遺産分割調停の無効は地方裁判所で争えるか──調停無効確認の訴えを不適法とした事例|東京高判平成29年5月31日

判例のポイント

家庭裁判所で成立した遺産分割に関する調停について、錯誤を理由とする無効確認の訴えを地方裁判所に提起することは許されない──東京高等裁判所はそのように判断し、錯誤の有無を審理して請求を棄却した第一審判決を取り消したうえ、訴えそのものを却下しました。調停の効力を争いたい当事者が採るべき手続は、地方裁判所への訴えではなく、家庭裁判所に対する調停期日指定の申立てであると整理されています。家庭裁判所で成立した調停の効力をどの裁判所のどの手続で争うかという、公表された裁判例がほとんど見当たらなかった問題についての高等裁判所の判断であり、上告・上告受理申立ても退けられて確定しています(最決平成30年6月12日)。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:平成29年5月31日
  • 事件番号:平成29年(ネ)第1563号
  • 関連条文:家事事件手続法268条1項、民事訴訟法140条、改正前民法95条

事案の概要

本件は、家庭裁判所で成立した遺産分割に関する2件の調停について、長女Xが要素の錯誤(改正前民法95条)による無効を主張し、調停が成立した家庭裁判所ではなく、地方裁判所に対して調停の無効確認を求める訴えを提起した事案です。

登場人物

  • A(被相続人):X・Y1・Y2の父。医師。平成26年死亡。
  • B(Aの妻):X・Y1・Y2の母。平成8年死亡(Aより先に死亡)。
  • X(長女・原告・控訴人):AとBの長女。ピアノ教師。本件各調停の無効を主張した。
  • Y1(長男・被告・被控訴人):AとBの長男。医師。
  • Y2(二女・被告・被控訴人):AとBの二女。2件の調停の申立人。
  • D(税理士):調停成立後に遺産分割協議書を作成した。

時系列

  • 平成26年:A死亡。相続人はX・Y1・Y2の3名
  • 平成27年3月16日:Y2が、Y1がAの葬儀後に持ち去った預金通帳等の開示を求め、X・Y1を相手方として親族間の紛争調整調停を申立て(第1回調停事件)
  • 平成27年4月22日:第1回調停事件の第1回期日。Y1が書類を次回持参すると約束
  • 平成27年5月29日:第1回調停事件の第2回期日で、A作成のメモに沿って遺産の分け方を定める調停が成立(本件調停①)
  • 平成27年7月3日:Y2が、調停①でY1が取得するとされた土地の一部の取得を求め、X・Y1を相手方として再び親族間の紛争調整調停を申立て(第2回調停事件)
  • 平成27年9月2日:第2回調停事件の第1回期日(Y1は欠席)
  • 平成27年9月11日:第2回調停事件の第2回期日で、調停①の条項を一部変更する調停が成立(本件調停②)
  • 平成27年9月12日:X・Y1・Y2が、D税理士作成の、調停②の内容を書面化した遺産分割協議書に署名押印
  • その後(平成27年中):XとY2が、D税理士に対し印鑑証明書の交付等を拒み、協議書の各自の印影を抹消する趣旨で別の印鑑を重ねて押印
  • 平成27年11月4日:Y1が、調停②のとおりの内容での遺産分割審判を申立て
  • 平成28年:Xが、さいたま地方裁判所に本件各調停の無効確認の訴えを提起
  • 平成29年2月28日:第一審(さいたま地方裁判所)が、錯誤は認められないとして請求棄却
  • 平成29年5月31日:控訴審(東京高等裁判所)が、原判決を取り消し、訴えをいずれも却下(本判決)
  • 平成30年6月12日:最高裁判所が上告を却下・棄却し、上告審として受理しない旨を決定。本判決が確定

