全部相続させる遺言の場合、遺留分の額に相続債務額を加算できないとした事例|最判平成21年3月24日
相続人のうちの1人に財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合、特段の事情がない限り、相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解されます。本判例は、この理を前提として、遺留分侵害額の算定にあたり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないと判断した最高裁初の判例です。あわせて、相続債権者との関係では指定相続分の効力が及ばず、各相続人は相続債権者から法定相続分に従った履行を求められたときはこれに応じなければならないこと、その場合の処理は求償関係にとどまることも明示しました。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第三小法廷
- 判決日:平成21年3月24日
- 事件番号:平成19年(受)第1548号
- 関連条文:民法427条、899条、902条、908条/改正前民法1029条、1031条(現行民法1043条、1046条)
事案の概要
本件は、被相続人が「財産全部を相続人の1人に相続させる」旨の遺言を遺して死亡した事案で、当該相続人(被上告人)に対し、他方の相続人(上告人)が遺留分減殺請求権を行使し、相続財産である不動産について所有権の一部移転登記手続を求めたものです。被相続人には多額の相続債務があり、遺留分侵害額の算定にあたって、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務額を遺留分の額に加算すべきかが主たる争点となりました。
登場人物
- A(被相続人・遺言者):財産全部を被上告人Yに相続させる旨の公正証書遺言を作成。
- Y(被上告人・遺言で全部を相続した相続人):Aの子。本件遺言により遺産全部を取得。
- X(上告人・遺留分権利者):Aの子。Yに対して遺留分減殺請求権を行使。
時系列
- 平成15年7月23日:Aが、財産全部を被上告人Yに相続させる旨の公正証書遺言(本件遺言)を作成
- 平成15年11月14日:A死亡。法定相続人は子であるXとY
- 平成16年4月4日:Xが、Yに対し遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示
- 平成16年5月17日:Yが、相続財産である不動産につき、平成15年11月14日相続を原因として所有権移転登記を完了
- 平成19年2月2日:第一審(福岡地裁)が、原告Xの遺留分侵害額を187万1125円と認定し、価額弁償の不払を条件とする所有権一部移転登記手続を認容(その余は棄却)
- 平成19年6月21日:控訴審(福岡高裁)が控訴棄却
- 平成21年3月24日:最高裁第三小法廷が上告棄却
経緯
Aは平成15年7月、財産全部を子の1人であるYに相続させる旨の公正証書遺言を作成しました。同年11月にAが死亡した時点で、Aは積極財産として4億3231万7003円、消極財産として4億2483万2503円を有していました。積極財産から消極財産を差し引いた純財産はわずか748万4500円であり、相続債務がほぼ積極財産と同額に達していたという特徴があります。
Yは、本件遺言に基づき相続財産である不動産につきAからの所有権移転登記を完了しました。これに対しXは、平成16年4月、Yに対して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をしたうえで、不動産について所有権の一部移転登記手続を求める訴えを提起しました。
XとYの主張は、遺留分侵害額の算定方法で大きく対立しました。
Xの算定:純財産748万4500円 × 1/4(法定相続分1/2 × 遺留分1/2) = 187万1125円。これに相続債務の2分の1にあたる2億1241万6252円を加算して、侵害額は2億1428万7377円。
Yの算定:本件遺言により相続債務もすべてYが承継するから、遺留分の額に相続債務を加算することは許されない。侵害額は187万1125円。
第一審、控訴審ともにYの主張を採用し、侵害額を187万1125円と認定しました。Xが上告したのが本件です。
争点
全部相続させる遺言がされた場合、相続人間において当該相続人が相続債務もすべて承継すると解されるか
──「相続させる」旨の遺言は、これまで遺産分割の方法の指定とともに相続分の指定の効力を持つと解されてきました(最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁)。では、財産全部について「相続させる」旨の遺言がされた場合、その効力は積極財産だけでなく相続債務にも及ぶのでしょうか。
X側の主張:相続債務(可分債務)は、相続開始により法律上当然に分割され、各共同相続人が法定相続分に応じてこれを承継するのが確定した判例(最判昭和34年6月19日民集13巻6号757頁)である。本件遺言が積極財産の処分について全部相続させる趣旨であったとしても、その効力は相続債務には及ばず、Xも相続債務の2分の1を負担する。
Y側の主張:本件遺言は遺産全部を1人の相続人に相続させる趣旨であり、その効力は相続債務にも及ぶ。本件遺言によりYが相続債務の全部を承継し、Xはこれを承継しない。
