遺産分割前の預貯金は差し押さえられるか──相続人の債権者による譲渡命令と準共有物分割を認めた事例|東京地判令和3年11月19日
預貯金債権は、相続が開始しても当然には相続分どおりに分割されず、遺産分割の対象になります。そのため、相続人の一人に対して債権を持つ人であっても、被相続人名義の預金から直接取り立てることはできず、その相続人が預貯金債権について持つ共有持分を差し押さえる形になります。本判決は、差し押さえた持分について譲渡命令を得た債権者側が、相続人全員を相手に提起した準共有物分割請求を認め、譲渡命令に記載された金額を債権者側に取得させ、残りを相続人らの共有(遺産共有)のまま残す分割を命じました。最大決平成28年12月19日の後、相続人の債権者がどのような手順で遺産の預貯金から回収するのかを具体的に示した裁判例です。
判例情報
- 裁判所:東京地方裁判所
- 判決日:令和3年11月19日
- 事件番号:令和2年(ワ)第1204号
- 関連条文:改正前民法258条(平成29年法律第44号による改正前)、民法264条、民事執行法161条
事案の概要
本件は、遺産分割が終わっていない被相続人名義の預貯金について、相続人の一部に対する確定判決を持っていた債権者側が、その相続人らの共有持分を差し押さえて譲渡命令により取得し、相続人ら全員を相手に預貯金債権の分割(準共有物分割)を求めた事案です。
登場人物
- 亡B(被相続人):本件預貯金債権(複数の銀行預金とゆうちょ銀行の貯金。米ドル建てのものを含む)の名義人。平成26年に死亡し、遺産分割は未了。
- 亡A(債権者):生前、亡Bに預貯金等の管理を委ねていた人物。Bの死後、その相続人らに対して預けた金銭の返還を求める訴訟を起こし、勝訴判決を確定させた。令和2年に死亡。
- X(原告):亡Aの弟。遺言により亡Aの全財産を相続し、Aが譲渡命令で取得していた持分を引き継いで本件訴訟の原告となった。
- Y1〜Y12(被告ら):亡Bの相続人12名。いずれも亡Bのきょうだい(異父・異母のきょうだいや養子縁組によるきょうだいを含む)またはその子らで、このうちY1〜Y5の5名が、亡Aへの支払を命じる確定判決を受けた債務者。
時系列
- 平成26年7月21日:亡B死亡。遺産に本件預貯金債権が含まれるが、遺産分割は未了
- 平成30年4月:亡Aが、亡Bの相続人らに対し、預貯金等管理契約の終了に基づく返還請求訴訟を東京地方裁判所に提起
- 平成30年9月12日:東京地方裁判所が、Y1・Y2に各277万円余、Y3・Y4・Y5に各1108万円余の支払を命じる判決(その後確定)
- 令和元年6月:確定判決に基づき、Y1〜Y5が本件預貯金債権について持つ各共有持分に対する債権差押命令
- 令和元年7月〜11月:差し押さえた各持分を、支払に代えて亡Aに譲渡する譲渡命令(いずれも確定)
- 令和2年3月9日:亡A死亡。弟であるXが遺言により全財産を相続
- 令和3年11月19日:東京地方裁判所が本判決(請求認容)
経緯
出発点は、亡Aが生前、亡Bに預貯金等の管理を委ねていたという関係です。Bが平成26年に亡くなったため、Aが預けた金銭の返還を求める相手は、Bの相続人らになりました。Aは平成30年に訴訟を起こし、相続人のうちY1・Y2に各277万円余、Y3・Y4・Y5に各1108万円余の支払を命じる判決を得て、確定させています。
ところが、勝訴判決が確定しても、すぐに遺産の預貯金から回収できるわけではありません。最大決平成28年12月19日により、預貯金債権は相続が開始しても当然には各相続人に分割されず、遺産分割の対象になるとされています。つまりY1らは、B名義の預貯金について法定相続分に応じた持分を観念的に持っているだけで、自分の取り分を銀行から単独で払い戻せる立場にはないのです。そこでAは、預金そのものではなく、Y1らが持つこの持分を差し押さえ、さらに譲渡命令という手続によって、持分自体を自分に移転させました。
もっとも、持分を手に入れただけでは、Aもまた準共有者の一人になっただけで、単独で払戻しを受けられない状況は変わりません。共有状態を解消してはじめて、自分の取り分を現実に手にすることができます。Aの死後にその持分を引き継いだXが、Bの相続人ら全員を被告として本件の準共有物分割請求訴訟を起こしたのは、この最後の仕上げにあたります。
なお、Bの相続人はきょうだいやその子ら合計12名にのぼり、異父・異母のきょうだいや養子縁組によるきょうだい、さらにBの死後に亡くなった相続人の相続(数次相続)まで絡んで、法定相続分は114分の2、114分の3といった細かい単位にまで分かれていました。被告らの間では、東京家庭裁判所で遺産分割調停が続いている状態でした。
争点
争点1:遺産分割前の預貯金の持分を取得した債権者側は、遺産分割を待たずに分割を求められるか
