遺産分割協議の成立後に新たな遺産が発見された場合、その遺産の分割を法定相続分で行うか、先行協議の不均衡を考慮するかは、先行協議の意思解釈によって決まります。本決定は、先行協議の対象財産に現金や預貯金も含まれていたにもかかわらず、相互に代償金の支払が定められていなかった事実から、当事者は取得額の不均衡を是認しており、その後の清算は予定されていなかったと解釈したうえで、新たに発見された遺産を法定相続分で分割すべきと判断した事例です。
判例情報
- 裁判所:大阪高等裁判所
- 判決日:令和元年7月17日
- 事件番号:平成31年(ラ)第480号
- 関連条文:民法906条、907条
事案の概要
本件は、遺産分割協議の成立から十数年が経過した後に、被相続人名義の預貯金口座が新たに発見されたという事案です。先行協議で僅かしか取得しなかった相続人が、後発の遺産は全部自分が取得すべきだと主張しました。
登場人物
- C(被相続人):父。平成11年に死亡。
- D(Cの妻):Cの妻で、X・Yの母。Cの相続後、平成13年に死亡。
- X(抗告人・原審申立人):CとDの子。先行協議では現金200万円のみを取得。
- Y(相手方・原審相手方):CとDの子。先行協議で本件各土地などを取得。
時系列
- 平成11年:Cが死亡し、相続が開始(相続人はD・X・Yの3名)
- 平成12年1月12日:D・X・Yの三者で遺産分割協議が成立(先行協議)
- 平成13年:Dが死亡(相続人はX・Yの2名)
- 平成14年2月6日:X・Yの間でDの遺産分割調停が成立(YがDの不動産等を取得し、Yが Xに代償金1820万円を支払う内容)
- 平成16年頃:C名義の預貯金口座(合計約1354万円)が発見される
- 平成29年9月15日:XがYを相手方として、本件遺産の分割を申立て
- 平成31年3月6日:大阪家庭裁判所が原審判(Yが単独取得し、Xに代償金約677万円を支払う内容)
- 令和元年7月17日:大阪高等裁判所が抗告棄却
経緯
Cの死亡後、平成12年1月に成立した先行協議では、妻Dが自宅の不動産持分・預貯金183万円余り・現金100万円等を取得し、子Yが本件各土地(市街化調整区域内の農地2筆)・農耕具・農協出資金・電話加入権を取得しました。一方、子Xは現金200万円のみを取得しています。先行協議では、相互に代償金の支払いは定められていません。なお、Yは葬儀費用約233万円を全額負担することとされていました。
その後、Dも平成13年に死亡し、X・Yの間で平成14年2月にDの遺産分割調停が成立し、YからXに代償金1820万円が支払われています。
ところが、平成16年頃になって、被相続人C名義のままになっていた預貯金口座(合計約1354万円。以下「本件遺産」)が発見されました。Xは本件遺産の分割を申し立て、自己が先行協議で現金200万円しか取得していないのに対し、Yは相続税評価額でも3355万円余り、時価では1億円余りの財産を取得しているとして、その不均衡を民法906条所定の「一切の事情」として考慮し、本件遺産は全部自分が取得すべきだと主張しました。
これに対しYは、本件各土地は市街化調整区域内の農地で実際の価額は相続税評価額より著しく低いこと、Yが葬儀費用を全額負担していることなどを挙げて、先行協議で取得した財産の価額にXとの間で有意な差はないと反論しました。
原審の大阪家庭裁判所は、本件遺産を法定相続分(各2分の1)に従って分割し、Yが単独取得してXに代償金約677万円を支払う旨の審判をしたところ、Xがこれを不服として即時抗告したのが本件です。
争点
先行協議で取得した財産の価額に不均衡があるとき、後から発見された遺産の分割でその不均衡を考慮すべきか
争点の本質的な問いは、遺産分割協議の成立後に新たな遺産が発見された場合、その分割において先行協議の結果(取得額の不均衡)を斟酌できるか、という点にあります。民法906条は、遺産分割にあたって考慮すべき「一切の事情」を定めていますが、先行協議における取得額の不均衡がここに含まれるかどうかが正面から問われました。
抗告人Xの主張は、次のとおりです。先行協議でXが取得した財産は現金200万円のみであるのに対し、Yは相続税評価額でも3355万円余り、時価では1億円余りの財産を取得している。このような著しい不均衡は民法906条の「一切の事情」として考慮されるべきであり、本件遺産は全部Xが取得すべきである、というものです。
これに対し相手方Yは、本件各土地は市街化調整区域内の農地で利用・処分に制約があり、実際の価額は相続税評価額より著しく低いこと、葬儀費用を全額負担していることを挙げて、先行協議で取得した財産の価額に有意な差はなく、不均衡を考慮する前提を欠いていると主張しました。
裁判所の判断
判旨の要約
先行協議の対象財産に現金や預貯金も含まれており、それにもかかわらず相互に代償金の支払を定めずに協議が成立していることからすれば、当事者は各相続人の取得額に差異があってもこれを是認していたというべきであり、先行協議の際に判明していた遺産の範囲では遺産分割として完結しており、その後の清算は予定されていなかったと判断されました。
