとしたうえで、これらの説明を信じたYには動機の錯誤(意思表示の前提となる事情についての思い違い)があり、その動機は協議の場で表示されていたから要素の錯誤(意思表示の重要な部分に関する錯誤)に当たるとして、本件遺産分割協議を改正前民法95条により無効と判断し、Xの請求を棄却しました。これを不服としてXが控訴したのが本件です。
争点
遺産分割協議の席で示された遺産の評価額や寄与分の説明を信じて協議書に署名押印した相続人は、後にその説明内容の誤りを主張して、錯誤による協議の無効を主張できるか。
Y側(無効を主張する側)の主張:財産目録に記載された自宅土地建物の評価額600万円は、固定資産税評価額や路線価から算定される額と相当の開きがあり、評価額が正しいものと誤信した。約2700万円の寄与分があるとする説明も、民法の定めと大きく異なる誤ったものであり、寄与分の考え方が正しいものと誤信した。家庭裁判所の手続になれば取り分がなくなると言われて署名押印したのであって、相続分を大きく左右するこれらの点についての錯誤は要素の錯誤に当たる。仮に動機の錯誤であるとしても、説明を受け、質問もしたうえで協議をしたのだから、動機は明示または黙示に表示されていた。
X側(有効を主張する側)の主張:600万円という評価額は、近隣の取引事例を根拠として示した説明であり、断定的な判断を提供したものではない。不動産をXが取得すること自体は、評価額を問題とせず全員一致で決まっており、評価額の点に協議を無効とするほどの重要性はない。寄与分の説明も実際の家計支出に基づくもので誤りはなく、Yには多額の特別受益(被相続人からの生前贈与などによる遺産の前渡し分)があるから、家庭裁判所の手続になれば取り分がなくなり得ることはY自身が認識していた。そもそも遺産分割協議は和解契約の一種であり、当事者間で争われ合意によって確定させた事項については、後から真実と異なるとして錯誤無効を主張することは許されない(和解の確定効、民法696条)。なお、第一審では、仮に錯誤があるとしてもYには重大な過失があるとの主張もしています。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:Yに要素の錯誤があったとは認められず、本件遺産分割協議は有効に成立しているとして、原判決を変更し、協議書に記載された1074万3934円と遅延損害金の支払をYに命じた。
- 理由:寄与分の有無と程度は当事者が自由に処分できる性質の事柄であり、Xの寄与分の主張は当事者の主張として十分あり得るもので、評価額の説明にも一応の根拠があったうえ、疑義があれば資料の提出と再度の協議を要求すれば足りたから。
判決文の引用
東京高裁はまず、寄与分という制度の性質について、次のように述べました。
民法の寄与分の制度は、共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたものがあるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなすものであるから、寄与分の有無と程度などは、当事者が自由に処分することのできる性質の事柄である。
そのうえで、錯誤の成立を否定した核心部分は次のとおりです(引用中の「控訴人」はX、「被控訴人」はYを指します)。
控訴人の主張する寄与分の金額も前提事実がどう認定されるかによって最終的に認定されるべき金額は変化するものの、少なくとも当事者による寄与分の主張としては十分あり得るものであること、自宅土地の価額の資料や、控訴人の主張する寄与分の前提事実の資料について、もしこれを精査する必要があるなら、資料の提出と再度の協議を要求すればよいことであり、それが到底できなかった事情は見当たらないことを考慮すると、本件遺産分割協議において、被控訴人は、本件預金については、最終的に、控訴人が1074万3934円を取得すること、被控訴人を含めたその余の相続人らが各200万円取得することを合意したものであり、そこに錯誤があったと認めることはできない。
また、「家庭裁判所の手続になれば他の相続人の取り分がなくなる」という趣旨のDの発言についても、次のように述べています。
仮に、Dにおいて、控訴人の要求する内容で本件遺産分割協議が成立しなければ、家庭裁判所において2700万円の寄与分の主張を行い、これが認められれば、被控訴人ら他の相続人の取得分はなくなると述べたとしても、その点に疑義がある限りは、正に専門家に聞くなどして対応を協議すべきものであり、そのような対応も困難な状況にあったことも認められない。
判例の考え方
本判決の論理は、次の3段階で整理できます。
第1に、寄与分は協議で自由に決められる事柄だという出発点です。寄与分は、まず共同相続人の協議で定め、協議が調わないときに家庭裁判所が定めるという仕組みになっており(民法904条の2)、協議の席での寄与分の主張には、唯一の正解があるわけではありません。本判決はこの性質を前提に、協議で示された寄与分の説明が「客観的に正しかったか」ではなく、「当事者の主張として十分あり得る範囲か」という観点から検討しています。そして、X側の主張する寄与分はいわゆる扶養型(生活費の負担などによる類型)に属するとしたうえで、扶養義務の範囲を超えて扶養した場合には特別の寄与を認める余地があり、被相続人に財産や年金収入があって同居の相続人に扶養義務がないと解される場合には、現実に負担した扶養料の額がそのまま寄与分と認定されることもあり得るという一般的な理解を示し、約33年半に及ぶ同居生活を前提とした約2700万円という計算も「不相当に高額な算定であるとはいえない」と評価しました。あわせて、協議でXが最終的に求めた寄与分は預金のうち870万円と不動産の持分にとどまり(評価額の見方により合計1470万円から1770万円)、家庭裁判所で主張すると述べた2700万円がそのまま協議内容になったわけではないことも踏まえられています。
