共同相続人間でされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転については、農地法3条1項の許可を要しないとした最高裁判例です。許可書の添付がないことを理由に持分移転登記の申請を却下することはできないとして、登記官の却下処分を違法と判断し、原判決を破棄して第一審判決を維持しました。相続財産に農地が含まれるケースでの遺産分割の前段階として相続分の譲渡を活用する実務に、確実な後ろ盾を与えた判決です。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第三小法廷
- 判決日:平成13年7月10日
- 事件番号:平成11年(行ヒ)第24号
- 関連条文:民法905条、農地法3条1項、不動産登記法(明治32年法律24号)35条1項4号・49条
事案の概要
共同相続人の1人であるXが、他の共同相続人B・Cから相続分全部の贈与を受けたとして、相続登記済みの農地について「相続分の贈与」を原因とする持分全部移転登記を申請したところ、登記官Yが農地法3条1項の許可書の添付がないことを理由に却下したため、Xが却下決定の取消しを求めた事案です。
登場人物
- A:被相続人(本件農地3筆を所有)
- B:Aの養子(Xに相続分を贈与)
- C:Aの2女(Xに相続分を贈与)
- X:Aの2男亡Dの長女(上告人・相続分の譲受人)
- E:Aの2男亡Dの2女
- G:Aの3男亡Fの長女
- Y:登記官(被上告人)
時系列
- 昭和46年8月8日 A死亡(法定相続人はB・C・X・E・Gの5名)
- 平成3年3月14日 本件農地につき相続を原因とする所有権移転登記(B・C・G各8分の2、X・E各8分の1)
- 平成6年11月8日 BとCが各自の相続分全部をXに贈与
- 平成7年1月23日 X・B・Cが共同して持分全部移転登記を申請(登記原因「平成6年11月8日相続分の贈与」、農地法3条1項の許可書の添付なし)
- 平成7年2月20日 Yが許可書添付なしを理由に却下決定
経緯
Aの相続開始から相続登記まで20年近く時間が経過し、相続登記後にBとCが自己の相続分全部をXに贈与しています。XはBおよびCから相続分の贈与を受けたことに基づき、本件農地のB持分・C持分の移転登記を申請しましたが、登記官は、農地法3条1項の許可書の添付がないことを理由として申請を却下しました。Xは、共同相続人間の相続分の譲渡については農地法3条1項の許可は不要であるとして、却下決定の取消しを求めて出訴しました。
第一審(千葉地判平成9年12月12日)はXの請求を認容しましたが、原審(東京高判平成10年11月12日)は、相続分の譲渡が共同相続人間で行われたかどうかによって農地法3条1項の許可の要否は変わらないとして第一審判決を取り消し、Xの請求を棄却しました。これに対しXが上告受理申立てをしました。
争点
共同相続人間でされた相続分の譲渡に伴う農地の権利移転について、農地法3条1項の許可を要するか
争点の本質的な問いは、相続分の譲渡という包括的な持分の移転が、農地法3条1項が規制対象とする「農地の所有権等の移転を目的とする法律行為」に該当するか、そして、それが共同相続人間で行われた場合に、相続による包括承継に準じた取扱い(許可不要)が認められるかという点にあります。
Xは、共同相続人間の相続分の譲渡は、個々の農地に対する共有持分権の移転を生ぜしめるものではなく、農地法3条1項の趣旨にも反しないとして許可不要を主張しました。また、農地法3条1項7号(遺産分割)や同項10号・農地法施行規則3条5号(包括遺贈)が許可不要とされていることとの対比からも、共同相続人間の相続分の譲渡には許可は不要であるべきと主張しました。
これに対しYは、相続分の譲渡は個々の財産に対する共有持分の移転を内包する財産権に関する行為であり、農地法3条1項に定める農地の所有権等の移転を目的とする法律行為に該当するから、共同相続人間で行われたかどうかにかかわらず原則どおり許可が必要であると主張しました。また、遺産分割は相続人全員の協議によりその効果が相続開始時に遡るのに対し、相続分の譲渡は一部の相続人のみで行うことができ効果も遡らないから、両者は性質を異にし、農地法3条1項7号の類推適用は否定されると論じました。包括遺贈との関係も、効果の遡及の有無等で性質を異にするとして類推適用を否定しました。
裁判所の判断
最高裁は、共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転については、農地法3条1項の許可を要しないと判示し、原判決を破棄して第一審判決を維持しました。理由は、共同相続人間の相続分譲渡に伴う持分移転は相続による包括的な権利移転に伴う個々の財産権の移転と同様の関係にあり、農地法3条1項の規制対象とすべきものではないというものです。
判決文の引用
共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割に加わることとなり、分割が実行されれば、その結果に従って相続開始の時にさかのぼって被相続人からの直接的な権利移転が生ずることになる。
相続財産に農地が含まれているか否かを問わず、共同相続人間において個々の農地ではなく包括的な相続人たる地位を譲渡すること自体は、農地法3条1項が規制の対象とするものではない。そして、共同相続人間における相続分の譲渡に伴い前記のとおり個々の不動産についても持分の移転が生ずるのは、相続により包括的な権利移転に伴って個々の財産上の権利も移転するのと同様の関係にあり、相続人の1人である当該譲受人に農地についての権利が移転すること自体は同項の是認するところである。
共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転については、農地法3条1項の許可を要しないと解するのが相当である。このように考えるべきことは、相続分の譲渡が一部の相続人のみによって行うことができることや、その効力が相続開始時にさかのぼらないことによって、左右されるものではない。
判例の考え方
