孫の誕生祝い200万円につき100万円の限度で持戻し免除の意思を推認した事例|東京高決平成30年11月30日
被相続人が二男に贈与した200万円(孫の誕生祝い)について、その200万円全額を特別受益と認定しつつ、被相続人の祝意の動機・資産規模等を考慮して、100万円の限度では親としての通常の扶養義務の範囲に入ると評価し、その限度で被相続人の持戻し免除の意思(民法903条3項)を推認した事例です。一個の贈与額について、ある部分には持戻し免除の意思の推認が及び、別の部分には及ばない、という認定をすることが許されるか、許されるとしてどのような事情の下で支えられるか、という形で実務上の関心が向く判断です。
判例情報
- 裁判所:東京高等裁判所
- 判決日:平成30年11月30日(決定)
- 事件番号:平成30年(ラ)第1766号
- 関連条文:民法903条1項、3項
事案の概要
本件は、被相続人が二男に贈与した200万円について、贈与全額を特別受益として持ち戻すべきか、それとも一部については被相続人の持戻し免除の意思が認められるかが争われた遺産分割審判の即時抗告事件です。原審(東京家庭裁判所)が、200万円全額を特別受益と認定したうえで、100万円の限度で持戻し免除の意思を推認するという判断をしたところ、これに納得しない長女が、200万円全額を持戻しの対象とすべきだと主張して即時抗告したものです。
登場人物
- 被相続人C(父):平成14年に死亡。自宅不動産の所有者で、家族名義の銀行預金口座も管理していた。
- 被相続人D(母):平成25年に死亡。自宅不動産の共有者(本件土地の持分4分の1)。
- X(長女・抗告人):被相続人らの長女。原審の相手方。本件土地の持分や預貯金等を取得した側。
- Y(二男・相手方):被相続人らの二男。原審の申立人。問題の200万円および本件土地の半分の持分の贈与を受けたとされる側。
- E:Yの長男。昭和51年4月生まれ。本件200万円贈与の名目上の被祝賀者。
時系列
- 昭和51年4月:Yの長男Eが出生
- 昭和51年5月:被相続人CからYに対し200万円の贈与
- 昭和51年7月:Yがマンションを購入
- 平成5年:被相続人C・D・Yが、地主Fから本件土地(1951万円)・私道(49万円)を合計2000万円で購入。持分は被相続人C・D各4分の1、Yが2分の1。Yの持分相当の購入代金は975万5000円。
- 平成5年12月:本件土地の購入代金として、被相続人C名義の口座にYから700万円の入金。これにより、Yの実際の負担は700万円、不足額275万5000円相当について被相続人Cからの贈与があったと認定された。
- 平成14年:被相続人C死亡
- 平成25年:被相続人D死亡
- 平成27年4月21日:Yが、被相続人らの遺産につき、Xを相手方として遺産分割調停を申立て(2件)
- 平成30年4月27日:調停不成立、審判手続に移行
- 平成30年9月7日:東京家裁が原審判(Yに昭和51年100万円・平成5年275万5000円の特別受益を認定。代償金508万1152円)
- 平成30年11月30日:東京高裁が抗告棄却
経緯
被相続人Cと同Dの相続人は、長女Xと二男Yの2名で、法定相続分は各2分の1です。両被相続人の遺産には、自宅不動産(本件土地・本件建物)、私道、田、預貯金、現金等が含まれていました。
二男Yは、双方の遺産につきXを相手方として遺産分割調停を申し立て、不成立後に審判手続に移行しました。原審で問題となった主な特別受益は、①昭和51年5月にCがYに贈与した200万円(孫Eの誕生祝い金)、②平成5年12月に本件土地の購入においてCがY名義で負担したとされる275万5000円相当の持分です。
①の200万円について、原審はまず、その贈与額が当時の貨幣価値からして社会通念上高額であること、長女Xに同様の趣旨の祝い金が贈られていないことから、200万円全額が特別受益に当たると認定しました。そのうえで、被相続人Cの孫の誕生を祝う心情と被相続人の資産等を考慮すると、100万円の限度では親としての通常の扶養義務の範囲に入るとして、その限度で被相続人の持戻し免除の意思を推認するという処理を行いました。結果として、Yの昭和51年の特別受益は100万円と認定されています。
