負担付贈与は特別受益になるか──贈与時の価額から引受債務を控除した部分が持戻しの対象とされた事例|東京高決令和5年12月7日

判例のポイント

賃貸用の共同住宅とその敷地を、建築資金ローンの免責的債務引受(受贈者が債務を引き受け、元の債務者である贈与者は債務を免れる契約)と引換えに贈与した場合、ローンがその物件の賃料収入から完済されたとしても、贈与は単純贈与ではなく負担付贈与と評価されます。本決定は、負担付贈与の特別受益額(「贈与の価額」)について、贈与時の目的物の価額から引き受けた債務の残元金を控除した部分の割合を求め、相続開始時の価額にその割合を乗じて算定するという計算方法を示しました。あわせて、引き受けた債務を上回る価値の財産を贈与されている以上、その債務を完済しても寄与分は認められないと判断しています。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:令和5年12月7日(決定)
  • 事件番号:令和5年(ラ)第1268号
  • 関連条文:平成30年法律第72号による改正前の民法903条1項・1038条、民法553条、民法904条の2

事案の概要

本件は、被相続人(父)が、銀行借入れの免責的債務引受と引換えに、賃貸用の共同住宅とその敷地を長男に贈与していた事案です。父の死後の遺産分割で、この贈与が特別受益(被相続人から受けた遺贈や生前贈与の利益で、遺産分割では相続分の前渡しとして清算されるもの)にあたるか、あたるとしていくらを持ち戻すのか、そして債務を完済した長男に寄与分が認められるのかが争われました。

登場人物

  • D(被相続人・父):賃貸用共同住宅F等を建築・所有していた。平成31年死亡。
  • E(被相続人・母):Dの妻。平成22年に死亡し、その遺産分割が未了のままDの相続が開始した。
  • A(長男・抗告人):Dから共同住宅Fとその敷地の負担付贈与を受け、本件債務を免責的に引き受けた。寄与分を定める審判を申し立てた。
  • B(二男・相手方):遺産分割審判の申立人。
  • C(長女・相手方):遺産分割審判の相手方。

時系列

  • 昭和60年10月30日:Dが、賃貸用共同住宅Fの建築資金として、G銀行から2600万円を借り入れる契約を締結(利率年7.6%、240回の元金均等払い。以下この債務を「本件債務」)。F及びその敷地(以下「F等」)に抵当権を設定
  • 昭和61年9月30日:DとAが、Aが本件債務(同日時点の残元金2481万2000円)を承継して負担すること等を条件に、F等を贈与する負担付贈与契約(本件贈与)を締結。同日、D・A・E・G銀行間で、Aの免責的債務引受、抵当権の存続、D・Eの連帯保証を内容とする債務引受契約を締結
  • 昭和61年頃:G銀行に開設されたA名義の預金口座に、Fの賃料(月額30万円程度)が入金され、同口座から本件債務の返済金等が出金される。通帳はDが管理し、Aがキャッシュカードを所持
  • 平成17年10月:本件債務が完済され、F等の抵当権が抹消される
  • 平成22年:Eが死亡(第1次相続の開始)
  • 平成25年10月頃:DがAに通帳を交付
  • 平成31年:Dが死亡(第2次相続の開始)
  • 令和5年5月10日:横浜家庭裁判所が、F等の相続開始時の価額3335万円全額の持戻しを命じ、Aの寄与分の申立てを却下する審判
  • 令和5年12月7日:東京高等裁判所が本決定(確定)

経緯

Dは、所有していた土地を3筆に分け、賃貸経営を広げていった人物です。まず昭和60年10月、G銀行から2600万円を借り入れて1筆目の土地上に賃貸用の共同住宅Fを建築し、F等に抵当権を設定しました。

その約1年後の昭和61年9月30日、DはAとの間で、Aが本件債務(残元金2481万2000円)を承継して負担すること等を条件に、F等をAに贈与する負担付贈与契約を締結します。同じ日に、D・A・E・G銀行の間で、Aが本件債務を免責的に引き受けること、抵当権が存続すること、D・Eが連帯保証することを内容とする債務引受契約も締結されました。贈与時のF等の価額が4005万円であることは、当事者間に争いがありません。