判決の論理は、共同相続人間における相続分の譲渡という法律関係を、相続による包括承継と同質のものとして位置付ける点に核心があります。
第一に、共同相続人間の相続分譲渡では、譲受人は従前の相続分と新たに取得した相続分を合計した相続分を持つ者として遺産分割に参加することになり、最終的に遺産分割が成立すれば相続開始時に遡って被相続人から直接の権利移転が生じます。譲受人の地位は、持分割合の数値が異なるだけで、相続によって取得した地位と本質的に異なるものではない、というのが最高裁の理解です。
第二に、農地法3条1項は、農地の人為的な権利移転のうち農地の保全の観点から望ましくないものを規制する趣旨ですが、相続による権利移転は人為的な移転ではなく、私有財産制の下で是認せざるを得ないものとして規制対象から外れています。同項7号(遺産分割)や同項10号・施行規則3条5号(包括遺贈)も、人為的な権利移転を含むにもかかわらず、その実質が相続による権利移転と異ならないかこれに準ずるものであることから規制を控えています。
第三に、共同相続人間の相続分譲渡は、譲受人が共同相続人の1人であることから、農地への権利移転自体は農地法3条1項が是認するところであり、また、相続分譲渡による権利移転は遺産分割までの暫定的なものにすぎず、最終的な権利移転である遺産分割については許可を要しないとされていることとも整合的です。
これらの理由から、最高裁は、共同相続人間の相続分譲渡について、相続分の譲渡が一部の相続人のみで行うことができることや効力が相続開始時に遡らないことを根拠に許可必要説に立った原審の判断を退けました。
結論に至る処理
最高裁は、共同相続人間の相続分譲渡について農地法3条1項の許可を要しないと判断したうえで、相続人は相続分の譲渡により生じている実体上の権利関係に符合するように登記簿の記載を改めることを求める正当な利益を有するから、相続財産である農地について既に相続の登記がされていることは妨げとならないとして、登記官の却下処分を違法と判断しました。これにより、原判決を破棄し、却下決定を取り消した第一審判決を維持(被上告人の控訴を棄却)しました。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
判決文は、許可不要となる場面を「共同相続人間においてされた相続分の譲渡に伴って生ずる農地の権利移転」と明示的に限定しています。判決理由でも、譲受人が「相続人の1人である」ことを根拠の1つとして挙げており、共同相続人間という人的範囲の限定が判旨の論理的前提となっています。したがって、第三者(共同相続人以外の者)に対する相続分の譲渡については、本判決の射程外であり、別途検討を要します。
また、判決文は「相続財産である農地について既に相続の登記がされていることは、その妨げとなるものではない」と述べており、相続登記の有無によって結論は左右されないことが明示されています。本件は相続登記が経由された後の相続分譲渡の事案ですが、相続登記前の場面でも同じ結論となることは、判決文の論理から確定的に読み取れます。
さらに、「相続分の譲渡が一部の相続人のみによって行うことができることや、その効力が相続開始時にさかのぼらないことによって、左右されるものではない」と判示されているため、相続分譲渡が遺産分割を前提としていない場合(例えば、遺産分割と無関係に相続分が譲渡された場合)であっても、共同相続人間で行われている限りは結論に変わりはないと読めます。
実務での使い方
使える場面
相続財産に農地が含まれている場合に、遺産分割協議の前段階として共同相続人の一部が他の共同相続人に対し相続分を譲渡(贈与・売買)するケースで、本判決が機能します。具体的には、遺産分割を簡明にするために特定の相続人に相続分を集約させたいケース、遠方に住んでいて遺産分割に積極的に関わらない相続人に早期に対価を渡して遺産から離脱してもらうケースなどです。
本判決により、共同相続人間の相続分譲渡では農地が含まれていても農地法3条1項の許可書を取得する必要がなく、相続登記後の持分移転登記も許可書なしで申請できることが確定しました。これは、農業委員会への許可申請の手間と時間(地域によっては数か月単位)を省略できる実務上の利点となります。
立場別の論点整理
相続分の譲受人(譲り受ける側の相続人)の立場では、許可不要を前提に登記手続を進められるため、譲受後の地位の安定が確保されます。また、譲り受けた相続分と従前の相続分を合計した相続分をもって遺産分割協議に臨むことができます。
相続分の譲渡人(譲り渡す側の相続人)の立場では、相続分譲渡によって遺産分割を請求する権利は失いますが、相続人たる地位そのものを失うわけではありません。相続放棄とは異なり、相続債権者に対しては相続分譲渡を対抗することはできない点も実務上の留意点です。
立証上のポイント
相続分譲渡が「共同相続人間」で行われたことを明確にするため、譲渡当事者が共同相続人であることを示す戸籍等の資料、相続分譲渡証書(印鑑証明書付き)を整備しておくことが重要です。第三者への相続分譲渡では本判決の射程外となる可能性があり、農地法3条1項の許可の要否について別途検討を要するためです。
登記原因を「相続分の贈与」「相続分の売買」とする持分移転登記の申請にあたっては、許可書の添付なしで申請を進めることができますが、登記原因日付は実際に相続分譲渡が成立した日になります。
併せて検討すべき周辺論点
共同相続人間の無償の相続分譲渡については、本判決とは別に、これが民法903条1項の「贈与」に当たり特別受益として持戻しの対象となるかという論点があります。この論点については別途の判例の蓄積があり、争族案件で相続分譲渡を活用する場面では、後の遺産分割における特別受益主張の可否まで見据えて方針を立てる必要があります。
また、第三者への相続分譲渡の場合は、民法905条の相続分取戻権の問題が生じますが、共同相続人間の譲渡では取戻権の問題は生じません。本判決はあくまで共同相続人間の譲渡に関するものであり、第三者への譲渡では農地法3条1項の許可の要否について別途検討を要する点には注意が必要です。