判決文の引用
そして、一件記録によれば、先行協議の対象となった被相続人の遺産には、不動産のほか、現金や預貯金もあったところ、相手方は、現金や預貯金は取得せず、本件各土地と農耕具などを取得し、抗告人は現金200万円のみを取得しているのに対して、亡Dは不動産のほかに183万円余りの預貯金と現金100万円も取得することとして、相互に代償金の支払を定めることもなく遺産分割協議が成立していることが認められることからすると、先行協議の当事者は、各相続人の取得する遺産の価額に差異があったとしても、そのことを是認していたものというべきである。そうすると、先行協議の際に判明していた遺産の範囲においては、遺産分割として完結しており、その後の清算は予定されていなかったというべきであるから、…
判例の考え方
本決定の論理は、次のように整理できます。
第1に、後から発見された遺産の分割は、原則として独立した遺産分割として扱われるということです。すなわち、先行協議で判明していた範囲については、遺産分割としての効力が完結しており、その後発見された遺産については、別途、当時の法定相続分に従って分割されるのが原則です。
第2に、もっとも、当事者が先行協議の段階で「後の清算」を予定していた場合には、後発遺産の分割でその清算を反映する余地があるということになります。本決定は「その後の清算は予定されていなかった」と述べることで、清算が予定されていれば結論が変わり得ることを裏返しに示しています。
第3に、清算が予定されていたかどうかは、先行協議の意思解釈として認定されるということです。本決定は、その認定の決め手として、(i)先行協議の対象財産に現金や預貯金も含まれていたこと、(ii)それにもかかわらず相互に代償金の支払を定めずに協議が成立していたこと、という客観的事実を挙げています。これらの事実から、当事者は取得額の差異を是認しており、後の清算を見越していなかったと推認されたわけです。
第4に、抗告人が主張した「亡Dから後で清算する旨の説得を受けた」旨の事実についても、現金や預貯金が先行協議の対象に含まれていた事実と整合せず、清算の合意があったとは認め難いと判断されています。先行協議の対象財産に現金・預貯金が含まれている以上、清算を意図したのであれば代償金の取り決めをするのが自然であり、それがなかった以上は清算の合意を認め難い、という事実認定の論理です。
結論に至る処理
以上を踏まえ、本決定は、本件遺産については先行協議の不均衡を考慮せず、法定相続分(各2分の1)に従って分割するのが相当であると判断しました。原審判は、Yが本件遺産を全て取得し、Xに代償金約677万円を支払う形で分割しており、これを是認して抗告を棄却しています。
抗告人がした本件各土地の評価に関する主張についても、仮に評価に誤りがあったとしても、上記の判断(先行協議の不均衡を考慮しない)に照らせば本件の結論を左右しないとされ、退けられました。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「相互に代償金の支払を定めることもなく」協議が成立していたことが決め手
本決定が、当事者が不均衡を是認し清算を予定していなかったと認定した根拠は、先行協議の対象財産に現金や預貯金も含まれていたにもかかわらず、相互に代償金の支払を定めずに協議が成立していたという客観的事実です。
これは、先行協議の意思解釈の決め手として、協議書の文言や代償金の有無といった客観的な手がかりを重視する姿勢を示すものです。逆に言えば、先行協議書に「後に発見された遺産については別途協議する」「後の清算を留保する」といった文言が明記されている場合や、当事者間で清算の合意が認定できるような事情がある場合には、本決定の射程は及びません。
先行協議の対象財産に現金・預貯金が含まれていた事案
本決定がもう一つ重視しているのが、先行協議の対象財産に現金や預貯金が含まれていたことです。これは、清算の合意があったとすれば代償金の形で取り決めるのが自然である(現金性のある財産が協議の対象に入っているのだから、容易に代償金の支払が定められたはずである)、という認定の前提となっています。
したがって、先行協議の対象が不動産のみで現金性のある財産を含まなかった場合や、何らかの理由で代償金の取り決めをすること自体に制約があった場合には、本決定の論理がそのまま妥当するとは限りません。
「先行協議の際に判明していた遺産の範囲」での完結
本決定は、「先行協議の際に判明していた遺産の範囲においては、遺産分割として完結しており」と述べ、先行協議の効力が及ぶのを「その時点で判明していた範囲」に限定しています。本件遺産は先行協議の時点で当事者の認識外にあった財産であり、先行協議の対象には入っていません。
