相続人が承継した税務訴訟で得た過納金の還付請求権は相続財産か──取消判決の遡及効と相続税の課税財産|最判平成22年10月15日

判例のポイント

被相続人が生前に所得税更正処分等の取消訴訟を提起し、その係属中に死亡して相続人が訴訟を承継したところ、後に取消判決が確定して過納金が還付された場合、この過納金の還付請求権は被相続人の相続財産を構成し、相続税の課税財産となります。本判例は、取消判決の遡及効を根拠として、納付の時点に遡って還付請求権が既に発生していたものと評価し、これを相続財産に取り込むという判断枠組みを最高裁として明示した点に意義があります。学界では見解が分かれていた論点に決着を付けたリーディングケースです。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第二小法廷
  • 判決日:平成22年10月15日
  • 事件番号:平成21年(行ヒ)第65号
  • 関連条文:相続税法2条1項、民法896条、行政事件訴訟法32条、国税通則法56条以下

事案の概要

本件は、被相続人が生前に提起した所得税更正処分等の取消訴訟を、相続人が承継して勝訴判決を得た事案で、その勝訴により還付された過納金の還付請求権が、被相続人の相続財産に当たるか(=相続税の課税対象となるか)が争われたものです。

登場人物

  • A(被相続人・先行訴訟の原告):Xの母。生前、所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受け、これらに従って所得税・過少申告加算税・延滞税を納付したうえで、各処分の取消訴訟を提起。係属中に死亡。
  • X(相続人・上告人):Aの相続人。Aの死亡により先行訴訟の当事者の地位を承継。後に勝訴判決を得て過納金及び還付加算金の還付を受けた。本件相続税更正処分の取消しを求めた。
  • Y(国・被上告人):課税庁(処分行政庁である所轄税務署長)が属する国。

時系列

  • 平成8年2月:所轄税務署長が、Aに対し所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「別件所得税更正処分等」)
  • 平成8年8月:Aが別件所得税更正処分等に基づき所得税・過少申告加算税・延滞税(計約2,791万円)を納付
  • 平成9年4月:Aが大分地方裁判所に別件所得税更正処分等の取消訴訟(以下「別件訴訟」)を提起
  • 平成12年7月29日:Aが別件訴訟係属中に死亡。相続人Xが当事者の地位を承継
  • 平成13年5月:XがAの相続にかかる相続税の申告(課税価格約1億2,171万円、納付すべき税額約1,273万円)
  • 平成13年9月〜10月:大分地方裁判所が別件所得税更正処分等を取り消す旨の判決を言渡し
  • 平成13年10月17日:同判決が確定
  • 平成13年12月26日:所轄税務署長がXに対し本件過納金(計約2,791万円)及び還付加算金を還付
  • 平成14年3月:Xが本件過納金等を一時所得として平成13年分所得税の確定申告
  • 平成15年4月18日:所轄税務署長が、本件過納金は相続によりXが取得した財産であるとして、相続税の更正処分(以下「本件更正処分」。課税価格約1億4,963万円、納付すべき税額約2,096万円)を実施。同日付で平成13年分所得税の減額更正処分も実施
  • 平成20年2月4日:大分地方裁判所(第一審)がXの請求を認容
  • 平成20年11月27日:福岡高等裁判所(原審)が原判決を取り消しXの請求を棄却
  • 平成22年10月15日:最高裁が上告棄却

経緯

事の発端は、Aが生前に受けた所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分です。Aはこれらの処分に基づき多額の所得税等を納付しましたが、処分の適法性を争うため、納付の翌年に取消訴訟を提起しています。ところが、この訴訟の係属中にAが死亡し、相続人Xが訴訟を承継しました。

XはAの死亡から約10か月後に相続税の申告をしましたが、その申告では本件過納金の還付請求権を相続財産に算入していません。当然のことで、申告時点では別件訴訟は係属中であり、過納金の還付請求権は具体化していなかったからです。

申告から約4か月後、別件訴訟で大分地方裁判所が別件所得税更正処分等を取り消す判決を言い渡し、これが確定しました。これを受けて所轄税務署長は、Aが生前に納付していた所得税・過少申告加算税・延滞税の合計額(本件過納金)と還付加算金をXに還付しました。

