【判例解説】長期間返済されなかった貸付金を特別受益と認定し、妻に終身の配偶者居住権を認めた事例(福岡家裁令和5年6月14日審判)

この記事のポイント
  • 争点
    未返済の貸付金は「遺産の前渡し」になるか?また、妻は自宅に住み続けられるか?
  • 結論
    裁判所は、請求しなかった貸付金は「債務免除による特別受益」と判断し、妻に「終身の配偶者居住権」を認めた。
  • ポイント
    親族間の金銭貸借は、返済がないと贈与とみなされ相続分が減る可能性があるため、記録が重要。
目次

事案の概要

本件は、亡くなった夫(被相続人)の遺産分割をめぐり、残された妻と子供たちの間で争いが生じた事案です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人(亡くなった方):夫
  • 相手方B(相続人):被相続人の妻。生前から夫と同居し、現在も自宅に一人で居住中。
  • 相手方C(相続人):被相続人と妻Bの実子。
  • 申立人(相続人):妻Bの連れ子で、被相続人の養子。
  • 元相続人(排除前相手方):被相続人の養子。生前に被相続人と金銭トラブルがあり、自分の相続分を申立人に譲渡して手続きから外れました。

トラブルの経緯

主な遺産は、妻Bが住む「自宅(土地・建物)」と「預貯金・現金」でした。

遺産分割協議において、以下の2点が大きな問題となりました。

「消えた1400万円」の扱い

被相続人は生前、住み替え計画のために元相続人へ合計4000万円を預けていました。しかし関係悪化などの末、2600万円は返金されましたが、残りの1400万円は返済されないまま放置されていました。この1400万円について、申立人側は「単なる未回収の借金(債権)」と主張し、妻B側は「実質的な贈与(特別受益)であり、すでに遺産をもらったものとして計算すべき」と主張しました。

特別受益:特定の相続人が生前に受け取った贈与などの特別な利益。遺産分割ではこれを「遺産の前渡し」とみなして計算します。

妻の住まいの確保

高齢である妻Bは、長年住み慣れた自宅に今後も住み続けることを希望しました。その手段として、不動産の所有権ではなく「配偶者居住権」の取得を求めました。

主な争点

返済されなかった1400万円は「特別受益」に当たるか?

被相続人が元相続人に対して貸し付けた(あるいは預けた)お金について、長期間返還を求めずに放置していた事実が、法的に「借金の免除(=贈与)」とみなされるかが争点となりました。

もし贈与と認められれば、1400万円は「特別受益」となり、その分だけ元相続人(及びその分を譲り受けた申立人)の取り分が減らされることになります。

妻は自宅に住み続けられるか?(配偶者居住権の成否)

妻Bが自宅に住み続けるために、「配偶者居住権」という権利の設定が認められるかが争われました。

この権利は、建物の所有権を持っていなくても、終身または一定期間、無償で住み続けられる強力な権利です。裁判所が、妻の生活状況を鑑みてこの権利の必要性を認めるかが焦点となりました。

裁判所の判断

福岡家庭裁判所は、以下のように判断し、遺産分割を行いました。

未返済の1400万円は「特別受益」である

裁判所は、被相続人と元相続人の間には、実質的に1400万円の贈与があったと認定しました。

被相続人は、2600万円の返金を受けた際、残りの1400万円について言及せず、その後亡くなるまで一切返還を求めませんでした。

通常、関係が悪化した相手にお金を貸したままであれば、強く返済を求めるはずです。それをしなかったということは、「もう返さなくていい」という意思(債務免除)があったと見るのが自然です。

借金をチャラにすることは、その金額分をあげたのと同じこと(生計の資本としての贈与)になるため、これは特別受益にあたると判断されました。

“”被相続人は、この頃には排除前相手方の1400万円の返還債務を免除する旨の黙示の意思表示をしたものと推認され、これは相続分の前渡しとしての生計の資本の贈与と同視することができ(中略)特別受益があると認めるのが相当である。””

妻に「終身の配偶者居住権」の取得を認める

裁判所は、妻Bが自宅建物について「終身(亡くなるまで)の配偶者居住権」を取得することを認めました。

妻Bは、被相続人と同居しており、現在もその家に一人で住んでいました。高齢である妻が住み慣れた環境を失う不利益は大きく、生活の安定を図るために居住権の確保が特に必要であると認められました。

この結果、建物の「所有権」は実子である相手方Cが取得し、妻Bは「配偶者居住権」と「預貯金」を取得するという形で、住まいと老後資金のバランスを取った分割が命じられました。

弁護士の視点

この判例から学べる「将来のトラブルを防ぐための対策」について解説します。

親族間の「貸し借り」は書面に残す

親族間でお金が動く際、契約書がないケースが非常に多いです。本件のように「返済を請求しなかった」という事実が、死後に「債務免除(=贈与)」と判断されると、相続分が大きく変わってしまいます。

  • 貸す場合:「金銭消費貸借契約書」を作成し、返済の記録を残す。
  • あげる(免除する)場合:「贈与契約書」や「債務免除証書」を作成する。このように意思を明確にしておくことが、残された家族の「言った言わない」の争いを防ぎます。

「配偶者居住権」を遺言で指定しておく

配偶者が自宅に住み続けたい場合、遺産分割協議で揉めると、今回のように裁判所の判断を待たなければならず、精神的に不安定な状態が続きます。

「妻には配偶者居住権を遺贈する」といった内容の公正証書遺言を作成しておくことで、遺産分割協議を経ずにスムーズに住まいを確保できます。また、所有権と居住権を分けることで、配偶者が預貯金を多く受け取れるよう調整もしやすくなります。

よくある質問(FAQ)

配偶者居住権とはどのような権利ですか?

建物の所有権を持っていなくても、家に住み続けられる権利です。

被相続人の配偶者が、相続開始時にその建物に住んでいた場合、遺産分割協議や裁判所の審判によって設定できます。所有権よりも低い評価額で自宅に住む権利を確保できるため、その分、預貯金などを多く受け取れるメリットがあります。

親に借りたお金を返さないまま親が亡くなるとどうなりますか?

「特別受益(生前贈与)」とみなされ、相続分が減る可能性があります。

本判決のように、長期間返済を求められていない場合、「借金を免除してもらった(=その分のお金をもらった)」と判断されることがあります。その場合、もらった金額を遺産の前渡しとして計算し、あなたの本来の相続分から差し引かれることになります。

「特別受益」が認められると、他の相続人の取り分は増えますか?

はい、計算上増える可能性が高いです。

特定の一人が生前に多額の援助(特別受益)を受けていた場合、その金額を遺産総額に「持ち戻し(加算)」して計算し直します。その上で各人の相続分を計算するため、援助を受けていない他の相続人の取り分は、計算上増えることになります。

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