これに対し長女Xは、①の贈与は孫の誕生祝いではなくYのマンション購入資金援助だった、仮に祝い金であったとしても通常の扶養の範囲ではないから持戻し免除の意思は認められない、②についてもYが実際には700万円を負担しておらず全額がCの資金だった、と主張して即時抗告しました。「贈与額200万円のうち100万円のみについて持戻し免除を認める原審の処理は誤りで、200万円全額を持戻しの対象とすべき」というのがX側の中心的主張です。
東京高裁は、後述のとおり原審の判断を維持し、抗告を棄却しています。
争点
本件の争点は事実認定の細目を含めれば多岐にわたりますが、判例として実務上参照されるのは次の点です。
200万円の贈与のうち100万円の限度で持戻し免除の意思を推認することは合理的か
──民法903条3項は持戻し免除の意思表示について格別の方式を定めておらず、黙示の意思表示でもよいとされていますが、その意思を贈与額のうちの一定の限度に絞って推認するという認定が、本件の事実関係の下で支えられるか。
X側の主張:
当該200万円は、孫の誕生祝いではなく、Yが昭和51年7月に購入したマンションの資金援助として贈与されたものであり、生計の資本としての贈与にほかならない。仮に誕生祝いとしての贈与だったとしても、200万円は当時の貨幣価値からして高額にすぎ、通常の扶養の範囲にはおよそ入らない。原審のように「100万円の限度で免除」とするのは、根拠の薄い妥協であって採用すべきではない。
Y側の主張:
当該200万円は、昭和51年4月に出生した長男Eの誕生祝いとして贈与されたものである。Yは昭和51年当時、Cからの援助を要する経済状態ではなく、X側もマンション購入の資金援助という主張は平成29年6月までしていなかった。被相続人Cの孫の誕生を祝う心情と当時のCの資産規模に照らせば、少なくとも100万円程度は親としての通常の扶養の範囲に含まれ、その限度で持戻し免除の意思を推認する原審の処理は合理的である。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:200万円の贈与は特別受益に当たるが、被相続人Cの持戻し免除の意思を100万円の限度で推認することは不合理ではない。
- 理由:当該金員が孫(Yの長男E)の誕生祝い金として贈与されたとするYの説明が不自然とはいえないこと、被相続人Cの孫の誕生を祝う心情と被相続人の資産等を考慮すると、100万円の限度では親としての通常の扶養義務の範囲に入ると認められること。
判決文の引用
東京高裁は、200万円の贈与について次のように判示しました。
しかしながら、被相続人Cにおいて、前記贈与に係る金員を借入れにより準備したことや、相手方において、昭和51年7月にマンションを購入したことがそれぞれ認められるとしても(乙22、47)、当該金員が、前記マンションの購入に対する資金援助として贈与されたことを裏付けるような客観的な資料は提出されていない。また、当該金員が、昭和51年4月に出生した相手方の長男の誕生祝い金として贈与されたとする相手方の説明が不自然ということもできず、このうち100万円を限度として被相続人Cの持戻し免除の意思を推認することが不合理ということもできない。
なお、原審判の理由中、特別受益と持戻し免除の判断枠組みは次のとおり整理されており、本決定はこれを引用する形で抗告理由に対する判断を付加して維持しています。
申立人に対するお祝い金は、その支出当時の被相続人の資産、社会的地位や当時の社会状況等に照らし、親としての通常の扶養義務の範囲に入ると評価される場合を除き、特別受益に当たると解されるところ、昭和51年当時における200万円という金額は、被相続人の資産、被相続人Cと申立人との親子関係等を考慮するとしても、当時の貨幣価値からすると、社会通念上高額であるし、また、本件においては、相手方には同様の趣旨に基づくお祝い金が贈られていないことからすると、相続人間で均衡を失するから、200万円の贈与は特別受益に当たるというべきである。
他方で、被相続人Cの孫の誕生を祝う心情と被相続人の資産等を考慮すると、100万円の限度においては親としての通常の扶養義務の範囲に入るものと認められるから、特別受益の持戻し免除の意思を推認できる。
判例の考え方