ここからが本件の争いの核心です。所轄税務署長は、本件過納金の還付請求権はAの相続財産を構成すると認定し、Xに対して相続税の増額更正処分(本件更正処分)を行いました。これに対しXは、別件訴訟の取消判決によって還付請求権が初めて発生したのは判決確定時、すなわち相続開始後であって、Aの相続財産を構成しないと主張して、本件更正処分の一部の取消しを求めたのが本件訴訟です。

第一審はXの主張を容れて請求を認容しましたが、原審(福岡高裁)は逆に取消判決の遡及効を強調してXの請求を棄却しました。最高裁の判断が注目された事案です。

争点

被相続人が提起した取消訴訟を相続人が承継し、相続開始後に取消判決が確定した場合、その過納金の還付請求権は被相続人の相続財産を構成し、相続税の課税対象となるか

争点の本質は、過納金の還付請求権がいつの時点で発生したと評価されるかにあります。納付時に遡って発生したと考えれば、Aの相続開始時にはすでに同請求権がAに帰属していたことになり、相続財産を構成します。これに対し、取消判決確定時に初めて発生したと考えれば、相続開始時には存在しなかった財産であって、相続人Xが固有に取得したものになります。

X(相続人)側は、行政処分には公定力があるから、それが取り消されない限り納税者は還付を求めることができず、相続開始時(平成12年7月29日)には還付請求権そのものが存在していなかったと主張しました。取消判決の遡及効は、瑕疵のある行政処分を遡及的に失効させる効力にとどまり、それを根拠に還付請求権の発生時期まで納付時に引き戻すことはできないという趣旨です。仮に還付請求権が形式的に納付時に遡って発生したと評価されるとしても、相続税法2条1項の解釈として、相続開始時に存在しない財産を相続財産と扱うことは予定されていない、とも主張しました。

これに対しY(国)側は、取消判決の遡及効により別件所得税更正処分等は処分時に遡って効力を失うから、これに基づき納付された所得税等は納付の時点から法律上の原因を欠いていたことになり、還付請求権も納付時に既に発生していたと評価すべきだと主張しました。本件過納金の原資はAが拠出した納付金であり、AがいなければXが還付を受けることはなかったのだから、相続財産として扱うのが筋であるという立論です。

裁判所の判断

判旨の要約

最高裁は、所得税更正処分等の取消判決が確定した場合、当該処分は処分時に遡って効力を失い、納付された税額は納付の時点から法律上の原因を欠いていたことになるから、過納金の還付請求権は納付の時点において既に発生していたことになると判示しました。そのうえで、被相続人が訴訟係属中に死亡して相続人が訴訟を承継し、その後取消判決が確定した場合には、当該還付請求権は被相続人の相続財産を構成し、相続税の課税財産となると結論付けました。

判決文の引用

所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消判決が確定した場合には、上記各処分は、処分時にさかのぼってその効力を失うから、上記各処分に基づいて納付された所得税、過少申告加算税及び延滞税は、納付の時点から法律上の原因を欠いていたこととなり、上記所得税等に係る過納金の還付請求権は、納付の時点において既に発生していたこととなる。このことからすると、被相続人が所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に基づき所得税、過少申告加算税及び延滞税を納付するとともに上記各処分の取消訴訟を提起していたところ、その係属中に被相続人が死亡したため相続人が同訴訟を承継し、上記各処分の取消判決が確定するに至ったときは、上記所得税等に係る過納金の還付請求権は、被相続人の相続財産を構成し、相続税の課税財産となると解するのが相当である。

判例の考え方

最高裁の判断の論理は、二段階に分かれています。

第1段階は、取消判決の遡及効を還付請求権の発生時期と直結させた点です。取消判決が確定すると行政処分は処分時に遡って効力を失います。その帰結として、当該処分に基づき納付された税額は、納付の時点から「法律上の原因」を欠いていたことになります。本判決は、この「法律上の原因がなかった」状態を、過納金の還付請求権がその時点で既に発生していた状態と同視したのです。納付時から取消判決確定時までの期間について、過納金の還付請求権が「事後的に発生した」のではなく「初めから存在していた」と評価する考え方に立っているわけです。

第2段階は、そのような評価のもとで、被相続人の死亡時(相続開始時)を捉えれば、すでに還付請求権が被相続人に帰属していたという整理です。相続税法2条1項は「相続又は遺贈により取得した財産」を相続税の課税財産と定めており、被相続人が相続開始時に有していた財産がこれに当たります。本判決は、本件過納金の還付請求権がこの「Aが有していた財産」に該当すると判断しました。

