被相続人が、相続人が代表取締役を務める会社に権利金なしで土地を貸し、無償返還届出書(借地契約の終了時に土地を無償で返還することを税務署に届け出る書面)を提出していた場合、その土地(底地。借地権の負担が付いた状態の土地のことです)は、遺留分(一定の相続人に法律上保障された遺産の最低限の取り分)の算定上、いくらと評価されるのでしょうか。本判決は、この底地が、法律的には標準的借地権(借地権割合60%)の負担のある土地としての性格を持つ一方、経済的には使用借権(同10%)の負担のある土地としての性格を併せ持つことを踏まえ、両者の権利割合を加重平均して底地権割合を65%とした鑑定を支持しました。あわせて、税法上の「自用地としての評価額の80%」という基準をそのまま適用することも、流通性の低さを理由とする減価も、いずれも排斥しています。重要なのは65%という数字そのものではなく、評価の目的に即して、個別の事情から底地割合を導くという考え方であり、オーナー一族の相続で貸地の評価が問題となる相続案件で広く参考になる裁判例です。
判例情報
- 裁判所:東京地方裁判所
- 判決日:平成31年3月19日
- 事件番号:平成27年(ワ)第8748号
- 関連条文:改正前民法1028条、1029条、1041条、借地借家法3条
事案の概要
本件は、被相続人がほぼすべての財産を二男に相続させる旨の公正証書遺言を残して死亡したため、他の相続人らが遺留分減殺請求(改正前民法における遺留分の回復請求。現在は遺留分侵害額請求に改められています)をし、遺産の中核である貸地(底地)をいくらと評価するかが正面から争われた事案です。
登場人物
- 亡B(被相続人):複数の収益不動産を保有していた資産家。平成22年1月6日死亡。
- Y(亡Bの二男・被告):二通の公正証書遺言により、ほぼすべての遺産を取得した相続人。本件土地を借りているA社の代表取締役。
- X1(長女・原告)・X2(長男・原告):遺留分減殺請求をした相続人。
- 亡F(三女):遺留分減殺請求の意思表示をした後、平成26年1月13日に死亡。
- X3・X5(亡Fの長女・二女、原告):相続により亡Fの地位を承継。
- A社:Yが代表取締役を務める会社。本件土地を借り、土地上に大型商業施設2棟を所有。
このほか、二女(故人)の子、四女、五女、Yの妻で亡Bと養子縁組をした者の4名が法定相続人であり、法定相続人は合計8名、法定相続分は各8分の1でした。
時系列
- 平成17年9月29日:亡Bが公正証書遺言(本件遺言1)を作成。I物件(本件土地等)・J物件・預貯金や現金等の一切の財産をYに相続させる内容
- 平成19年1月15日:亡Bが公正証書遺言(本件遺言2)を作成。K物件と今後所有する一切の不動産をYに相続させる内容
- 平成19年11月:亡BとA社が、本件土地について建物所有目的の賃貸借契約を締結(権利金なし・無償返還届出書を提出)
- 平成22年1月6日:亡B死亡
- 平成22年12月28日:X1・X2・亡Fが内容証明郵便で遺留分減殺請求の意思表示
- 平成26年1月13日:亡F死亡(X3・X5が承継)
- 平成27年9月1日:Yが第1回口頭弁論期日で価額弁償を請求する旨の意思表示
- 平成30年6月22日:原告らの、価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示がYに到達
- 平成31年3月19日:本判決
経緯
亡Bの遺産の中核は、4000平方メートルを超える大規模な土地(本件土地)でした。亡Bは平成19年11月、二男Yが代表取締役を務めるA社との間で、この土地について、堅固建物所有目的、期間15年(借地借家法により存続期間は30年になります)の賃貸借契約を締結しました。その際、A社から権利金(借地権設定の対価として借主から貸主に支払われる一時金)は支払われず、税務署には無償返還届出書が提出されました。無償返還届出書を提出すると、権利金の授受がなくても借主への権利金の認定課税を回避できるため、オーナーが自らの会社に土地を貸す場面で広く利用されている仕組みです。本件土地の上には、A社が所有する大型商業施設2棟が建っています。
亡Bは、二通の公正証書遺言により、ほぼすべての財産をYに相続させました。そこで、X1・X2・亡Fが遺留分減殺請求の意思表示をし、訴訟に至りました。原告らは当初、不動産の持分移転登記手続等を求めていましたが、Yが価額弁償(改正前民法1041条。受遺者等が遺留分権利者に目的物の価額を弁償することで、現物の返還義務を免れる制度)の抗弁を提出したため、金銭請求に変更しました。その結果、遺産、とりわけ最大の資産である本件土地をいくらと評価するかが、支払額に直結する争点となったのです。