経緯

Aは医師として稼働していましたが、平成26年に死亡し、相続が開始しました。妻Bはすでに死亡していたため、相続人は長女X、長男Y1、二女Y2の3名です。

発端は、Y1がAの葬儀後に預金通帳、株券、権利証などを持ち去ったとして、Y2がその開示を求めて家庭裁判所に申し立てた親族間の紛争調整調停(第1回調停事件)でした。事件名こそ遺産分割調停ではありませんが、その第2回期日において、Y1が提出した「相続について」と題するA作成のメモに沿って不動産の取得者を定め、預貯金(合計約8500万円)と株式を3等分するなどの内容の調停が成立します(調停①)。調停①の条項は、「Aの遺産につき、下記の内容を前提に別途遺産分割協議を行うことを約束する」という形で遺産の分け方を定めるものでした。

ところがその後、Xは、Aが生前「Y2に特定の土地をやる」と言っていたことをY2に伝えます。これを契機としてY2が2件目の調停(第2回調停事件)を申し立て、その土地をY1ではなくY2が取得することに変更し、その余は調停①と同様とする調停が成立しました(調停②)。X・Y1・Y2は、いずれの調停事件でも代理人を選任していませんでした。

調停②成立の翌日、3名はD税理士が作成した、調停②の内容を書面化した遺産分割協議書に署名押印しました。しかしその後、XとY2は印鑑証明書の交付を拒み、協議書の自分の印影の上に別の印鑑を重ねて押すなどして、翻意の姿勢を示します。

そこでY1は、調停②のとおりの内容での遺産分割審判を家庭裁判所に申し立てました。その審判事件の担当裁判官は、本件各調停の効力が否定されるか内容を変更すべき特段の事情がなければ調停の内容に沿った審判を行うことになると述べ、仮にXが調停の効力を争うのであれば民事訴訟手続で争う必要があると教示しました。Xはこの教示を受けて、さいたま地方裁判所に本件各調停の無効確認を求める本件訴訟を提起しました。

第一審は、Xの判断能力に問題はなく、調停委員から適切な説明を受け、調停条項の読み上げも聞いていたことなどから、錯誤に陥っていたとはいえないとして請求を棄却しました。これに対してXが控訴したところ、控訴審である東京高等裁判所は、当事者が争っていなかった訴えの適法性を職権で取り上げ、本判決に至ります。

争点

家庭裁判所で成立した遺産分割に関する調停の無効確認を求める訴えを、地方裁判所に提起することは許されるか。

調停に錯誤などの無効原因があると考える当事者は、どの裁判所のどの手続でその効力を争えばよいのか。これが本判決の扱った本質的な問いです。

もっとも、この点は当事者間で争われていたものではありません。第一審で争われたのは、本件各調停におけるXの意思表示に要素の錯誤があるか否か、という点でした。

X側の主張:Xは、父Aの死による悲しみが癒えず精神的に不安定で、法的知識もなく代理人もいない状態で調停の相手方となった。Y2からは、ただ調停の場に居てくれればよいと聞かされていただけで、調停の内容について説明は受けておらず、本件各調停がAの遺産分割協議に関するものであることや、その後の遺産分割協議において拘束力を持つことを認識していなかった。この錯誤がなければ、不動産の大部分をY1が取得するというXに不利な内容に同意することはなかったから、要素の錯誤に当たり、本件各調停は無効である。

Y1側の主張:Xの判断能力に問題はなく、担当裁判官や家事調停委員から十分な説明を受け、調停条項の読み上げも聞いていた。Xは本件各調停が遺産分割協議に関するものであり拘束力を持つことを認識しており、錯誤はない。(Y2も、本件各調停は有効に成立していると主張)

控訴審は、この錯誤の有無に立ち入る前提として、そもそもこの訴えは適法かという点を、職権で(当事者の申立てによらず裁判所みずからの判断で)検討しました。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:本件訴えは不適法であり、口頭弁論を経ないで、原判決を取り消し、訴えをいずれも却下する。
  • 理由:家庭裁判所と地方裁判所は職分管轄を異にする対等な一審裁判所であり、調停の無効は家庭裁判所への調停期日指定の申立てによって争うことができる以上、家庭裁判所で成立した債務名義を実質的に排除するために地方裁判所にその無効確認を求める訴えを提起することは相当でないから。

