寄与分を認められた相続人に、一応の相続分を超える特別受益(超過特別受益)がある場合でも、その超過した特別受益の部分を、いったん認定された寄与分の価額から更に差し引くべきではないと判断した決定です。寄与分の割合は一切の事情を総合勘案して定められるものであり、超過特別受益を理由に寄与分から重ねて差し引くことは、認定された寄与分を二重に修正するに等しいとされました。ただし、重ねて控除しなければ著しく合理性を欠く格別の事情があるのであれば、その事情は寄与分の割合を定める段階であらかじめ勘案すべきものとされています。
判例情報
- 裁判所:東京高等裁判所
- 判決日:平成22年5月20日(決定)
- 事件番号:平成21年(ラ)第617号
- 関連条文:民法903条、904条の2、907条/家事審判法9条(当時。現在の家事事件手続法に相当)
事案の概要
本件は、被相続人の農業を承継した相続人が、その財産形成への寄与を主張する一方で、自身も生前に農地の贈与(特別受益)を受けていたという事案です。寄与分と特別受益の両方を持つ相続人について、その特別受益が一応の相続分を超えるとき、超過分を寄与分からどう調整するかが争われました。
登場人物
- A(被相続人):先祖代々の水田農家の当主。後に会社経営に主軸を移し、長男Xらに農業を担わせた。平成17年4月21日死亡。
- X(長男・申立人・抗告人):Aの農業を承継した者。遺産分割審判とあわせて寄与分を定める処分の審判を申し立てた。寄与分と特別受益の両方を有する、本件の中心人物。
- Y(Aの配偶者・Xの母・抗告人):Aの遺産分割をめぐりXと対立。
- B(Aの長女・相手方):Aの相続人の一人。
- C(Aの二男・相手方):Aの相続人の一人。
時系列
- 昭和49年頃:Xが高校卒業後、被相続人Aの水田農業に従事
- 昭和56年:Xが結婚し、農地の取得・集約や機械化を進めて営農規模を拡大
- (Aの生前):XがAから農地の贈与を受ける(特別受益)
- 平成12年:XがA経営の会社の代表者に就任
- 平成17年4月21日:被相続人A死亡
- 平成20年:Xが遺産分割審判および寄与分を定める処分の審判を申立(原審甲事件・乙事件)
- 平成21年3月4日:原審判(水戸家庭裁判所龍ケ崎支部)
- 平成22年5月20日:抗告審決定(東京高等裁判所)
経緯
被相続人Aは、先祖代々の水田農家の当主でしたが、次第に会社経営に主軸を移し、昭和49年頃から相続開始時まで、長男Xらに農業を担わせていました。Xは高校卒業後、一貫して農業に従事し、農地の取得や水田の集約を進め、その合理化・効率化を図りながら営農の規模を拡大し機械化を推し進めるなど、Aの財産の維持形成に貢献しました。その一方で、XはAから農地の贈与を受けており、これが特別受益にあたります。
Aの死後、Xは、遺産分割審判とあわせて寄与分を定める処分の審判を申し立てました。原審判は、Xの寄与分を遺産の4割と認めましたが、Xの特別受益が一応の相続分を超えていたことから、その超過した部分を寄与分から差し引いてXの取得額を定めました。この原審判に対し、Xと母Yの双方が抗告したのが本件です。
争点
寄与分と特別受益の両方を持つ相続人について、その特別受益が一応の相続分を超える(超過特別受益となる)場合に、いったん認定した寄与分の価額から、超過した特別受益の部分を更に差し引いて取得額を圧縮すべきか
ここで前提となる用語を整理します。「みなし相続財産」とは、相続開始時の遺産の評価額に特別受益(生前贈与など)を足し戻し、寄与分を差し引いて算出する、計算上の基礎財産です。これに各相続人の法定相続分を掛けたものが「一応の相続分」で、ここから特別受益を受けた相続人は特別受益を差し引き、寄与した相続人は寄与分を加えて、最終的な取り分である「具体的相続分」を求めます。特別受益が一応の相続分を上回ると、その相続人の具体的相続分はゼロになり、上回った部分が「超過特別受益」と呼ばれます。
原審判の処理:Xの寄与分(遺産の4割)を認めつつ、Xの一応の相続分を超える特別受益の部分を、その寄与分の価額から差し引いて、Xの取得額を圧縮しました。
X(寄与分を主張する相続人)の主張:民法903条と904条の2の各規定が同時に適用されるとしても、超過した特別受益の部分を寄与分の価額から更に差し引くことは不当である。認定された寄与分は確保されるべきである。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:寄与分を認定された相続人に、その具体的相続分を超える特別受益がある場合でも、超過した特別受益の部分を、認定された寄与分の価額から更に差し引くべきではない。
