共有物分割請求は権利の濫用になるか──遺産分割協議の前提を覆す請求を退けた事例|東京高判平成25年7月25日

判例のポイント

共有物は、各共有者がいつでも分割を請求できるのが原則です(民法256条1項本文)。本判例は、遺産分割協議によって共有となった建物について、協議の際に「共有者の一方が存命中はその建物に居住する」という前提が成立していたと推認できる場合に、その前提を合理的理由なく覆す共有物分割請求は権利の濫用(民法1条3項)に当たるとして、請求を退けた事例です。分割自由の原則の例外が、遺産分割の経緯を手がかりに認められた具体例として、相続実務で参照価値の高い裁判例です。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:平成25年7月25日
  • 事件番号:平成25年(ネ)第2524号
  • 関連条文:民法1条3項、民法256条、改正前民法258条

事案の概要

本件は、遺産分割協議によって共同相続人2名の共有となったマンションの一室について、転居した側の共有者Xが、住み続けている側の共有者Yに対して共有物分割を請求したという事案です。第一審・控訴審とも、Xの請求は権利の濫用に当たるとして退けられました。

登場人物

  • A(被相続人):本件建物(マンションの一室)の元の所有者。平成14年に本件建物を購入し、X・Yとともに居住。平成16年12月6日死亡。
  • X(共同相続人・一審原告・控訴人):Aの共同相続人の一人。遺産分割協議が成立した頃に本件建物を出て、賃借アパートに転居。障害年金と生活保護で生計を維持。本件で共有物分割を請求した側。
  • Y(共同相続人・一審被告・被控訴人):Aの共同相続人の一人。本件建物に住み続けている側。公的年金(老齢年金・遺族年金)と、別に所有する区分建物の賃料収入で生計を維持。
  • B(共同相続人):Aの共同相続人の一人。遺産分割によりAの遺産のうち札幌市の区分建物を取得し、後に第三者へ売却。本件訴訟の当事者ではない。

時系列

  • 平成14年7月:Aが本件建物を購入し、A・X・Yが居住
  • 平成16年12月6日:A死亡
  • 平成17年3月:本件建物につき、Xを所有者とする相続登記(登記原因証明情報として同月付けの遺産分割協議書が添付される)
  • 平成17年8月:札幌市の区分建物につき、Bを所有者とする相続登記
  • 平成17年11月:本件建物の登記を、錯誤を原因としてX・Y各持分2分の1の共有とする更正登記
  • 平成18年2月:Xがアパートを賃借(Yが連帯保証人)
  • 平成18年3月24日:東京都品川区の区分建物につき、X名義の登記を錯誤により抹消し、Yを所有者とする相続登記(裁判所は、遅くともこの時点までに遺産分割協議が成立したと認定)
  • 平成18年4月:Xが本件建物から賃借アパートに転居し、同月頃から生活保護を受給
  • 平成23年11月〜平成25年3月:XがYに対して金銭の支払を繰り返し要求し、Yが合計165万円を送金
  • 平成24年:Xが共有物分割請求訴訟を提起
  • 平成25年3月12日:第一審(横浜地方裁判所)がXの請求を棄却
  • 平成25年7月25日:東京高等裁判所が控訴を棄却(確定)

経緯

Aは平成14年、マンションの一室である本件建物を購入し、X・Yと共に暮らしていました。平成16年12月にAが死亡した後も、X・Yは本件建物での同居を続けます。

Aの遺産を巡る登記の経過は、やや入り組んでいます。当初、平成17年3月付けの遺産分割協議書(本件建物はXが取得し、Yは定額貯金100万円を取得してBに100万円を支払う、などの内容)に基づき、本件建物にはX単独名義の相続登記がされました。この協議書の手書き部分は、YとBの署名を含めてすべてXが書いたものでしたが、X・Y・Bそれぞれの実印が押されていました。その後、同年11月に錯誤を原因としてX・Y各持分2分の1の共有とする更正登記がされ、Aの遺産のうち東京都品川区の区分建物はY名義に、札幌市の区分建物はB名義に、それぞれ登記が改められていきました。

Xは、品川の建物がY名義となったのとほぼ同じ時期にアパートを借りて本件建物を出ており(賃貸借の連帯保証人はY)、以後、障害年金と生活保護で生計を立てています。アパートの家賃はXが支払わず、連帯保証人であるYが代わりに支払ってきました。本件建物の管理費・修繕積立金・固定資産税等も、Yが全額を負担しています。

