黙示の遺産分割協議が成立した不動産は遺産分割審判の対象とならないとした事例──職権探知主義の下での当事者合意の限界|東京高決平成23年2月24日

判例のポイント

本決定は、全相続人が「特定の不動産は被相続人の遺産である」と一致して合意していても、その合意を遺産分割審判の前提とすることが許されない場合があると明示した東京高裁の事案です。本件では、相続税の物納や第三者への売却のために繰り返された分筆・合筆登記、各相続人への持分各5分の1での共有登記、売却代金等の平等配分等の経緯から、対象不動産について全相続人による黙示の遺産分割協議が既に成立していると認定し、遺産分割審判の申立てを対象なしとして却下しました。職権探知主義の下での当事者主義的運用の限界と、黙示の遺産分割協議の認定枠組みを示した実務上重要な決定です。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:平成23年2月24日(決定)
  • 事件番号:平成22年(ラ)第2057号
  • 関連条文:民法907条、家事審判法9条1項乙類10号(本決定当時。現・家事事件手続法別表第二第12項)、家事審判規則104条

事案の概要

本件は、共同相続人の一人が、夫婦である被相続人A及び被相続人Bの各相続財産について遺産分割審判を申し立てたところ、抗告審が、対象とされた各不動産は既に黙示の遺産分割協議によって法定相続分による共有関係にあり未分割の相続財産ではないとして、遺産分割審判の申立てを対象なしとして却下した事案です。

登場人物

  • 被相続人A(父):平成4年6月死亡。Bの夫であり、5人の子(X1からX5)の父。
  • 被相続人B(母):平成8年7月死亡。Aの妻であり、5人の子の母。
  • X1(Aの長男・抗告人):原審判で代償金の負担を不当として、原審判主文の一部取消しを求めた抗告人。
  • X2(Aの二男・抗告人):原審判の取消し及び差戻しを求めた抗告人。各被相続人につき寄与分を定める処分審判も申し立てていた。
  • X3、X4、X5(Aの他の子・相手方):このうちX4が本件遺産分割審判の申立人。

時系列

  • 平成4年6月:Aが死亡
  • 平成4年12月:全相続人(B及び子5人)がAに係る遺産分割協議書に署名捺印して作成
  • 平成6年3月:Aの相続財産であった旧64番2(777㎡)から64番15・16が分筆
  • 平成6年4月:Aの相続財産であった旧68番2(3087.23㎡)から本件2、8、9を含む16筆が分筆
  • 平成6年5月:本件2、8、9の各土地等につき、Aの相続を原因とする全当事者(子5人)への持分各5分の1の所有権移転登記
  • 平成6年12月:64番15・16および68番13・14がAの相続税の物納に供される
  • 平成8年7月:Bが死亡
  • 平成9年5月6日:全相続人(子5人)がBに係る遺産分割協議書を作成
  • 平成9年:Bの相続開始後、相続財産関連の売却代金等として全当事者が各1100万円を平等に受領
  • 平成9年9月:旧64番2からさらに64番17・18が分筆され、本件1の土地(362㎡)が残地となる
  • 平成11年1月:旧68番2から本件3、5、6、7の各土地を含む7筆が分筆
  • 平成14年6月:本件6の土地等につき、錯誤を原因として登記抹消、Aに係るBの単独相続及びBに係る全当事者の相続を原因とする持分各5分の1の所有権移転登記が改めてなされる
  • 平成15年:平成15年調停事件で、Aの相続財産の一部について遺産分割協議のやり直し
  • 平成17年6月8日:前回第1調停成立(Aの相続財産の一部分割)
  • 平成17年10月:一部の土地が相続税物納に供される
  • 平成18年5月24日:前回第2調停成立(Aの相続財産の一部分割)
  • 平成19年7月3日:X4がBに係る遺産分割調停を申し立て
  • 平成19年11月8日:X4がAに係る遺産分割調停を申し立て
  • 平成20年4月16日:調停不成立により審判事件に移行
  • 平成21年9月16日:原審裁判所支部が遺産分割等の審判(1回目)
  • 平成21年12月25日:抗告審が原審判を取り消して差戻し
  • 平成22年9月29日:差戻し後の原審判
  • 平成23年2月24日:本決定