訴訟では、本件土地を含む各不動産について鑑定が実施され、裁判所が採用した鑑定は、本件土地(底地)を、更地価格を基礎に底地権割合65%として4億2200万円と評価しました。これに対し、原告らは底地権割合を80%とすべきだと主張して評価額を上げる方向で争い、Yは40%とすべきだと主張して評価額を下げる方向で争いました。なお、相続開始時と口頭弁論終結時とで本件不動産の価格に変動がないことは、当事者間に争いがありませんでした。
争点
権利金の授受がなく、無償返還届出書が提出されている底地は、遺留分算定上、どのように評価すべきか。
原告ら(遺留分を請求する側)の主張:税法上、無償返還届出書が提出されている貸宅地は、自用地としての評価額の80%に相当する金額で評価される。したがって、本件土地の底地権割合も80%とすべきである。また、本件土地はそもそも規模減価(土地が大規模であることを理由とする減価)をすべき土地ではなく、鑑定が更地価格の算定で行った10%の規模減価は不要である。
Y(遺言で不動産を取得した側)の主張:底地権割合は、標準的借地権を前提に40%とすべきである。更地価格の算定では、国税庁の財産評価基本通達に基づく規模格差補正率(0.72)に照らし、鑑定の10%にとどまらず少なくとも20%の規模減価をすべきである。さらに、本件土地上にはA社所有の大型商業施設があり、第三者との間で比較的長期間の建物賃貸借契約が締結されているから、借地権が近い将来返還される可能性は極めて低く、流通性の低さを考慮して20〜30%の減価もすべきである。このほかYは、鑑定が用いた期待利回りの根拠や、適正賃料算定における差額分配法の適用方法についても争いました。
このように、双方が同じ鑑定結果を正反対の方向から攻撃する構図となりました。底地権割合が40%か80%かで、底地の評価額は単純計算で2倍変わります。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:本件土地の価格は、鑑定のとおり4億2200万円(更地価格を基礎に底地権割合65%)と認められる。
- 理由:本件借地権は、法律的には標準的借地権(借地権割合60%)の負担のある底地、経済的には使用借権(同10%)の負担のある底地という二面的な性格を併せ持ち、権利関係が安定したことも考慮して権利割合を加重平均した鑑定の手法に、格別不合理な点や恣意的な点は認められないから。
判決文の引用
裁判所は、底地権割合について次のように判示しました。
〔本件借地権は〕法律的には標準的借地権(借地権割合は60%)の負担のある底地としての性格を有する一方、経済的には使用借権(借地権割合は10%)の負担のある底地としての性格を併せ持っているところ、本件鑑定1では、本件借地権が成立してから約11年が経過し、権利関係が安定したことも考慮して、権利割合を加重平均し底地権割合を65%((40+90)÷2=65)としたものであり、本件鑑定1が採用した底地権割合について格別不合理な点や恣意的な点があるとは認められない。
そのうえで、税法上の80%評価を底地権割合に用いるべきだとする原告らの主張に対しては、次のように述べてこれを排斥しました。
これはあくまでも課税上の負担軽減の基準であり、遺産の時価を求める本件にそのまま適用することはできない。
また、流通性の低さを理由とする減価を求めるYの主張に対しては、次のように述べています。
本件鑑定1は、あくまでも遺留分算定の基礎となる財産の時価を求めるために行ったものであり、第三者への売却を目的とした鑑定ではないことからすると、流通性に劣ることを理由とした減価をすることは相当ではない。
判例の考え方
本判決の考え方は、次の3点に整理できます。
第1に、底地の二面的な性格の把握。底地の価値は、その土地にどれだけ重い利用権の負担が付いているかで決まります。本件借地権は、契約の形式としては借地借家法の適用を受ける通常の賃貸借ですから、法律的には標準的借地権(借地権割合60%、裏返せば底地は40%)の負担と変わりません。他方で、権利金の授受がなく、無償返還届出書が提出されているという経済的な実質に着目すれば、その負担は使用借権(使用貸借に基づく利用権。無償で借りる場合の権利で、借地借家法の保護を受けません。借地権割合10%、裏返せば底地は90%)に近いものです。裁判所は、この法律的側面と経済的側面の両方を評価に反映させるという鑑定の枠組みを是認しました。
第2に、加重平均と権利関係の安定という調整。鑑定は、二つの側面に対応する底地割合である40%と90%を加重平均して、65%という割合を導いています。その際、本件借地権の成立から約11年が経過し、権利関係が安定したことも考慮されました。権利金の有無という一点だけで機械的に評価を決めるのではなく、契約の実態と時間の経過を踏まえて中間的な割合を設定する手法を、「格別不合理な点や恣意的な点があるとは認められない」として支持した形です。