判決文の引用

東京高等裁判所はまず、家庭裁判所と地方裁判所の関係を整理します。両者は職分管轄(事件の種類に応じて、どの系統の裁判所が担当するかという役割分担)を異にする一審裁判所であってその間に優劣はなく、だからこそ、家庭裁判所で成立した調停に基づく強制執行の不許を求める請求異議の訴え等は家庭裁判所の専属管轄(その裁判所だけが扱うことのできる管轄)とされている(民事執行法35条3項、33条2項、19条)と指摘しました。そのうえで、仮に調停委員会の組織といった家庭裁判所独自の問題が無効事由として取り上げられるような場合には、なおさら地方裁判所での検討は相当でないと付け加え、次のように述べます。

こうした観点に立てば、他に救済方法がない場合は格別、そうでない場合には、家庭裁判所で成立した債務名義を実質的に排除するために地方裁判所にその無効確認を求める訴えを提起することは相当でないというべきである。

では、地方裁判所への訴えが許されないとして、調停の無効を主張したい当事者には、どのような救済方法が残されているのでしょうか。東京高等裁判所は、地方裁判所で成立した訴訟上の和解に意思表示の瑕疵があった場合には、①当事者が期日指定の申立てをして無効原因を主張する方法と、②和解無効確認の訴えを提起する方法の双方が認められていることを参照し、本件各調停の無効を争う方法として①が否定される理由は認め難いとして、次のように説示しました。

控訴人としては、本件各調停に控訴人の要素の錯誤があることを理由に調停期日の指定を求め、それが無効であると判断されれば、調停委員会は調停の続行期日を指定し、若しくは調停を不調として、家庭裁判所としては審判(中略)を続行することになり、その場合、遺産分割についての審判がなされ、それに対する即時抗告が可能であるし、他方、調停が有効と判断されれば、それについて家庭裁判所としては、手続終了の審判をし、それに対して即時抗告をすることにより、救済を求められることになり、本件訴えのような場合に、救済方法が欠けるとはいえないことは明らかである

そして、訴訟上の和解と調停との効力の差異(後述)を踏まえ、結論として次のとおり判断しました。

少なくとも本件のように家事事件手続法別表第二に掲げる事項についての調停については、地方裁判所が家庭裁判所で成立した調停の無効について判断することは許されないというべきであって、本件訴えは却下を免れない。

判例の考え方

本判決の理屈は、3つの段階に整理できます。

第1に、家庭裁判所と地方裁判所は対等な一審裁判所だという出発点です。地方裁判所が家庭裁判所の上位にあって、家庭裁判所での手続の結果を審査できる、という関係にはありません。現行法も、家庭裁判所で成立した調停調書という債務名義(強制執行の根拠となる文書)に基づく強制執行を争う請求異議の訴え等を家庭裁判所の専属管轄としており、調停の効力に関わる紛争は家庭裁判所で処理するという考え方をとっています。家庭裁判所で成立した債務名義を実質的に排除するための無効確認の訴えを地方裁判所が審理することは、この役割分担と整合しません。

第2に、家庭裁判所の中に救済の道が用意されているという点です。本判決は、訴訟上の和解について確立している期日指定の申立てと同様の方法が、調停について否定される理由はないとしました。すなわち、調停の無効を主張する当事者は、家庭裁判所に調停期日の指定を求めればよく、調停が無効と判断されれば、調停の続行または不成立を経て審判手続に移行し、遺産分割についての審判に対しては即時抗告(上級裁判所への不服申立て)ができます。このとき、本件各調停のように事件名が「親族間の紛争調整調停」であっても、実質的に家事事件手続法別表第二に掲げる事項についての調停であれば審判に移行することは、最高裁判例(最決平成23年7月27日)で認められている──本判決はこの点も押さえています。別表第二とは、遺産分割や婚姻費用の分担のように、当事者間に対立があり、調停がまとまらなければ審判で判断されることが予定されている家事事件の類型を列挙した、家事事件手続法の別表です。他方、調停が有効と判断されれば手続終了の審判がされ、これに対しても即時抗告ができます。無効・有効いずれの判断についても不服申立ての機会が確保されている以上、地方裁判所への訴えを認めなくても救済に欠けることはない、というわけです。

