名義株は被相続人の遺産になるか──自己資金での取得が立証されなければ遺産と認められないとした事例|東京高判平成24年2月8日

判例のポイント

名義株(他人の名義を借りて保有される株式)が被相続人の遺産に属するというためには、その株式を被相続人が自己の資金で取得したことが立証されなければなりません。本判例は、被相続人が「自分の株だ」と認識していたことを推認させる間接事実がいくら積み上げられても、それだけでは自己資金での取得を立証したことにはならない、とした事例です。本件では、むしろ会社の資金で買い集められた会社の名義株であった可能性を否定できないとして、被相続人の遺産への帰属が認められませんでした。

目次

判例情報

  • 裁判所:東京高等裁判所
  • 判決日:平成24年2月8日
  • 事件番号:平成21年(ネ)第2596号
  • 関連条文:民法896条(相続による包括承継)

事案の概要

本件は、コクドを中核とする西武グループの創業者が、他人名義で保有していたとされる株式(借用名義株)が、その被相続人の未分割の遺産に属するかが争われた事案です。

登場人物

  • A(被相続人):コクドを中核とする西武グループの創業者。昭和39年4月26日死亡。
  • Y(1審被告・控訴人兼被控訴人):Aの子(三男)。昭和34年から平成16年まで長年コクドの代表者を務めた。本件で争われた株式の名義人。
  • X1〜X4(1審原告・控訴人兼被控訴人):Aの子または孫で、Aの相続人またはその承継人。

時系列

  • 昭和15年6月3日:Aが、多数の他人名義のコクド株式について「自分の所有に属する」とする内容の贈与公正証書を作成(この贈与は後に効力を生じず)
  • 昭和36年6月24日:Aが秘書の口述筆記により「家憲」を作成(「自分で会社の株を持とうと思うな」「西武では株のカの字も頭に置いてはならない」などと記載)
  • 昭和39年4月26日:A死亡。当時、A名義のコクド株式は約23万株で、発行済株式総数の約15.9%にすぎなかった
  • 昭和39年10月7日:遺産分割協議が成立し、A名義の株式を学校法人I学園に寄附する旨が定められた
  • 昭和48年12月:コクドが増資を実施
  • 平成16年11月:西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載が発覚し、コクドの株主構成についての調査が行われる
  • 平成17年9月16日:X1らが本件訴訟を提起
  • 平成21年3月30日:第一審(東京地裁)が、借用名義株の存在を認めたうえで一部認容
  • 平成24年2月8日:控訴審(東京高裁)が、本判決により原告らの請求をいずれも排斥

経緯

Aは、コクドを中核とする巨大な企業集団の創業者でした。原告らによれば、Aは自ら資金を出して多数のコクド株式を取得したものの、その名義を西武グループの役員・従業員やその家族、知人など、自分以外の者の名義としていたとされます。

ところが、Aの死亡時にA自身の名義となっていたコクド株式は、発行済株式総数の約15.9%にあたる約23万株にすぎませんでした。原告らは、残りの大半もAが他人名義で実質的に保有していた借用名義株であって、Aの遺産に属すると主張しました。そして、長年コクドの代表者を務めた被告Yの名義となっていた株式について、自分たちが相続分に応じた持分を有することの確認を求めたのです。

第一審は、関係者の供述などから借用名義株の存在を認め、原告らの請求を一部認容しました。これに対し控訴審は、後に見るとおり、名義株が被相続人の遺産に属するというための立証のあり方を厳格にとらえ、第一審とは異なる結論に至りました。

争点

名義株が被相続人の遺産に属するというためには、何の立証が必要か

──他人名義で保有されていた株式について、それが被相続人の遺産に属すると主張する側は、何を立証しなければならないのか。被相続人が「自分のものだ」と認識していたことが推認できれば足りるのか、それとも、被相続人自身の資金で取得されたことまで立証しなければならないのか。

X側(原告ら)の主張:Aは自ら資金を提供してコクド株式を取得し、その際に他人名義を用いた。本件で問題となっている第三者名義の株式も、もともとはAが自己資金で取得したAの借用名義株である。Aによる取得の経緯そのものを直接立証しなくても、多数の間接事実(贈与公正証書、遺訓、関係者の陳述など)が積み重なれば、Aの借用名義株であると認められる。

Y側(被告)の主張:本件株式は、Yが前の所有者から個別に買い受けたものである。株主名簿にも株券にもYが株主として明示され、Yは長年にわたって株主としての権利を行使してきた。Aの相続人からこの株式の管理を請け負っていたわけでもなく、Aの借用名義株であることを示す証拠は存在しない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:本件第三者名義の株式が、Aの借用名義株(Aの未分割遺産)であると認めることはできない。
  • 理由:原告らが主張する間接事実によっても、Aが自己の資金で取得したことは立証されておらず、むしろ会社の資金で取得された会社の借用名義株であった可能性を否定できないから。

