「相続させる」遺言と特別受益の持戻し──民法903条1項の類推適用を認めた事例|広島高決平成17年4月11日

判例のポイント

特定の遺産を共同相続人の一人に「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)があり、当該相続人が遺言により法定相続分を超える財産を取得した場合、その取得財産は民法903条1項の類推適用により特別受益として持戻しの対象となります。本決定は、特定遺贈があって遺産から逸出する場合と状況が類似することを根拠として類推適用を認めた高裁決定であり、相続実務において重要な意義を持ちます。

目次

判例情報

  • 裁判所:広島高等裁判所岡山支部
  • 判決日:平成17年4月11日(決定)
  • 事件番号:平成15年(ラ)第72号
  • 関連条文:民法903条1項、907条、908条/改正前家事審判法9条

事案の概要

本件は、子のいない被相続人が公正証書遺言で特定の財産を兄弟姉妹の一人に「相続させる」と定めていたところ、別途定められていた遺贈が放棄されたために残余財産の遺産分割が必要になり、当該「相続させる」遺言で取得した財産が特別受益として持戻しの対象となるかが争われた事案です。

登場人物

  • F(被相続人):妻Hは既に死亡し、子はなし。法定相続人は兄弟姉妹5人。
  • A(抗告人・原審申立人):Fの妹
  • B(抗告人・原審申立人):Fの妹
  • C(抗告人・原審申立人):Fの妹
  • D(抗告人・原審申立人):Fの弟。後に不動産取得を希望。
  • E(相手方・原審相手方):Fの妹。本件公正証書遺言で動産・現金等を「相続させる」とされた者。
  • G:本件公正証書遺言で不動産等の遺贈を受けたが、遺贈を放棄した者。

時系列

  • 平成9年12月19日:Fが公正証書遺言を作成
  • 平成13年9月9日:F死亡
  • 平成13年〜:Gが遺贈を放棄
  • 平成15年10月15日:原審判(岡山家庭裁判所玉島出張所)
  • 平成17年4月11日:本決定(広島高等裁判所岡山支部)

経緯

Fは平成9年12月19日、概ね下記の趣旨の公正証書遺言を作成しました。

  • 第1条:本件不動産(別紙目録一1・2)外、土地一筆建物一棟をGに遺贈する
  • 第2条:上記不動産に存する家財道具その他一切の動産、電話加入権、現金等をEに単独で相続させる
  • 第3条第3項:金融財産(先行する遺贈分を除く)のうち、Gに200/1000・Jに175/1000・Kに150/1000・Lに150/1000・Mに150/1000を遺贈し、Eに175/1000を相続させる

Fは平成13年9月9日に死亡し、その後Gが遺贈を放棄しました。これによりGへの遺贈部分(不動産および金融財産の200/1000)について、F死亡時に遡ってA・B・C・D・Eにつき法定相続分各1/5の相続効力が生じています。

遺言執行者の処理を経て、Eは公正証書遺言第2条・第3条に基づき、現金8754万7395円、家財道具(評価額30万円)、電話加入権(評価額2万円)の合計8786万7395円を取得しました。

他方、Gの遺贈放棄により遺産分割の対象となる残余財産は、不動産2742万5540円・預金(遺言執行費用控除後)5488万2795円・所得税還付金7万4685円の合計8238万3020円となりました。

A・B・C・Dは、Eが既に法定相続分を大きく超える特別受益を受けているから、Gの遺贈放棄部分についてEに取得分はないと主張しました。これに対し原審(岡山家裁玉島出張所)は、「相続させる」旨の遺言は遺産分割方法の指定であって遺贈ではないから民法903条の特別受益にはあたらないとして、5人で1/5ずつ平等に分割する内容の審判をしました。これを不服として抗告人らが即時抗告したのが本件です。

争点

本件には、以下の3つの論点が含まれています。

争点1:本件「相続させる」旨の遺言は遺贈にあたるか

──遺言文言の使い分け(法定相続人には「相続させる」、それ以外には「遺贈する」)から、両者とも遺贈の趣旨と解すべきか。

抗告人らの主張:Fは法定相続人に対しては「相続させる」、それ以外の者に対しては「遺贈する」と文言を使い分けたにすぎず、いずれも遺贈の趣旨である。したがって民法903条1項の特別受益(遺贈)に直接あたる。