なお、本判決は「本件に直接関係しないが」と断ったうえで、審判に移行する余地がない人事に関する訴訟事件についての調停(家事事件手続法244条。離婚に関する調停など)については、家庭裁判所に離婚無効確認訴訟等を提起することが可能であって救済方法に欠けることはない、と付言しています。

第3に、訴訟上の和解との効力の違いです。訴訟上の和解については期日指定の申立てに加えて無効確認の訴えも認められているのに、調停について無効確認の訴えを認めないと、救済方法に差が生じるのではないか──この疑問に対して、本判決は、訴訟上の和解は確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法267条)のに対し、家事事件手続法別表第二に掲げる事項についての調停は、確定した審判と同一の効力を有するにとどまる(家事事件手続法268条1項)と指摘します。そして、別表第二に掲げる事項に関する審判は、実体上の権利義務の存否の確定を目的としてされるものではなく、形成的効力(審判によって権利関係が形づくられる効力)はあるものの確定判決と同一の効力を有するものではないとした最高裁の判断(最大決昭和40年6月30日)を引用し、両者はそもそも利益状況が異なるから、救済方法に差異が生じることはやむを得ない、と結論づけました。

結論に至る処理

以上の検討から、東京高等裁判所は、本件訴えは不適法でその不備を補正することができないとして、口頭弁論を経ないで(民事訴訟法140条)、錯誤の有無を判断して請求を棄却した原判決を取り消し、本件訴えをいずれも却下しました。

本判決に対しては上告および上告受理申立てがされましたが、最高裁判所は平成30年6月12日、上告を却下・棄却し、上告審として受理しない旨の決定をして、本判決は確定しています。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「少なくとも」別表第二に掲げる事項の調停に限定された判断

結論部分には、「少なくとも本件のように家事事件手続法別表第二に掲げる事項についての調停については」という限定が付されています。本判決が直接判断したのは、遺産分割のような別表第二に掲げる事項についての調停であり、それ以外の調停一般について、地方裁判所での無効確認を一律に否定したものではありません。

事件名ではなく実質で判断している

本件各調停の事件名は「親族間の紛争調整調停」であり、遺産分割調停そのものではありません。それでも本判決は、「実質的に家事事件手続法別表第二に掲げる事項についての調停である本件のような事例」と述べ、事件名の形式ではなく調停の実質に着目して判断しています。一般調停として申し立てられた事件であっても、成立した調停の実質が遺産分割に関するものであれば、本判決の射程に含まれると読めます。

「他に救済方法がない場合は格別」という留保

本判決は、「他に救済方法がない場合は格別、そうでない場合には」という留保を置いたうえで、本件では調停期日指定の申立てという救済方法があることを具体的に確認しています。他に救済方法がない場合についてまで地方裁判所への訴えを閉ざしたものではない、という読み方が判決文の文言に即しています。

関連判例

本判決が判決文中で引用している判例は、次の2件です。

最決平成23年7月27日(家裁月報64巻2号104頁):実質的に家事事件手続法別表第二に掲げる事項についての調停について、審判への移行が認められることを示した判例です。本判決は、調停期日指定の申立てという救済ルートが審判手続へとつながることを説明する文脈で、この判例を引用しています。

最大決昭和40年6月30日(民集19巻4号1089頁):家事事件手続法別表第二に掲げる事項に関する審判は、実体上の権利義務の存否の確定を目的としてされるものではなく、その判断には形成的効力は存するものの、確定判決と同一の効力を有するものではないことを示した判例です。本判決は、訴訟上の和解と調停との効力の違いを基礎づける文脈で、この判例を引用しています。

実務での使い方

使える場面

遺産分割に関する調停が家庭裁判所で成立した後に、当事者の一方が錯誤などの無効原因を主張してその効力を争おうとする場面で参照すべき判例です。無効を主張する側にとっては手続選択を誤らないための判例であり、調停の効力を維持したい側にとっては、相手方が地方裁判所に無効確認の訴えを提起してきた場合の反論の根拠となります。

