【判例解説】遺産の多くが隠されていた遺産分割協議を無効とした事例(東京地裁平成27年4月22日判決)

- 争点
一部の財産が隠された状態で行われた遺産分割協議は有効か? - 結論
裁判所は、重要な財産の認識に誤り(錯誤)があったとして、協議は「無効」であると判断した。 - ポイント
後々のトラブルを防ぐため、協議の前に「財産調査」を徹底し、裏付け資料を確認しておくことが重要。
事案の概要
この裁判は、亡くなった母親(被相続人)の遺産を巡り、兄弟姉妹の間で起きたトラブルです。

登場人物とその関係
- 被相続人(亡くなった方):母親
- 相続人(財産を受け継ぐ方):長男・長女(原告)、二男(被告)の3名
トラブルの経緯
母親が亡くなった後、生前から財産管理を行っていた二男が主導して遺産分割の手続きを進めました。
二男は、遺産の内容を記載した「遺産分割協議書」の文案を作成し、長男と長女に提示しました。その際、長男らは二男の説明や態度から「ここに書かれている財産が、母の遺産のほぼ全てである」と信じ込み、その内容で合意して署名・実印での押印を行いました。
しかしその後、協議書に記載されていない多額の預貯金(合計約4,330万円)や、複数の上場株式(新日鉄、東京電力、三井物産、三菱商事、キリン、コニカなど)が存在していたことが発覚しました。
長男と長女は、「遺産の全貌を知らされていなかったのだから、あの時の話し合いは無効だ」として、二男を相手に裁判を起こしました。
主な争点
遺産の重要部分が漏れていた場合、遺産分割協議は有効か?
この裁判の最大の争点は、「遺産の一部が記載されていなかったとしても、一度実印を押して成立した遺産分割協議は有効なのか?」という点です。
通常、多少の記載漏れであれば、その漏れた部分についてのみ別途協議を行えば済む(=当初の協議は有効)という考え方もあります。
しかし今回は、隠されていた財産の金額が非常に大きく、長男・長女側は「全財産がこれだけだと思ったから合意したのだ。前提が全く違う以上、合意そのものが間違い(錯誤)であり、無効だ」と主張しました。
不動産の合意も巻き添えで無効になるか?
本件では、預貯金の協議とは別に、不動産(建物)の登記手続きのための協議書も作成されていました。最初の協議が無効だとしたら、その直後に作成された不動産の協議書も連鎖して無効になるのかどうかも問題となりました。
裁判所の判断
東京地方裁判所は、長男・長女側の主張を認め、「今回の遺産分割協議はすべて無効」と判断しました。
「これが遺産の全て」という前提が崩れている
裁判所は、長男と長女が協議書に署名した際、「記載されている財産が遺産の(ほぼ)全てである」と信じていた点を重視しました。この認識は、遺産分割を行う上で極めて重要な前提(動機)となります。
真実を知っていれば合意しなかったことは明らか
判決では、隠されていた預貯金が約4,330万円にも上り、多数の株式も含まれていたことから、もし長男と長女が真実を知っていたら、記載された財産だけの分割協議に応じることは「常識的に考えてあり得ない」と認定しました。
法律的には「要素の錯誤(重要な部分での思い違い)」があったとして、協議全体の効力が否定されました。
不動産の協議も含めて「やり直し」
また、最初の協議の直後に作成された「建物の相続登記に関する協議書」についても、同じ誤った前提(遺産の全貌についての誤解)に基づいているとして、あわせて無効とされました。
つまり、一部の修正ではなく、遺産分割を最初からやり直すことになったのです。
弁護士の視点
この判例から学べる「将来のトラブルを防ぐための対策」は以下の通りです。
「財産目録」を作成し、根拠資料を確認する
遺産分割協議を行う前に、必ず「財産目録(リスト)」を作成しましょう。そして、相手任せにせず、預金通帳や残高証明書などの裏付け資料を自分の目で確認することが不可欠です。「家族だから」という遠慮や、「面倒だから」という油断が、後々の大きなトラブルを招きます。
「安易な署名・押印」は絶対に避ける
「とりあえずこれにハンコを押してくれれば手続きができるから」と急かされても、内容を十分に理解し、財産の全貌が明らかになるまでは署名してはいけません。一度成立した協議を覆すには、本件のように裁判で争わなければならなくなり、多大な時間と労力がかかります。
協議書に「リスク管理条項」を入れる
万が一、後から新たな財産が見つかった場合に備えて、遺産分割協議書には以下のような文言を入れておくことが有効です。
「本協議書に記載のない遺産が後日判明した場合は、その財産については改めて協議を行う」「万一、記載外の財産が発見された場合、発見された財産は法定相続分に従って分割する」などの取り決めを明確にしておくことで、紛争の種を減らすことができます。