その後、XはYに対し、おおむね3か月置きに30万円の支払を要求するようになり、支払わなければ仕返しをする、支払えば本件の訴えを取り下げる、などと告げながら、平成23年11月から平成25年3月までに合計165万円の送金を受けました。

平成24年、Xは共有物分割請求訴訟を提起します。控訴審でXが求めた分割方法は、本件建物をYの単独所有とし、YがXに持分の対価として1300万円を支払う、というものでした(本件建物の価格は、固定資産税評価額で合計約1083万円、不動産業者の簡易査定では1500万円前後から2700万円程度までと幅がありました)。第一審はXの請求を権利の濫用に当たるとして棄却し、Xが控訴したのが本件です。

争点

争点1:本件建物をX・Yの共有とする遺産分割協議は成立していたか

遺産分割がまだ済んでいない「遺産共有」の状態であれば、その解消は原則として遺産分割の手続によることになります。そのため、共有物分割請求の可否を判断する入口として、遺産分割協議の成立が問題となりました。

X側の主張:遺産分割協議により、本件建物はX・Y各持分2分の1の共有となった。

Y側の主張:本件建物をX・Yの共有とする協議の成立を争う(Yの供述には、共有取得の認定に沿わない部分があったとされています)。

この点、裁判所は、協議書の各印影がいずれも実印によって押されたものであることから、反証のない限り本人の意思に基づいて押印されたと推定され、書面全体が真正に成立したものと推定される、という処理(いわゆる「二段の推定」)を用いました。そのうえで、更正登記の関係書類の内容や、本件建物以外の遺産の分割・処分の状況を総合し、協議成立に至る経緯は必ずしも明らかではないものの、遅くとも平成18年3月24日までには遺産分割協議が成立し、X・Yが本件建物の持分2分の1ずつを共有取得したと認定しています。なお、X・Y双方の供述はいずれも全体として信用性が低いと評価されており、登記関係の客観資料を軸にした認定がされている点も特徴です。

争点2:Xの共有物分割請求は権利の濫用に当たるか

Y側の主張:遺産分割協議の際、X・Y・Bの間では、本件建物でYが余生を送ることが当然の前提(共通認識)になっていた。これを覆す分割請求は権利の濫用に当たる。

X側の主張:分割により金銭を取得して外語専門学校に入学したいという目的があり、分割を求める理由がある。YからXへの送金は、Yが自発的にしたものである。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:Xの共有物分割請求は権利の濫用に当たるとして、請求を棄却した第一審判決を結論において相当とし、控訴を棄却しました(その後確定)。
  • 理由:遺産分割協議の際、Yが存命中は本件建物に居住することが前提とされていたと推認され、協議成立時から重大な事情の変更がないのに、合理的理由なくその前提を覆す分割請求は許されない、というのが理由です。

判決文の引用

東京高裁はまず、遺産分割協議の前提について、次のように認定しました(引用にあたり、当事者の表記を本稿の記号に置き換え、地番等の表記を一部省略しています)。

X、Y及びBは、Yはその存命中は本件建物に居住し、公的年金、東京都品川区所在の区分建物に係る賃料収入等をもって生計を維持し、他方で、Xは、Yとは別居して賃借アパートに居住し、主として生活保護によって生計を維持することを前提として、Aの遺産についての分割の協議をしたものと推認することができる。

そのうえで、結論として次のように判示しています。

Xの本件建物の分割の請求は、X、Y及びBが本件建物をX及びYの共有取得とする際に前提とした本件建物の使用関係(Yが存命中本件建物を使用すること)を合理的理由なく覆すものであって、権利の濫用に当たるというべきである。

判例の考え方

本判決の論理は、次の3段階で整理できます。

第1に、分割方法の検討が先行していること。共有物分割の訴えでは、裁判所は原告の求める分割方法には拘束されず、相当と認める方法で分割を命じます。本件建物は床面積約64平方メートルのマンションの一室であり、現物を分割することができないとき、または分割によって価格を著しく減少させるおそれがあるときに当たることは明らかとされました。Xが求めた、Yに建物を取得させてXに持分の対価を支払わせる方法(賠償による分割)については、Yが本件建物を生活の本拠としていることから「相当でないとはいえない」としつつ、本件建物の価格は固定資産税評価額でも1000万円を超える一方、Yにその賠償金の支払能力が認められないため、採用できないとしました。その結果、分割を命じるとすれば競売によるほかない、という整理が先に立てられています。

