本判例は、家事審判法9条1項乙類10号(現・家事事件手続法別表第二第12項)に基づく遺産分割審判において、その前提となる相続権や相続財産の存否に争いがあるときに、家庭裁判所が審判手続の中でこれを判断できるかが問題となった事案です。最高裁大法廷は、家庭裁判所は前提事項の存否を審理判断したうえで分割処分を行うことができ、これは憲法32条・82条に違反しないと判示しました。ただし、その判断には既判力が生じず、当事者は別に民事訴訟を提起して前提たる権利関係の確定を求めることができ、判決により前提たる権利の存在が否定されれば、分割審判もその限度で効力を失うとされています。
実務上は、前提事項に実質的な争いがある場合、家庭裁判所が審判の中でこれを判断して分割処分まで進めるケースは多くなく、申立人による取下げや、調停をしない措置による調停終了の形で手続をいったん区切り、別訴で前提事項を確定させたうえで改めて分割を申し立てる運用が定着しています。本判例の実務的意義は、こうした別訴への切替え運用の法的根拠(審判中の判断に既判力がないこと、別訴提起権が判例上保障されていること)を明確に示した点にあると整理できます。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所大法廷
- 判決日:昭和41年3月2日
- 事件番号:昭和39年(ク)第114号
- 関連条文:日本国憲法32条・82条、民法906条・907条、家事審判法9条1項乙類10号(現・家事事件手続法別表第二第12項)
事案の概要
被相続人Aの長男Xと次男Yの間で遺産分割協議が調わず、Xが家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てたところ、Yが相続欠格などの主張を持ち出し、前提事項の判断方法をめぐって最終的に憲法問題にまで発展した事案です。
登場人物
- A:被相続人(X・Yの父)
- X:被相続人の長男(申立人。本件特別抗告事件の相手方)
- Y:被相続人の次男(相手方。本件特別抗告事件の抗告人)
時系列
- 昭和24年11月8日:被相続人A死亡(共同相続人はX・Yのみ、相続分は各2分の1)
- 昭和24年11月頃:相続税納付のため、遺産の一部の宅地につきX・Y双方名義で物納手続(後にYが物納の効力を争う)
- 昭和36年2月頃:遺産たる農地の一部について、第三者との交換契約がX・Y双方名義で交渉されたが、Yが押印を拒否し府知事認可申請が中止
- 昭和36年9月:Xが家庭裁判所に遺産分割調停を申立て(以後8回継続)
- 昭和37年5月:調停不成立により審判手続に移行
- 昭和38年8月10日:大阪家庭裁判所審判(Yの相続欠格主張を排斥し、Xの主張する分割案にそって分割を命じる)
- 昭和39年2月14日:大阪高等裁判所抗告棄却決定
- 昭和41年3月2日:最高裁大法廷決定(本決定)
経緯
被相続人Aには長男X、次男Yの二人の子があり、Aの死亡によりX・Yが各2分の1の相続分で共同相続しました。しかし、相続後の不動産処分(相続税の物納手続や、農地の第三者との交換契約)をめぐって兄弟間で意見が対立し、遺産分割協議が調わない状態が続きました。
Xからの遺産分割調停申立てに対し、Yは8回の期日にわたって一度も出頭せず、調停は不成立となりました。審判手続に移行した後、Yは、Xが被相続人Aの病気療養中に多量の睡眠薬を継続的に服用させて故意に死亡させたものであるから相続欠格者であると主張するなどして、申立ての却下を求めました。
第一審大阪家庭裁判所は、仮にYの主張する事実があったとしても、Xがそのために処罰されたことはないことから、Xを相続欠格者とは認めず、Xの主張する分割案を相当として審判を下しました。Yの抗告も大阪高裁で棄却され、Yはさらに最高裁に特別抗告を申し立てました。特別抗告でYは、相続権の存否や物納の効力など実体法上の権利関係に関わる前提事項を審判手続の中で判断することは、訴訟事項を非訟手続で扱うものであり、対審公開の判決手続を保障する憲法32条・82条に違反する、と主張しました。
争点
争点①:遺産分割審判の中で前提事項を判断することは憲法32条・82条に違反しないか
この争点の本質的な問いは、本来訴訟事項として対審公開の判決手続によって確定されるべき実体法上の権利関係(相続権の存否や遺産の範囲など)を、非訟手続である遺産分割審判の中で判断することが、対審公開の原則を保障する憲法に違反しないか、という点です。