本件債務の返済は、Fの賃料(月額30万円程度)が入金されるA名義の預金口座から行われました。通帳はDが管理し(平成25年10月頃にAへ交付)、Aはキャッシュカードを所持していました。Fの管理は不動産管理会社に委託されています。本件債務は平成17年10月に完済され、抵当権も抹消されました。Aの主張によれば、利息を含む支払総額は4045万1304円です。なお、Dはその後も残る2筆の土地上に賃貸共同住宅L(平成5年)、K(平成15年)を借入れにより建築しており、これらはDの遺産として残りました。

Eが平成22年に死亡し、その遺産分割が未了のまま、平成31年にDが死亡しました。相続人はA・B・Cの3名です(Eの相続についてはDも相続人でした)。Dの遺産には、自宅兼貸事務所の建物とその敷地(J)、K・L、山林、現金などがあり、横浜家庭裁判所での遺産分割調停を経て審判手続に移行しました。この中でB・Cは、Fの贈与は実質的には単純贈与であり、相続開始時の価額3335万円全額が特別受益にあたると主張しました。Aは、F等の価値を上回る額を支払ったのだから特別受益はないと反論したうえで、本件債務の完済を理由とする寄与分を申し立てました。なお、B・C側は本件贈与自体が節税目的の虚偽表示で無効である(真実の贈与は通帳交付の時にされた)とも主張しましたが、金融機関との免責的債務引受の合意や所有権移転登記の経緯から、この主張は排斥されています。

原審の横浜家庭裁判所(令和5年5月10日審判)は、負担付贈与の成立自体は認めながら、本件債務がFの賃料収入から完済されAに格別の経済的負担がなかったこと、管理や税金等の支払手続にDが関与していたことなどを挙げ、Aが本件債務を負担し履行したことをもって特別受益性を否定するのは相当でなく、Aが弁済した本件債務を負担の価額として控除することも相続人間の公平に照らして相当でないとして、F等の相続開始時の価額3335万円全額の持戻しを命じました。寄与分の申立ては却下しています。これを不服としてAが即時抗告したのが本件です。

本件ではこのほかに、A・Bへの住宅購入資金の贈与や、Cへの生活援助・マンション持分の贈与についても特別受益該当性が争われましたが、いずれも持戻免除の意思表示が認められるなどして持戻しの対象とはされていません。本稿では、F等の負担付贈与に関する判断に絞って解説します。

争点

本件では多くの点が争われましたが、本稿で扱う争点は次の3点です。

争点1:賃料収入でローンが完済された負担付贈与は、実質的には単純贈与といえるか

──贈与された不動産から生じる賃料を原資として引受債務が返済された場合、受贈者には実質的な負担がないものとして、負担付贈与ではなく単純贈与(目的物の価額全額が特別受益)と評価できるか。

B・C側の主張:本件債務はFの賃料を原資として返済されており、Aに経済的負担はない。Dは贈与後も賃料が入金される口座の通帳を管理し、賃料の収受や管理、賃借人の募集のほか、本件債務や固定資産税等の支払手続を行っていた。本件贈与は形式的には負担付贈与であっても実質的には単なる贈与であり、共同相続人間の公平の観点から、F等の相続開始時の価額全額(3335万円)を持ち戻すべきである。

A側の主張:Aは金融機関との関係で主債務者となり、自己の名義と計算において債務を返済すべき法的義務を負った。Fの賃料収入と債務返済はすべてAの収支として確定申告され、経済的効果はAに帰属している。賃料収入で賄える範囲の債務負担であることを理由に、負担がないと評価すべきではない。