経緯

被相続人A・Bの5人の子は、両親の死亡後、複雑な分筆・合筆を繰り返しながら相続財産の処理を進めてきました。Aに係る相続税は約2億7000万円、Bに係る相続税は約8400万円という高額にのぼり、これを納付するために、多くの土地が物納に供され、また第三者への売却も行われました。物納や売却の前後では、各相続人への法定相続分(各5分の1)に基づく共有登記が経由されており、売却代金等は全相続人に平等に配分されています(平成9年には全当事者が各1100万円を受領)。

ここで本件1の土地と本件2から11の各土地は、明示の遺産分割協議書との関係でそれぞれ異なる位置づけにある点に注意が必要です。本件1の土地は、Aの相続開始時の相続財産であった旧64番2(777㎡)から複数回の分筆を経て残った残地(362㎡)です。Aに係る平成4年12月の遺産分割協議書には「旧64番2」が記載されていましたが、面積の記載はなく、また「一部はBの単独取得、その余は全当事者の持分各5分の1の共有取得」と定められていただけで、分筆を経て残ることになる本件1の土地そのものについて誰が具体的にどのように取得するかは特定されていませんでした。一方、本件2から11の各土地は、Bに係る平成9年5月の遺産分割協議書の対象とされていた相続財産です。

そうした状況の中、X4は、Aに係る平成4年12月の遺産分割協議書は有効だが、Bに係る平成9年5月の遺産分割協議書は便宜上作成されたもので無効であるとの立場を取りました。そのうえで、Bの相続財産(本件2から11の各土地)について遺産分割審判を求め、さらに、Aの相続財産の一部に未分割の本件1の土地が残っているとして、Aの相続財産についても遺産分割審判を申し立てました。

調停は不成立で審判に移行し、原審裁判所支部は遺産分割等の審判をしましたが、抗告審で取り消され差し戻されました。差戻し後の原審判に対し、X1及びX2が抗告したのが本件です。なお、原審判及び差戻し後の原審判のいずれにおいても、全当事者は終始、本件1の土地がAの遺産であり、本件2から11の各土地がBの遺産であることについて合意していました。

争点

本件の核心となる争点は、次の2点です。なお、本件は、対象不動産ごとに明示の遺産分割協議書との関係が異なるという特殊な構造を持っています。本件1の土地は、Aに係る有効な遺産分割協議書(平成4年12月作成)の対象不動産である旧64番2の分筆残地ですが、明示協議書ではこの残地部分について具体的な取得者が定められていません。本件2から11の各土地は、Bに係る平成9年5月の遺産分割協議書の対象ですが、X4側はこの協議書を「相続税物納のための便宜上のもので無効」と争っていました。いずれの対象不動産も、明示協議書のみによっては「既に分割済み」と直結しない、という構造の事案です。

争点1:全当事者が「これらの不動産は被相続人の遺産である」と一致して合意していれば、裁判所はその合意を前提に遺産分割審判をすべきか

──遺産分割審判は職権探知主義(裁判所が職権で事実関係を調査し判断する原則)の下で運営される手続です。当事者主義的運用の発展により、当事者間に合意がある事項は原則として尊重されるのが実務の運用ですが、その尊重には限界があるのか。

当事者(申立人X4・抗告人X2を含む全当事者)の立場:全当事者が、本件1の土地がAの遺産であり、本件2から11の各土地がBの遺産であることを終始合意しているのであるから、裁判所はこれを前提として遺産分割審判をすべきである。