第2に、遺産分割協議の「前提」の推認。協議書に居住に関する取り決めが書かれていたわけではありません。裁判所は、協議が成立したのとほぼ同じ時期にXが本件建物を出てアパートに移った事実、双方の生計の立て方(Yは公的年金と賃料収入、Xは生活保護中心)、遺産全体の分け方、そして本件建物でYが余生を送ることが当然の前提だったとするYの陳述などを総合して、「Yが存命中は本件建物に居住する」ことが協議の前提だったと推認しました。

第3に、前提を覆す合理的理由と事情変更の有無。協議が成立した平成18年3月当時から判決時まで、X・Y双方の居住・生計の状況に重大な事情の変更は認められません。Xが分割を求める理由として挙げた専門学校の入学資金についても、Xの生活歴や、Yに金銭を要求する際の強迫的な言動からみて、安定した通学・就労を期待することは困難であり、前提を覆してまで実現すべき堅固な意思も認められない、と評価されました。競売を命じれば協議の前提を覆すことになるのに、それを正当化する事情がない──この当てはめから、請求自体が権利の濫用とされたわけです。

結論に至る処理

東京高裁は、以上の判断から、Xの請求を棄却した第一審判決を結論において相当とし、控訴を棄却しました(判決は確定)。その結果、本件建物はX・Y各持分2分の1の共有のまま残り、Yの居住も従前どおり続くことになります。注意したいのは、権利濫用の判断によってXの持分そのものが失われるわけではないことです。退けられたのはあくまで本件の分割請求であり、共有関係自体はそのまま維持されています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

本件の事実関係を前提とした事例判断であること

本判決は、遺産分割協議で共有とした建物の分割請求が常に権利の濫用になる、という一般的な基準を示したものではありません。協議の前提が推認できること、その後に重大な事情の変更がないこと、前提を覆す合理的理由がないことという本件の具体的な事実関係を総合した判断です。「Yが存命中は本件建物に居住する」という前提が証拠上推認できたことが出発点であり、同種の前提が認定できない事案に、本判決の結論がそのまま及ぶものではありません。

「合理的理由なく」「重大な事情の変更」という判決文の留保

判決文は、分割請求が前提を「合理的理由なく」覆すものであることを権利濫用の理由とし、また、協議成立当時から「重大な事情の変更があったとは認められない」ことを確認しています。判決文の文言上、合理的理由の有無と事情変更の有無を踏まえた判断であることが明確にされており、これらの事情が異なる場合の分割請求について、本判決は判断を示していません。

前提の内容自体が「存命中」に限られていること

権利濫用の基礎とされた使用関係は、判決文上「Yが存命中本件建物を使用すること」とされています。前提の内容自体に時間的な区切りが含まれており、Yの死亡後における分割の可否について、本判決は何も判断していません。

競売を命じるほかない場面での判断であること

判決文の論理の流れを見ると、賠償による分割が支払能力の点で採用できず、競売を命じるほかない場合に、その競売が協議の前提を覆すことになるとして権利濫用が導かれています。居住者の居住の継続と両立する形での分割が現実に可能な事案について、本判決は判断を示していません。

実務での使い方

本判例は、遺産分割で不動産を共有にした後、共有者の一方が分割請求をしてきた(またはしたい)場面で参照される裁判例です。とりわけ、住み続けたい共有者側が分割請求に対抗する場面の参照例として使えます。相続案件における使いどころを整理します。

使える場面

典型は、遺産分割協議や調停で実家・マンションを「とりあえず共有」にしたまま年月が経ち、別居している共有者から共有物分割請求(交渉・訴訟)が来た、という場面です。共有は紛争の先送りといわれることが多く、まさにその先送りされた紛争が顕在化したとき、遺産分割当時に何が前提とされていたかが攻防の中心になります。本判例は、その前提が書面に明記されていなくても、諸事情から推認できれば分割請求を退ける根拠になり得ることを示した例です。

分割請求を受けた側(住み続けたい共有者側)

主張の柱は3つです。第1に、遺産分割の際、自分が住み続けることが前提・共通認識だったこと。第2に、協議成立時から重大な事情の変更がないこと。第3に、相手の分割請求に合理的理由がないことです。