──相続人らの間では遺産分割調停が続いている。その途中で、相続人ではない第三者(譲渡命令で持分を取得した債権者側)が、裁判所に預貯金債権の分割を求めることはできるのか。
X側の主張:譲渡命令により本件預貯金債権の共有持分を取得した準共有者であり、被告らとの間で分割の協議が調わない以上、共有物分割の規定(改正前民法258条)に基づいて裁判所に分割を請求できる。
Y側の対応:原告に持分があること自体は、多くの被告が認めるか、特に争わない姿勢でした。他方で、亡Bの遺産については遺産分割調停が続いているから準共有物分割は時期尚早であるとの意見や、原告から分割の協議を求められたことは一度もないとして協議の不調を争う被告もいました。
争点2:預貯金債権をどのような方法で分割すべきか
──預貯金という金銭債権を、第三者と相続人らとの間でどのように切り分けるのか。切り分けた後に残る部分は、誰のものとしてどう扱うのか。
X側の主張:本件預貯金債権のうち譲渡命令に記載された金額をXが取得し、その余は被告らの共有とする方法で分割すべきである。
Y側の対応:分割方法について積極的な対案を出した被告はおらず、大半の被告は分割方法について裁判所の判断を尊重するとの対応でした。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:本件預貯金債権のうち譲渡命令に記載された金額(米ドル建ての預金は米ドル建てのまま)を原告に取得させ、その余を被告らの共有(遺産共有)とする方法で分割する。
- 理由:預貯金債権は相続開始と同時に当然には分割されず遺産分割の対象となるため、本件預貯金債権は譲渡命令を受けた原告と相続人である被告らとの準共有となっているところ、現物分割を妨げる事情はなく、他方で被告らの持分は遺産共有の状態にあり、その解消は遺産分割によるべきだから。
判決文の引用
裁判所はまず、預貯金債権の遺産分割対象性に関する3件の最高裁判例を引用したうえで、次のように述べて、本件預貯金債権が原告と被告らの準共有になっていると整理しました。
普通預金債権、外貨普通預金債権及び定期預金債権並びに通常貯金債権、定期貯金債権及び定額貯金債権については、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当であり(中略)、外貨貯蓄預金債権についても同様に解すべきであるから、本件預貯金債権は、本件譲渡命令を受けた原告と亡Bの相続人である被告ら(中略)の準共有となっている。
そのうえで、分割方法について次のように判示しています。
原告は、本件譲渡命令記載の金額につき本件預貯金債権の共有持分を取得したところ、本件預貯金債権を現物分割することができない、又は現物分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるとは認められないから(民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。)258条2項)、本件預貯金債権のうち本件譲渡命令記載の金額(ただし、米ドル建てのものについては本件陳述書記載のとおりの米ドル建てとする。)を原告に取得させるのが相当である。
他方、被告らの持分については、遺産分割前の遺産共有の状態にあり、遺産共有関係の解消については遺産分割によるべきものと解するのが相当であるから(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照)、本件預貯金債権のその余については被告らの遺産共有とするのが相当である。
判例の考え方
本判決の論理は、次の4段階で整理できます。
第1に、預貯金債権は当然には分割されないという出発点。最大決平成28年12月19日以降、各相続人は「預金のうち自分の法定相続分」を単独で払い戻せる立場にはなく、預貯金債権全体を法定相続分の割合で準共有している(債権のように所有権以外の財産権を複数人で持ち合う状態を、民法264条は準共有と呼びます)にとどまります。本判決は、最高裁判例が扱ってきた普通預金・定期預金・各種貯金に加え、外貨貯蓄預金債権についても「同様に解すべき」としました。
第2に、共有持分は差押え・換価の対象になるということ。当然には分割されないからといって、相続人の債権者が手出しできないわけではありません。相続人が持つ準共有持分はそれ自体が財産権であり、差押えの対象になります。本件では、差し押さえた権利を、執行裁判所が定めた価額で支払に代えて債権者に移転させる譲渡命令(民事執行法161条)が用いられ、Y1らの持分そのものが亡Aに移りました。