本決定は、贈与額200万円について、特別受益該当性は全額を肯定しつつ、持戻し免除の意思は100万円の限度でのみ推認するという判断をしました。一個の贈与額のうち、一定の範囲については持戻し免除の意思の推認を及ばせ、別の範囲には及ばせない、という判断は、それ単独で見るとやや踏み込んだ事実評価です。判決文(および引用される原決定)の論理構造を分解すると、この判断を支えている事情と理由が見えてきます。
第1に、贈与の事実単位と被相続人の主観の評価単位を切り離している点
被相続人Cは、昭和51年5月にYに対して200万円を一括で贈与しています。贈与の事実としての単位は「200万円」という一個のまとまりであり、原決定もこの単位を維持して、200万円全額を特別受益に当たると認定しました。
しかし、この贈与に対する被相続人の主観の評価については、必ずしも200万円全体について一個の意思しか観念できないわけではありません。一回で200万円を贈与した被相続人の心の中に、「200万円の全部について相続分の前渡しの趣旨で与える」という単一の意思があったと当然に評価しなければならない論理的な必然はなく、贈与額の一部については「祝意の表明」として、残りについては「相続分の前渡し」として、被相続人の処分意思を分けて評価することは、事実認定として可能な操作です。本決定は、この主観面の分割評価を許容することで、贈与額の一部に限った持戻し免除の意思の推認を導いています。
第2に、「通常の扶養義務の範囲」基準が二つの局面で機能している点
原決定の論理を読み解くと、「通常の扶養義務の範囲」基準が二度登場し、それぞれ別の局面で機能しています。
一つ目の登場は、特別受益該当性の判定基準としてです。原決定は「お祝い金は、親としての通常の扶養義務の範囲に入ると評価される場合を除き、特別受益に当たる」と述べ、この基準で200万円全額を特別受益と認定しました。本件で200万円全額が特別受益とされたのは、(a)当時の貨幣価値からして社会通念上高額であること、(b)長女Xには同様の祝い金が贈られていないため相続人間の均衡を欠くこと、の2点が理由です。
二つ目の登場は、持戻し免除の意思の推認の判定基準としてです。原決定は「被相続人Cの孫の誕生を祝う心情と被相続人の資産等を考慮すると、100万円の限度においては親としての通常の扶養義務の範囲に入るものと認められるから、特別受益の持戻し免除の意思を推認できる」と述べました。
注目すべきは、同じ「通常の扶養義務の範囲」基準が、一つ目の局面では「200万円全体は範囲を超える」と評価され、二つ目の局面では「100万円の限度では範囲に入る」と評価されている点です。これは矛盾ではなく、一つ目は贈与全体としての社会通念上の評価を行ったもの、二つ目は被相続人の主観における処分意思の評価を行ったもの、と局面の違いを意識すれば整合的に読めます。本決定の論理は、特別受益該当性の段階では200万円という贈与全体を一個として評価し、持戻し免除の意思の推認の段階では同じ200万円のうちの一部に焦点を絞って評価する、という二段階の構成を採っています。
第3に、贈与の動機の混合的性格が分割評価を可能にしている点
このような分割評価が事実認定として成り立つ前提には、本件の贈与の動機が単一でなく、混合的・グラデーション的な性格を持っていたという事情があります。
本件の200万円は、純粋な祝意の表明だけで説明しきれる金額ではありません。当時の社会通念で純粋な祝い金として評価するには高額すぎ、その意味で相続分の前渡し的な性格を完全には否定できません。他方で、贈与のきっかけは孫Eの誕生という慶事であり、贈与時期も出生から1か月以内であって、被相続人Cの祝意の動機は事実関係上明確です。すなわち、本件の贈与には祝意としての性格と相続分の前渡し的性格が併存しています。
このような混合的な動機を持つ贈与については、被相続人の主観における比重を、贈与額の中で分けて評価することが許されます。すなわち、200万円のうち、被相続人の資産規模と社会通念に照らして「孫の誕生を祝う心情」の現れとして自然に説明できる範囲については祝意の現れとして評価し、それを超える部分については祝意の枠を超えた経済的援助=相続分の前渡しとして評価する、という整理です。