- 理由:それは一切の事情を総合勘案して認定された寄与分の割合を、重ねて修正するに等しいから。重ねて控除しなければ著しく合理性を欠く格別の事情があるのであれば、あらかじめこれを勘案して寄与分の割合を定めるのが相当である。
判決文の引用
抗告審は、次のように判示しました。
検討するに、寄与分は、あらかじめ寄与分を控除した前記した分割対象財産をみなし相続財産としてこれを基礎にして具体的相続分の比率を定めるものであることにかんがみれば、寄与分の割合を認定された相続人に係る超過特別受益の存在によって同人の具体的相続分が零になったとき、同人の上記寄与分の価額から更に超過した特別受益の部分の価額を差し引いて減少させて調整することは、すでに遺産分割及び寄与分に係る事件に顕れた一切の事情を総合勘案した上で裁判所により認定判断された寄与分の割合を重ねて修正するに等しく、これは民法903条と同法904条の2の各立法趣旨に照らし、寄与分と特別受益はその本質を異にすることが明らかである以上、改めて修正を施し直す理由は一般的にはやや分かりにくく、また、分割の手法としても迂遠さを残すものと解されるので、むしろ、なお重ねて控除しなければ著しく合理性を欠くというべき格別の事情が存在するというのであるならば、あらかじめこれを勘案して寄与分の割合を定めることが相当であると解される。
判例の考え方
本決定の論理は、次のように整理できます。
第1に、寄与分と特別受益の計算の仕組み。寄与分と特別受益の両方がある場合、まず相続開始時の遺産から寄与分を控除し、特別受益を足し戻したものをみなし相続財産とします。寄与分は、この計算の入口で遺産から差し引かれ、残りを基礎に具体的相続分の比率を定める形で、すでに織り込まれています。
第2に、寄与分の割合は一切の事情の総合判断で決まること。寄与分の割合は、その相続人の貢献の内容のほか、事件に現れた一切の事情を総合的に勘案して定められます。つまり、その相続人に特別受益があるという事情も、寄与分の割合を決める段階ですでに考慮の対象に入っています。そうである以上、いったん定めた寄与分から、後で超過特別受益の部分を更に差し引くことは、すでに考慮済みの事情を重ねて評価し、認定した割合を二重に修正することになってしまいます。
第3に、寄与分と特別受益は性質が異なること。特別受益は相続分の前渡しであり、寄与分は相続人の貢献に報いるものです。両者は性質を異にするため、特別受益の超過分を寄与分から機械的に差し引かなければならない論理的な必然性はない、というのが抗告審の理解です。
ただし、例外として、重ねて控除しなければ著しく合理性を欠く格別の事情がある場合には、その事情を、寄与分の割合を定める段階であらかじめ勘案すべきものとされました。「後から寄与分の価額を削る」のではなく、「はじめから寄与分の割合に織り込む」という処理を示した点が、この決定の特徴です。
結論に至る処理
抗告審は、Xの寄与分を遺産分割の対象である遺産の価格の4割と定めました。Xの特別受益は一応の相続分を超えており、Xの具体的相続分はゼロとなります。原審判は、この超過した特別受益の部分を寄与分から差し引いてXの取得額を圧縮していましたが、抗告審はこれを変更し、Xに認定どおりの寄与分の価額を確保させました。
そのうえで、具体的相続分がゼロで寄与分のみを取得することになるXに対しては、農業経営をする立場から農地等の不動産を現物で取得させ、その価額が寄与分の価額を超える部分については、Xから、具体的相続分を取得する相手方に代償金を支払って清算する、という分割を命じています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「格別の事情」があれば、あらかじめ寄与分の割合に勘案する
抗告審は、超過した特別受益の部分を寄与分から「一切差し引いてはならない」と述べたわけではありません。判決文は、重ねて控除しなければ著しく合理性を欠くというべき格別の事情が存在するのであれば、あらかじめこれを勘案して寄与分の割合を定めることが相当である、としています。つまり、差し引くべき格別の事情があるのであれば、それは寄与分の価額を事後に削る形ではなく、寄与分の割合を定める段階で織り込むべきものとされています。本決定が否定したのは、あくまで「寄与分を認定した後に、超過特別受益を理由として寄与分の価額から更に差し引く」という処理の順序です。
超過特別受益によって具体的相続分がゼロになった寄与相続人の場面
判決文は、寄与分の割合を認定された相続人について、超過特別受益の存在によって具体的相続分が零になったとき、という場面を前提に判断しています。寄与分を認められた相続人の特別受益が一応の相続分を超え、具体的相続分がゼロになった場合の、寄与分と超過特別受益の調整の順序を扱ったものです。