遺留分侵害額の算定にあたり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することができるか
──遺留分侵害額の算定は、遺留分の額から「遺留分権利者が相続によって得た財産の額」を控除し、「同人が負担すべき相続債務の額」を加算して行うのが従前の判例(最判平成8年11月26日民集50巻10号2747頁)です。では、全部相続させる遺言により相続債務もすべて他の相続人に承継されたと解される場合、遺留分権利者は現実には相続債権者から法定相続分に従った履行を求められ得る立場にあることを踏まえ、その法定相続分相当額を遺留分の額に加算すべきでしょうか。
X側の主張:相続債権者は相続分の指定に拘束されず、遺留分権利者に対しても法定相続分に従った履行を請求し得る。現実に債務を履行する可能性のある法定相続分相当額を遺留分の額に加算しなければ、遺留分権利者の手元に最終的に残る額が遺留分の額を下回ってしまう。
Y側の主張:遺留分侵害額の算定は、相続人間の内部関係を前提に遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものである。相続人間においてはYが相続債務をすべて承継し、Xには負担部分がない以上、遺留分の額に相続債務を加算することは許されない。仮にXが相続債権者の請求に応じて履行した場合は、Yに対する求償の問題として処理される。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:財産全部を相続人の1人に相続させる旨の遺言がされた場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解され、遺留分侵害額の算定にあたり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されない。
- 理由:遺留分侵害額の算定は、相続人間において遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものだから。
判決文の引用
最高裁は、相続人間における相続債務の承継について、次のように判示しました。
本件のように、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。
そのうえで、相続債権者との関係について、次のように述べました。
上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが、相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。
最後に、遺留分侵害額の算定における相続債務の取扱いについて、次のように判示しました。
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ、これに応じた場合も、履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず、相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。
判例の考え方
本判決の論理は、次の3段階で整理できます。
第1に、全部相続させる遺言の効力が相続債務にも及ぶこと。「相続させる」旨の遺言は、遺産分割の方法の指定とともに相続分の指定の効力を持つというのが従前の判例(前掲最判平成3年4月19日)の立場です。財産全部を1人の相続人に相続させる遺言は、相続分の全部を当該相続人に指定したものと評価でき、特段の事情のない限り、その効力は積極財産のみならず相続債務にも及ぶと解すべきです。被相続人の合理的意思の解釈として、財産の積極面と消極面を切り離して別個に処分する意思があったと考える方がむしろ不自然である、という発想です。
第2に、相続債権者との関係では指定の効力が及ばないこと。相続分の指定は、被相続人の遺言という相続債権者の関与のない一方的行為によってされるものです。これにより相続債権者の利益が一方的に損なわれることがあってはならないため、相続債権者に対しては指定相続分の効力は及ばないとされます。これは取引の安全と債権者保護の要請に基づく限定です。各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った履行を求められた場合は応じなければならず、指定相続分による承継を相続債権者に主張することはできません。ただし、相続債権者の側から指定相続分の効力を承認することは妨げられないため、債権者にとっての選択肢として整理されています。
第3に、遺留分侵害額算定の趣旨からの論理。最高裁は、遺留分侵害額の算定は「相続人間において、遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するもの」と位置付けました。この最終的な取り戻し額を算出するには、相続人間の内部関係を前提とすべきであり、相続人間においてYが相続債務をすべて承継し、Xに負担部分がない以上、遺留分の額に相続債務を加算する余地はないことになります。Xが相続債権者の請求に応じて履行した場合も、それは求償関係(Yに対する求償権)が清算される前の暫定的な状態にすぎず、最終的な取り戻し額の算定に影響しないという論理です。
