障害年金は逸失利益となるが、加給分は逸失利益にならず、遺族年金は逸失利益から控除されるとした事例|最判平成11年10月22日

判例のポイント

障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡したときは、その相続人は、加害者に対し、被害者の得べかりし障害年金額を逸失利益として請求することができます。ただし、子や配偶者の加給分は、保険料拠出との牽連性がなく社会保障的性格が強いうえ、本人の意思によって加算終了が予定されていて存続が確実といえないため、逸失利益性は認められません。また、相続人が遺族基礎年金及び遺族厚生年金の受給権を取得したときは、支給を受けることが確定した遺族年金の額を逸失利益から控除すべきですが、控除できる損害は財産的損害のうちの逸失利益に限られ、その他の財産的損害や精神的損害から控除することはできません。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第二小法廷
  • 判決日:平成11年10月22日
  • 事件番号:平成9年(オ)第434号、平成9年(オ)第435号
  • 関連条文:民法709条・715条1項・896条、国民年金法33条の2・37条、厚生年金保険法50条の2・58条

事案の概要

第1級障害者として障害基礎年金及び障害厚生年金を受給していたAが、医療法人Yの経営する病院で受けた胃瘻造設術中の医療過誤により死亡したため、その相続人(妻X1、長女X2、長男X3)が、医療法人Yに対して損害賠償を求めた事案です。

登場人物

  • A:被害者(死亡)。本件事故当時47歳。第1級障害者として、障害基礎年金(年額132万4800円。うち子2人の加給分各20万9100円・合計41万8200円)及び障害厚生年金(年額120万0900円。うち妻の加給分20万9100円)、合計年額252万5700円の障害年金を受給
  • X1:Aの妻。Aの死亡後、遺族基礎年金及び遺族厚生年金(合計年額173万8600円)を受給
  • X2:Aの長女
  • X3:Aの長男
  • Y:医療法人(中部協同病院を経営)

時系列

  • 平成元年9月:Aが脳内出血で倒れる
  • 平成3年10月:AがY経営の病院に入院。左半身麻痺・構音障害があり、ほぼ寝たきりの状態
  • 平成4年2月:Aが一時退院
  • 平成4年7月初旬:AがY経営の病院に再入院
  • 平成4年7月15日:胃瘻造設術中、医師が誤ってAの腹部内動脈に穿刺針を刺入
  • 平成4年7月16日:Aが腹腔内出血による出血性ショックにより死亡(以下「本件事故」)
  • 平成4年8月分以降:X1がAの死亡を原因として遺族基礎年金及び遺族厚生年金を受給

経緯

Aは平成元年に脳内出血で倒れて以降、左半身麻痺等のため日常生活のほとんどに介助を要する状態にあり、X1らの生計はAが受給していた障害年金により維持されていました。Aは、平成4年7月、Y経営の病院に再入院した際、胃瘻造設術を受けることになりましたが、担当医師が誤ってAの腹部内動脈に穿刺針を刺入したため、Aは、翌日、腹腔内出血により死亡しました。Aの相続人であるX1、X2、X3は、Yに対し、民法715条1項に基づき、Aの得べかりし障害年金相当額を含む損害の賠償を求めて訴訟を提起しました。

第一審・原審は、いずれもAの障害年金について加給分を含めて逸失利益性を肯定し、X1の損害額の算定にあたっては、X1が受給することが確定した遺族年金の額をX1のあらゆる損害(逸失利益のみならず慰謝料等も含む)から控除しました。これに対し、Yは加給分の逸失利益性を、X1らは遺族年金の控除範囲をそれぞれ争って上告しました。

争点

争点1:障害年金本体は逸失利益として相続人が請求できるか

Aが受給していた障害基礎年金及び障害厚生年金について、その得べかりし額を相続人が逸失利益として加害者に請求することができるかが争われました。

X1ら側は、障害年金は受給権者の生活保障のみならず家族の生計維持機能も営むものであり、相続人は被害者の得べかりし障害年金相当額を逸失利益として相続により取得し、加害者に賠償請求できると主張しました。これに対しY側は、障害年金は老齢年金等とは趣旨・目的を異にし、障害の程度の変更により額が改定されたり支給が停止されたりするものであるから存続が確実とはいえず、逸失利益性は認められないと主張しました。

争点2:加給分(子の加給分・配偶者の加給分)は逸失利益として請求できるか

国民年金法33条の2に基づく子の加給分及び厚生年金保険法50条の2に基づく配偶者の加給分について、これを逸失利益として請求できるかが争われました。

X1ら側は、加給分も基本となる障害年金の一部として、本来の加算終了時(子が18歳に達する日以後の最初の3月31日終了時、妻が65歳に達する月)までは加算されて支給されるから、これも得べかりし障害年金に含まれると主張しました。Y側は、加給分は子の婚姻・養子縁組や配偶者の離婚等の事由により加算が終了することが予定されており、存続が不確実であるから、逸失利益性は認められないと主張しました。

