相続の「使途不明金・使い込み問題」をうまく解決する方法

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使途不明金・使い込み問題が長引く原因

相続は長引くと言われますが、使途不明金・使い込み問題はそれに拍車をかける典型的な争点の一つです。
使途不明金・使い込み問題で多くのご相談をいただきますが、私の経験上、使途不明金・使い込み問題には解決を難しくする特有の原因があると実感しています。

以下では、使途不明金・使い込み問題の解決を難しくする特有の原因を説明し、それに対してどのような心構えで解決に取り組むべきかを解説します。

使途不明金・使い込み問題は、やり方を間違えると、相続人同士で感情がぶつかり合い、肝心の相続手続きや遺産分割が完全に止まってしまうことがよくあります。解決を難しくする原因は様々ありますが、実際の経験に基づく特有の原因をお伝えすることで、無用にもめない相続を実現するための一助になれば幸いです。

1.肝心の被相続人が亡くなっているため、真相が必ずしも分からない

被相続人の預金を引き出す理由は、日常的な生活費や介護費はもちろんのこと、旅行、冠婚葬祭、家具の購入、自宅のリフォーム、手術・入院費、親族への生前贈与など、その人の生活状況、資産状況、人間関係などに応じて様々考えられます。

しかし、相続が開始してから遡って使い道を解明しようとしても、肝心の被相続人が亡くなっているため、そのお金を何に使ったのか、同意の上だったのかなどを被相続人本人に聞くことはできません。

事情を知っている相続人が冷静にしっかりとその事情を話さなければ、真相が分からない状態が延々と続きます。
そのうち、他の相続人は、嘘をついているのではないか、誤魔化して自分だけが得をしようとしているのではないかと疑うようになり、どんどん解決が難しくなっていきます。

2.感情がこじれ、双方の認識違いが固定化しやすい

1とも関係しますが、真相が分からない状態が続くと、追及する側は憶測で物事を考えざるを得なくなります。追及する側は疑惑を深めますが、追及される側は疑われていることに怒り、疑惑と怒りの感情がぶつかり合います。

双方引くに引けない状態になるため、ただでさえ解明しづらい事実関係の認識違いを埋めることが難しくなります。
そして、追及する側の疑いが「確信」にまでなってしまうと、たとえ証拠がなかったとしても、その「確信」を変えるのは容易ではなくなります。

3.調停でまとめて解決できるとは限らない

使途不明金・使い込み問題を話し合い(調停も含む)で解決する場合、預り金という形で遺産の中に加えたり、生前贈与(特別受益)として処理したりします。

しかし、調停において預り金や生前贈与で処理することを拒否された場合、使途不明金・使い込み問題は調停から切り離されるため、別途訴訟を提起する必要があります。訴状の作成や証拠の整理を一からしなければならず、二度手間になります。

また、遺産分割の前に確定しなければならないことでもあるため、進め方によっては、せっかく申し立てた遺産分割調停も取り下げる必要があります。

相続の手続論とも関わるため、一般の人ではなかなか理解が難しいのですが、調停委員から申立ての取下げを促され、自分では判断ができずに弁護士事務所に駆け込む人もいます。

4.もめた場合の裁判は長くかかる

裁判所の手続は、一般の方が想像するよりも遥かに遅いです。通常の相続でも数か月で終わればかなり早い方で、使途不明金・使い込み問題でいたずらにもめると、年単位は覚悟しなければなりません。

そして、3でも述べたとおり、調停で話がまとまらなければ、別途訴訟を提起する必要があります(先に訴訟をするのもありですが)。散々調停でやり合った挙句、振り出しに戻ってしまいます。
これに耐えられる精神力がないと、心身ともに疲れてしまい、結局当初の提案とあまり変わらない内容で話をまとめることにもなりかねません。

使途不明金・使い込み問題は、とかく追及に前のめりになりがちですが、そこを何とか我慢し、冷静に対応しないと、もめて裁判を誘発し、かなり長引くことがあります。裁判であれば解明できる保障は必ずしもありませんので、徒労感しか残らないなんてことにもなりかねません。