相手方の主張:「相続させる」と「遺贈する」は明らかに法律的効果を異にする。最判平成3年4月19日が示すとおり、「相続させる」旨の遺言は遺産分割方法の指定であって遺贈ではない。

争点2:「相続させる」旨の遺言による特定の遺産承継について、民法903条1項を類推適用して特別受益の持戻しの対象とすべきか(本決定の核心)

──「相続させる」遺言が遺贈にあたらないとしても、これによる特定の遺産承継について、民法903条1項を類推適用して持戻しの処理をすべきか。

抗告人らの主張:類推適用すべきである。Eの取得分は既に法定相続分を超えており、Gの放棄分についてEの具体的相続分は0円となるべき。

相手方の主張:類推適用すべきでない。仮に類推適用が認められるとしても、本件公正証書遺言は抗告人らに対しては相続させない趣旨であり、想定外の残余財産分割という事態に至った場合は相手方にも遺産分割への参加を容認する趣旨と読むべきだから、相手方の取得分を持戻しの対象とすべきでない(実質的な持戻し免除の意思表示の主張)。

争点3:法定相続分を超える特定財産承継について、超過受益分の代償金支払を命じることができるか

──Eが法定相続分を超えて取得した部分について、抗告人らに対する代償金支払を命じる余地はあるか。

抗告人らの主張:Eが法定相続分を超えて取得した部分について、抗告人らに代償金を支払うべき。

相手方の主張:代償金支払請求は認められない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:「相続させる」旨の遺言の法的性質は遺産分割方法の指定であって遺贈ではないが、当該遺言による特定の遺産承継についても、民法903条1項の類推適用により、特別受益の持戻しと同様の処理をすべきである。ただし、超過受益分について代償金支払を命じることはできない。
  • 理由:「相続させる」遺言により当該特定物は被相続人の死亡と同時に当該相続人に移転し、現実の遺産分割は残された遺産についてのみ行われる。これは特定遺贈があって当該特定物が遺産から逸出する場合と状況が類似しているから。

判決文の引用

抗告審は、「相続させる」遺言の法的性質について最判平成3年4月19日の枠組みを確認したうえで、本件遺言の文言は遺産分割方法の指定にあたると認定しました。そのうえで、903条1項の類推適用について、次のように判示しています。

特定物を相続させる旨の遺言により、当該特定物は、被相続人の死亡と同時に当該相続人に移転しており、現実の遺産分割は、残された遺産についてのみ行われることになるのであるから、それは、あたかも特定遺贈があって、当該特定物が遺産から逸出し、残された遺産について遺産分割が行われることになる場合と状況が類似しているといえる。したがって、本件のような「相続させる」趣旨の遺言による特定の遺産承継についても、民法903条1項の類推適用により、特別受益の持戻しと同様の処理をすべきであると解される。

代償金支払請求の点については、次のように判示して退けました。

本件のように、遺言により承継された特定物の価額が、当該相続人の法定相続分を上回っている場合であっても、その超過取得額につき、他の共同相続人に対して代償金の支払を命じることは、被相続人の合理的意思に反することになると解されるから、この点に関する抗告人らの主張は採用できない。

判例の考え方

本決定の論理は、次の段階で整理できます。

第1段階:「相続させる」旨の遺言は遺贈ではない。最判平成3年4月19日の判断枠組みに従い、遺贈と解すべき特段の事情のない限り、これは遺産分割方法の指定であって、被相続人の死亡時に直ちに当該相続人に承継される。本件公正証書遺言の文言は、Fが法定相続人と非相続人に対して「相続させる」と「遺贈する」を意識的に使い分けていることが明らかであるから、これを遺贈と解することはできない。

第2段階:とはいえ、「相続させる」遺言による特定の遺産承継は、特定遺贈と機能的に類似する。特定物を「相続させる」遺言があれば、当該特定物は被相続人の死亡と同時に当該相続人に直接移転し、現実の遺産分割は残された遺産についてのみ行われる。これは、特定遺贈により当該特定物が遺産から逸出し、残された遺産について遺産分割が行われる場合と「状況が類似している」。

第3段階:状況が類似する以上、民法903条1項の類推適用が認められる。「相続させる」遺言により取得した財産は、特別受益として持戻しの対象となり、みなし相続財産に算入される。

第4段階:ただし、超過受益分について代償金支払までは命じない。法定相続分を超える特定財産承継があった場合でも、その超過分について他の共同相続人への代償金支払を命じることは、特定の財産を当該相続人に取得させようとする被相続人の合理的意思に反する。