逆にいえば、贈与の動機が純粋に単一である事案(全額が祝意のみ、または全額が生計援助のみとして説明できる事案)では、このような分割評価はそもそも問題になりません。本件の処理が成り立った前提として、贈与の動機が混合的な性格を持っていたという事実関係があります。
第4に、線引きを支える客観的指標として、被相続人の資産と相続人間の均衡が機能している点
100万円という線引きが恣意的なものではなく、合理的な事実評価として支えられているのは、判決文上に2つの客観的指標が示されているためです。
一つは「被相続人の資産」です。被相続人Cの資産規模に照らして、孫の誕生を祝う贈与として社会通念上自然に説明できる金額が100万円程度である、という評価です。被相続人がより資産家であれば、祝意表明として説明できる額はより高く、資産が乏しければより低く評価されます。本件の100万円という線引きは、被相続人Cの資産規模(自宅不動産・各種預金・他にも一定の資産を有していたとされる)を踏まえた具体的事案上の評価です。
もう一つは「相続人間の均衡」です。原決定が200万円全額を特別受益と認定する根拠として「相手方には同様の趣旨に基づくお祝い金が贈られていない」点を挙げているとおり、長女Xに同種の贈与がなかったという事情は、200万円全額を扶養の範囲(=持戻し免除)として処理することを妨げる事情として機能しています。仮にXにも100万円程度の祝意系の贈与があったとすれば、200万円全額を扶養の範囲として処理する余地が生まれたかもしれませんが、本件ではそうした事情がないため、200万円のうち被相続人の祝意の動機で自然に説明できる範囲を超える部分については、相続人間の均衡を回復するために持戻しの対象とせざるを得ない、という評価が働いています。
これらの2つの指標が、贈与額の一部に限定した持戻し免除の意思の推認を、裁判所の裁量的な決定ではなく、事実関係に根ざした合理的な評価として支えています。
結論に至る処理
東京高裁は、200万円の贈与について「マンション購入資金援助」とのX側主張を、これを裏付ける客観的資料の不足を理由に排斥しました。そのうえで、Yの「孫の誕生祝い金」との説明には不自然な点がないとし、原審の100万円の限度での持戻し免除の意思の推認は不合理ではないと結論づけています。
結局、Yの特別受益は、原審どおり昭和51年に100万円(物価指数による相続開始時換算で156万9105円相当)、平成5年に275万5000円の合計432万4105円とされ、抗告は棄却されています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「100万円を限度として」推認するという認定の意味
本決定が判示したのは、200万円のうち「100万円を限度として被相続人Cの持戻し免除の意思を推認することが不合理ということもできない」という評価です。「不合理ということもできない」という二重否定の表現にとどまっており、贈与額の一部のみについて持戻し免除の意思を推認するという認定が、すべての事案で常に許されると一般化したわけではありません。本件の事実関係の下では、そのような認定が「不合理ではない」と評価されたにとどまります。
したがって、本判例を別事案で援用する場合にも、事実関係が本件に類似していること(贈与の動機の混合的性格、被相続人の資産規模との見合い、相続人間の均衡の有無)が、援用の前提となります。
認定を支える3つの事情
判決文(および引用する原決定)の論理構造から読み取れる、本件のような認定を支える事情は次の3つです。
第1に、贈与の動機が混合的な性格を持っていること。純粋な祝意でも純粋な生計援助でもなく、双方の性格が併存していることが、被相続人の主観における処分意思を分割して評価する前提になります。動機が単一の事案では、本件の論理はそのまま当てはまりません。
第2に、被相続人の資産規模との見合いで、贈与額の一部については祝意・扶養の範囲として自然に説明できる金額が観念できること。判決文上、線引きの根拠は「被相続人の資産等を考慮すると」と表現されています。被相続人の資産規模が線引きの位置を画する役割を果たしており、この見合いが成り立たない事案(資産規模に対して贈与額が突出して大きい等)では、贈与額のごく一部しか祝意・扶養の範囲とされない可能性があります。
