亡くなった親(被相続人)の許諾を得て相続開始前から同居していた相続人に対しては、特段の事情のない限り、相続開始から遺産分割の終了までの間、建物を無償で使用させる合意(使用貸借)が成立していたと推認されます(最判平成8年12月17日)。そのため、家賃相当額など使用対価の償還請求(民法249条2項)は、原則として認められません。
結論
亡くなった親と同居していた兄弟(相続人)が相続後も実家に住み続けている場合、他の相続人がその兄弟に家賃相当額や使用料を請求することは、原則として認められません。
共有不動産を使用する共有者への金銭請求は、民法249条2項の使用対価の償還請求として構成されます。しかし、被相続人の許諾を得て相続開始前から同居していた相続人については、最高裁判例により、遺産分割が終了するまで建物を無償で使用させる合意(使用貸借=無償で物を貸し借りする契約)が成立していたと推認されるためです。
ただし、この推認は「特段の事情のない限り」という留保付きであり、事情によっては請求が認められる余地もあります。
根拠と条件
原則:使用対価の償還請求(民法249条2項)
各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができます(民法249条1項)。そして、共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負います(民法249条2項)。
この規定は令和3年改正(2023年4月1日施行)で明文化されたものです。改正前は、不当利得返還請求(民法703条)や不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)として同様の請求が構成されていました。
相続によって共有状態(遺産共有)になった不動産についても、この枠組みが基本となります。たとえば、兄弟A・B・Cが各3分の1の持分で実家を相続し、Aのみが居住している場合、BとCは原則として、それぞれ賃料相当額に自己の持分割合(3分の1)を乗じた金額の償還をAに請求できます。
例外:被相続人と同居していた相続人には使用貸借が推認される
もっとも、被相続人と同居していた相続人のケースでは、この原則がそのまま適用されるわけではありません。
最高裁は、共同相続人の1人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、相続開始の時から遺産分割により建物の所有関係が最終的に確定するまでの間、同居の相続人に建物を無償で使用させる旨の合意があったものと推認されると判断しています(最判平成8年12月17日)。
この判例によれば、被相続人が死亡した後は、被相続人の地位を承継した他の相続人等を貸主、同居の相続人を借主とする使用貸借契約関係が存続します。相続開始の時を始期とし、遺産分割終了の時を終期とすることから、始期付使用貸借とも呼ばれます。
同居の相続人は、この使用貸借に基づいて建物を無償で使用する権原を有します。そのため、他の相続人からの使用対価の償還請求や不当利得返還請求は、原則として認められません。
この判例は令和3年改正前のものですが、改正後の民法249条2項のもとでも、償還請求に対しては、共有者間で無償とするなどの別段の合意があることのほか、被相続人との間で始期付使用貸借契約が成立していたことが反論になると整理されており、現行法でも妥当する判断と位置づけられています。
なお、この判例は居住用として利用可能な建物についての判断であり、事業専用の建物など非居住用の建物には射程が及ばないとする見解があります。
請求が認められる場合(特段の事情など)
使用貸借の推認は、あくまで「特段の事情のない限り」という留保付きです。たとえば、被相続人が生前、無償で使用させることに反対の意思を表示していた場合には、この推認は働かず、使用対価の償還請求が認められる余地があります。
また、そもそも相続開始前から同居していなかった場合や、被相続人の許諾なく居住していた場合には、使用貸借が推認される前提を欠くため、原則どおり民法249条2項による請求が可能です。
具体的な場面での適用
設例:親と同居していた長男が相続後も実家に住み続けるケース
父が死亡し、相続人が長男A・次男B・長女Cの3名であるとします。長男Aは父の生前から父の許諾を得て実家で同居しており、父の死後もそのまま住み続けています。
この場合、次男Bと長女Cが長男Aに家賃相当額を請求しても、使用貸借の推認により、原則として請求は認められません。長男Aは、遺産分割が終了するまでの間、無償で実家に住み続けることができます。
遺産分割が終了した後
推認される使用貸借は、遺産分割の終了を終期とします。したがって、遺産分割が終了した後は、無償で使用できる根拠がなくなります。遺産分割の結果、建物が共有のまま残った場合には、その後の使用については通常の共有者間の使用対価の問題(民法249条2項)として扱われます。

