未支給年金は相続財産か ── 国民年金法19条1項と遺族による訴訟承継の可否|最判平成7年11月7日

判例のポイント

国民年金の受給権者が死亡した場合、未支給の年金請求権は相続の対象になりません。国民年金法19条1項は、相続とは別の立場から、一定範囲の遺族に対して固有の権利として未支給年金の請求権を付与する規定です。そして、19条1項所定の遺族であっても、社会保険庁長官に対する支給請求とその支給決定を経なければ、訴訟上、未支給年金の支払を求めることはできません。その結果、受給権者が訴訟係属中に死亡した場合、訴訟は当然に終了し、遺族による訴訟承継は認められないとされました。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第三小法廷
  • 判決日:平成7年11月7日
  • 事件番号:平成3年(行ツ)第212号
  • 関連条文:国民年金法16条、19条1項、101条1項、行政事件訴訟法7条

事案の概要

視覚障害により障害福祉年金を受給していた者が、その後取得した老齢年金について併給調整規定により支給停止措置を受けたため、同規定が違憲無効であるとして未支給老齢年金の支払を求めて訴訟を提起したところ、第一審係属中に死亡し、その養女が訴訟承継を主張した事案です。

登場人物

  • A:大正3年生まれの視覚障害者。本件訴訟の第一審原告
  • X:Aの養女。上告人
  • Y:国。被告

時系列

  • 昭和35年4月:Aが障害福祉年金の受給権の裁定を受け、無拠出制の障害福祉年金の支給開始
  • 昭和36年4月:Aが国民年金保険料の納付を開始
  • 昭和54年7月:Aの老齢年金受給権発生(同年6月に裁定請求)
  • 昭和57年10月:社会保険庁長官、Aに老齢年金受給権を有する旨の裁定
  • 昭和57年12月:社会保険庁長官、併給調整規定に基づき老齢年金の支給停止措置を通知
  • 昭和58年:A、併給調整規定が違憲無効として未支給老齢年金合計約106万円の支払を求めて札幌地裁に提訴
  • 昭和63年4月27日:A、第一審係属中に死亡
  • 昭和63年5月:Xが訴訟手続受継の申立て
  • 平成元年5月31日:札幌地裁、訴訟終了宣言
  • 平成3年6月26日:札幌高裁、控訴棄却・参加申立却下
  • 平成7年11月7日:最高裁、上告棄却

経緯

Aは無拠出制の障害福祉年金を受給していましたが、その後保険料を納付して拠出制の老齢年金の受給権を取得しました。ところが、社会保険庁長官は当時の国民年金法20条の併給調整規定に基づき、老齢年金について支給停止の措置を採りました。Aは、この併給調整規定および支給停止措置が憲法25条等に違反するとして、国を被告として未支給老齢年金の支払を求める訴訟を提起しました。

ところが、Aは第一審係属中に死亡しました。Aの唯一の相続人である養女Xは、相続によりまたは国民年金法19条1項の規定により、Aの老齢年金請求権を取得し原告たる地位を当然に承継したと主張して、訴訟手続受継の申立てをし、さらに控訴審で訴訟参加の申立てをしました。原審は、原告たる地位の当然承継を認めず、Aの死亡により本件訴訟は終了したとした第一審判決を維持し、Xによる訴訟参加の申立ても却下しました。Xはこれを不服として上告しました。

争点

争点1:老齢年金請求権は相続の対象となるか

争点の本質は、既に受給権の裁定を受けて具体化した未支給年金請求権について、これを一般の金銭債権と同視して相続の対象とすべきか、それとも一身専属性ないし制度趣旨の観点から相続性を否定すべきか、という点です。

X側は、既に裁定を受けて具体化した老齢年金請求権は一般金銭債権と異なるところがなく、相続の対象となるべきだと主張しました。これに対しY側は、国民年金法24条が譲渡・担保供与・差押えを禁止していることなどから、一身専属権として相続の対象にはならないと主張しました。