このうち第1の前提の立証が中心になります。本件で推認の手がかりとされたのは、協議とほぼ同時期の相手方の転居、双方の生計の立て方、遺産全体の分け方、当事者の認識(陳述)でした。同様に、協議前後の居住状況の推移、誰がどの財産をどのような趣旨で取得したか、当時のやり取りや書面、管理費・税金等を誰が負担してきたかといった事実を、時系列で積み上げていくことになります。相手の請求の動機や交渉態度(本件では訴えの取下げを引き合いにした金銭要求や強迫的な言動)も、合理的理由の評価に影響した点は押さえておきたいところです。

ただし、権利濫用はあくまで例外です。分割自由が原則である以上、単に「長く住んできた」というだけでは足りず、遺産分割時の前提として推認させる具体的事実を示せるかが分かれ目になります。

分割請求をする側

本判例を踏まえると、請求する側は、分割を必要とする合理的理由と、遺産分割当時からの事情の変更を具体的に示せるかをまず点検することになります。資金需要があるなら、その必要性と実現可能性を裏付ける資料を整え、生活状況の変化(就労、扶養、健康状態など)があれば時系列で整理しておきます。

請求や交渉の態様にも注意が必要です。本件では、金銭要求の際の言動が、請求の合理性を否定する方向で考慮されました。交渉の経緯は後に裁判所の評価対象となり得るという前提で、要求の伝え方や記録の残り方に気を配るべきです。

また、居住している相手方に資力がある事案であれば、相手方が建物を取得して持分の対価を支払う賠償による分割を求める形にすることで、居住の前提と正面から衝突しない分割を実現できる可能性があります。本件でも、この方法自体は「相当でないとはいえない」とされており、支払能力の壁で採用されなかったにとどまります。

立証上のポイント

本件で目を引くのは、X・Y双方の供述の信用性が全体として低いとされ、登記関係の客観資料を軸に事実認定がされたことです。遺産分割協議の成立は、実印が押された協議書と更正登記の関係書類から認定されました。実印が押された書面は、本人の意思に基づく押印が推定され、書面全体の真正な成立が推定されるため(いわゆる二段の推定)、これを覆すのは容易ではありません。協議の成立や内容を争う場面でも、固める場面でも、まず登記関係書類と協議書の作成経緯を精査することが出発点になります。

他方、居住に関する「前提」は書面に書かれていないのが通常です。本件でも、前提は協議書の記載からではなく、転居の時期、生計の状況、遺産全体の分け方、当事者の認識という間接事実の積み重ねから推認されました。この種の主張をする側は、協議当時の事情を知る関係者の陳述や当時の資料(住民票の異動、賃貸借契約、送金記録、メールや手紙など)を早期に確保しておくことが重要です。

予防の観点では、これから遺産分割で共有を選ぶなら、使用関係(誰が、いつまで、どのような条件で使うか)を協議書・合意書に明記することに尽きます。配偶者が住み続ける場面であれば配偶者居住権(民法1028条以下。令和2年4月施行の改正で新設)の設定を、それ以外の場面であれば使用貸借契約の書面化や、期間を定めた不分割の合意(民法256条1項ただし書。5年以内、更新可)を検討することで、本件のような後日の紛争を相当程度防ぐことができます。

併せて検討すべき周辺論点

第1に、令和3年民法改正(令和5年4月施行)との関係です。本判決当時の改正前民法258条は、現物分割ができないとき等に競売を命じるという定め方でしたが、現行の民法258条は、現物分割と賠償分割(共有者に債務を負担させて持分を取得させる方法)を裁判による分割方法として明文化し、競売をそれらができない場合の方法と位置付けました(同条2項・3項)。もっとも、賠償分割を命じる場面で取得者の資力が重要な考慮要素になる点は、現行法の下でも変わらないと考えられます。

第2に、遺産共有との入口の区別です。本件は遺産分割協議を経た後の通常の共有だったため、共有物分割請求の対象となりました。遺産分割が済んでいない遺産共有の状態であれば、その解消は原則として遺産分割の手続によります(現行民法258条の2参照)。共有不動産の紛争では、どちらの手続によるべきかを入口で必ず確認する必要があります。

第3に、持分の譲渡という別の動きです。本判決はX・Y間の分割請求を権利濫用としたものであり、共有持分が第三者に譲渡された場合や、譲受人からの分割請求について判断したものではありません。共有状態を放置すれば、持分が第三者に渡って新たな紛争の火種になる危険は残ります。また、分割請求が退けられても共有関係そのものは解消されないため、住み続ける側にとっても、持分の買取交渉や使用関係の合意化など、共有状態の解消・安定化の道筋を別途検討しておくことが現実的です。

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