【判例解説】遺産分割が終わっていない相続預金の持分を差押え、準共有物分割で取得することを認めた事例(東京地裁令和3年11月19日判決)

判例の基本情報
- 裁判所:東京地方裁判所
- 判決日:令和3年11月19日
- 事件番号:令和2年(ワ)第1204号
- 事件名:準共有物分割請求事件/結論:認容
結論
本判決は、相続人の法定相続分に対する差押え・譲渡命令で持分を取得した第三者が、準共有物分割で「自分が取得した分だけ」を切り出せることを明確にしました。外貨(米ドル)のまま割当も認められ、実務の即効性が高い解決手段となります。
事案の概要
被相続人Bの遺産には、円預金・定期預金・ゆうちょ・米ドル普通預金など複数口座が含まれ、遺産分割は未了。原告は別件で相続人らに対する返還請求訴訟に勝訴(確定)し、その債務名義を使って各相続人の法定相続分に応じた持分を差押え、さらに譲渡命令で当該持分を取得。そこで、譲渡命令に記載された金額(米ドルはドル建て)を自己取得とし、残余を相続人の遺産共有とする準共有物分割を求めました。
判決の要旨
「普通預金債権、外貨普通預金債権及び定期預金債権並びに通常貯金債権、定期貯金債権及び定額貯金債権については、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる…外貨貯蓄預金債権についても同様に解すべきである。」
「本件預貯金債権のうち本件譲渡命令記載の金額(米ドル建ては本件陳述書記載のとおりの米ドル建て)を原告に取得させるのが相当である。」
「本件預貯金債権のその余については被告らの遺産共有とするのが相当である。」
重要論点の解説
差押え・譲渡命令で第三者が「準共有者」になり、分割請求できる
家裁の遺産分割を待たずに、被害回復や貸金の回収ルートを確保できます。取得上限は譲渡命令の記載額である点に注意。第三債務者(銀行)の陳述書で残高・通貨・レートを固めておくと、切出しの主文特定がスムーズです。
どんな場面で使えるか:交通事故・詐欺・養育費不払い・売掛金回収などで「加害者=相続人」の法定相続分を差押えたケース。
「地裁=切出し」×「家裁=遺産分割」の住み分け
第三者取得分は地方裁判所の準共有物分割で早期に現金化し、残りは家庭裁判所の遺産分割で相続人同士が処理します。手続を並行させる設計が可能です。
分割方法は「現物分割(口座から特定金額を割当)」が相当
預金債権は売却を要せず、価値減少の懸念も通常ないため、主文で金額を特定する設計が合理的です。判決でも、1,599万2998円/4,973,682円/5,091.08USD/18,643.55USDなど口座・通貨別に金額が特定されました。
外貨預金は「通貨建てのまま」切出せる
円転タイミングやレートを巡る争いを軽減できます。譲渡命令と主文にドル建てのままを明記し、第三債務者陳述の為替情報と整合させましょう。
多数相続人でも“機械的に処理”できる
実・異父母きょうだい、養子、代襲、放棄が絡む複雑事案でも、法定相続分の確定さえできれば切出しは可能です。戸籍収集の精度と相続関係説明図の作成が重要です。
実務におけるポイント
- 債権回収側
①債務名義の確保 → ②相手が相続人であることと法定相続分の確定 → ③被相続人名義の口座(銀行・支店・種別・通貨)の特定 → ④差押え・第三債務者陳述で残高把握 → ⑤譲渡命令で準共有持分を取得 → ⑥地方裁判所で譲渡命令記載額の取得を主文特定(外貨は通貨建て)。 - 相続人側
長期化は第三者介入の余地を広げます。早期の遺産分割で共有を解消し、資産棚卸し(口座一覧・外貨有無・証券・信託)と戸籍収集を先行しましょう。差押えがなされたら、譲渡命令→切出しを前提に家庭裁判所の手続の加速を検討。
読者向けのアドバイス
- 口座が凍結:家庭裁判所に遺産分割の申立てを検討。多数相続人ほど“全体設計”が大切。
- 差押えの予感/受けた:口座リスト(残高・通貨)と相続関係(戸籍)を整理。外貨があればドル建て切出しの可能性と手数料・為替を試算。
まとめ
- 預貯金(外貨含む)は遺産分割の対象で自動分割されない。
- 差押え→譲渡命令で持分を得た第三者は準共有者として現物分割で切出し可。残りは相続人の遺産共有として家庭裁判所で処理。
- 米ドル預金はドル建てのまま取得できるとされた。