第3に、評価の目的に応じた基準の選別。裁判所は、税法上の80%評価について「課税上の負担軽減の基準」にすぎないとして、遺産の時価算定への適用を否定しました。Yが援用した規模格差補正率についても、課税上の評価額を路線価ベースで算出するためのものであり、評価の目的や基礎とする数値が本件とは異なるとして、単純な比較を退けています。流通性減価の排斥も同じ発想です。本件の鑑定は遺留分算定のための時価を求めるものであって、第三者への売却を目的としたものではない以上、売却場面の事情である流通性を持ち込むのは相当でない、という整理です。底地をいくらと見るかは「何のための評価か」によって決まる、という目的に即した判断と読むことができます。
結論に至る処理
裁判所は、規模減価の当否、期待利回りの根拠、差額分配法の適用方法といった鑑定の細部に対する双方の批判についても、鑑定側の説明に合理性があるとしていずれも退け、本件土地を鑑定どおり4億2200万円と評価しました。そのうえで、他の不動産や預貯金等の財産に、別の争点で認められたYの特別受益2424万円を加え、相続債務を控除して、遺留分算定の基礎となる財産額を6億5978万6105円と算定しています。
これにより、X1・X2の遺留分額は各4123万6632円(法定相続分8分の1の2分の1である16分の1)、X3・X5の遺留分額は各2061万8316円(その2分の1である32分の1)となり、本件ではその全額が遺留分侵害額になるとして、裁判所はYに対し、価額弁償としてこれらの金額の支払を命じました(一部認容)。遅延損害金の起算日は、原告らが価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした日の翌日である平成30年6月23日とされています。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「65%」は一般的な基準ではなく、鑑定の合理性審査の結果である
本判決が示したのは、「無償返還届出書のある底地は更地価格の65%」という一般的な基準ではありません。判決は一貫して、「本件鑑定1が採用した底地権割合について格別不合理な点や恣意的な点があるとは認められない」という、鑑定の合理性を審査する形式で判断しています。65%という数字は、堅固建物所有目的・期間15年(借地借家法により30年)・権利金なし・無償返還届出書の提出という本件借地権の内容と、成立から約11年が経過して権利関係が安定したという本件の個別事情を前提に、本件の鑑定が採用した割合が不合理ではないと判断されたものにとどまります。事情が異なれば、異なる割合が合理的とされる余地が当然に残されています。
税法基準について否定されたのは「そのまま適用」「単純比較」である
判決は、税法上の80%評価について「遺産の時価を求める本件にそのまま適用することはできない」と述べ、規模格差補正率についても「単純に比較することは相当ではない」と述べています。否定されたのは、課税上の基準を時価算定に無修正で持ち込むことです。判決文の表現上、税務上の取扱いを評価の参考資料とすること一切を否定したものとまでは読めません。
流通性減価の排斥は、遺留分算定目的の鑑定であることが前提
判決は、流通性減価を排斥する理由として、本件の鑑定が「遺留分算定の基礎となる財産の時価を求めるために行ったものであり、第三者への売却を目的とした鑑定ではない」ことを挙げています。この理由付けに照らすと、本判決の判断は遺留分算定(遺産の時価算定)の場面に向けられたものであり、現実の売却を前提とする場面での流通性の考慮まで否定する趣旨とは読めません。
実務での使い方
本判例は、被相続人が、相続人の経営する会社に権利金なしで土地を貸し、無償返還届出書が提出されているという、オーナー一族の相続で頻出する場面の底地評価について、具体的な評価手法と考え方を示した裁判例です。相続案件における使いどころを整理します。
使える場面
第1に、遺留分侵害額請求(改正前は遺留分減殺請求)の訴訟で、同族会社に貸している底地の評価が争われる場面です。被相続人が自らの会社や後継者の会社に土地を貸しているケースはオーナー相続の典型であり、底地の評価額がそのまま請求額・支払額を左右します。
第2に、遺産分割調停・審判で底地の評価が対立する場面です。遺産分割でも不動産は時価で評価するのが原則ですから、本判決の評価枠組み、すなわち更地価格を基礎に個別事情で底地割合を修正するという考え方は、評価合意の形成や鑑定の前提整理に役立ちます。
第3に、受任初期の見立ての場面です。無償返還届出書の有無、権利金の有無、契約条件、契約からの経過年数といった事情を確認すれば、底地評価がどの程度の幅で争われ得るかの当たりを付けられます。本件では、底地権割合をめぐって40%か80%かという、評価額が単純計算で2倍変わる開きの主張がされました。依頼者に見通しを説明する際、評価には相応の幅があり得ることを示す例としても使えます。