寄与分と特別受益の双方の規定が適用される場面を前提とする
本決定は、Xの「民法903条と同法904条の2の各規定が同時に適用されるとしても」という主張を受けて判断しています。寄与分(904条の2)と特別受益(903条)の両方が問題になる場面で、両規定がともに適用されることを前提としたうえで、超過特別受益の調整の順序を判断したものです。
本決定は高等裁判所の決定であること
本件は東京高等裁判所の決定であり、最高裁判所の判断ではありません。寄与分と超過特別受益の調整の順序について、同種の事案で常に同じ結論が導かれることを保証するものではない点には留意が必要です。
実務での使い方
本決定は、寄与分を主張する相続人に、一応の相続分を超える特別受益もある場面で、「認定された寄与分を確保できるか」を検討するときに参照します。相続案件における使いどころを整理します。
使える場面
典型は、農業・家業・事業の承継をめぐる相続です。被相続人の財産形成に貢献した相続人が、同時に被相続人から生前贈与(事業資金、農地、不動産など)を受けている、という構図はよく見られます。その生前贈与が一応の相続分を超えると超過特別受益となり、寄与分と超過特別受益をどう調整するかが問題になります。本決定は、この場面で、いったん認定した寄与分から超過特別受益を更に差し引くことを、原則として否定しました。
寄与分を主張する側(承継者側)
寄与分を主張する側は、本決定を引用して、認定された寄与分の価額の確保を主張できます。超過特別受益が存在することを理由に、寄与分を重ねて削られることはない、という方向です。
もっとも、注意が必要なのは、寄与分の割合そのものが「一切の事情の総合勘案」で決まる点です。特別受益の存在は、その総合勘案のなかで、寄与分の割合の認定に影響し得ます。したがって、寄与分を主張する側は、特別受益とは切り離して、貢献の内容・期間・無償性、そして被相続人の財産の維持形成に現実に寄与した事実を、具体的に主張・立証することが要点になります。
対抗する側(他の相続人側)
逆に、承継者の取得を抑えたい他の相続人の立場では、本決定の枠組みのもとでは、寄与分の価額から事後に差し引かせる主張は通りにくくなります。差し引きを求めるのであれば、重ねて控除しなければ著しく合理性を欠く格別の事情を主張し、それを寄与分の割合を定める段階で織り込ませる、という方向で組み立てることになります。
ただし、本決定はどのような事情が「格別の事情」にあたるかを具体的に示していません。したがって、貢献の程度に比して特別受益が著しく過大であることなど、寄与分の割合を抑えるべき事情を、事案に即して個別に主張・立証する必要があります。
立証上のポイント
この論点で立証の中心になるのは、寄与分の割合の認定そのものです。本決定の理解によれば、特別受益の存在は寄与分の割合を定める段階で総合的に考慮されています。そのため、寄与分を主張する側は、特別受益とは別個に、貢献の事実を裏付ける資料を積み上げることが大切です。対抗する側は、寄与分の割合を抑える方向の事情を、「格別の事情」を意識して具体的に示すことになります。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、寄与分の算定の基礎となる財産の範囲です。本件では、相続開始後に生じた損害賠償請求権や、相続人の合意のない可分債権、他人名義の財産まで寄与分算定の基礎に含めるべきか、という主張もされましたが、抗告審は、原則として遺産分割の対象である遺産を基礎とする立場をとっています。寄与分の基礎をどこまで広げられるかは、それ自体が独立した検討課題です。
第2に、寄与分のみを取得する相続人への分割方法です。本件のように具体的相続分がゼロであっても、寄与分相当の現物(本件では農地等)を取得し、その価額が寄与分を超える部分は、他の相続人への代償金の支払で清算する、という代償分割が用いられています。承継者に事業用の資産を集約させたい場面で参考になります。
第3に、期間制限です。令和3年の民法改正により、相続開始の時から10年を経過した後は、原則として特別受益や寄与分の主張(具体的相続分の主張)ができなくなり、法定相続分または指定相続分によって遺産分割が行われることになりました(民法904条の3。令和5年4月1日施行)。本決定が扱うような寄与分と超過特別受益の調整も、原則としてこの10年の期間内に遺産分割を求めることが前提となります。早期に手続を進めることの重要性が、以前にも増して高まっています。