X側は、相続開始時に納税者が現実に行使できなかった権利を相続財産と評価することへの違和感を、種々の角度(公定力の効果、国税通則法の規律、評価通達210の取扱い、更正の期間制限との不整合など)から問題提起していましたが、最高裁は判決文上、これらの個別論点に踏み込まずに、取消判決の遡及効から直接に結論を導いたものと読めます。

結論に至る処理

最高裁は「以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる」として原判決を是認し、上告を棄却しました。本件更正処分は適法であり、本件過納金は相続税の課税対象となる、というのが最終的な処理です。

なお、Xは本件過納金及び還付加算金を一時所得として平成13年分の所得税の確定申告をしていましたが、本件更正処分と同日付で同所得税の減額更正処分も行われており、所得税としての課税は外されています(所得税法9条1項15号により、相続税の課税対象となる財産は所得税が非課税)。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

第1に、本判例が直接対象としているのは、所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消判決が確定した場合の過納金還付請求権です。判決文は「所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消判決が確定した場合には」と明示的に対象を限定しているため、贈与税・法人税その他の税目の更正処分や、地方税の課税処分の取消判決にどこまで及ぶかは、本判決の射程として確定的に読み取れる部分ではありません。理論的には取消判決の遡及効という共通の根拠から同様に処理されうる余地はありますが、本判決自体はその点まで踏み込んでいません。

第2に、「処分時にさかのぼってその効力を失う」取消判決が前提です。判決文は処分の取消しの遡及効を出発点としているため、処分が当初から無効であった場合(無効確認判決)や、職権で処分後の事情に基づいて将来効的に撤回された場合とは、論理の構造を異にします。たとえば課税処分が無効と判断された事案では、過納金の発生時期を巡る議論は本判決の論理とは別の整理になり得ます。

第3に、本判例は「被相続人が取消訴訟を提起し、係属中に死亡して相続人が訴訟を承継し、その後取消判決が確定した」という事実関係に対する判断です。これと異なる場面、たとえば被相続人が訴訟提起前に死亡した場合、相続人が独自に訴訟を提起した場合、被相続人の生前に取消判決が確定していた場合などは、本判決が直接の射程として扱った事案ではありません。

第4に、本判決は過納金の還付請求権そのものの相続財産性を扱ったものであり、還付加算金については直接判示していません。実務上、還付加算金は雑所得として所得税の課税対象とされており(所得税基本通達35-1)、本件でもその扱いが争われましたが、本判決は還付加算金の取扱いまで踏み込んで判示していない点に留意が必要です。

第5に、本判決の事案は相続税の法定申告期限から3年以内に取消判決が確定したケースです。3年経過後に取消判決が確定した場合、増額更正の期間制限(国税通則法70条1項)との関係で課税庁が更正できないという問題が生じ得ますが、本判決はこの場面における相続税の課税関係について判示するものではありません。

実務での使い方

本判例は、被相続人が税務訴訟を提起したまま死亡し、相続人が訴訟を承継して勝訴した場合の相続税申告における、過納金還付請求権の取扱いを基礎づける中心判例として引用されます。相続実務での具体的な使いどころを整理します。

使える場面

被相続人が事業者・資産家・株主などとして多額の課税処分(所得税・贈与税の更正処分など)を受け、これに納付しつつ取消訴訟を提起していたところ、訴訟係属中に死亡するというケースは、相続実務でも一定の割合で遭遇します。本判例の典型的な使いどころは、こうした場面で勝訴判決により還付された過納金が相続税の課税対象となることを前提に、相続人側の対応を組み立てる場面です。

具体的には、相続税の申告段階で別件訴訟が係属していて還付の見込みが立たない場合に、いったん過納金の還付請求権を相続財産に算入せず申告を行い、後に取消判決の確定を受けて修正申告ないし期限後申告(または増額更正への対応)を検討する、という二段階の対応が必要になります。本判例は、この二段階対応の理論的根拠を提供します。

相続税の課税を受け入れざるを得ない側(相続人側)

相続人としては、訴訟承継して勝訴し過納金の還付を受けた場合、その還付金が相続税の課税対象になるという覚悟を持って事案に臨む必要があります。具体的な準備としては次のような検討事項があります。