争点3:相続人が受給する遺族年金は損害賠償からどの範囲で控除されるべきか

X1がAの死亡を原因として受給することとなった遺族基礎年金及び遺族厚生年金について、損害賠償額からの控除がどの範囲で認められるかが争われました。具体的には、(1)遺族年金の額が逸失利益相当額を上回る場合に、その超過分を慰謝料等他の損害項目から控除できるか、(2)将来発生する未確定の遺族年金まで控除対象としてよいか、が問題となりました。

原審はX1の遺族年金受給確定額をX1のあらゆる損害(逸失利益・固有の慰謝料・葬儀費用等)から一括して控除する処理をしていたため、X1ら側はこの処理は控除範囲を不当に拡張するものと主張しました。

裁判所の判断

判旨の要約

最高裁は、障害年金本体については保険料拠出に基づく給付としての性格を理由に逸失利益性を肯定する一方、加給分については保険料拠出との牽連性がなく社会保障的性格が強いうえ存続が確実でないとして逸失利益性を否定し、また遺族年金は支給確定額の限度で逸失利益から控除すべきだが、その控除は財産的損害のうちの逸失利益に限られ、慰謝料等他の損害項目からは控除できないと判断しました。

判決文の引用

障害年金本体の逸失利益性について

国民年金法に基づく障害基礎年金も厚生年金保険法に基づく障害厚生年金も、原則として、保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであって…程度の差はあるものの、いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。したがって、障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には、その相続人は、加害者に対し、障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として、その賠償を求めることができるものと解するのが相当である。

加給分の逸失利益性について

国民年金法三三条の二に基づく子の加給分及び厚生年金保険法五〇条の二に基づく配偶者の加給分は、いずれも受給権者によって生計を維持している者がある場合にその生活保障のために基本となる障害年金に加算されるものであって、受給権者と一定の関係がある者の存否により支給の有無が決まるという意味において、拠出された保険料とのけん連関係があるものとはいえず、社会保障的性格の強い給付である。加えて、右各加給分については、国民年金法及び厚生年金保険法の規定上、子の婚姻、養子縁組、配偶者の離婚など、本人の意思により決定し得る事由により加算の終了することが予定されていて、基本となる障害年金自体と同じ程度にその存続が確実なものということもできない。これらの点にかんがみると、右各加給分については、年金としての逸失利益性を認めるのは相当でないというべきである。

遺族年金の控除について

国民年金法及び厚生年金保険法に基づく障害年金の受給権者が不法行為により死亡した場合において、その相続人のうちに、障害年金の受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものと解するのが相当である…そして、この場合において、右のように遺族年金をもって損益相殺的な調整を図ることのできる損害は、財産的損害のうちの逸失利益に限られるものであって、支給を受けることが確定した遺族年金の額がこれを上回る場合であっても、当該超過分を他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないというべきである。

判例の考え方

最高裁が3つの論点を区別して判断した理由は、給付の性格を「拠出との牽連性」と「存続の確実性」という二つの軸で評価したことに求められます。

障害基礎年金と障害厚生年金は、いずれも保険料拠出に基づく給付であり、所定の障害状態にある間は法令で定められた額が継続的に支給される、いわば財産権としての性格を持ちます。最高裁は、この拠出性と給付の確実性に着目し、本判決以前から老齢年金等について確立していた逸失利益性肯定の判例(最判昭和41年4月7日民集20巻4号499頁等)の延長線上で、障害年金本体の逸失利益性を肯定しました。

これに対し加給分は、受給権者と一定の関係にある家族(子・配偶者)が存在する場合にのみ加算される給付で、保険料拠出との牽連性が薄く、社会保障的性格が強い給付です。さらに、子の婚姻・養子縁組、配偶者の離婚といった本人の意思によって加算終了事由が発生し得るため、存続の確実性も基本となる障害年金と同程度には認められません。最高裁はこの2点をあわせて、加給分の逸失利益性を否定しました。

遺族年金の損益相殺については、最大判平成5年3月24日(民集47巻4号3039頁)が示した「同一原因によって相続人が損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合に、現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度に存続及び履行が確実であるときに限り控除する」という枠組みを前提に、控除の対象となる「同質の損害」を逸失利益に限定しました。慰謝料は精神的損害であり、葬儀費用等の他の財産的損害も逸失利益とは性質を異にするため、これらからの控除は認められないという論理です。

結論に至る処理

最高裁は、原審がAの障害年金について加給分を含めて逸失利益性を認めていた点を法令解釈の誤りとして破棄し、加給分を控除した年額189万8400円を逸失利益算定の基礎としました。さらに、X1の損害額については、原審が遺族年金確定受給額(714万1713円)をX1のあらゆる損害から控除していた処理を改め、控除を相続に係る逸失利益分(215万4198円)の限度にとどめました。

その結果、X1の請求は1414万円、X2・X3の請求は各657万7099円の限度で認容されました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

障害年金の逸失利益性についての射程

判決文は、国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金を対象に、「程度の差はあるものの、いずれも保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している」ことを根拠に逸失利益性を肯定しています。したがって、本判例から直ちに逸失利益性が導かれるのは、保険料拠出に基づく給付としての性格を有する公的年金に限られます。拠出性が認められない給付や、拠出性が著しく希薄な給付については、本判例の論理が直接及ぶとはいえません。