争点2:負担付贈与の特別受益額(「贈与の価額」)はどのように計算するか

──改正前民法903条1項の「贈与の価額」は、負担付贈与の場合、どの時点の価額を基準に、何を控除して算定するか。受贈者が支払った利息は「負担」に含まれるか。

A側の主張:Aによる本件債務の支払額は利息を含め総額4045万1304円であり、F等の相続開始時の価額3335万円を上回る。したがって贈与の価額はマイナスであり、Aに特別受益はない。

B・C側の主張:そもそも実質は単純贈与であって、引受債務を「負担の価額」として控除すべきではない。相続開始時の価額3335万円全額を持ち戻すべきである。

争点3:引き受けた債務を完済したことは寄与分にあたるか

──受贈者が被相続人の債務を免責的に引き受けて完済したことは、「被相続人の財産の維持又は増加」についての「特別の寄与」(民法904条の2第1項)にあたるか。

A側の主張:弁済はAの名義と計算でされたものであり、Dは何らの対価なしにAの弁済によって自己の債務を免れた。財産上の給付により、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたといえる。

B・C側の主張:本件債務は資力十分な被相続人らが連帯保証し、Dが賃貸業務を営むFの賃料振込口座から弁済されたもので、Aの給与等が充てられたわけではない。返済の実質をAの返済と評価すべきではなく、特別の寄与にあたる事実はない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:本件贈与は負担付贈与であり、特別受益として持ち戻すべき「贈与の価額」は、贈与時の価額から引き受けた債務の残元金を控除した部分の割合(約38%)を相続開始時の価額に乗じた1267万3000円となる。引受債務の完済を理由とするAの寄与分は認められない。
  • 理由:贈与後に発生する賃料はF等の所有権を取得したAに帰属し、賃料を原資とする弁済はAの計算において行われたものであって、Aに経済的負担がないとはいえない。他方で、Aは引き受けた債務を上回る価値のF等を贈与されている以上、その完済をもって被相続人の財産の維持又は増加への特別の寄与とはいえない。

判決文の引用

まず、賃料収入を原資とする弁済の評価(争点1)について、裁判所は次のように判示しました。

本件贈与の目的物はF等であり、贈与後に発生するFの賃料収入は、本件贈与の目的物ではなく、遺産分割において持戻しの対象とはならないところ、抗告人は、本件贈与によりF等の所有権を取得したのであるから、Fの賃料債権が抗告人に帰属することは明らかであり、Fの賃料収入を原資として行われた本件債務に対する弁済は、抗告人の計算において行われたものである。また、仮に、本件債務の完済前に被相続人らが死亡すれば、原則として、抗告人が本件債務を支払うことになるのであって、抗告人はそうしたリスクをも負担していたものである。したがって、本件債務の弁済について、抗告人には経済的負担がないということはできない。

被相続人が通帳を管理し各種手続に関与していたという事情についても、次のとおり述べています。

被相続人DがFの賃料が入金されていた銀行口座に係る本件通帳を管理し、F等に係る各種手続に関与したとの事実が認められるとしても、それだけで直ちに、本件贈与が負担付贈与ではなく単なる贈与であると評価すべきことにはならないというべきである。

次に、特別受益額の計算(争点2)について、規範を次のように示しました。

共同相続人中に被相続人から生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものがみなし相続財産となるが(平成30年法律第72号による改正前の民法903条1項)、負担付贈与がされた場合における「贈与の価額」とは、贈与の目的物の相続開始時の価額から当該負担の額を控除した価額をいうものと解するのが相当である(上記改正前の民法1038条参照)。

そのうえで、本件へのあてはめは次のとおりです。

本件贈与時のF等の価額(4005万円)から抗告人が引き受けた本件債務の残債務の額(本件贈与時点の残元金2481万2000円)を控除した1523万8000円に相当する部分(全体の約38%(≒15,238,000÷40,050,000))が、抗告人の特別受益に当たると評価するのが相当である。