抗告審の判断視点:全当事者の合意がある事項は原則として尊重するとしても、職権探知の原則から、一件記録及び審問の全趣旨により認められる事実関係に照らして、合意をもってしても審判の前提にすることが許されない場合がある。

争点2:本件各不動産について、黙示の遺産分割協議が既に成立していたといえるか

──本件1の土地と本件2から11の各土地は、明示の遺産分割協議書との関係が異なるため、黙示の遺産分割協議の成否はそれぞれ別個に検討する必要があります。

X4側(申立人)の立場:本件1の土地は、明示協議書で具体的取得者が定められていない以上、未分割の相続財産である。本件2から11の各土地は、Bに係る遺産分割協議書が便宜上のものとして無効であるから、同じく未分割の相続財産である。

X2側(抗告人)の立場:本件各土地は被相続人らの遺産である。前回第2調停による一部遺産分割の結果が不平等であるから、本件審判手続において遺産分割全体の中で均等に調整すべきである。

抗告審の判断視点:本件1の土地については、明示協議書では具体的取得者が定められていないが、その後の長年の処理(分筆・物納の全当事者の了承、売却代金の平等配分、A協議書の有効性に異論なき当事者の態度等)から、全当事者が法定相続分による共有を前提として行動してきたといえるか。本件2から11の各土地については、明示協議書の有効性を正面から判断せずとも、各相続人への持分各5分の1の共有登記の経由(便宜上のものであれば本来不要)、その後の分筆・譲渡・物納の了承、代金配分、平成15年調停事件における当事者の発言(分割協議済みである旨)等の経緯から、明示協議書の効力とは別個に黙示の遺産分割協議の成立が認定できるか。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:全当事者の合意があっても、職権探知主義の下で、当該不動産が遺産分割審判の対象として適した性質を有するかは別途検討を要する。本件1から11の各不動産は、既に黙示の遺産分割協議の成立を経て通常の共有関係にあり、未分割の相続財産とはいえないから、これを対象とする遺産分割審判の申立てはいずれも対象がなく不適法である。
  • 理由:多年にわたる分筆・物納・売却の処理についての全当事者の了承、各相続人への持分各5分の1の共有登記の経由、売却代金等の平等配分、当事者の言動(分割協議済みである旨の発言)等から、全相続人が法定相続分による共有を前提として行動してきたことが認められ、本件各土地が現に被相続人名義のままであるとしても、それは単に名義変更の手続を怠っている状況にあるにすぎないから。

判決文の引用

抗告審は、職権探知主義と当事者合意の関係について、次のように判示しました。

遺産分割審判の手続における全当事者の合意は、民法907条及び家事審判法9条1項乙類10号の相互関係を考えるとき、遺産分割審判事件の性質上、一定の事柄について全当事者間に合意があるときには、格別の事情のない限り、これを尊重して審判の前提とすることができるものと解されるが、職権探知の原則から、一件記録及び審問の全趣旨により認められる事実関係に照らして、上記全当事者間の合意をもってしても、遺産分割等の審判の前提にすることが許されない場合があるというべきである。

そのうえで、本件1の土地について、次のように認定しています。

本件1の土地は、現在の時点に至るまでに、全当事者が法定相続分である各5分の1の持分割合の持分で共有する旨の少なくとも黙示の遺産分割協議を終えているものであって、同土地が現在も被相続人太郎名義であることは、単に名義変更の手続を怠っている状況にあるにすぎず、同土地については、遺産分割協議が成立している通常の共有関係にあるものと認めるのが相当である。

本件2から11の各土地についても、同様の認定を加えています。

上記の各行動は、全当事者が、本件2から11の各土地について、各5分の1の持分割合の持分で共有していることを前提とするものであり、かかる経緯に照らすと、上記各土地は、黙示の遺産分割協議の成立を経て、各5分の1の持分割合の持分による通常の共有関係にあると認められるのであって、遺産分割の対象となる相続人間で協議の整わない被相続人花子の未分割の相続財産であるということはできない。