第3に、相続人間の均衡が、扶養の範囲とすることのできる上限を画していること。他の相続人にも同種の贈与があった場合と、本件のように一部の相続人にしか贈与がなかった場合とでは、扶養の範囲として認められる金額の幅が異なります。他の相続人への類似贈与の有無は、線引きを動かす重要な事情です。
「祝い金型贈与」を超えた示唆
本件は孫の誕生祝いという「祝い金型」の贈与に関する事案ですが、判決文の論理は、より広く、贈与の動機が祝意・慰労・親としての配慮等と相続分の前渡しの双方の性格を併せ持つ場面に応用可能な発想を含んでいます。共通するのは、(a)贈与全額を「相続分の前渡し」と評価するのは過大に過ぎ、(b)他方で、贈与全額を「通常の扶養」と評価するのも相続人間の均衡を欠く、という中間的な事案類型です。
ただし、本判例の射程は、贈与の動機・目的が比較的明確で、かつ動機の混合的性格が事実関係上説明可能な事案に限られると解するのが安全です。動機が複雑に錯綜している事案や、動機を客観的に裏付ける事情が乏しい事案では、判決文が示した3要素(混合的動機・資産との見合い・相続人間の均衡)の評価がそのまま当てはまるとは限りません。
「100万円」という具体額の事案性
200万円のうち100万円という金額認定は、あくまで本件の事実関係(昭和51年当時の貨幣価値・被相続人Cの資産規模・親子関係・相続人間の均衡)に即した個別判断です。判決文も「当時の貨幣価値からすると、社会通念上高額」「被相続人の資産等を考慮すると」と述べ、当該事案の具体的事情に基づく判断であることを示しています。別事案では、これらの要素に応じて線引きの位置は変動します。
実務での使い方
本判例は、遺産分割の場面で、被相続人から相続人に対する祝い金や記念贈与の特別受益該当性・持戻し免除の意思の有無が争われる場合に、贈与額の全部か無しかという二択ではなく、贈与の動機の性格に即した中間的な事実認定を求めたい場面で参照される判例です。
使える場面
典型は、被相続人が一部の相続人(またはその家族)に対してのみ、結婚祝い・出産祝い・入学祝い・新築祝い等の名目で相応の金額を贈与していた場合です。受贈相続人側は「贈与全額が通常の扶養の範囲だから特別受益に当たらない」と主張したいところですが、贈与額が高額で他の相続人への類似贈与もない場合、全額が扶養の範囲とされる可能性は高くありません。他方、他の相続人側が「贈与全額が特別受益として持戻しの対象」と主張しても、被相続人の祝意の動機が認められれば、全額がそのまま持戻しの対象とされるとも限りません。
このような中間領域で、本判例は、被相続人の主観における処分意思を分けて評価するという発想を示しており、両当事者にとって現実的な落としどころを設計する材料となります。
持戻し免除の意思を主張する側(受贈相続人側)
受贈相続人側のポイントは次のとおりです。
第1に、贈与の動機を、祝意・慰労・親としての配慮といった自然な動機として説明できるよう構成します。本判例の論理を支えたのは「孫の誕生を祝う心情」という被相続人の主観的動機でした。同様に、出産・入学・結婚・新築等の慶事と贈与時期との接近、贈与の場面に関する関係者の認識、贈与に付された名目の客観的記録(送金時のメモ、贈与契約書、家族間の通信)を主張立証することが、動機の認定を支えます。動機が単一でなく混合的な性格を持つこと自体は、本判例のロジックを援用するためには必要な前提となります。
第2に、被相続人の資産規模に照らして、当該贈与額のうち一定額は「通常の扶養の範囲」と評価されることを主張します。本件原決定は「被相続人の資産等を考慮すると、100万円の限度においては親としての通常の扶養義務の範囲に入る」と判断しており、被相続人の贈与時点の収入・資産・社会的地位を具体的に主張立証することが、認められる範囲を広げる方向に働きます。
第3に、全額か無しかという二択にこだわらない予備的主張の構成です。「贈与全額について持戻し免除が認められる」という主張のハードルが高いと判断される場合、本判例を援用して、「仮に贈与全額についての持戻し免除が認められないとしても、少なくとも〇〇円の限度では持戻し免除の意思を推認すべき」という予備的主張を構築することで、立論の柔軟性を確保できます。
持戻し免除の意思を争う側(他の相続人側)
逆に、贈与額全額の持戻しを求める側のポイントです。