したがって、本決定は、先行協議の効力が及ぶ範囲と、後発遺産の分割の関係について、前者の効力を後者の分割における「不均衡是正の根拠」とは扱わない、という処理を示したものと言えます。
実務での使い方
本判例は、遺産分割協議の成立後に新たな遺産が発見された場合の、後発遺産の分割の処理を扱う中心判例として引用します。相続案件における典型的な使いどころを整理します。
使える場面
典型例は、相続開始からかなりの年月が経過した後に、被相続人名義の預貯金口座、貸金庫の中身、他人名義になっていた被相続人の財産などが発見されるケースです。先行協議の当事者間に当初から不均衡があった場合、不利な側の相続人が「後発遺産は全部自分が取得すべきだ」「少なくとも先行協議の不均衡を考慮すべきだ」と主張する場面で、本判例が登場します。
本決定は、この場面で「後発遺産の分割を法定相続分で行うかどうかは、先行協議の意思解釈による」「相互に代償金の支払が定められていない先行協議では、当事者は不均衡を是認していたものとして、後発遺産は法定相続分で分割される」という判断枠組みを示しました。多く取った側の相続人にとっては有利な、少なく取った側の相続人にとっては不利な方向の判断を引き出す判例として機能します。
多く取った側(本件のYの立場)
多く取った側の相続人として後発遺産の法定相続分での分割を主張する場合、本判例を引用するにあたって、次の事実を具体的に押さえる必要があります。
第1に、先行協議の対象財産に現金や預貯金も含まれていたことです。先行協議の対象が多様な財産で構成されていたという事実は、清算が予定されていなかったとの認定を支える事情となります。
第2に、先行協議で相互に代償金の支払が定められていなかったことです。これは協議書の文言から客観的に確認できる事実であり、本判例の論理がそのまま当てはまる場面では強い決め手となります。
第3に、先行協議の成立から長期間が経過していたり、登記手続も済まされていたりするなど、先行協議が独立した分割として完結していたことを示す事情です。本件でも、先行協議に基づく登記手続が済まされていたことが事実認定で言及されています。
少なく取った側(本件のXの立場)
逆に、少なく取った側の相続人として、後発遺産の分割で先行協議の不均衡を考慮させたいと考える場合、本判例の射程から外れる事情を主張する必要があります。
検討すべきは、先行協議の段階で「後の清算」が予定されていたことを示す事情の有無です。具体的には、先行協議書に後の清算を留保する文言があるか、当事者間のやり取り(書面・録音・メール等)で清算の合意があったか、先行協議が暫定的なものであることが当事者間で確認されていたか、といった事実を丁寧に拾う必要があります。
ただし、本件でXは「亡Dから後で清算する旨の説得を受けた」と主張しましたが、現金・預貯金が先行協議の対象に含まれていたという客観的事実と整合しないとして退けられています。口頭の合意のみでは認定が困難であることには注意が必要です。
別の道筋として、先行協議自体の効力を争う(錯誤取消、詐欺・強迫による取消、遺産の範囲についての錯誤など)アプローチも検討に値します。これは本判例の射程の問題ではなく、先行協議そのものの効力の問題として処理されることになります。
立証上のポイント
実務上、本判例が問題となる場面では、先行協議書の文言と、これに付随する書面・記録が決定的な証拠になります。協議書に代償金の記載があるか、後の清算を留保する文言があるか、相続税申告書の記載がどうなっているか、登記手続が済まされているかなどを、事案の最初の段階で確認する必要があります。
加えて、先行協議の当事者間のやり取り(書面・メール・LINE・録音等)も、清算合意の有無を認定するための補助証拠として位置づけられます。本件でも、抗告人は亡Dとの口頭のやり取りを主張しましたが、客観的な裏付けがなかったために退けられました。先行協議の時点で関係者との間にどのような書面・記録があるかが、後の争いの帰趨を決めます。
併せて検討すべき周辺論点
本判例の周辺で実務上問題になる論点として、次のものを併せて検討する必要があります。
第1に、令和元年7月1日施行の相続法改正(民法907条1項)です。この改正により、遺産分割協議における一部分割が条文上明記されました。本件の先行協議は改正前のものですが、改正後の事案でも、後発遺産の分割における先行協議の意思解釈という問題構造そのものは変わらないと考えられます。
第2に、先行協議の効力を争うための法律構成です。錯誤取消(改正前民法95条、改正後民法95条)、詐欺・強迫による取消、遺産の範囲についての要素の錯誤など、先行協議そのものの効力を否定する法律構成を検討する必要があります。
第3に、民法904条の3との関係です。改正民法は、相続開始から10年を経過した後の遺産分割では、原則として特別受益や寄与分の主張ができないとしています。後発遺産が長期間経過後に発見された場合の主張・立証の制約として、この点も視野に入れる必要があります。