第3に、共有を解消する手続の振り分け。相続人どうしの遺産共有を解消する手続は家庭裁判所の遺産分割ですが、譲渡命令によって相続人でない第三者が共有者に加わると、その第三者と相続人らとの関係は、もはや遺産分割では処理できません。判決が参照した最判昭和50年11月7日は、相続人から遺産の共有持分を譲り受けた第三者と他の共同相続人との共有関係の解消は共有物分割によるとした判例で、本判決もこの整理に沿って、原告と被告らとの間を地方裁判所の共有物分割(準共有物分割)の裁判で切り分けました。
第4に、切り分けた後の処理。預貯金債権は金銭債権ですから、金額単位で切り出すことができます。判決も、現物分割ができない場合や価格を著しく減少させるおそれがある場合(このときは競売になります。改正前民法258条2項)には当たらないとして、譲渡命令に記載された金額をそのまま原告に取得させました。そして残りの部分については、あえて被告ら相互の分割には踏み込まず、遺産共有のまま残して、その解消を遺産分割に委ねています。第三者が関わる部分だけを地方裁判所の手続で切り離し、相続人内部の分配は本来の遺産分割手続に戻す、という役割分担です。
結論に至る処理
裁判所は、書証と弁論の全趣旨により、原告の主張する請求原因事実(確定判決の存在、差押命令と譲渡命令の確定、被告らの相続関係、協議の不調など)をすべて認めました。そのうえで、各預金・貯金ごとに譲渡命令に記載された金額を原告に取得させ、米ドル建ての預金については米ドル建てのまま取得させ、その余を被告らの共有(遺産共有)とする分割を命じています。訴訟費用は被告らの負担とされました。被告の中には遺産分割調停の係属や時期尚早との意見を述べる者もいましたが、判決は上記のとおり分割を認めています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
預貯金債権の持分が譲渡命令で第三者に移転した場面の判断である
本判決が直接扱ったのは、被相続人名義の預貯金債権の共有持分が、譲渡命令によって相続人以外の第三者に移転した後の、その第三者と相続人ら全員との間の準共有物分割という場面です。預貯金債権が当然には分割されないという前提部分は、判決文が引用する最高裁判例の枠組みをそのまま適用したものです。
残部を遺産共有として遺産分割に委ねる処理は、引用判例の枠組みに沿ったものである
判決は、被告らの持分が「遺産分割前の遺産共有の状態」にあることを理由に、その解消を遺産分割に委ね、本件訴訟では被告ら相互の分割をしていません。第三者と相続人らとの共有関係だけを共有物分割の裁判で解消するという、最判昭和50年11月7日を参照した処理です。
適用条文は判決当時の民法258条である
本判決の分割方法の判断は、改正前民法258条2項(平成29年法律第44号による改正前)の枠組みでされています。共有物分割の規定はその後、令和3年法律第24号(令和5年4月1日施行)により大きく改められているため、現行法下の事案では条文の違いを踏まえる必要があります(後述の「併せて検討すべき周辺論点」で触れます)。
関連判例
本判決が判断の根拠として引用した先例は、次のとおりです。
- 最大決平成28年12月19日(民集70巻8号2121頁):共同相続された普通預金債権・通常貯金債権・定期貯金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるとした大法廷決定。預貯金の取扱いに関する従来の判例を変更した、本判決の出発点となる判例です。
- 最判平成29年4月6日(集民255号129頁):共同相続された定期預金債権・定期積金債権についても、同様に当然には分割されず、遺産分割の対象となるとした判例。
- 最判平成22年10月8日(民集64巻7号1719頁):定額郵便貯金債権について、預金者の死亡により当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となるとした判例。
- 最判昭和50年11月7日(民集29巻10号1525頁):共同相続人の一人から遺産を構成する不動産の共有持分を譲り受けた第三者と、他の共同相続人との共有関係の解消は、遺産分割ではなく共有物分割の手続によるとした判例。本判決が、被告らの持分を遺産共有のまま残す処理の根拠として参照しています。
実務での使い方
本判例は、相続人の一人に対する債権者が、遺産分割前の預貯金から債権を回収する場面で、回収までの道筋を示す裁判例として参照します。相続の現場での使いどころを整理します。
使える場面
相続では、遺産分割がまとまらないまま、被相続人名義の預貯金が何年も動かせない状態が続くことが珍しくありません。その間、相続人の一人に貸金や立替金、本件のような預け金の返還請求権を持つ債権者は、遺産分割の成立を待っているだけでは回収が進みません。本判決は、そのような場面での回収手順を、①債務名義(確定判決など強制執行の根拠となる文書)の取得、②その相続人が遺産の預貯金について持つ準共有持分の差押え、③譲渡命令による持分の取得、④相続人全員を被告とする準共有物分割請求訴訟、⑤分割判決に基づく払戻し、という流れで具体的に示しています。