結論に至る処理
本件では、本件遺言の趣旨等からAの相続債務について被上告人Yにすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれませんでした。したがって、相続人間においては相続債務はすべてYに承継され、上告人Xはこれを承継しないことになります。Xの遺留分侵害額の算定において、遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存在しないことになり、侵害額は純財産748万4500円の4分の1である187万1125円にとどまるとした原審の判断が正当として是認されました。
Xの上告は棄却されました。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「財産全部を相続させる」遺言の場合
本判決は、「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合」を明示の射程とします。一部の財産のみを相続させる遺言や、相続分の一部のみを指定する遺言については、本判決の射程は直接には及びません。一部財産の相続させる遺言の場合は、当該財産が相続人の法定相続分を超えるかなど、別途の検討が必要になります。
「特段の事情のない限り」という限定
本判決は、「遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り」、相続債務もすべて当該相続人に承継させる意思が表示されたものと解する、という構造を採っています。
この特段の事情として最高裁が例示するのは、「遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかである」場合です。具体的には、遺言書の文言上、積極財産と相続債務を区別して処分する趣旨が読み取れる場合や、遺言の経緯・関連事情から相続債務の承継について別の意思があったと認められる場合が考えられます。
相続債権者との関係
本判決は、相続債権者との関係については「指定相続分の効力が及ばない」と明示しました。各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った履行を求められたときはこれに応じなければなりません。ただし、相続債権者の方から指定相続分の効力を承認して履行請求することは妨げられないとされており、債権者の選択次第でいずれの構成も可能となります。
遺留分権利者が相続債権者に履行した場合の処理
本判決は、遺留分権利者が相続債権者から法定相続分に応じた履行を求められて応じた場合についても明示的に判示しています。履行した額を遺留分の額に加算することはできず、相続債務をすべて承継した相続人に対する求償権で処理されるというのが本判決の立場です。
つまり、遺留分権利者が現実に債務を履行したとしても、遺留分侵害額の算定枠組みは変わらず、その回収は別途求償関係として処理されることになります。この点は、遺留分権利者にとって回収不能リスク(求償の相手方たる相続人の資力に依存する)を残すという実務上の含意を持ちます。
関連判例
本判決が判断の根拠として明示的に引用した先例は、次のとおりです。
- 最判平成8年11月26日(平成5年(オ)第947号、民集50巻10号2747頁):遺留分の侵害額は、確定された遺留分算定の基礎となる財産額に遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきであるとした判例。本判決は、この遺留分侵害額算定の枠組みを前提として、本件のように相続人間で遺留分権利者に相続債務の負担部分がない場合の処理を示したものです。
実務での使い方
本判例は、相続債務がある事案で、全部相続させる遺言がされ、遺留分減殺(現行法では遺留分侵害額)請求が問題となる場面で、相続債務の取扱いを整理する中心判例として引用します。争族案件における典型的な使いどころを整理します。
使える場面
典型は本件のような債務超過すれすれ・もしくは相続債務が積極財産に対して相当大きい事案です。本件では積極財産4億3231万7003円に対して消極財産4億2483万2503円と、相続債務が積極財産の98%に達していました。このような事案では、遺留分の額に相続債務の法定相続分相当額を加算するか否かで侵害額が桁違いに変動します(本件ではX主張で約2億1428万円、Y主張で187万円)。
本判例は、この場面で「全部相続させる遺言がされた以上、遺留分権利者は相続債務の負担部分がないものとして遺留分侵害額を算定する」という結論を基礎づけます。
全部相続させる遺言を受けた相続人(受益相続人)の側
本件被上告人Yの立場では、本判例は遺留分減殺請求(現行法では遺留分侵害額請求)を受けた際の防御の中心となります。引用にあたって押さえるべきポイントは次のとおりです。
第1に、本件遺言が「財産全部を1人の相続人に相続させる」趣旨であることを明示します。遺言書の文言上、財産の範囲が「全部」であることが客観的に読み取れる必要があります。一部の財産のみを相続させる遺言の場合、本判例の射程は直接には及ばないため、別の検討が必要になります。