判例の考え方

本決定の論理は、次の4段階で整理できます。

第1に、職権探知の原則と当事者合意の関係。遺産分割審判は職権探知主義の下にある手続です。実務では、当事者間に合意がある事項は原則として尊重するという当事者主義的運用がほぼ定着していますが、これには限界があります。本決定は、合意尊重の原則を否定したわけではなく、「格別の事情のない限り」これを尊重するという原則を維持したうえで、職権探知の原則から、合意をもってしても審判の前提にすることが許されない場合があるという例外を明示したものです。

第2に、明示の遺産分割協議書があるのに黙示の協議が問題となる理由。本件の特徴は、各対象不動産につき明示の遺産分割協議書が存在するにもかかわらず、抗告審がそれとは別に黙示の遺産分割協議の成立を認定した点にあります。これは、対象不動産ごとに、明示協議書による「分割済み」という結論が直接導けない事情があったためです。本件1の土地については、Aに係る平成4年12月の遺産分割協議書(有効性に争いなし)に「旧64番2」が記載されているにとどまり、その後の分筆を経て残った本件1の土地そのものの帰属は明示協議書からは特定できませんでした。そのため、明示協議書とは別に、その後の当事者の行動から本件1の土地について黙示の遺産分割協議が成立したと認定する必要があったのです。本件2から11の各土地については、Bに係る平成9年5月の遺産分割協議書の有効性自体が争われていました。抗告審は、明示協議書の有効性を正面から判断するのではなく、その後の当事者の行動(便宜上のものであれば本来不要のはずの持分共有登記の経由、分筆・譲渡・物納の了承、代金配分等)から、明示協議書の効力とは別個に黙示の遺産分割協議の成立を認定するという論理を採用しました。これにより、明示協議書が無効であったとしても、結論として未分割の相続財産とはいえない、という結論を導いています。

第3に、黙示の遺産分割協議の成立認定の枠組み。本決定が黙示の遺産分割協議の成立認定を支える事実として重視したのは、(1)分筆登記及び持分各5分の1の共有登記の繰り返しの経由、(2)相続税の物納や第三者への売却についての全当事者の了承、(3)売却代金等の全当事者への平等配分、(4)当事者の言動(平成15年調停事件における「相続財産については分割協議済みである」旨の主張)等です。本決定は、これらが長年にわたり積み重ねられてきた経緯を総合評価して、黙示の遺産分割協議の成立を認定しました。

第4に、登記の名義未変更との区別。被相続人名義のまま残されている不動産について、本決定は「単に名義変更の手続を怠っている状況にあるにすぎない」と評価し、既に遺産分割協議が成立した通常の共有関係にある場合があることを示しました。逆にいえば、被相続人名義のまま放置されているという一事から「未分割の相続財産」と推認するわけではない、という立場です。あくまで他の事情と総合して判断するものです。

結論に至る処理

抗告審は、本件1の土地および本件2から11の各土地のいずれについても、既に黙示の遺産分割協議が成立しており、各5分の1の持分による通常の共有関係にあると認定しました。これにより、原審判中の各遺産分割に係る部分を取り消し、原審平成22年(家)第48号、第49号の各遺産分割審判の申立てをいずれも却下しています。

なお、X1の抗告理由(代償金の負担が不当である旨の主張)及びX2の抗告理由(前回第2調停の結果が不平等であるから本件審判で調整すべき旨の主張)については、いずれも遺産分割審判の申立てが不適法であって検討する前提を欠くとして判断されていません。また、X2が申し立てた寄与分を定める処分審判については、抗告がなく既に確定しているため判断の対象外とされました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

全当事者の合意が尊重される原則の維持と例外的限界

判決文は、「一定の事柄について全当事者間に合意があるときには、格別の事情のない限り、これを尊重して審判の前提とすることができるものと解される」と判示し、合意尊重の原則を明確に肯定しています。本決定は、遺産分割審判における当事者主義的運用そのものを否定したわけではありません。