争点2:19条1項の遺族は、社会保険庁長官の裁定を経ずに訴訟上請求できるか

争点の本質は、国民年金法19条1項により遺族が取得する未支給年金請求権が、社会保険庁長官による支給決定を経ることなく直ちに訴訟上行使できる具体的請求権なのか、それとも支給決定を経て初めて確定的に取得される請求権なのか、という点です。

X側は、既に受給権の裁定を受けた具体的な老齢年金についての請求であり、19条1項の遺族による請求は単なる交付請求にすぎず、行政庁の応答に公定力は認められないとして、直ちに訴訟提起できると主張しました。Y側は、19条1項の請求権も社会保険庁長官の支給決定を経て初めて確定的に取得されるもので、これを経ない訴訟提起は不適法だと主張しました。

争点3:受給権者の死亡により訴訟は当然終了するか、遺族による訴訟承継が認められるか

争点1・2の結論に応じて、訴訟係属中に受給権者が死亡した場合の訴訟承継の可否が決まります。X側は相続または19条1項の規定により訴訟承継を主張し、Y側は訴訟は当然終了すると主張しました。

裁判所の判断

判旨の要約

本件訴訟は受給権者の死亡により当然に終了し、養女による訴訟承継は認められない。なぜなら、未支給年金請求権は相続の対象とならず、19条1項所定の遺族も社会保険庁長官の支給決定を受けるまでは訴訟上の請求権を確定的に取得したとはいえないからである。

判決文の引用

国民年金法19条1項の性格について、最高裁は次のように判示しました。

「右の規定は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり、死亡した受給権者が有していた右年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかである。」

19条1項の遺族による権利行使の要件については、次のとおり判示されています。

「同条一項所定の遺族は、社会保険庁長官による未支給年金の支給決定を受けるまでは、死亡した受給権者が有していた未支給年金に係る請求権を確定的に取得したということはできず、同長官に対する支給請求とこれに対する処分を経ないで訴訟上未支給年金を請求することはできないものといわなければならない。」

判例の考え方

最高裁の判断の論理は次のとおりに整理できます。

第一に、19条1項は「相続とは別の立場」から遺族に固有の権利として未支給年金請求権を付与した規定です。そのため、死亡した受給権者が有していた年金請求権は、19条1項とは別途、相続の対象となることはありません。

第二に、19条1項により遺族が取得するのは支分権たる請求権ですが、国民年金法16条が定める裁定制度の趣旨に照らせば、19条1項の請求もまた社会保険庁長官に対してすべきものです。16条が裁定制度を設けたのは、画一公平な処理により無用の紛争を防止し、給付の法的確実性を担保するため、権利の発生要件の存否や金額等について長官に公権的に確認させることが相当だという見地からです。

第三に、社会保険庁長官の応答は、請求者が19条1項所定の遺族に当たるか否かを統一的見地から公権的に確認するものであり、不服申立ての対象を定めた101条1項にいう「給付に関する処分」に当たります。したがって、19条1項の遺族は支給決定を受けるまでは未支給年金請求権を確定的に取得したとはいえず、長官に対する支給請求とこれに対する処分を経ないで訴訟上請求することはできません。

結論に至る処理

X側の主張は、相続による訴訟承継と19条1項に基づく訴訟承継の二段構えでした。しかし、未支給年金請求権が相続の対象とならない以上、相続による承継は認められません。また、19条1項に基づく承継についても、Xは社会保険庁長官の支給決定を経ていないため、訴訟上の請求権を確定的に取得したとはいえず、訴訟承継の余地がありません。

その結果、Aの死亡により本件訴訟は当然終了し、Xによる訴訟参加の申立ても却下されるべきものとなりました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

第一に、本判例は改正前国民年金法に基づく老齢年金の未支給年金請求権を対象とするものです。判決文は19条1項の文言と16条の裁定制度の趣旨に即して判断しており、判旨の中核は他の社会保障給付への安易な拡張を許す形では述べられていません。

第二に、未支給年金請求権の相続性否定は、19条1項の規定を「相続とは別の立場」から遺族に固有の権利を付与したものと解する点に立脚しています。そのため、本判例の射程は「死亡した受給権者が有していた年金給付に係る請求権が、19条の規定を離れて別途相続の対象となるものではない」という限度で確定的に読み取れます。