第1に、相続税の申告と修正申告の段取りです。被相続人の死亡時点で別件訴訟が係属中であれば、その時点では還付請求権が現実化していないため、相続税の当初申告では算入しないのが通常です。その後、取消判決が確定して還付を受けた段階で、修正申告等によって対応することになります。修正申告のタイミングと、相続税の更正の期間制限との関係を見極める必要があります。

第2に、所得税で申告してしまった場合の処理です。本件のXのように、過納金を一時所得として所得税申告してしまっているケースでは、所得税の減額更正と相続税の増額更正がセットで行われることになります。事前に課税庁と協議して整理しておくと、二重課税の懸念を回避しやすくなります。

第3に、還付加算金の取扱いです。本判例の論理を素直に延長すれば、還付加算金のうち相続開始時までの期間に対応する部分は相続財産を構成すると考える余地もありますが、実務上は還付加算金の全額が相続人の雑所得として所得税の対象とされているのが現状です(所得税基本通達35-1)。本判決はこの点に直接判示していないため、還付加算金については相続税ではなく所得税として処理されることを前提に組み立てるのが安全です。

相続税の課税を争う側

逆に、本判例の射程を限定的に解して相続税の課税を争う立場からは、以下の論点が検討の対象となります。

まず、事案の射程の見極めです。被相続人の生前に取消判決が確定していた場合、相続人が独自に訴訟を提起した場合、課税処分が無効と判断された場合などは、本判例の射程と直接重ならない可能性があり、別の構成で争う余地が残ります。とりわけ、本判決が「処分時にさかのぼってその効力を失う」取消判決を前提としている点を踏まえ、当該事案の処分の性質と判決の効力構造を丁寧に検討することが出発点になります。

次に、他の税目の課税処分については、本判決が所得税更正処分・過少申告加算税賦課決定処分に限定して述べていることを根拠に、射程外の主張を検討する余地はあります。ただし、取消判決の遡及効という共通の論理から同様の結論が導かれる可能性が高いため、過大な期待は禁物です。

立証上のポイント

本件のような事案では、過納金がどの時点で「発生」したか自体は法律問題であって、立証の対象は事実関係の前提部分に限られます。具体的には、被相続人が課税処分に基づいて納付した日、訴訟提起の日、被相続人の死亡日、訴訟承継の事実、取消判決の確定日、還付の日付など、時系列上の事実関係を正確に押さえることが基礎になります。

また、相続税の課税価格を計算するうえでは、過納金の元本金額と還付加算金の金額の区別、相続税の課税対象となる範囲(本判例の射程に含まれる過納金本体と、所得税の課税対象となる還付加算金)を明確に分けて主張立証する必要があります。

併せて検討すべき周辺論点

本判例の論理は、遺産分割や遺留分への影響にも波及します。被相続人の相続財産が事後的に過納金分だけ増加することを意味するため、相続人間の遺産分割協議が完了している場合でも、後発的に還付を受けた過納金の取扱いを巡って相続人間で争いが生じ得ます。とくに遺言で特定の相続人に「相続財産」を包括承継させる文言があり、この過納金が「相続財産」に含まれるかが解釈問題となるケースは想定されます。本判例によって過納金が相続財産を構成することが確定したことを前提に、遺言の解釈や遺産分割協議書の文言を組み立てる必要があります。

また、相続税の連帯納付義務(相続税法34条)との関係でも、過納金が相続財産を構成することにより、各共同相続人の納付義務の範囲に影響します。

さらに、評価通達210(訴訟中の権利の評価)との関係で、相続開始時に係属中であった訴訟上の地位の評価額の問題があります。本件でX側はこの通達を援用して相続開始時の評価額は零であると主張しましたが、原審はこの主張を退けており、最高裁もそれを是認しています。実務上は、課税時期において訴訟が係属中であった場合の権利評価について、勝訴によって確定した金額を相続開始時に遡って課税価格に反映させる扱いとなる点に注意が必要です。

なお、本判決後の動向として、相続税の法定申告期限から3年経過後に取消判決が確定した場合の更正の期間制限の問題、課税庁の徴収権との関係など、立法的・解釈的に整理を要する論点が残されていますが、これらは本判例自体の射程外の問題であり、別途の検討が必要です。

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