第2に、評価額の説明には一応の根拠があり、合意の決め手でもなかったという評価です。600万円という説明の根拠は、近隣の類似住宅が最終的に1180万円で売れたという認識であり、実際にも近隣で1100万円の成約例があったことから、判決は説明に「相応の合理性」を認めました。さらに、固定資産税評価額から算定すると768万7775円、路線価から算定すると885万9835円、鑑定評価の一例でも735万円(いずれも持分2分の1相当)であったことを踏まえても、自宅土地の価額の違いは遺産全体に占める寄与分の割合に大きな影響を与えるものではなく、しかも不動産をXが取得すること自体には争いがなく、相続人の関心は預金の配分にあったことから、評価額がYの合意の大きな要素となったとは認められないとしています。
第3に、疑問があれば確かめる手立てが残されていた、という点です。判決は、資料を精査する必要があるなら資料の提出と再度の協議を要求すればよく、疑義があるなら当日の協議成立を拒絶すれば足り、家庭裁判所での見通しに不安があるなら専門家に相談すべきであって、いずれについても、それが困難な状況にあった事情は認められないと指摘しました。確認の機会が開かれていたにもかかわらず、説明を信頼して当日中に合意した以上、その判断を錯誤として覆すことはできない、という考え方です。
第一審との対比も本判決の理解に役立ちます。第一審は、評価額600万円の記載が協議資料として適切でなく、寄与分の説明も民法の定めと異なり、説明上の金額が遺産総額を超えるなど誤っていたという、説明内容の客観的な当否に重きを置いて錯誤無効を導きました。これに対し本判決は、同じ協議の経過を、寄与分が協議で自由に定められる交渉事項であるという性質と、Y側に確認や再協議の機会が開かれていたという事情から捉え直したものといえます。
結論に至る処理
東京高裁は、以上の判断に基づき原判決を変更し、Xの請求を協議書記載の金額の限度で認容しました。Xは、実際に払い戻された預金額を基礎に1075万0051円を請求していましたが、判決は、払戻額が協議書の金額より増えていたのは定期預金の利息によるものと推認されるとしつつ、本件遺産分割協議の趣旨を「遺産である預金の全額から800万円を控除した金額をXが取得するもの」と直ちに解することはできないとして、請求できる金額は協議書に明記された1074万3934円に限られると判断しています。また、本件の支払債務は期限の定めのない債務であるため、遅延損害金(支払が遅れたことに対する損害金)の起算日は履行の請求の日の翌日である平成25年12月15日とされ、年5分(当時の法定利率)の割合によるものとされました。訴訟費用は第一審・控訴審ともYの負担です。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
平成29年改正前の民法95条の事案であること
本判決は、錯誤の効果を「無効」と定めていた改正前民法95条の下での判断であり、判決文も錯誤の有無を協議の無効に直結する形で検討しています。錯誤の効果を「取消し」と改めた現行民法95条(令和2年4月1日施行)の下での事案に、本判決の判断枠組みがそのまま適用されるわけではありません。現行法との関係は「実務での使い方」で触れます。
遺産分割協議への錯誤主張を一般的に封じた判決ではないこと
本判決は、「遺産分割協議について錯誤の主張はおよそ許されない」という一般論を述べたものではありません。判決は、本件の協議の経過と資料の内容を具体的に検討したうえで、「そこに錯誤があったと認めることはできない」と結論づけており、錯誤の成否を本件の事実関係に即して判断した事例判断です。
錯誤の否定は本件の具体的事情に支えられていること
判決文が錯誤を否定する際に挙げたのは、寄与分の主張が「当事者の主張としては十分あり得るもの」であったこと、評価額の説明に「一応の根拠」と「相応の合理性」があったこと、そして資料の提出と再度の協議の要求や専門家への相談が「到底できなかった事情は見当たらない」ことです。本判決の結論はこれらの事情がそろった本件についてのものであり、これらの前提を欠く事案について判断を示したものではありません。
実務での使い方
本判例は、遺産分割協議の成立後に、相続人の一人が「協議のときの説明を誤信した」として錯誤を主張し、協議の効力を争う場面で参照する裁判例です。協議に基づく分割金の支払や登記手続への協力を求める側にとっては協議の有効性を支える論拠となり、錯誤を主張する側にとっては、主張が認められるための条件を測る物差しになります。相続案件における使いどころを整理します。
使える場面