第三に、19条1項の遺族による訴訟上の権利行使に社会保険庁長官の支給決定が必要だとする判示は、長官の応答を101条1項の「給付に関する処分」と位置づけたうえでの結論です。この点は、行政処分として位置づけられた他の社会保障給付の不支給決定との関係でも一定の示唆を持ちますが、判決文はあくまで国民年金法の規定構造に即した判断にとどまっています。

実務での使い方

使える場面

相続実務において、本判例は次のような場面で意味を持ちます。

第一に、被相続人が国民年金等の年金受給権者であり、死亡時点で未支給の年金が残されている場合の処理です。本判例によれば、未支給年金は相続財産に含まれません。したがって、遺産分割協議の対象にもならず、19条1項所定の遺族が相続とは別の手続(社会保険庁長官への支給請求)により固有の権利として取得することになります。

第二に、相続人と19条1項所定の遺族が一致しない場合の整理です。19条1項は受給権者の死亡当時その者と「生計を同じくしていた」配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹を、この順位で受給資格者として定めています。相続順位とは異なる順位構成であり、また「生計同一」要件があるため、相続人であっても19条1項の遺族に該当しないケース、逆に相続人ではないが19条1項の遺族に該当するケースが生じ得ます。

第三に、未支給年金を巡る相続人間の紛争処理です。未支給年金は相続財産に含まれず遺産分割の対象でもないため、これを相続財産として扱った遺産分割協議の効力や、相続人の一人が単独で受領した未支給年金の処理について、本判例の枠組みを踏まえた整理が必要になります。

未支給年金を取得したい遺族(19条1項該当者)の側

まず社会保険庁(現在は日本年金機構)に対し未支給年金支給請求書を提出して支給決定を受けることが必要です。本判例が示すとおり、支給決定を経ない限り、訴訟上請求することはできません。生計同一の事実関係を客観的に裏付ける資料(同居の事実、経済的援助、定期的な連絡の記録等)を整えておくことが鍵となります。

相続人として未支給年金を取得しようとする側

相続を根拠とする取得は本判例により正面から否定されています。仮に相続人が19条1項の遺族にも該当する場合は、19条1項の手続によって取得することになりますが、その場合も「相続人だから」ではなく「生計同一の遺族だから」という立場での取得です。

遺産分割の場面

未支給年金は相続財産に含まれないため、遺産分割協議書には記載しないのが正確な処理です。誤って遺産分割の対象として扱った場合、その協議部分は対象財産を欠く協議として無効と評価される余地があります。

立証上のポイント

19条1項の遺族として未支給年金を請求する場合、「死亡当時その者と生計を同じくしていた」要件の立証が中心的な論点となります。同居の有無は重要な要素ですが、別居していても経済的援助や定期的な交流が継続していた場合には、生計同一が認められる余地があります。

本件第一審判決でX側が主張した事情(同居の経緯、入院後の生活費・日用品の援助、電話や手紙による連絡の継続、退院後の同居予定、自宅の増築等)は、生計同一の主張立証における事実構成の参考になります。

併せて検討すべき周辺論点

第一に、厚生年金・共済年金など他の社会保障給付における未支給給付の扱いです。各法令にもそれぞれ未支給給付に関する規定が置かれており、本判例の論理がどこまで及ぶかは、当該法令の規定構造に即して個別に検討する必要があります。

第二に、19条1項の遺族間の優先順位に関する争いです。配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹の順位はおおむね定型的に判断できますが、子が複数いる場合の処理、生計同一要件の有無を巡る順位下位者からの主張等、実務上の論点が生じ得ます。

第三に、社会保険庁長官(現在は日本年金機構)の不支給決定に対する不服申立ての手続です。19条1項の支給請求に対し不支給決定がなされた場合、社会保険審査官への審査請求、社会保険審査会への再審査請求を経て、不支給決定の取消訴訟を提起することになります。

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