全く話が進まなければ、もちろん裁判をした方が早いですし、裁判をしないともやもやが残ります。
しかし、実際に裁判で追及するかどうかは、追及可能性も考慮に入れながら、慎重に検討する必要があります。

使途不明金・使い込みを「追及する側」の心構え

1.憶測で事実関係を決めつけない

使途不明金・使い込みを追及する側の相続人は、亡くなった人の生活圏から離れていた人が多いです。
実際には様々な事情があった可能性もあるため、憶測で事実関係を決めつけ、前のめりで追及しようとすれば、相手の感情を害するのは当然といえます。

憶測で決めつけないというのは、別に相手のためにそうするのではなく、自分自身のためです。
もめればもめるほど長引き、時間・労力・費用として全部跳ね返ってきますので、努めて冷静に、攻撃的にならず、合理的に進める必要があります。

詳しい事情を知らないのであれば、憶測で決めつけず、まずは事情を確認するというスタンスでいた方がいいでしょう。
特に初期の段階では、こちら側にはあまり資料がないケースが多いので、相手からなるべく情報を引き出す必要があります。

それでは解決に至らなかったとしても、無駄にもめるよりは遥かに解決可能性が高くなります。
「材料」が少ない段階で料理をしようとしても、およそまともな料理は作れません。

2.「捜査」ではなく公平な相続を目的にする

1か月の間に50万円ずつ何度も引き出されている場合がありますが、そのような預金引出しの使い道は限定され、何か特別な理由があったはずです。
しかし、引き出された預金の金額が小さければ小さいほど、様々な使い道が考えられ、説明がつきやすくなります。

たとえば、月に1回10万円程度の引出しがあった場合、すべて生活費に充てられた可能性は大いにあります。
たとえレシートや領収証がなかったとしても、使い道として合理的に説明し得るのであれば、使い込みと捉えるのは困難になります。

細かい引出し現金の行方を証明するのは、

川の中に落ちているコインを探すようなもの

です。

説明がつきやすい細かい引出しにまで着目するのは得策ではなく、使い道を説明しづらい大きな引出し(たとえば100万円以上)に絞る方が円滑な解決につながります。

また、使途不明金・使い込みを解明する理由は、公平な相続を実現するためです。
取られたものを取り返すという硬直的な発想ではなく、預り金、特別受益などの理屈も使いながら「なるべく相続に反映させる」という柔軟な発想が重要です。

最初から無理だと決めつける必要はありませんが、

【警察のような「捜査」を目的にすると、どんどん本筋から離れていく】

可能性がありますので、注意が必要です。

3.追及と円滑な解決とのバランスを意識する

使途不明金・使い込みの追及に前のめりになればなるほど、相手の態度は硬化し、口を閉ざしてしまいますので、円滑な解決は遠のきます。そのような意味において、追及・解明と円滑な解決は両立しがたい「トレードオフ」の関係にあります。

使途不明金・使い込みの追及・解明を重視するのであれば、訴訟も辞さない気持ちで臨む必要があり、腰を据えて取り組むことになります。

逆に、円滑な解決を重視するであれば、解明の程度についてはある程度の割り切りが必要になります。

いずれにしても、どちらかに偏ってはいい解決になりません。
両立しがたいことを意識した上で、どこかでバランスを取ることがとても大事です。

4.証明責任を誤解しない

程度の問題はありますが、基本的に、使途不明金・使い込みを証明するのは追及する側です。
極端な話、相手が何も答えない場合、裁判の制度上、追及する側が一から証拠を集め、証明しなければなりません。

しかし、親族同士の使途不明金・使い込み問題で警察が動いてくれるわけではありません。
公権力を使えない一般人が集められる証拠には限りがあります。

調査しやすいのは被相続人の預金口座ですが、取引明細書(取引履歴)で分かるのは、口座からいついくらの引出しがあったかだけです。誰が引き出し、何に使ったのかは全く明らかになりません。

