【判例解説】遺産分割調停の無効は「地方裁判所では」審理できないとした事例(東京高裁平成29年5月31日判決)
- 争点
家庭裁判所で成立した調停に納得がいかない場合、「地方裁判所に」無効確認を訴えることは有効か? - 結論
裁判所は「地方裁判所にその権限はない」として、中身を審理せず訴えを却下(門前払い)した。 - ポイント
調停成立後に内容を覆すのは極めて困難。手続きの場所を間違えると審理すらしてもらえない。
事案の概要

亡くなった父親の遺産をめぐり、きょうだい間で一度は成立した「話し合い(調停)」を、後になって一人の相続人が「無効だ」と訴えた事例です。
主な登場人物とその関係
- 被相続人(亡くなった方):父A(元医師)
- 相続人(遺産を受け継ぐ人):
- Xさん(長女・原告・控訴人):ピアノ講師。今回の訴えを起こした人。
- Y1さん(長男・被告・被控訴人):医師。
- Y2さん(二女・被告・被控訴人)
経緯
調停の成立父Aが亡くなった後、きょうだい間で遺産分けの話し合いがまとまらず、さいたま家庭裁判所で「遺産分割調停」が行われました。その結果、不動産はY1らが取得し、預貯金は3等分にするなどの内容で合意し、調停が成立しました。
しかし、その後、長女Xさんは「当時は父の死による悲しみで精神的に不安定だった」「あくまで仮の合意だと思っており、これが最終決定だとは理解していなかった」と主張し始めました。法的にはこれを「要素の錯誤(ようそのさくご=重要な勘違い)」といいます。Xさんは「勘違いだったのだから、あの調停は無効だ」と考えました。
Xさんは、調停が無効であることを確認してもらうため、調停を行った「家庭裁判所」ではなく、一般的な裁判を扱う「さいたま地方裁判所」に対して訴えを起こしました。
主な争点
家庭裁判所で成立した調停の無効を、地方裁判所に訴えて取り消すことはできるか?
通常、契約の無効などを訴える場合は「地方裁判所」を利用します。しかし、今回は一般の契約ではなく、家庭裁判所という専門機関ですでに成立した「調停」を覆そうとする裁判です。
第1審のさいたま地方裁判所は、Xさんの訴えを受け付けた上で中身を審理し、「Xさんの勘違い(錯誤)は認められない」として請求を棄却(Xさんの負け)しました。
これに対し、Xさんが控訴した東京高等裁判所では、中身の判断以前に「そもそも家庭裁判所で決まったことを、別の裁判所である地方裁判所が『無効だ』と判断してよいのか?」という手続きのルール(管轄)が最大の問題となりました。
裁判所の判断
東京高等裁判所は、第1審の判決を取り消し、さらに厳しい判断として、Xさんの訴えを「不適法(ルール違反)」として却下(門前払い)しました。
裁判所の役割分担(職分管轄)
裁判所は、「家庭裁判所と地方裁判所は役割が異なるだけで、対等な関係にある」と述べました。
そのため、家庭裁判所で正式に成立した調停に対して、別の裁判所である地方裁判所が「それは無効だ」と後から判断して効力をなくすことは、制度上認められないとしました。
正しい「救済ルート」がある
裁判所は、「もし調停に納得がいかず無効を主張したいのなら、正しいルートは別にある」という常識的な理屈を示しました。
- 正しい手順
元の家庭裁判所に対して「調停期日の指定」を申し立てる(「無効だから話し合いを再開してください」と求める)。 - その後の流れ
家庭裁判所が無効かどうかを判断し、認められれば調停や審判(裁判官の決定)の手続きが進められる。
裁判所は、判決文の中で以下のように述べています。
“家庭裁判所で成立した調停の無効について判断することは許されない以上、本件訴えは不適法である”
つまり、「文句があるなら、話し合いをしていたその場所(家庭裁判所)で言いなさい。そうすれば審理を再開する等の手続きが用意されているのだから、わざわざ地方裁判所に持ち込む必要はない」というのが、裁判所の結論です。
弁護士の視点
この判例から学べる、将来のトラブルを防ぐための対策について解説します。
調停調書へのサインは「判決」と同じ重みがある
調停はあくまで「話し合い」ですが、一度合意して調書(公文書)が作成されると、それは確定判決と同じ強力な効力を持ちます。今回のXさんのように「悲しみで混乱していた」「意味をよく理解していなかった」と後から主張しても、それを理由に無効にすることは極めて困難です。
調停の席で「合意しますか?」と聞かれた際、少しでも疑問や不安がある場合は、その場ですぐにサインせず、一度持ち帰って専門家に相談する勇気が大切です。
トラブル発生時の「戦う場所」を間違えない
万が一、成立した調停に重大な欠陥があり争いたい場合でも、手続きの場所(管轄)を間違えると、本件のように中身を見てもらう前に「門前払い」されてしまいます。
自己判断で誤った裁判手続きを選択すると、時間と費用だけを浪費する結果になりかねません。「調停をやり直したい」と思ったときは、いきなり訴訟を起こすのではなく、正しい手続きのルートを確認することが重要です。
生前の「遺言書」で予防する
本件のような「言った言わない」「わかっていなかった」というトラブルを防ぐ最良の手段は、親(被相続人)が生前に「公正証書遺言」を作成しておくことです。明確な遺言があれば、そもそも複雑な遺産分割調停を行う必要がなくなり、相続人たちがこのような手続きミスや泥沼の争いに巻き込まれることもありません。