第2に、「特段の事情」が存在しないことを主張します。具体的には、遺言の趣旨や関連事情から、相続債務については別の相続人に負担させる意思があったと読み取れるような事情(例:遺言書中に債務処分について別段の定めがある、生前の言動で債務処分の意思が異なって示されている等)が存在しないことを丁寧に主張します。本判例は「特段の事情」の具体的内容を示していないため、個別事案に応じた事情の有無が攻防の対象となります。
第3に、遺留分権利者が現実に相続債権者に履行した場合の処理を視野に入れておきます。本判例は、遺留分権利者が相続債権者の請求に応じて履行した場合、その履行額を遺留分の額に加算することはできず、求償関係で処理される旨を明示しました。受益相続人としては、事実上の求償リスク(自らに対する求償請求が将来発生し得ること)を踏まえた対応が必要です。
遺留分権利者の側
逆に、遺留分権利者として遺留分侵害額の算定に相続債務を取り込もうとする立場では、本判例の射程と限界を踏まえる必要があります。
第1に、「特段の事情」の存在を主張する余地を検討します。遺言書の文言上、積極財産のみを処分する趣旨が明確である場合、遺言の経緯・関連事情から相続債務については別途の処分意思があったと認められる場合などが該当し得ます。ただし、本判例の構造上、「特段の事情」の主張・立証責任は遺留分権利者側にあるものと考えられ、立証のハードルは決して低くありません。
第2に、全部相続させる遺言ではなく、一部の財産を相続させる遺言や相続分の一部指定の場合は、本判例の射程外となる可能性があります。この場合は、相続分の指定の効力が相続債務にどう及ぶかを別途検討することになります。
第3に、相続債権者からの履行請求への対応は、遺留分侵害額算定とは別の問題として処理する必要があります。相続債権者は遺留分権利者に対しても法定相続分に従った履行を請求し得るため、現実に支払を求められれば応じざるを得ず、その後の求償権の行使(受益相続人に対する求償)を通じて回収する形になります。受益相続人の資力が回収可能性を左右するため、求償の実効性を見極めたうえで、相続債権者に対する弁済対応の方針を決める必要があります。
立証上のポイント
本判例の枠組みで攻防の中心となるのは、次の3点です。
第1に、遺言の文言が「財産全部を1人の相続人に相続させる」趣旨であるかどうか。文言が一部の財産にとどまる場合や、相続分の一部指定にとどまる場合は、本判例の射程外となります。遺言書の解釈において、対象財産の範囲を客観的に確定させることが出発点となります。
第2に、「特段の事情」の存否。遺言書中の文言、遺言作成の経緯、被相続人の生前の言動、関係者の認識等から、相続債務について別の処分意思があったと読み取れる事情があるかが争われます。同時代証拠(遺言作成時の関係者の認識を示す書面、メール、メモ等)が決め手となります。
第3に、相続債務の有無・範囲。本判例の射程は相続債務が存在することを前提としますが、相続債務の範囲(対象、金額、可分債務か否か)によって遺留分侵害額の算定結果は大きく変わります。被相続人の財産・債務の確定作業は、争族案件では極めて重要な事実調査となります。
平成30年相続法改正との関係
本判例は、平成30年相続法改正前の遺留分減殺請求権(改正前民法1031条)の時代に出された判決です。改正後は遺留分侵害額請求権(現行民法1046条)が金銭債権として構成されるため、本件のように物権的効果として持分権移転登記手続を求める形での処理はできなくなりました。
もっとも、遺留分侵害額の算定における相続債務の取扱いという論点は、改正後も引き続き問題となります。現行民法1046条2項3号は、遺留分侵害額の算定にあたり「第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務」の額を加算する旨を明文化しました。本判例の理は、この「899条の規定により承継する債務」の解釈に反映されており、全部相続させる遺言により相続人間で遺留分権利者が相続債務を承継しないと解される場合、加算すべき承継債務の額は存在しない、という結論は改正後も基本的に維持されると理解されています。
したがって、本判例は改正前事案の処理にとどまらず、改正後の遺留分侵害額請求の事案でも、全部相続させる遺言と相続債務の関係を整理する基礎判例として引き続き機能します。
併せて検討すべき周辺論点
本判例は、全部相続させる遺言の場合の相続債務の承継と遺留分侵害額算定における相続債務の取扱いを扱うものですが、関連して次の論点が問題となり得ます。
第1に、相続債権者からの履行請求への対応。本判例は、相続債権者の選択次第で、各相続人に法定相続分に従った請求も指定相続分に従った請求もあり得ることを示しました。実務では、相続債権者が金融機関である場合の対応(指定相続分に応じた免責的債務引受の打診、抵当権設定不動産の処理等)が問題となります。
第2に、遺留分権利者から受益相続人への求償の実効性。遺留分権利者が相続債権者の請求に応じて法定相続分相当額を履行した場合、受益相続人に対する求償権が発生しますが、その求償の実効性は受益相続人の資力に依存します。受益相続人が相続財産を費消・処分済みである場合、求償権の回収は事実上困難になります。
第3に、相続放棄との関係。遺留分権利者が、相続債務の負担を回避するために相続放棄を選択する場面が考えられます。ただし、相続放棄をすれば遺留分権利者の地位も失うため、二者択一の関係になります。本件のように相続債務が大きい事案では、相続放棄と遺留分減殺(侵害額)請求のいずれを選択するかの戦略判断が極めて重要となります。