F等の相続開始時の価額は3335万円であると認められるので、相続開始時の特別受益の額は、1267万3000円(=3335万円×0.38)となる。

利息を含めた支払総額の控除を求めるAの主張に対しては、次のように述べて排斥しました。

抗告人が、本件債務について繰上げ返済をせずに元利均等払を継続することを選択した結果、その後の本件債務の支払額が増大したからといって、本件贈与時に発生していなかった利息分を被相続人Dから承継した債務として考慮することはできないというべきである。

最後に、寄与分(争点3)については次のとおりです。

抗告人は、本件債務を免責的に引き受ける代わりに、被相続人Dから、これを上回る価値があるF等を贈与されたのであるから、抗告人が本件債務を引き受けてこれを完済したからといって、抗告人が被相続人Dの財産の維持又は増加について特別の寄与をしたということはできない。

判例の考え方

本決定の論理は、次の4段階で整理できます。

第1に、贈与の目的物と、贈与後に生じる果実(賃料)の区別。贈与されたのはF等という不動産そのものであり、贈与後に発生する賃料は贈与の目的物ではありません。所有権がAに移った以上、その後の賃料債権はAに帰属します。だとすれば、賃料を返済に充てることは、Aが自分の収入から支払ったのと同じこと(Aの計算における弁済)です。「賃料で返したのだから本人の懐は痛んでいない」という見方は、その賃料がそもそも受贈者自身の収入であることを見落としている、という指摘といえます。

第2に、免責的債務引受に伴うリスクの引受け。将来の賃料収入が保証されているわけではなく、空室や賃料下落があっても支払義務は受贈者に残ります。判決文も、完済前に被相続人らが死亡すれば原則としてA自身が本件債務を支払うことになった点を挙げ、Aがそうしたリスクを負担していた以上、経済的負担がないとはいえないとしました。記録上も、Aが不動産管理会社との間で管理委託契約を締結し、自己の計算で賃料の収受や各種支払を行い、A名義で確定申告・納税をしていたことが認定されています。被相続人による通帳管理や手続への関与という事実だけでは、単純贈与の評価には足りないとされました。

第3に、控除すべき「負担の額」は贈与時の残元金に固定。特別受益の持戻しは、被相続人から受けた利益を相続分の前渡しとして清算する仕組みです。贈与の時点で発生していなかった利息は「被相続人から承継した債務」ではなく、受贈者が繰上げ返済をせずに分割払いを続けるという自らの選択の結果として生じたものですから、控除の対象にはなりません。本件で控除されたのは、贈与時点の残元金2481万2000円のみです。

第4に、目的物の価額変動は「割合」で処理。判決は規範としては「相続開始時の価額から当該負担の額を控除した価額」と述べていますが、あてはめでは、相続開始時の価額3335万円から残元金2481万2000円をそのまま差し引く計算(その場合は853万8000円)はしていません。贈与時の価額4005万円から残元金を控除して特別受益部分の割合(約38%)をまず確定し、相続開始時の価額にその割合を乗じる、という二段階の計算です。受贈者が実質的に贈与を受けたのは「目的物の価額のうち引受債務を上回る部分」であり、その部分の相続開始時における価額を求める、という発想と整理できます。目的物の値上がり・値下がりが、特別受益部分にも負担部分にも比例的に反映される扱いで、離婚に伴う財産分与で特有財産部分を評価する際の計算と同じ考え方です。

結論に至る処理

本決定は、特別受益の額を1267万3000円としてみなし相続財産を計算し直し、各相続人の具体的相続分を再計算しました。そのうえで、J(自宅兼貸事務所の建物とその敷地)については原審判と同じく競売による換価分割としつつ、売却代金の分配を原審判の「各3分の1」から具体的相続分に応じた割合に改めています。代償金についても、原審判ではAがBに約399万円を支払う内容だったのに対し、本決定ではB・CがAに対して合計約1595万円(Bが311万2786円、Cが1284万1124円)を支払う内容に変わりました。特別受益の評価が3335万円から1267万3000円へと約2068万円縮減されたことが、各相続人の取り分を大きく動かした形です。寄与分の申立てを却下した部分については、原審判を支持して抗告を棄却しました。本決定は確定しています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