なお、相手方代理人が主張した「公正証書遺言は抗告人らに対しては相続させない趣旨だから、想定外の残余財産分割の場合、相手方にも遺産分割への参加を容認する趣旨である」(実質的な持戻し免除の意思表示の主張)については、Gの遺贈放棄により被相続人の死亡時に遡って法定相続分どおりの相続の効果が生じたのであり、遺贈放棄部分について本件遺言は何ら触れていないとして、退けられています。

結論に至る処理

本決定は、次の計算により各人の具体的相続分を確定しました。

  • みなし相続財産:残余財産8238万3020円+Eの「相続させる」遺言取得分8786万7395円=1億7025万0415円
  • 各人の法定相続分(1/5):3405万0083円
  • Eの具体的相続分:既に8786万7395円取得済(法定相続分超過)→0円
  • 抗告人らの具体的相続分:残余財産8238万3020円を抗告人ら4人で按分し、各2059万5755円

そのうえで、Dが不動産取得を希望したため、Dが不動産(評価額2742万5540円)を単独取得し、超過分について抗告人A・B・Cに代償金を各227万6595円支払う形で分割が決定されています(最終的にDの取得額も2059万5755円となるよう調整)。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「相続させる」旨の遺言による特定の遺産承継について、民法903条1項の類推適用が認められる

本決定は、「相続させる」遺言の法的性質を遺産分割方法の指定(遺贈ではない)と位置付けたうえで、その承継について民法903条1項を類推適用すべきとしました。直接適用ではなく類推適用である点が、本決定の核心です。

類推適用の根拠は「状況の類似性」

類推適用の根拠は、「相続させる」遺言による特定物の承継が「特定遺贈があって、当該特定物が遺産から逸出し、残された遺産について遺産分割が行われる場合」と状況が類似していること、と明示されています。判決文は「特定物を相続させる旨の遺言」と表現しており、特定の遺産(特定物)を特定の相続人に承継させる遺言を念頭に置いている点に留意が必要です。

超過受益分についての代償金支払までは命じない

特定財産承継遺言で取得した財産が法定相続分を上回る場合でも、超過取得額について他の共同相続人への代償金支払を命じることは「被相続人の合理的意思に反する」として認めていません。これは本決定が確定的に判示した射程内の論点です。

関連判例

判決文中で明示的に言及・引用された先例は、次のとおりです。

  • 最判平成3年4月19日(民集45巻4号477頁):特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言は、遺贈の趣旨と解すべき特段の事情のない限り、遺産分割方法の指定であり、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される、とした最高裁判例。本決定が「相続させる」遺言の法的性質を判断する前提として引用されました。

実務での使い方

本判例は、共同相続人の一人が「相続させる」旨の遺言で特定の遺産を取得し、それが法定相続分を上回るケースで、他の相続人が特別受益の持戻しを主張する場面において、極めて重要な根拠裁判例となります。争族実務における典型的な使いどころを整理します。

使える場面

典型的には、被相続人が特定の相続人(同居の長男、介護を担った子、特定の兄弟姉妹など)に対して、自宅不動産・事業承継財産・主要な預貯金等を「相続させる」旨の遺言を残し、その結果として当該相続人が法定相続分を大幅に超える財産を取得する一方で、他の相続人の取得分が残余財産しかない、というケースです。

このような場面で、他の相続人は本判例を根拠に、特定財産承継遺言で取得した財産をみなし相続財産として持ち戻し、特別受益として控除して具体的相続分を算定すべきと主張できます。本判例は高裁決定ですが、その後の実務において、特定財産承継遺言を特別受益の持戻しの対象とする取扱いはほぼ確立した判断となっており、相続における強力な根拠となります。

持戻しを主張する側(残余財産しか取得できない相続人側)

持戻しを主張する側は、次の事実を具体的に押さえる必要があります。

第1に、特定財産承継遺言の存在と内容、対象財産の評価です。「相続させる」旨の遺言の文言、対象財産の特定、評価額の把握が出発点となります。現金・金融財産であれば評価が容易ですが、不動産や非公開株式等の場合は評価方法(時価評価か固定資産税評価か、収益還元法か簿価か等)が争いになりやすいため、評価資料の準備が重要です。評価基準時は遺産分割時とするのが実務上の一般的扱いですが、状況により相続開始時とする見解もあります。