典型は、本件のように、協議書への署名押印まで済んだ後に、取り分の少なかった相続人が「評価額が違っていた」「寄与分の説明が誤っていた」などとして、分割金の支払や登記手続への協力を拒む場面です。遺産の預貯金を相続人の一人が払い戻して保管している場合、協議に基づく分割金請求訴訟の被告側から錯誤(現行法では錯誤取消し)が主張されることがあり、本判決はまさにその攻防の先例となります。逆に、不利な内容の協議に応じてしまった相続人から「協議をやり直したい」という相談を受けた場面では、錯誤主張の見通しを立てる際の参考になります。
協議の有効性を主張する側
協議どおりの履行を求める側は、本判決の判断要素に沿って事実を整理するのが効果的です。第1に、協議で示した説明や評価額に一応の根拠があったこと。本件では、近隣の売買事例という根拠が示され、事後的に判明した固定資産税評価額や路線価、鑑定評価額と比べても、協議を左右するほどの開きではないと評価されました。第2に、相手方に質問・確認の機会があったこと。本件のYは、評価額の根拠や寄与分の意味を現に質問し、説明を受けたうえで署名押印しています。第3に、当日の成立を拒んで資料の提出や再協議を求めたり、専門家に相談したりすることが可能だったこと。協議が1日で成立した事案であっても、それを強いられた事情がなければ、確認の機会はあったと評価され得ます。第4に、問題とされた事項が合意の決め手でなかったこと。本件では、不動産をXが取得すること自体に争いがなく、相続人の関心は預金の配分にあったという事情が、評価額の重要性を否定する方向に働きました。
錯誤(現行法では錯誤取消し)を主張する側
協議の効力を争う側にとって、本判決は「説明が結果的に不正確だった」というだけでは足りないことを示しています。第一審が錯誤無効を認めた事案でも控訴審で覆っているのですから、主張の組み立てには慎重さが必要です。具体的には、説明内容が客観的な資料と著しくかけ離れていたこと、説明の根拠とされた事実がそもそも存在しなかったこと、当日中の署名を迫られるなどして確認や再協議の機会が実質的になかったこと、その事項が合意の不可欠の前提として示されていたことなどを、具体的な事実によって主張立証していく必要があります。また、説明者が誤りと知りながら告げていたといえる事案であれば、錯誤とは別に詐欺取消し(民法96条)も検討の対象になります。
立証上のポイント
協議の場の再現が勝負になります。本件で裁判所が事実認定の基礎としたのは、協議当日に配布された財産目録や寄与分の説明資料と、出席者の供述でした。協議で使われた資料一式と、誰がどの順序で何を説明し、誰がどのような質問をしたのかという経過は、双方にとって立証の中核になります。評価額の合理性については、本判決が近隣の成約事例、固定資産税評価額、路線価、鑑定評価額を突き合わせて判断した手法が参考になります。示された評価額が複数の評価指標の幅の中に収まっていれば説明の合理性は基礎づけやすく、逆に錯誤を主張する側は、説明額がどの指標からもかけ離れていたことを示す必要があります。協議後の言動(再協議を求めたか、払戻しや登記の手続に協力したか)も、錯誤の有無の認定に影響し得る事情として押さえておきたいところです。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、現行民法95条との関係です。令和2年4月1日施行の改正民法により、錯誤の効果は無効から取消しに改められました。本件のような「説明を信じた」型の錯誤は、現行法では法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤(民法95条1項2号)として扱われ、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り取り消すことができ(同条2項)、かつ、その錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであることが必要です(同条1項)。表意者に重大な過失があれば、原則として取消しはできません(同条3項)。本判決が検討した、説明の合理性、当該事項の重要性、確認の機会の有無といった事情は、現行法の下での重要性や基礎事情の判断にあたっても意味を持つと考えられます。
第2に、寄与分の本来の手続です。寄与分は、まず共同相続人の協議で定め、協議が調わないときは家庭裁判所が定めます(民法904条の2)。協議が成立しなかった場合に家庭裁判所でどの程度の寄与分が認められるかは、本判決が判断した問題とは別であり、調停・審判での見通しは個別に検討する必要があります。なお、本件で説明にあたったXの夫は相続人ではありませんが、現行法では、相続人でない親族が被相続人の療養看護などにより特別の寄与をした場合に、相続人に対して特別寄与料を請求できる制度(民法1050条、令和元年7月1日施行)が設けられています。相続人の配偶者の貢献をどのように位置づけるかは、寄与分の主張の組み立てと併せて検討すべき点です。
第3に、協議書の金額の定め方です。本判決は、付随的な判断として、Xが請求できる金額は協議書に明記された金額に限られるとし、協議後に定期預金の利息で増えた分の取得を認めませんでした。預貯金を含む協議書を作成する際は、確定額で記載するのか、「預金全額から〇円を控除した残額」のように記載するのかによって、利息や端数の帰属が変わり得ます。分割の対象と帰属を文言で明確にしておくことが、後日の紛争の予防につながります。