判決文の引用

裁判所はまず、名義株が遺産に属すると主張する側が何を立証しなければならないかについて、次のように述べました。

しかし、証明の対象は飽くまで事実であるから、結局は、1審原告らが主張、立証する間接事実によって、本件第三者名義株が、もともとA自身(個人)の資金によってA個人の財産として取得されたものであること(以下「Aの自己資金取得」という。)が証明されなければならないものと解される。

そして、各間接事実を一つずつ検討したうえで、結論として次のように判示しました。

1審原告らがAの借用名義株と主張するコクド株式(本件第三者名義株を含む)は、仮に借用名義株であるとしても、Aの自己資金ではなく、コクドの資金によって取得されたコクドの借用名義株である可能性があるというべきである。

判例の考え方

本判決の論理は、次の三段階で整理できます。

第1に、立証責任は遺産に属すると主張する側にあるという点。名義株が被相続人の遺産に属すると主張する側、本件でいえば相続人である原告らが、その株式を被相続人が自己の資金で取得したこと(自己資金取得)を立証する責任を負います。誰の名義になっているかという形式ではなく、実質的に誰の財産として取得されたのかという、取得の原因となる事実に立ち返って判断されることになります。

第2に、「自分のものという認識」と「自己資金での取得」は別の事柄だという点。被相続人が「これは自分の株だ」と考えていたことは、贈与公正証書や遺訓などの間接事実から推認できる場合があります。しかし、本判決はその認識を、ただちに自己資金での取得の証拠とは見ませんでした。会社を実質的に支配している創業者が、会社の資産までも「自分のもの」と感じていることはあり得るからです。本件でも、Aが「コクドの所有するものは自分の所有するもの」という意識を持っていたことがうかがわれる事情が指摘されています。つまり、所有しているという主観的な認識を立証できても、それは自己資金での取得を立証したことにはならない、という切り分けです。

第3に、対抗する別の可能性を排除しきれなかったという点。本件では、問題の株式が会社の役員によって買い集められたこと、その買い集めや名義管理にかかる費用を会社が負担したと推認されることなどから、「会社の資金で取得された会社の借用名義株」という、相続人側の主張とは別の可能性が浮かび上がりました。原告らが積み上げた間接事実は、この対抗的な可能性を打ち消すには至らず、結果として自己資金での取得は立証されなかったと判断されています。

結論に至る処理

裁判所は、原告らが提出した間接事実、すなわち贈与公正証書、遺訓、家憲、株主一覧表、関係者が作成したメモ、相続関係の書面、コクド関係者や相続人らの供述などを、一つずつ丁寧に検討しました。そのうえで、これらはいずれもAが株式を「自分の所有」と認識していたことを推認させるにとどまり、Aが自己の資金で取得したことを立証するものではないと評価しています。むしろ、会社の役員が主体となって買い集めたものであり、会社の資金で取得された可能性が高いとして、会社の借用名義株であった可能性を指摘しました。

その結果、本件第三者名義の株式はAの未分割遺産とは認められず、これがAの遺産に属することを前提とする原告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないとされました。これに連動して、遺産分割の対象となった株式の帰属や増資によって生じた株式の帰属についても、原告らの主張はいずれも退けられ、原告らの請求は全体として認められませんでした。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

本判決は、「名義株は被相続人の遺産にならない」と一般的に述べたものではありません。あくまで、本件で原告らが提出した間接事実によっては、被相続人による自己資金での取得が立証されなかった、という事案に即した判断です。

判決文から確定的に読み取れるのは、まず、名義株が遺産に属すると主張する側が「自己資金での取得」という事実の立証責任を負うという立証の構造です。次に、被相続人が「自分のものだ」と認識していたことを推認させる事情があっても、それだけでは自己資金での取得を立証したことにはならないという、認識と取得原因事実の切り分けです。

他方で、本件には、被相続人個人が会社を実質的に支配しており、個人の資産と会社の資産との境目が見えにくくなっていたという特殊な事情がありました。「会社の資金で取得された会社の借用名義株」という対抗的な可能性が示されたのも、こうした背景があってのことです。したがって、被相続人と会社の資産が明確に区別できる事案や、会社とは無関係の名義財産(たとえば親が子の名義で取得した株式や預金)が問題となる事案に、本判決の事実評価がそのまま当てはまるとは限りません。本判決から一般的に取り出せるのは、上に述べた立証責任の所在と、認識と取得原因事実の切り分けという考え方の部分にとどまると考えられます。