そのうえで、「職権探知の原則から、一件記録及び審問の全趣旨により認められる事実関係に照らして、上記全当事者間の合意をもってしても、遺産分割等の審判の前提にすることが許されない場合がある」として、合意尊重の原則に対する例外的限界を示したものです。本決定の射程は、合意尊重の原則を例外的に超える場合があることを明示した点にとどまり、合意の原則的な尊重そのものを否定する趣旨ではない点に注意が必要です。

黙示の遺産分割協議の認定指標は「長年の行動の積み重ね」を要する

本決定が黙示の遺産分割協議の成立認定の根拠としたのは、十数年にわたる分筆・物納・売却の処理、各相続人への持分共有登記の繰り返し、売却代金等の平等配分、当事者の累次の言動等です。これらは単発・短期間の事情ではなく、長年にわたる行動の積み重ねとして評価されたものです。

したがって、本決定の射程は、長期間にわたって相続人らが法定相続分による共有を前提に一貫した行動を取ってきた事案に及びます。短期間の限られた行動のみから黙示の遺産分割協議の成立を認定する射程までは含まないと考えられます。

名義未変更それ自体は中立的事実

判決文は、被相続人名義のままであることについて「単に名義変更の手続を怠っている状況にあるにすぎず」と判示しました。これは、名義未変更は「未分割」を直ちに意味するものではないことを示しています。

ただし、これは逆の方向にも作用します。すなわち、本決定は「名義未変更=分割済み」という推認を示したものではなく、あくまで他の積極的事情(物納・売却の了承、共有登記の経由、代金配分等)があってはじめて分割済みと認定したものです。名義未変更それ自体は、未分割か分割済みかについて中立的な事実にとどまる、というのが本決定の枠組みと考えられます。

既に分割済みの財産については「不適法却下」となる

判決文は、「本件1の土地は、相続人間で協議の調わない被相続人太郎の未分割の相続財産であるとはいえないから、遺産分割審判の分割対象とはいえず、同被相続人についての遺産分割審判の申立ては、その対象がないので、不適法である」と判示しました。

ここで注目すべきは、「棄却」(申立てを認容しない)ではなく「却下」(審判対象が存在しない)という処理が選択されている点です。既に分割済みの財産については、そもそも遺産分割審判の対象が存在しないため、その当否を判断することなく入口段階で却下する、という構成です。これは、当事者が当該財産について改めて再協議を行うこと、あるいは共有物分割訴訟等の別の手続を取ることを妨げるものではありません。

「不適法却下」の付言部分の射程

本決定は付言として、全相続人間で既に遺産分割協議が終了した相続財産に関する遺産分割調停の申立ては、潜在する審判申立てとしては不適法であるが、相続人の一部が遺産分割の再協議を求める手続自体は適法なものとなり得ること、また、全相続人が調停手続段階で遺産分割協議の無効を前提として審判を求めることに合意したときは調停不成立後の審判申立ても適法となり得ることを示しています。

この付言部分は、本決定の主要な判断ではなく、関連する手続上の整理を示した部分です。本件は付言の例外には当たらないと判断されており、却下処理が選択されました。

実務での使い方

本判例は、相続案件において、「ある不動産について既に黙示の遺産分割協議が成立していたか否か」が争点となる場面で、基本判例として参照される決定です。長期間放置された相続不動産や、相続税対応のために部分的に処理されてきた相続財産をめぐる紛争で頻繁に引用されます。

使える場面

典型的には次のような場面が考えられます。

第1に、長期間放置された相続不動産について、一部の相続人が遺産分割審判を申し立てたところ、相手方が「既に分割済みである」と主張する場面です。本決定は、登記上被相続人名義のままになっていても、当事者の長年の行動から黙示の遺産分割協議の成立を認定した事案であり、相手方主張の支柱として機能します。