抗告人Y側は、相続権の存否や物納の効力など実体法上の権利関係に関わる事項は、訴訟事項として対審公開の民事訴訟で確定されるべきであり、これを非公開の審判手続で判断することは憲法32条(裁判を受ける権利)・82条(対審公開の原則)に反すると主張しました。
これに対し、相手方X側は、家庭裁判所は遺産分割審判を行う以上、前提事項を審理判断する必要があり、この判断は民事訴訟による解決を妨げるものではないとして、憲法違反はないと主張しました。
争点②:審判中の前提事項に関する判断には既判力が生じるか、当事者は別訴を提起できるか
この争点の本質的な問いは、家庭裁判所が審判手続の中で行った相続権・相続財産等の存否に関する判断の効力(既判力の有無)と、当事者が別途民事訴訟を提起して前提たる権利関係の確定を求める余地、という点です。実体法上の権利関係について審判で結論が出された後、当事者は別訴で争うことができるのか、できるとしたら審判の効力との関係はどうなるのかが問われました。
裁判所の判断
最高裁大法廷は、Yの抗告を棄却しました。判旨の核心は、遺産分割審判の本質を非訟事件と捉えたうえで、家庭裁判所は前提事項の存否を審判の中で審理判断できるが、その判断に既判力はなく、当事者は別訴で前提たる権利関係の確定を求めることができる、という枠組みを示した点にあります。
判決文の引用
家事審判法九条一項乙類一〇号に規定する遺産の分割に関する処分の審判は、…家庭裁判所が民法九〇六条に則り、遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮して、当事者の意思に拘束されることなく、後見的立場から合目的的に裁量権を行使して具体的に分割を形成決定し、その結果必要な金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行その他の給付を付随的に命じ、あるいは、一定期間遺産の全部または一部の分割を禁止する等の処分をなす裁判であつて、その性質は本質的に非訴事件であるから、公開法廷における対審および判決によつてする必要なく、したがつて、右審判は憲法三二条 八二条に違反するものではない
右遺産分割の請求、したがつて、これに関する審判は、相続権、相続財産等の存在を前提としてなされるものであり、それらはいずれも実体法上の権利関係であるから、その存否を終局的に確定するには、訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならない。しかし、それであるからといつて、家庭裁判所は、かかる前提たる法律関係につき当事者間に争があるときは、常に民事訴訟による判決の確定をまつてはじめて遺産分割の審判をなすべきものであるというのではなく、審判手続において右前提事項の存否を審理判断したうえで分割の処分を行うことは少しも差支えないというべきである。
けだし、審判手続においてした右前提事項に関する判断には既判力が生じないから、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して右前提たる権利関係の確定を求めることをなんら妨げられるものではなく、そして、その結果、判決によつて右前提たる権利の存在が否定されれば、分割の審判もその限度において効力を失うに至るものと解されるからである。
判例の考え方
判旨は、まず遺産分割審判の本質について、「家庭裁判所が後見的立場から合目的的に裁量権を行使して具体的に分割を形成決定する裁判」と性格づけ、その性質は本質的に非訟事件であるから、公開法廷における対審および判決による必要はないと整理します。
そのうえで、相続権・相続財産等の前提事項は実体法上の権利関係であり、これを終局的に確定するには対審公開の判決手続によらなければならないとしつつも、家庭裁判所が審判手続中で前提事項を判断することは妨げられないと判示します。その理由として、審判中の判断には既判力が生じないため、当事者は別に民事訴訟を提起して権利関係の確定を求めることを妨げられず、判決により前提たる権利の存在が否定されれば、分割審判もその限度で効力を失うことを挙げています。
このように、最高裁は「審判手続内での前提事項判断の許容性」と「既判力の不発生・別訴提起権の保障」をワンセットで構築することで、遺産分割の迅速な処理という非訟事件の目的と、訴訟事項を対審公開の判決手続で確定するという憲法上の要請を両立させたといえます。
結論に至る処理