収益物件の賃料を原資とする弁済について判断した事例であること

本決定が単純贈与との評価を否定した中心的な理由は、「贈与後に発生するFの賃料収入は、本件贈与の目的物ではなく」「Fの賃料債権が抗告人に帰属する」という、目的物の所有権移転と果実の帰属の理屈です。贈与の目的物が賃料を生む収益物件であり、受贈者がその所有者として賃料を取得する場合についての判断ということになります。

また判決文は、被相続人による通帳管理や手続関与の事実が認められても「それだけで直ちに」単純贈与と評価すべきことにはならない、という言い回しを用いています。本件は、被相続人が自己の計算において賃料を収受し支払を行ったと認めるに足りる資料がなく、むしろ受贈者が自己の計算で管理・申告していたと認定された事案であり、被相続人側が自己の計算で賃料を収受・費消していたと認められるような事案について直接判断したものではありません。

「負担の額」は贈与時の残元金であり、贈与後に発生する利息を含まないこと

判決文は、「本件贈与時に発生していなかった利息分」を承継した債務として考慮することはできないとし、受贈者が繰上げ返済をせずに分割払いを続けることを選択した結果として支払額が増大した点を理由に挙げています。控除されるのは贈与時点の残元金です。なお、贈与の時点で既に発生していた未払利息等をどう扱うかは、本決定が判断した場面ではありません。

価額の変動を「割合」で反映する計算を採ったこと

本決定の計算は、贈与時と相続開始時とで目的物の価額が変動している(4005万円から3335万円へ)事案を前提に、贈与時に確定した特別受益部分の割合を相続開始時の価額に乗じるものです。規範部分の「相続開始時の価額から当該負担の額を控除した価額」という文言は、このあてはめと一体のものとして理解する必要があります。

寄与分の判断は「債務を上回る価値の財産を贈与された」事案を前提とすること

判決文は、Aが「これを上回る価値があるF等を贈与された」ことを理由に特別の寄与を否定しています。引き受けた債務の額が目的物の価額を上回っていたような場合についてまで判断したものではありません。

改正前民法が適用された事案であること

本件は相続開始が平成31年であり、平成30年法律第72号による改正前の民法903条1項が適用され、同じく改正前の民法1038条が参照されています。現行法との関係は「実務での使い方」で触れます。

実務での使い方

本決定は、親が賃貸アパートやマンションをローン(抵当権)ごと特定の子に贈与していた、という争族の定番場面で引用することになる裁判例です。遺産分割の双方の立場から、使いどころを整理します。

使える場面

第1に、収益物件の負担付贈与を受けた相続人が、他の相続人から「全額が特別受益だ」と主張された場面です。受贈者側は、本決定を引いて、持戻しの対象を「贈与時の価額から引受債務の残元金を控除した部分」の割合に対応する額まで圧縮する主張ができます。

第2に、他の相続人側が「ローンは賃料から払われたのだから、実質はただでもらったのと同じだ」という主張の当否を見極める場面です。本決定のもとでは、賃料原資での返済や被相続人による通帳管理という事情だけではこの主張は通りにくく、主張の組み立て直しが必要になります。

第3に、「被相続人のローンを引き受けて完済したのだから寄与分があるはずだ」という相談を受けた場面です。引き受けた債務を上回る価値の財産を受け取っている限り、寄与分の主張は本決定の理屈で排斥される方向です。

なお、調停や交渉の段階でも、本決定の割合方式は「全額か、ゼロか」という対立を解きほぐす落としどころの計算根拠になります。審判に進んだ場合の見通しを双方が見積もれるためです。

特別受益の縮減を主張する側(受贈者側)

単純贈与との評価に対する反論は、賃料は贈与後は自分に帰属する収入であること、免責的債務引受により主債務者として支払リスクを負ったこと、の二本柱で組み立てます。立証としては、負担付贈与契約書や債務引受契約書、債務者変更(抵当権変更)の登記、管理会社との管理委託契約書、受贈者名義の確定申告書・納税資料、賃料と返済の収支資料を揃え、弁済が受贈者自身の計算で行われたことを示します。本件でも、受贈者が管理会社を通じて自己の計算で管理し、自分名義で確定申告・納税していたことが認定の支えになりました。