回収を図る債権者側のポイント
第1に、差押えの対象の特定です。被相続人名義の預金そのものではなく、債務者である相続人がその預貯金債権について持つ準共有持分(法定相続分の割合)を差し押さえる、という特定の仕方になります。
第2に、換価の方法です。差し押さえた持分は、預金残高そのものではなく割合的な権利ですから、額面どおりの券面額を観念しにくく、転付命令にはなじみません。そこで本件のように、執行裁判所が定める価額で支払に代えて持分を債権者へ移転させる譲渡命令による換価が用いられることになります。本件では、第三債務者である金融機関の陳述により把握した残高に法定相続分を乗じた金額が、譲渡の価額とされました。
第3に、被告の範囲と相続人調査です。共有物分割の訴えは共有者全員を当事者としなければならないため、相続人全員を被告にする必要があります。本件のようにきょうだいが相続人となる事案で、異父・異母のきょうだいや養子縁組、代襲相続、数次相続が重なると、戸籍の収集と相続関係の確定だけで相当の労力がかかります(本件の被告は12名、持分は114分の2という単位まで細分化されていました)。
第4に、協議の不調という要件への備えです。共有物分割の裁判は協議が調わないときにできるものですから(改正前民法258条1項)、訴え提起前に分割協議の申入れを書面で行い、記録を残しておくのが安全です。本件では、協議を求められたことは一度もないと反論した被告もいましたが、裁判所は協議が調わないことを含めて請求原因事実を認め、分割を命じています。
対抗する相続人側のポイント
第三者が共有者に加わると、家庭裁判所の遺産分割だけでは預貯金全体を解決できなくなります。本件でも遺産分割調停の係属や時期尚早との意見が述べられましたが、判決は分割を認めており、少なくとも本件では、調停が続いていることは地方裁判所での分割の妨げにはなりませんでした。
そのうえで他の相続人側が検討すべきなのは、差押えや譲渡命令の効力、持分割合の計算に誤りがないかの確認、分割方法(金額の切り出し方や外貨の扱い)の精査、そして残された部分の遺産分割です。原告に渡った分は、債務を負っていた相続人の持分から出ていったものですから、残りの遺産分割では、その点を踏まえた清算や調整を検討することになります。
また、債務を負っている相続人本人の側では、持分を差し押さえられる前に、遺産分割を早期に成立させて代償金などで債務の整理を図る、債権者と任意の弁済交渉をする、といった対応も選択肢になります。
立証上のポイント
債権者側で固めるべき資料は、確定判決などの債務名義とその確定を示す資料、差押命令・譲渡命令の正本と確定を示す資料、金融機関の陳述による残高と口座の特定、戸籍一式による相続人の範囲と法定相続分、そして協議の不調を示す資料(申入れの書面、回答がないことなど)です。本件でも、これらにあたる事実は書証等によりすべて認定されています。とくに本件のように家族関係が入り組んだ事案では、法定相続分の計算自体が争いの種になり得るため、相続関係図と計算の過程を整理して示すことが重要です。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、法改正との関係です。本判決が適用したのは改正前民法258条ですが、令和3年法律第24号(令和5年4月1日施行)により、共有物分割の規定は大きく改められました。現行の民法258条は、現物分割に加えて、共有者に債務を負担させて持分を取得させる方法(いわゆる賠償分割)を明文化し、新設された民法258条の2は、共同相続人の間で遺産分割をすべき遺産共有持分については、原則として共有物分割の裁判によることができないと定めています(相続開始から10年を経過した場合の例外があります)。第三者が取得した持分と相続人らの遺産共有持分との関係は共有物分割の裁判で解消し、相続人内部の関係は遺産分割に委ねるという本判決の役割分担は、現行法の条文のもとでも基本的に維持されていると考えられます。
第2に、回収ルートの位置づけです。遺産分割の協議や調停・審判を、相続人の債権者が本人に代わって進めることは基本的にできないと考えられているため、相続人の債権者にとっては、本判決のような持分の差押え・換価と共有物分割の組合せが、現実的な回収の道筋になります。
第3に、相続放棄の確認です。本件でも、相続人の一部は別の相続(亡Bの死後に亡くなった相続人についての相続)について相続放棄をしています。差押えの前提として、債務者である相続人が対象の相続について放棄をしていないか、持分が本当に存在するかの確認は欠かせません。