底地を高く評価したい側(遺留分を請求する側など)の使い方
遺留分を請求する側は、通常、遺産を多く見積もる方向、つまり底地を高く評価する方向で主張します。
第1に、税法上の80%評価の単純な流用は、本判決で明確に排斥されていることを前提にすべきです。「無償返還届出書があるから80%」とだけ主張しても、課税上の負担軽減の基準にすぎないとして退けられるおそれが高いといえます。
第2に、そのうえで、経済的実質が使用借権に近いことを基礎付ける個別事情を具体的に主張立証します。権利金の授受がないこと、無償返還の合意(届出書)が存在すること、地代の水準、契約締結に至る経緯、貸主と借主である会社との関係性(代表者が誰か、株主構成等)といった事情です。本判決も、まさに権利金の不交付と無償返還届出書の提出を踏まえて、経済的には使用借権の負担にとどまる底地としての性格を認めています。
第3に、鑑定が実施される場合には、こうした事情が鑑定の枠組みに織り込まれるよう、鑑定実施前の段階で意見を述べておくことが重要です。この点は、立証上のポイントで詳しく整理します。
底地を低く評価したい側(遺言等で不動産を取得した側など)の使い方
遺言で不動産を取得し、遺留分侵害額を支払う立場の側は、底地を低く評価する方向で主張します。
第1に、本件借地権が借地借家法の適用を受ける通常の借地権であることを出発点にします。本判決も、本件借地権が法律的には標準的借地権(借地権割合60%)の負担のある底地としての性格を有することを正面から認めており、底地の評価が更地価格より相当程度低くなること自体は、本判決の枠組みでも前提とされています。
第2に、流通性減価の主張は、遺留分算定の場面では通りにくいことを織り込んでおく必要があります。本判決は、売却目的の鑑定ではないことを理由に、流通性減価を二度にわたり明確に排斥しました。財産評価基本通達の規模格差補正率をそのまま持ち込む主張も、評価の目的が異なるとして退けられています。課税上の数値や売却場面の事情の引き写しではなく、契約条件や利用状況など、その土地の時価そのものに関わる個別事情によって減価を基礎付けることが求められます。
立証上のポイント
本判決の判断構造は、鑑定結果に「格別不合理な点や恣意的な点」があるかどうかを審査するというものです。裁判所が採用した鑑定は、明らかな不合理がない限り維持される傾向にありますから、勝負どころは鑑定の前後にあると考えるべきです。
実務的には、底地の評価を二段階に切り分けて考えると整理しやすいといえます。第1段階は更地価格の算定であり、取引事例や公示価格等に基づく鑑定の専門領域です。第2段階は底地割合(更地価格からの修正)の設定であり、ここには権利金の有無、無償返還届出書の存在、当事者の関係性、契約締結の経緯といった事実の認定と評価が絡みます。この第2段階こそ、当事者が個別具体的な主張立証を尽くし、裁判所の判断を求めるべき領域です。鑑定の申出や鑑定事項の協議の段階で、第2段階に関わる事情を鑑定の前提としてどう扱うかを意識的に主張しておくことが重要になります。
主張立証の素材としては、賃貸借契約書(目的・期間・地代)、無償返還届出書、地代水準が分かる資料、契約締結に至る経緯に関する資料、会社の登記や株主構成が分かる資料、建物の利用状況に関する資料などが基本になります。鑑定実施後にその結果を争う場合には、抽象的な不服ではなく、本件のYのように規模減価、期待利回り、差額の配分率といった鑑定の個別の手法を特定して争うことになりますが、本判決は、そうした各論の批判に対しても、鑑定側の説明に合理性があれば維持するという姿勢を示しました。鑑定実施前の働きかけがいかに重要かが分かります。
併せて検討すべき周辺論点
評価の基準時に注意が必要です。本件は改正前民法下の遺留分減殺請求の事案で、受遺者側が価額弁償を選択した場合の目的物の価額は、事実審の口頭弁論終結時を基準に算定するのが判例の立場でした。本件では、相続開始時と口頭弁論終結時とで価格に変動がないことに争いがなかったため、相続開始時(死亡日)を価格時点とする鑑定の結果がそのまま用いられています。これに対し、令和元年7月1日施行の相続法改正後の遺留分侵害額請求(民法1046条)では、遺留分を算定するための財産の価額は相続開始時を基準に評価します(民法1043条1項)。基準時の枠組みは変わりましたが、「相続開始時の時価をどう求めるか」という本判決の評価手法は、現行法下の事件でもそのまま参考になります。
底地割合には事案により相応の幅があることにも留意が必要です。無償返還届出書が提出された貸地の評価が争われた裁判例においても、底地の評価割合は一定ではなく、契約条件、経過年数、地代水準、利用状況といった個別事情に応じて幅があります。本判決の65%を固定的な相場と考えるのではなく、自分の事案の個別事情がどちらの方向に働くかを検討することが重要です。