第2に、相続税の物納や売却処理を経て、各相続人が事実上一定の持分を享受してきた事案で、後から特定の不動産について再分割を求める申立てがされた場面です。本件と同様、物納・売却の了承、共有登記、代金配分等の長年の行動が積み重ねられている場合には、本決定の枠組みが直接機能します。

第3に、複数の被相続人(夫婦・親子等)に係る相続が連続的に発生し、相続税対応や分筆・合筆を繰り返しながら処理してきた複雑な事案です。本件はまさに父・母の相続が連続して発生した事案であり、両被相続人の相続財産処理が一体的に進められてきたケースの参考になります。

黙示の遺産分割協議の成立を主張する側(分割済みとして遺産分割審判の不適法を主張する立場)

「既に分割済みである」と主張する側は、本決定の認定指標を踏まえ、次の事実を体系的に主張・立証することになります。

第1に、持分共有登記の経由です。各相続人への法定相続分(または合意された割合)に基づく所有権移転登記が経由されている事実は、本決定が黙示の遺産分割協議の成立を認定する重要な根拠としました。登記事項証明書を時系列に沿って整理し、登記原因が「相続」であること、持分割合が法定相続分または明確な合意に基づくものであることを示します。

第2に、処分行為についての全当事者の了承です。相続税の物納、第三者への売却、交換等の処分行為に各相続人が関与し、または同意していた事実を、契約書、内容証明、調停記録、税務申告書等の客観資料で示します。本件では、約3億5000万円超に及ぶ高額な相続税の物納処理に全当事者が了解していた事実が決定的な認定材料となりました。

第3に、売却代金等の平等配分です。本件では「全当事者が各1100万円を平等に受領した」事実が認定根拠となりました。配分の事実は振込記録、入金通知、税務申告書等で示します。配分が法定相続分に厳密に従っているかどうかよりも、「当事者が平等または合意された割合で受領していた」という事実関係が重要です。

第4に、当事者の過去の言動です。本件では、平成15年調停事件において当事者の一部が「相続財産については分割協議済みである」旨主張していた事実が認定材料とされました。調停記録、過去の準備書面、内容証明、当事者の手紙やメール等を整理し、当事者が「分割済み」と認識して行動してきた事実を示します。

第5に、長期にわたる占有・利用関係です。各相続人が特定の不動産について事実上の占有・使用を行ってきた事実、または全員が共有関係を前提に賃料収入を分配してきた事実等も、黙示の遺産分割協議の成立を支える事情として機能します。

未分割の相続財産であることを主張する側(遺産分割審判の対象として処理を求める立場)

逆に、「これは未分割の相続財産である」と主張する側は、本決定の枠組みから「単に名義変更を怠っている状況」と評価されないよう、積極的事情を主張する必要があります。

第1に、過去の登記等が便宜上のものに過ぎなかったことです。本件でX2は「Bに係る遺産分割協議書は相続税物納のための便宜上のものである」と主張しましたが、抗告審はこれを退けました。便宜上のものという主張は、客観的事情(共有登記が長期間維持されている、当事者が分割を前提に行動してきた等)と矛盾しない説明が必要であり、単に主観的に「便宜上のもの」と述べるだけでは認定を覆すのは困難です。

第2に、過去の処理に対する一貫した不同意の事実です。物納・売却・登記等の処理について、同意していなかった、または明示的に異議を唱えていた事実を示します。当時の通信記録、議事録、内容証明、不参加の事実等が証拠になります。

第3に、他の遺産分割協議書に当該不動産の記載がないこと、独立した持分行使の不存在です。各相続人が当該不動産について独立した持分処分行為(売却、賃貸、抵当権設定等)を行ってこなかった事実は、共有関係を前提とする行動の不存在として、未分割の主張を支える間接事実になります。