計算面では、利息込みの支払総額の控除(特別受益ゼロ)という主張は本決定のもとでは採用されにくいため、贈与時の残元金の額(返済予定表、残高証明等)と贈与時の目的物の価額を正確に立証することに力を注ぎます。割合方式では、贈与時の目的物の価額が低く、残元金が大きいほど、特別受益部分の割合は小さくなります。本件では贈与時の価額に争いがありませんでしたが、何十年も前の贈与では、贈与時の価額の立証(当時の固定資産税評価、路線価、取引事例等)がしばしば難所になります。

全額の持戻しを主張する側(他の相続人側)

「賃料原資で返済された」「被相続人が通帳を管理していた」という事情の積み上げだけでは、本決定のもとでは足りません。狙うべきは、被相続人が自己の計算において賃料を収受し、費用や債務の支払を行っていたことの立証です。具体的には、賃料の入金口座の実質的な帰属、管理会社との契約の名義と実態、確定申告を誰の名義・所得として行っていたか、贈与後の収支(余剰賃料)を誰が費消していたか、といった点を調べることになります。本件は、これらがいずれも受贈者側に揃っていると認定された事案でした。

また、受贈者側が利息込みの支払総額の控除を主張してきた場合には、贈与時に発生していなかった利息は「負担の額」に含まれないという本決定の判断で反論できます。仮に単純贈与の評価が難しい事案でも、本決定の計算方法によれば「贈与時の価額から残元金を控除した部分」に相当する持戻しは確保できますから、全額かゼロかの二者択一ではなく、割合方式による中間的な水準を見据えて主張を組み立てるのが現実的です。

立証上のポイント

本件で結論を分けたのは、突き詰めれば「弁済は誰の計算で行われたか」という一点です。原審と抗告審は、賃料原資での完済、被相続人による通帳管理という同じ事実関係を前提にしながら、原審はこれを「受贈者に格別の負担なし」と評価し、抗告審は「賃料はそもそも受贈者のもの」と評価して、持戻額が3335万円から1267万3000円へと動きました。管理・申告・収支の名義と実態を示す同時代の資料(契約書、確定申告書の控え、通帳、管理会社とのやり取り)を確保することが、立証の中核になります。

あわせて、割合方式の分子・分母となる「贈与時の目的物の価額」と「贈与時の残元金」という二つの数字の立証も欠かせません。古い贈与ほど資料が散逸しますので、早い段階での収集・保全が大切です。

併せて検討すべき周辺論点

本件は改正前民法が適用された事案ですが、特別受益の基本規定である民法903条1項の内容は現行法でも変わっていません。また、負担付贈与について目的物の価額から負担の価額を控除するという考え方は、遺留分侵害額の算定の場面では現行民法1045条1項に明文化されています(本決定が参照した改正前民法1038条を引き継いだ規定です)。遺産分割の特別受益については現行法にも計算方法の明文がないため、本決定の示した割合による計算が実務の参考になります。

あわせて、特別受益や寄与分の主張には時間制限が設けられた点にも注意が必要です。令和3年の民法改正(令和5年4月1日施行)で新設された民法904条の3により、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割では、原則として特別受益や寄与分の主張ができず、法定相続分(又は指定相続分)による分割となります。施行前に開始した相続にも経過措置を置いたうえで適用されますので、本件のように古い贈与の持戻しを求める場合には、早めに遺産分割の申立てを行うことが大切です。

また、負担付贈与には、贈与税や譲渡所得課税といった税務上の問題が別に生じます。本件でも、贈与税の取扱いの違いが贈与の経緯に関わる事情として現れていますが、民事の特別受益の評価と税務上の評価は別の問題です。収益物件の生前贈与を設計する段階では、税理士と連携した検討が欠かせません。

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