最高裁は、本件で家庭裁判所が前提事項(Xの相続欠格の有無等)を審判手続の中で判断したことは、憲法32条・82条に違反しないとして、Yの主張を排斥し、抗告を棄却しました。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
本判例が直接判示したのは、遺産分割審判において、その前提となる相続権・相続財産等の法律関係に争いがあるとき、家庭裁判所が審判手続の中でこれを審理判断できる、という点です。判決文は、この前提事項として「相続権、相続財産等」を挙げており、典型的には相続人の地位(本件で問題となった相続欠格の有無のほか、廃除の有無、養親子関係の存否、認知の有無等を含みうる)や、遺産の範囲(特定の財産が遺産に属するかなど)が含まれます。
他方、判決文は「相続権、相続財産等の存在」「前提たる法律関係」という表現を用いており、これらの存否を終局的に確定するには訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならないと明示しています。したがって、本判例は、終局的・既判力ある確定は別訴によることを前提として、審判手続内での暫定的判断を許容する構造を採っています。判決文自体が、審判手続の中の前提事項に関する判断には既判力が生じないこと、当事者は別に民事訴訟を提起して前提たる権利関係の確定を求めることができること、その判決により前提たる権利の存在が否定されれば分割審判もその限度で効力を失うことを、確定的に示しています。
なお、本判例は遺産分割審判についての判断であり、他の家事審判事項における前提事項の取扱いに自動的に及ぶものではない点に留意が必要です。
関連判例
本決定が判決文中で明示的に引用する先例は、以下の二件です。
- 最高裁昭和36年(ク)第419号同40年6月30日大法廷決定(民集19巻4号1089頁)
- 最高裁昭和37年(ク)第243号同40年6月30日大法廷決定(民集19巻4号1114頁)
いずれも、家事審判のうち夫婦同居・婚姻費用分担に関する審判の本質が非訟事件であって、公開法廷における対審および判決による必要はないとした大法廷決定です。本決定は、これらの先例で示された「家事審判の本質は非訟事件である」という枠組みを、遺産分割審判についても踏襲する形になっています。
実務での使い方
使える場面
本判例の枠組みは、相続人の範囲や遺産の範囲をめぐって争いがある事案で、手続選択を考えるときに必ず意識すべき基本判例です。具体的には、相続欠格や廃除の主張がある事案、養親子関係や認知の有無が争われる事案、特定の財産が遺産に属するか否かが争われる事案、被相続人名義の財産について第三者から所有権が主張されている事案、遺言の有効性が前提として問題となる事案などで問題となります。
ただし、ここで実務感覚として押さえておくべき点があります。前提事項に実質的な争いがあるとき、家庭裁判所が審判の中でこれを判断して分割処分まで進めるケースは、実際にはほとんど見られません。家庭裁判所は、前提事項の争いが解決しない限り審判での具体的分割は進めにくいと判断するのが通例で、当事者に対して別訴での確定を促し、申立人による取下げまたは調停をしない措置(家事事件手続法271条)による調停終了で手続を一旦区切ったうえで、別訴で前提事項を確定させてから改めて分割を申し立てる、という流れが一般的です。
本判例は、この「いったん別訴に切り替える」という実務運用の法的根拠を提供する判例として理解するのが、実務感覚に即しています。すなわち、審判手続内での前提事項に関する判断には既判力がなく、当事者に別訴提起権が判例上保障されているからこそ、別訴で前提事項を確定させたうえで再度分割を申し立てる運用が成り立っているのです。
立場別の論点整理
申立人(分割を求める側)
申立人として遺産分割調停・審判を進める場面では、相手方から相続人の地位や遺産の範囲を争う主張が出ることが見込まれる場合、初動の段取りが重要です。
第一に、調停・審判の申立てに先行して、または並行して、別訴の提起を検討します。具体的には、相続人の地位確認の訴え、遺産確認の訴え、所有権確認の訴え、遺言無効確認の訴えなどです。前提事項を訴訟事項として既判力のある形で確定させることで、その後の分割手続を安定的に進めることができます。
第二に、調停申立て後に前提事項の争いが顕在化した場合は、調停をしない措置による調停終了か、申立人による取下げを選択し、いったん別訴での確定に切り替える判断を行います。前提事項が未解決のまま調停・審判を継続しても、現実には具体的分割まで進めにくく、時間と費用を費やす結果になりやすいためです。