第4に、本件のような長年の積み重ねがない事案であることです。本決定の射程は十数年にわたる行動の積み重ねが認定された事案にあるため、対象事案がより短期間の限られた事情に基づくものである場合には、本決定の射程外であることを主張することが考えられます。

立証上のポイント

本件の認定を支えた事実関係の特徴は、抗告審が職権で登記事項証明書を収集し、当事者提出の直近の公図写しと併せて検討した点にあります。これは、当事者主義的運用の下で進められてきた審判手続が、職権探知の原則によって最終的に補完された場面です。

実務上、本決定の枠組みで主張を組み立てる場合には、相続開始時から現時点までの不動産の登記履歴を網羅的に把握することが出発点になります。具体的には、(1)相続開始時の登記簿謄本、(2)分筆・合筆の各登記事項証明書、(3)持分移転登記の各登記事項証明書、(4)現時点の登記事項証明書を時系列に沿って整理し、加えて公図写し、相続税申告書、売買契約書、振込記録等の客観資料を網羅的に収集することが基本となります。

本件の特徴として、原審が十分な登記関係資料を確認しないまま、当事者の合意のみを前提に審判を進めた結果、抗告審で取り消されたという経緯がある点も実務的に重要です。当事者代理人としては、登記関係資料の網羅的収集を依頼者に促し、必要に応じて職権による調査の補充を求めることが、紛争の早期解決に資する場合があります。

併せて検討すべき周辺論点

本決定との関連で、実務上併せて検討すべき周辺論点を整理します。

第1に、既に分割済みの財産について共有関係を解消する手続です。本決定により遺産分割審判の対象から外れた財産について、その後共有関係を解消したい場合には、(1)改めて全相続人の合意による再協議、(2)共有物分割訴訟の提起、のいずれかが選択肢となります。遺産分割審判と異なり、共有物分割訴訟は通常の民事訴訟であり、寄与分や特別受益等の遺産分割特有の調整は原則として考慮されない点に注意が必要です。

第2に、遺産分割協議の無効・解除主張との関係です。本件でX4は「Bに係る遺産分割協議書は無効である」と主張しましたが、抗告審は当事者の長年の行動から黙示の遺産分割協議の成立を別途認定しました。仮に明示の遺産分割協議書の有効性に争いがあっても、その後の当事者の行動から黙示の遺産分割協議の成立が認定されれば、結論として未分割の相続財産とはいえないことになります。明示の遺産分割協議書を無効と主張する側は、その後の当事者の行動が黙示の遺産分割協議の成立を裏付ける可能性についても留意が必要です。

第3に、相続税対応の処理段階での書面化です。本件のような複雑な相続税対応のため、部分的に相続財産を処理してきた事案では、後日「これは分割済みか、未分割か」をめぐって紛争が生じるリスクが高くなります。実務上は、相続税対応の各処理段階で、当事者間の権利関係(分割済みの財産・未分割の財産の範囲、各相続人の持分等)を明文化する書面を残しておくことが望ましく、これは紛争予防の観点からも重要です。

第4に、家事事件手続法下での運用です。本決定は家事審判法時代のものですが、平成25年1月1日施行の家事事件手続法の下でも、職権探知主義(同法56条1項)及び遺産分割審判における事実認定の枠組みは実質的に維持されており、本決定の枠組みは現行法下でもそのまま妥当します。条文番号としては、家事審判法9条1項乙類10号は家事事件手続法別表第二第12項に対応しています。

第5に、令和3年民法改正(令和5年4月1日施行)との関係です。令和3年改正により民法907条3項が新設され、相続開始から10年経過後の遺産分割について具体的相続分の主張制限が定められました(改正前の協議成立分には影響なし)。本決定の論点(黙示の遺産分割協議の認定、職権探知主義の限界)には改正による直接の影響はありませんが、長期間放置された相続案件では、本決定の枠組みと改正後の10年経過ルールの両方を意識した検討が必要となります。

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