第1に、贈与の動機が祝意系のものではなく、生計の資本としての贈与であったことを示す事実関係を整理します。本件抗告人は「マンション購入資金援助だった」と主張しましたが、これを裏付ける客観的資料が不足していたため認められませんでした。贈与時期と資金使途(購入代金支払時期等)との時間的・金銭的整合、贈与に関する被相続人・受贈相続人間のやり取り、当時の受贈相続人の経済状況(資金需要があったか)等を、当時の文書で具体的に示す必要があります。動機の混合的性格自体を否定できれば、本判例のロジックの前提が崩れ、贈与全額が持戻しの対象となります。
第2に、贈与額が被相続人の資産規模に照らして過大であり、通常の扶養の範囲には全く収まらないことを主張します。判決文は「被相続人の資産等を考慮すると」「100万円の限度においては」と述べ、扶養の範囲は被相続人の資産との見合いで判定されることを示唆しています。被相続人の贈与時点の所得・資産が大きくなかった、または贈与額がその資産規模からして突出していたといった事情があれば、扶養の範囲とされる金額の幅を狭める論拠になります。
第3に、相続人間の均衡を欠いていることの強調です。本件でも、原決定は「相手方には同様の趣旨に基づくお祝い金が贈られていない」点を、200万円全額の特別受益性を肯定する根拠としました。他の相続人にも同種の贈与があったか、あったとしても金額・時期が均衡しているかを丁寧に整理することが、相続人間の不均衡を強調するうえで有効です。
第4に、本判例が「100万円を限度として持戻し免除の意思を推認することが不合理ということもできない」という二重否定の表現にとどまっている点を踏まえ、本件のような認定が常に求められるものではないことを指摘する余地があります。事実関係の差異を強調して、本判例の射程を当該事案には及ばないものとして区別する論法も検討に値します。
立証上のポイント
本件で結論を分けたのは、昭和51年5月の200万円贈与の真の目的に関する客観的資料の有無でした。X側は「マンション購入資金援助」と主張しましたが、これを裏付ける客観的資料が提出されておらず、この主張は採用されませんでした。
祝い金型の贈与に関する争いでは、贈与の動機・目的を示す同時代資料(贈与の場面のメモ、関係者間の通信、贈与に近接する慶事の記録、資金使途の記録)が決定的な意味を持ちます。受贈相続人側は「祝意」を裏付ける慶事の時期との接近・関係者の認識を、他の相続人側は「生計の資本」を裏付ける資金需要・使途の連続性を、それぞれ具体的に組み立てる必要があります。
また、本判例の論理を援用する場合には、贈与時点の被相続人の資産規模・社会的地位を客観的に裏付ける資料(預金通帳、確定申告書、不動産の保有状況、当時の収入を示す書面等)が重要です。「被相続人の資産等を考慮すると、〇〇円の限度では通常の扶養の範囲」という線引きを支えるためには、被相続人の資産規模に関する客観的な裏付けが不可欠です。長期間が経過した過去の贈与については、こうした資料が散逸していることも多く、相続が現実化する前の段階から資料を保存しておくことの重要性が改めて確認されます。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、配偶者間贈与における持戻し免除の推定規定(民法903条4項)との関係です。平成30年改正により新設された同条4項は、婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産が遺贈または贈与された場合に、被相続人の持戻し免除の意思表示があったものと推定する規定で、令和元年7月1日以降に開始した相続について適用されます。本件のような親子間の贈与は同条4項の対象外であり、子に対する贈与については本判例のような解釈による黙示の意思推認に依拠する状態が続いています。配偶者と子の双方に同種の贈与があった事案では、規律の差異を意識した主張立証が必要です。
第2に、贈与価額の評価時期です。特別受益の持戻しにあたっての贈与価額は、相続開始時の貨幣価値で評価するのが実務の取扱いで、本件原決定も物価指数による換算を行っています(昭和51年の100万円→相続開始時156万9105円相当)。線引きを「100万円の限度」と表現しても、それは贈与時点の金額であり、最終的な持戻し額は相続開始時換算後の金額となる点に留意が必要です。