第三に、別訴での確定後に改めて分割を申し立てる場面では、特別受益・寄与分の主張に関する10年制限(改正民法904条の3)との関係を意識する必要があります。別訴の進行に時間がかかると、結果的に10年経過後に分割申立てに至る場面も生じうるためです。
前提事項を争う側
相手方として相続人の地位や遺産の範囲を争う側は、本判例の枠組みを踏まえて、別訴での確定を求める選択肢を活用することになります。
第一に、家庭裁判所での審判手続の中での判断には既判力が生じないことを前提に、別訴での既判力ある確定を求めることが基本戦略となります。具体的には、自らが原告となって、相続人の地位不存在確認訴訟、所有権確認訴訟、遺言無効確認訴訟、養子縁組無効確認訴訟などを提起します。
第二に、相手方からすでに調停・審判が申し立てられている場合、調停をしない措置を求める意見を述べたり、別訴を提起したことを家庭裁判所に上申することで、いったん家事手続を停止させ、別訴での確定を待つ方向に持ち込むことが考えられます。
第三に、仮に審判手続の中で前提事項について不利な判断が示されたとしても、その判断には既判力がないことから、別訴で覆す道が残されています。この点は、家事手続のみで結論を急がず、訴訟による確定を獲得する戦略の根拠となります。
立証上のポイント
別訴を提起する場合は、訴訟物の特定と当事者適格の検討が出発点となります。
訴訟物については、争いの内容に応じて、相続人の地位確認、特定財産の遺産帰属確認(遺産確認の訴え)、所有権確認、遺言無効確認、養子縁組無効確認などのいずれを選択するかを慎重に判断します。何を、誰との間で、どの権利関係について確定させたいかを整理することが出発点です。
当事者適格については、とりわけ遺産確認の訴えが共同相続人全員を当事者とする固有必要的共同訴訟と解されている点に注意が必要です。当事者構成を誤ると訴え却下となるリスクがあるため、共同相続人の漏れがないよう戸籍関係書類で確実に確認する必要があります。
また、別訴での立証は、戸籍謄本等の公的書類に加え、関係者の供述や客観的証拠の積み上げが必要となるため、調停・審判の段階から後の別訴を見据えた証拠の収集・整理を進めておくことが実務上重要です。調停手続の中で得られた相手方の主張内容や提出資料は、別訴での主張立証の組み立てにも活用できます。
併せて検討すべき周辺論点
第一に、調停をしない措置(家事事件手続法271条)の運用に習熟しておく必要があります。同条は、事件が性質上調停を行うのに適当でないと認めるとき等の要件のもとで、調停手続を終了させる措置です。前提問題に深刻な争いがある事案では、家庭裁判所はこの措置を活用して、当事者に別訴での確定を促す運用を取ることが多くなります。代理人としては、適切なタイミングでこの措置を求める意見を述べるか、自ら取下げを行うかの判断が求められます。
第二に、別訴での確定を待つ間、遺産の管理・処分をどうするかという問題があります。共同相続人の一部による単独処分の防止、賃料収入の取扱い、固定資産税の負担などについて、別訴の係属中も適切な対応が必要です。場合によっては処分禁止の仮処分等の保全手続の申立ても検討対象となります。
第三に、令和3年改正民法による遺産分割の規律(相続開始から10年経過後の特別受益・寄与分主張の制限など)との関係です。改正は分割の内容面に関する規律であり、前提事項の手続的取扱いに変更を加えるものではないため、本判例の枠組みは現行法下でも維持されます。ただし、別訴での確定に時間を要する事案では、10年経過後に遺産分割を申し立てる場面で、特別受益・寄与分の主張が制限されるリスクがあるため、別訴の進行管理と分割申立てのタイミングを意識的に組み立てる必要があります。
第四に、遺産分割協議の効力をめぐる争い(協議の成立・無効・取消し等)については、本判例の枠組みとは別に、協議の効力自体を訴訟で確定させる必要があります。協議無効確認訴訟や、協議に基づく登記の抹消請求訴訟などが選択肢となります。
なお、家事審判法は廃止され、現在は家事事件手続法(平成25年1月1日施行)が適用されますが、遺産分割審判の前提事項に関する審理判断の許容性、既判力の不発生、別訴提起権の保障という基本構造は、現行法下でも変わらず維持されています。本判例は、現行法の解釈・運用にも引き続き妥当する基本判例として位置づけられます。