また、前に遡れば遡るほど、証拠の保存期間との関係で、証明が難しくなります。
たとえば、介護認定資料の保存期間は5年ですので、役所から取り寄せようとしても、通常、5年以上前の資料は取得できません。たまにかなり昔の資料を出してくれる地方の役所もありますが、経験上、5年以上前の資料は出さない(出せない)役所がほとんどです。
介護認定資料という重要な基礎資料を取得できない場合、裁判で追及しようとしても、最初から手詰まりになり、裁判所から請求範囲を減らすよう促される可能性が高くなります。

そのため、こちらが確保できる証拠以上の事情をいかに相手に説明させるか、いかに資料を出してもらうかがとても重要です(初期の段階では特に)。
事前に証拠を集めておかないと、裁判すらまともにできません。

北風と太陽のようなものですが、

北風だけで使途不明金・使い込みを解明することは困難

です。

太陽なら資料を出すとは限りませんが、北風で攻撃ばかりしても、相手はどんどん殻に閉じこもっていき、解決からは遠ざかっていきます。

使途不明金・使い込みを「追及される側」の心構え

1.冷静になる

預金を引き出すのは親の世話をしていた相続人であることが多いです。
あまり親と関わってこなかった相続人に追及されるのは面白くないでしょう。

しかし、もし多額の預金引出しがあるのであれば、事情を知らない相手から疑念を持たれるのは無理もありません。怒りに任せて感情をぶつけても解決にはならず、逆に、調停や訴訟にお付き合いしなければならなくなります。

寄与分や特別受益の持ち戻し免除といった別の理屈で不満を解消できる場合もありますので、論点を混同せず、まずは冷静になる必要があります。

2.できる限りの説明をする

追及する側は、預金引出しの詳しい事情を知らずに追及してくる場合が多いです。
疑いの目で見られるのは面白くないでしょうが、しっかり説明しないとますます疑惑を深めます。

感情的な対立だけで済むのであればまだいいのですが、相続全体がまとまらず、調停や訴訟にお付き合いしなければならないという「実害」を被ります。

裁判に巻き込まれること自体、時間と労力と費用の無駄ですので、割り切ってできる限りの説明をした方が自分のためになります。

また、預金の引出しは税務上の問題が生じることがありますので、相続税申告との関係でも、安易な説明や処理で済ませない方がいいでしょう。

3.落としどころも意識する

引き出したお金の使い道について、裏付けとなる資料を保管していないことがあります。
預金引出しの金額が小さければ、裏付けがなくても合理的な使い道を説明しやすいですが、金額が大きいと、裏付けなしで説明することは困難になります。

手元に裏付けがなく、裁判で不利になる可能性がある場合には、裁判に巻き込まれる前に、ある程度の落としどころも意識した方がいいでしょう。

使途不明金・使い込み問題で最も大事なこと

特に使途不明金を追及する側の相続人に言えることですが、スタートラインを誤解している人が極めて多いです。

相続開始後に預金引出しが判明した時点で、すでに9回裏でリードされている状況といえます。
何点リードされているかは前提条件次第ですが、少なくともこれからプレイボールという状況ではありません。

本来、「生前に」親兄弟ともっと関わり合いを持ち、問題の発生を未然に防がなければなりませんでした。
たとえ未然に防ぐことはできなかったとしても、知らないところで好き勝手されないように継続して関与したり、少しでも証拠を確保しておいたりすることはできたかもしれません。
生前の対応こそ使途不明金・使い込み問題のスタートラインであり、そのような「防犯意識」が後の結果に影響してきます。

もし生前の対応をしていなかった場合、相続開始の時点ではかなり遅れを取ってしまっています。
肝心の人が亡くなっている以上、やれることがすでに限定されていますので、その限定されたやり方の中でどのように相続に反映させるかを考えることになります。

使い込みそれ自体は問題外ですが、そもそも使い込みかどうかすら分からない状況です。
亡くなった親に確認することはもうできないわけですから、現状分析を正しく行い、状況に応じた解決を模索する柔軟性が求められます。

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