調停の無効を主張する側

第1に、手続の入口を誤らないことです。本判決を前提とすると、家庭裁判所で成立した遺産分割に関する調停の無効確認を地方裁判所に求めても、中身の審理に入ってもらえないまま訴えが却下されます。本件では、遺産分割審判事件の担当裁判官から、調停の効力を争うのであれば民事訴訟手続で争う必要があるとの教示を受けて地方裁判所に提訴したという経過がありましたが、それでも控訴審で訴えは却下されました。向かうべき先は、調停が成立した家庭裁判所への調停期日指定の申立てです。

第2に、期日指定の申立てをした後の見通しです。調停が無効と判断されれば、調停の続行または不成立を経て遺産分割審判へと進み、審判に対しては即時抗告ができます。調停が有効と判断されれば手続終了の審判がされ、これに対しても即時抗告ができます。どちらに転んでも上級審の判断を仰ぐ機会は残されており、その意味でも、地方裁判所への訴えという回り道を選ぶ理由はありません。

第3に、現行法での主張の立て方です。本件は改正前民法95条に基づく錯誤「無効」の主張でしたが、令和2年4月1日施行の改正民法では、錯誤の効果は「取消し」に改められています(民法95条)。現在、同種の主張をする場合には、錯誤取消しを理由として調停の効力を争う構成になります。

調停の有効を維持する側

第1に、相手方が地方裁判所に調停無効確認の訴えを提起してきた場合には、本判決を引用して、本案前の問題として訴えの却下を求めることが考えられます。

第2に、注意したいのは、訴えの却下は「中身で勝った」ことを意味しない点です。本件でも、錯誤を否定した第一審判決は取り消されており、錯誤の有無について既判力(確定した判決の判断が当事者と裁判所を拘束する効力)のある判断は存在しません。相手方が改めて家庭裁判所に調停期日指定の申立てをすれば、そこで調停の効力が審理されることになります。調停の有効性に自信がある側にとっては、地方裁判所での訴訟に時間をかけるより、家庭裁判所での審判手続を進める方が、紛争解決への近道となる場合もあります。

立証上のポイント

本判決自体は訴えの適法性に関する判断であり、錯誤の成否について先例となる判断を示したものではありません。もっとも、第一審が錯誤の主張を退ける際にどのような事実に着目したかは、家庭裁判所で調停の効力が争われる場面でも、主張立証の組み立ての参考になります。

第一審は、当事者が精神病等に罹患しておらず判断能力に格別の問題がなかったこと、家事調停委員が分割案の内容を説明し、調停成立の際に調停条項を読み上げたこと、調停条項が短く平易であったこと、調停成立の翌日に同内容の遺産分割協議書に署名押印したことなどの事実から、当事者が調停の意味内容を認識していたと推認しました。調停の無効を主張する側は、これらと逆方向の事実──説明の欠如、条項の複雑さ、成立前後の言動の不自然さなど──を具体的に積み上げる必要があり、有効を維持する側は、調停期日での説明状況や成立後の行動を丁寧に拾って、相手方の認識を基礎づけていくことになります。

併せて検討すべき周辺論点

代理人を立てずに調停に臨むリスク:本件では、3名の相続人全員が代理人を選任しないまま、2件の調停がいずれも2回の期日で成立しています。遺産分割に関する調停は、成立すれば確定した審判と同一の効力を持ち、後から覆すことは容易ではありません。調停成立前の段階で内容を十分に検討することの重要性を示す事案ともいえます。

調停調書に基づく強制執行への対応:本判決は、家庭裁判所で成立した調停に基づく強制執行の不許を求める請求異議の訴え等は家庭裁判所の専属管轄であると指摘しています(民事執行法35条3項、33条2項、19条)。執行の段階で調停の効力を争う場合も、窓口は地方裁判所ではなく家庭裁判所です。

確認の利益:本件各調停の条項は、「下記の内容を前提に別途遺産分割協議を行うことを約束する」という、その後の遺産分割協議を予定する形のものでした。本判決はこの点には触れていませんが、このような条項の調停について無効確認の判決を得ることが、当事者間の遺産分割紛争の解決にどこまで役立つのか(確認を求める法律上の利益があるのか)という観点が、別の角度から問題になり得る場面も考えられるところです。

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