加給分の逸失利益性否定についての射程

判決文が逸失利益性を否定したのは、国民年金法33条の2に基づく子の加給分及び厚生年金保険法50条の2に基づく配偶者の加給分です。最高裁は、(1)拠出された保険料との牽連関係がないこと、(2)社会保障的性格の強い給付であること、(3)本人の意思により決定し得る事由により加算の終了することが予定されていて、基本となる障害年金自体と同じ程度に存続が確実なものといえないこと、という3点を根拠としています。

この判断はあくまで障害年金の加給分についてのものであって、他の年金制度における加給分・加算給付の逸失利益性については、判決文上、直接の判断対象とはされていません。同様の性格を持つ加給分について本判例の論理が及ぶ余地はありますが、判決文から確定的に読み取れるのは、上記の障害年金の加給分についての判断にとどまります。

遺族年金の控除についての射程

判決文は、控除対象となる遺族年金を「支給を受けることが確定した」ものに限定しています。これは、最大判平成5年3月24日が示した「現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度に存続及び履行が確実であるとき」という要件を前提としたものです。判決文によれば、未確定の将来分の遺族年金については、本判例の射程に含まれません。

また、控除対象となる損害項目については、「財産的損害のうちの逸失利益」に限定するという判断が明確に示されています。慰謝料等の精神的損害は性質を異にするため当然に控除対象外であり、葬儀費用等の逸失利益以外の財産的損害も控除対象外であることが、判決文から確定的に読み取れます。

関連判例

判決文中で明示的に引用されているのは、次の判例です。

  • 最大判平成5年3月24日(民集47巻4号3039頁):不法行為と同一の原因によって被害者の相続人が第三者に対して損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合の損益相殺的調整の枠組みを示した判例。本判例は、遺族年金の控除を判断するにあたり、この大法廷判決の枠組みを前提としています。

実務での使い方

使える場面

相続との接点としては、被相続人が障害年金受給者であり、医療事故・交通事故等の不法行為により死亡したケースが典型です。この場合、相続人は被相続人の損害賠償請求権を相続して加害者に対して請求することになりますが、相続人が複数いる場合には、誰がどの損害をどれだけ取得するか、そして遺族年金の控除をどのように相続人間に振り分けるかが、相続人間の取り分配分にも影響を及ぼします。

特に、遺族年金の受給権者となる相続人(典型的には妻)とそれ以外の相続人(子)との間では控除関係が異なるため、相続人間で利害が対立することもあります。被害者死亡を原因とする損害賠償請求権は、判例上、各相続人が法定相続分に応じて分割取得するとされていますが、遺族年金の控除は遺族年金の受給権者についてのみ行われるため、結果として相続分どおりの取り分にはなりません。

請求する側(相続人側)

請求する側としては、まず障害年金本体の逸失利益額を、加給分を控除した金額で算定することになります。その際、被害者の平均余命までの受給可能性、生活費控除率(本判例の事案では生活費30%に加えて介助費用相当額も控除)を適切に主張立証する必要があります。

遺族年金の控除については、現に支給を受けることが確定した分のみが控除対象であり、将来発生する未確定分まで控除すべきではないこと、また控除は逸失利益分に限られ、慰謝料・葬儀費用等の他の損害項目には及ばないことを主張すべきです。これらは本判例で明確に示された限定であり、相手方の過剰な控除主張に対する有力な反論となります。

抗弁する側(加害者側)

抗弁する側としては、加給分の逸失利益性を否定する論拠として本判例を援用できます。また、遺族年金については、現に支給を受けることが確定した額の限度で逸失利益からの控除を主張することになります。

ただし、控除範囲については本判例が逸失利益分に限定しているため、慰謝料や葬儀費用にまで控除を及ぼす主張は認められない点に注意が必要です。

立証上のポイント

障害年金の逸失利益額の立証にあたっては、年金通知書、振込記録等により受給状況と金額を明らかにすることが基本となります。加給分の有無及び金額も併せて確認し、これを控除した本体部分を逸失利益算定の基礎とします。

平均余命まで受給可能性があることを示すためには、医療記録を用いて被害者の身体的・精神的状況を明らかにし、同年齢の健康な平均的男女より特に短命であるとはいえないことを立証することになります。本判例の事案でも、被害者は重度の障害があり日常生活のほとんどに介助を要する状態でしたが、最高裁は平均余命までの受給可能性を肯定しています。

生活費控除率は事案により異なりますが、本判例では介助費用相当額を別途控除している点も実務上の参考になります。

遺族年金については、事故時から口頭弁論終結時までの受給確定額を、年金通知書・振込記録等により正確に立証することが必要です。

併せて検討すべき周辺論点

老齢年金の逸失利益性については、本判例以前から最高裁が肯定しています(最判昭和41年4月7日等)。本判例は障害年金についても同様の結論を採ったものといえます。

なお、本判例の事案は不法行為による死亡(医療過誤)の事例ですが、相続人が損害賠償請求権を相続して行使する局面において、相続人間の関係や、相続放棄・限定承認との関係をどう整理するかは、別途検討すべき論点となります。

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