第2に、法定相続分との比較です。特定財産承継遺言で取得した財産の評価額が、当該相続人の法定相続分を上回っているかを確認します。上回っている場合、残余財産の遺産分割で当該相続人の具体的相続分は0円となり、残余財産は他の相続人で按分されることになります。

第3に、持戻し免除の意思表示が存在しないことです。被相続人が持戻し免除の意思を明示・黙示に表示している場合、持戻しの対象から除外されます(民法903条3項)。明示の意思表示は遺言書等に記載されているかどうかで判断できますが、黙示の意思表示は遺言全体の趣旨や被相続人と相続人の関係性等から認定されるため、争いになりやすい論点です。

持戻しに対抗する側(特定財産承継遺言で取得した相続人側)

逆に、持戻しに対抗する立場では、次の構成を検討することになります。

第1に、持戻し免除の意思表示の存在です。明示の意思表示があれば最も強力ですが、なくても、遺言全体の趣旨、贈与の経緯、被相続人と当該相続人の関係性(同居・介護・事業承継等)から黙示の持戻し免除の意思表示を主張する余地があります。

特に、令和元年7月1日施行の改正民法903条4項は、婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産を贈与または遺贈した場合に、持戻し免除の意思表示があったものと推定する規定を新設しました。本判例は遺贈の事案ではなく特定財産承継遺言の事案ですが、改正民法903条4項の対象に「特定財産承継遺言」が含まれるかは別途検討が必要です。

第2に、遺言の趣旨に基づく解釈です。本件で相手方代理人は「公正証書遺言は抗告人らに相続させない趣旨だから、相手方は残余財産分割に参加できる(=超過受益を持ち戻すべきでない)」という構成で持戻しを否定しようとしましたが、抗告審はこれを退けました。遺言の趣旨論で持戻しを否定する構成は、よほど明確な遺言文言がない限り通りにくいことが、本判例から読み取れます。

立証上のポイント

本件で実質的に争点となったのは、以下の2点でした。

1つ目は、「相続させる」遺言を遺贈と解するか遺産分割方法の指定と解するかの法的性質論です。これについては、最判平成3年4月19日の判断枠組みに従い、遺贈と解すべき特段の事情の有無が検討されます。本件では、Fが法定相続人には「相続させる」、それ以外の者には「遺贈する」と意識的に使い分けていたことが、むしろ「相続させる」を遺贈と解さない根拠となりました。遺言文言上の使い分けが意識的に行われている場合、「相続させる」は遺産分割方法の指定と解されやすくなる点を押さえる必要があります。

2つ目は、持戻し免除の意思表示の有無です。明示の意思表示は遺言書記載の有無で決まりますが、黙示の意思表示は遺言全体の趣旨や被相続人の意思の合理的解釈からの推認となります。黙示の持戻し免除を主張する側は、遺言の全体構成や贈与の経緯を緻密に主張する必要があります。本件のように、遺言の主要部分が一人の相続人に集中していること自体は、必ずしも黙示の持戻し免除を基礎づけません。

併せて検討すべき周辺論点

第1に、超過受益分の代償金支払請求は認められない点です。本決定は、法定相続分を超える特定財産承継があった場合でも、超過分について代償金支払を命じることは被相続人の合理的意思に反するとして、これを否定しました。これは、特定財産承継遺言の趣旨が「当該特定物を当該相続人に取得させる」ことにある以上、その帰属を金銭的に清算してしまっては被相続人の意思に反する、という発想に基づきます。

ただし、これは遺産分割の場面で代償金支払請求権が発生しないという意味であって、遺留分侵害額請求権まで否定する趣旨ではありません。法定相続分を超える特定財産承継により他の相続人の遺留分が侵害されている場合は、別途、遺留分侵害額請求権を行使する余地があります。本判例の射程と遺留分制度との関係は、明確に区別する必要があります。

第2に、改正民法との関係です。平成30年相続法改正により、「相続させる」旨の遺言は「特定財産承継遺言」として民法1014条2項以下に正面から規定されました。もっとも、民法903条1項の文言は依然として「遺贈」と「贈与」を列挙するのみで、「特定財産承継遺言」を明示していません。したがって、本決定が示した「類推適用」の論理は、改正後の現行民法下でも実務上維持されている取扱いです。

目次