【判例解説】預金口座の死因贈与:銀行は払戻しを拒否できる(東京地裁令和3年8月17日判決)

30秒で要点

結論:原告(死因贈与の執行者)の預金払戻請求は棄却。銀行の拒絶は信義則(公平・誠実のルール)違反ではない。
理由:死因贈与は契約による承継=実質「債権譲渡」に当たり、預金規定の譲渡禁止特約が効くため(遺贈とは違う)。相続人間で争いの余地も残り、過誤払リスクがあった。
注意点:遺贈(遺言による贈与)なら譲渡禁止特約の射程は異なる。実務では相続人全員同意や判決等の裏付けがないと銀行は応じにくい。

目次

まず結論

本判例(東京地裁令和3年8月17日判決)は「銀行の払戻拒否は適法」と判断。民法554条・1012条により執行者の地位は肯定しつつ、預金の譲渡禁止特約を理由に請求を退けました。

事案の概要

死因贈与(亡くなったときに効力が出る贈与)で「全財産を姪に」とし、執行者(司法書士法人)が銀行に預金払戻しを求めたが、銀行は口座規定の譲渡禁止特約を根拠に拒否した事件です。

亡Aは配偶者・子がなく、複数の兄弟姉妹・甥姪が法定相続人。令和元年9月5日に「全財産を姪Bに与える」負担付死因贈与を締結し、執行者を原告と定めました。亡A死亡時、被告銀行の普通預金に約948万4960円がありました。原告は払戻しと(旧)民法404条の年5%遅延損害金を請求しましたが、銀行は預金規定の譲渡禁止条項を理由に拒絶しました。

争点の整理

①執行者の原告適格(当事者になれるか)②譲渡禁止特約の効力③拒絶が信義則違反か、の三点です。

  • 争点1:公正証書でない死因贈与でも執行者指定は有効か(契約書の形式に関係なく執行者になれるか)
  • 争点2:預金の譲渡禁止特約で、死因贈与による預金の承継は無効になるか
  • 争点3:銀行の払戻拒絶は信義則(誠実に行動すべきというルール)に反するか/いつから反するか

裁判所の判断

結論は原告敗訴。①執行者の原告適格は肯定、②預金については譲渡禁止特約が有効に働く、③本件拒絶は信義則違反に当たらない、という流れです。

まず、死因贈与には遺贈の規定が準用される(民法554条)ため、契約が公正証書でなくても「執行者を定められる」とし、執行者には払戻しを求める地位があると判示(民法1012条の趣旨)。一方で、預貯金債権を死因贈与することは契約による債権移転=債権譲渡に当たるから、預金規定の譲渡禁止特約により原則無効となるとし(最判昭和48年7月19日を参照)、遺贈のように単独行為の処分ではない点を区別しました。さらに、相続人間で争いの余地が残り、過誤払や事務負担の危険があったこと、相続人全員の同意取得や判決取得という代替手段があったことを踏まえ、銀行の拒絶は信義則違反ではないと結論づけています。

実務への影響・チェックリスト

「死因贈与で預金を動かす」は壁が高い—譲渡禁止特約に注意し、同意や判決など裏付けの段取りを早期に。

  • チェック1:口座規定の「譲渡禁止特約」の有無を必ず確認(多くの銀行に存在)。
  • チェック2:執行者は就任後、速やかに相続人へ通知(民法554条・1007条2項の趣旨)し、同意取り付けを検討。
  • チェック3:同意が困難なら、名義変更・払戻しに関する請求認容判決の取得を視野に(銀行の過誤払回避ニーズに対応)。
  • チェック4:将来の設計は「公正証書遺言+遺言執行者」や特定遺贈の明示で、実務リスクを最小化。

似た場面での分岐点

即答:A(遺贈)とB(死因贈与)で取り得る道は違います。Aなら迅速、Bなら同意・判決の裏付けが鍵。

  • A(遺言で特定の預金を遺贈)なら → 遺言執行者が中心に手続。譲渡禁止特約の問題は原則生じにくい(単独行為)。
  • B(死因贈与・口座に譲渡禁止特約)なら → 相続人全員の同意書または判決等の確実な根拠を準備。

判例比較表

本件は「死因贈与×預金×譲渡禁止特約=銀行拒絶OK(信義則違反なし)」という位置づけ。最判昭48・7・19の射程と整合。

項目本件比較判例実務メモ
要件死因贈与契約で預金承継。口座に譲渡禁止特約。最判昭48・7・19(債権譲渡と譲渡禁止特約)死因贈与は「契約」=譲渡扱い。遺贈とは整理が異なる。
帰結銀行の払戻拒絶は信義則違反ではない。請求棄却。譲渡禁止特約の効力を原則肯定。相続人同意や判決で裏付けを。
補足執行者の原告適格は肯定。形式(遺贈か死因贈与か)で結果が分かれ得る。

よくある質問(FAQ)

死因贈与と遺贈は、銀行手続にどんな違いがありますか?

遺贈(遺言による贈与)は単独行為で、譲渡禁止特約(権利を渡せない約束)の直接的な壁になりにくい一方、死因贈与(契約で死亡時効力)は債権譲渡と評価され、口座規定の譲渡禁止特約が立ちはだかります。本件もその整理で請求が退けられました。

公正証書でない死因贈与でも、執行者は払戻しを求められますか?

はい。民法554条の準用により執行者を定められ、執行に必要な行為(民法1012条)として払戻請求の地位は肯定されます。ただし、譲渡禁止特約があると最終的に払戻しが認められないことがあります(本件)。

預金の承継において、将来の備えとして何が有効ですか?

預金については、公正証書遺言で特定遺贈を明示し、遺言執行者を選任しておく設計が無難です。死因贈与を選ぶと、口座規定の譲渡禁止特約により払戻しが難航するリスクが高まります(本件のように銀行が拒絶する可能性)。

関連判例・参考情報

  • 東京地裁令和3年8月17日判決・民事第23部・令和2年(ワ)7657号「預金払戻等請求事件」判例時報2513号36頁 等
  • 民法554条(死因贈与の準用)、1012条(遺言執行者の権限)、1007条2項(通知関連)、(旧)404条(法定利率)
  • 最判昭和48年7月19日第一小法廷・民集27巻7号823頁(譲渡禁止特約と債権譲渡の効力)
目次