実務での使い方

本判例は、被相続人が他人名義で保有していたとされる財産(名義株や名義預金)が、遺産に属するかどうかが争われる場面で参照される事例です。とりわけ、同族会社の創業者やオーナー社長が亡くなり、その遺産の範囲をめぐって相続人間で争いになるケースで、立証のあり方を考える手がかりになります。

使える場面

典型は、被相続人が会社を実質的に支配していたケースで、その被相続人名義でない株式が「実は被相続人の借用名義株であって遺産に含まれる」と争われる場面です。また、株式に限らず、名義預金など、名義人と実質的な所有者が一致しているのか疑われる財産の帰属が、遺産分割や遺産確認の前提問題として争われる場面でも、考え方の枠組みは共通します。

名義株が遺産に属すると主張する側(相続人側)

この立場に立つときは、何より、「被相続人が自己の資金で取得した」という事実の立証責任を自分たちが負うことを出発点に据える必要があります。

本判決を踏まえると、「被相続人が自分のものだと言っていた」「自分のものだと認識していた」という供述やメモを集めるだけでは、立証として足りないおそれがあります。これらは所有の認識を示すにとどまり、取得の原因となる事実、すなわち取得資金がどこから出たのかという点を直接には語らないからです。狙うべきは、取得の時点で被相続人個人の資産から代金が支出されたことを示す客観的な資料です。被相続人個人の口座からの出金、それに見合う個人資産の減少といった、資金の流れを跡づける証拠を確保できるかが鍵になります。

加えて、本件のように会社が絡む事案では、「会社の資金で取得された会社の名義株ではないか」という対抗的な見方が必ず出てくると想定しておくべきです。買い集めの主体が誰であったか、その費用を誰が負担していたかを意識し、会社ではなく被相続人個人が負担したことを示せる資料を探しておくと、立論が安定します。

名義株は遺産ではないと対抗する側(名義人側)

逆に、名義人として遺産への帰属を否定する立場では、まず自分が前の所有者から正当に株式を取得したこと、すなわち代金の支払、株券の引渡し、名義書換といった取得の事実を具体的に示すことが基本になります。株主名簿や株券への記載、株主総会での議決権行使、配当の受領といった、株主として扱われてきた事実を積み上げることも有効です。

そのうえで、本判決の枠組みを正面から使えます。相手方が間接事実を積み上げてきても、それが被相続人の「認識」を示すにとどまり、「自己資金での取得」までは立証していないことを指摘するのです。会社が関係する事案であれば、株式が会社の資金で取得された可能性、会社の役員が買い集めていた経緯などを示し、被相続人個人の財産として取得されたとは限らないことを主張する余地があります。

立証上のポイント

名義財産の帰属の争いは、突きつめれば「その財産は誰の資金で取得されたのか」という取得原因事実に行き着きます。名義そのものや、被相続人がどう考えていたかという主観ではなく、資金の流れを客観的な資料でどこまで押さえられるかが、勝敗を分けます。

ここで効くのは、取得の当時に作られた同時代の客観的資料、たとえば取得時の振込記録、口座の動き、会社の経理資料などです。本件で原告らが提出した陳述書や関係者の供述は数こそ多かったものの、それらは記憶や認識を語るものであって、資金の出所そのものを立証するには至りませんでした。後から作成された供述証拠は、それ単独では取得原因事実の立証として弱い、ということを示す事案でもあります。

もう一点、被相続人が会社を実質的に支配していた場合には、個人の資産と会社の資産の境界があいまいになりやすく、「自分のもの」という被相続人の感覚が、そのまま個人に帰属することの証拠にはならないことに注意が必要です。

併せて検討すべき周辺論点

第一に、名義人の側が「仮に被相続人の名義株だったとしても、自分が長年株主として権利を行使してきたのだから時効により取得した」と主張する場面が考えられます。本件の第一審はこの株式・株主権の取得時効を正面から扱いましたが、控訴審は遺産への帰属が認められない段階で結論が出たため、時効の点には立ち入っていません。名義人側の防御として時効取得を組み立てる場合は、別途、株式・株主権の取得時効の枠組みを検討することになります。

第二に、本件には、遺産分割協議の効力(委任状の真正や、長期間争わなかったことによる黙示の追認)という別の大きな論点も含まれていますが、これは名義株の帰属とは別個に検討すべき問題です。

第三に、税務の場面でも、名義預金や名義株の帰属判定では「その財産の原資を出したのは誰か」が重視されます。民事の遺産帰属の判断と税務上の取扱いは別の問題ですが、資金の出所に着目するという発想は共通しており、相続財産の範囲を見極める段階では、両面からの検討が役立ちます。

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