【判例解説】遺言執行者が遺産目録の交付等をしない場合に損害賠償請求を認めた事例(東京地裁平成19年12月3日判決)

【判例解説】遺言執行者が遺産目録の交付等をしない場合に損害賠償請求を認めた事例(東京地裁平成19年12月3日判決)
目次

判例の基本情報

  • 裁判所:東京地方裁判所
  • 判決日:平成19年12月3日
  • 事件番号:平成18年(ワ)第23616号
  • 事件名:損害賠償等請求事件
  • 結果:一部認容(各25万円+遅延損害金)

結論

  • 遺言執行者は、遺留分がない相続人にも相続財産目録の交付と適宜の説明・報告を行う義務があります。
  • 清算型包括遺贈で不動産を換価する前には、就任通知と事前の通知・説明が善管注意義務として要請されます。
  • 補助者として実務を主導した信託銀行にも共同不法行為責任が及びます。
  • 損害として、調査費・弁護士費用(計45万円)及び慰謝料各10万円が認められ、各25万円の賠償が命じられました。

事案の概要

被相続人の公正証書遺言は、全財産を換価し、費用控除後の残余を第三者に包括遺贈(清算型包括遺贈)する内容でした。遺言執行者2名が就任し、信託銀行が補助者として実務を担当しましたが、相続人への就任通知・相続財産目録の交付・重要処分の事前説明がないまま、不動産の相続登記と第三者への売却が進行しました。

登記実務の運用上、被相続人→相続人→買主と所有権移転が現れるため、相続人の知らないうちに自分名義の登記や固定資産税・譲渡所得税の通知が届くなど、混乱が生じました。相続人は損害賠償と遺産目録の交付を求めて提訴しました。

判決の要旨

清算型包括遺贈の遺言執行者とその補助者である信託銀行が、遺留分を有しない法定相続人に対して相続財産目録の交付や遺言執行状況の適宜の説明・報告を行わず、遺言執行者への就任を遅滞なく通知せず、事前の通知なしに相続財産である不動産を処分したときは、善管注意義務に違反し、共同不法行為者として損害賠償義務を負う。

要するに、「遺留分がない相続人だから説明不要」ではありません。遺産目録の交付・就任通知・売却など重要手続の事前説明は、混乱(名義登記・税通知・取壊し等)を避ける最低限の配慮であり、怠れば違法と判断されます。

重要論点の解説

遺留分がない相続人に対しても、遺産目録の交付義務や報告義務を負う

民法1011条1項の遺産目録の交付義務は、包括遺贈の有無や遺留分の有無を問わず、相続人に及びます。
報告義務は「適正な執行を確認できる程度」で足り、相続税申告書や譲渡所得申告書の写しまで一律に交付する義務はありません。

  • なぜ重要か:相続人の情報アクセス権を確保し、誤解や不信(印鑑悪用の懸念等)を早期に解消します。
  • 参考になる場面:寄附先への清算型包括遺贈、遠方で連絡が取りにくい相続人がいる事案。

「就任通知・事前通知」は善管注意義務の中身

遺言執行者は、遅滞なく就任の通知をし、不動産の換価・取壊し等の前に、時期・登記の流れ・税務の扱い・最終報告予定日を具体的に説明すべき受任者の義務を負います。

  • 実務上のリスク:相続人名義→買主名義の移転が先に現れるため、固定資産税や譲渡所得税の通知が形式的に相続人へ届く可能性。
  • 参考になる場面:家屋の取壊し・売却を伴う執行、税通知が想定される事案。

補助者(信託銀行)の共同不法行為責任

補助者が実質的に実務を主導していれば、相続人の通知・説明を受ける権利を不当に侵害しない一般的注意義務を負い、遺言執行者と共同不法行為責任を負います。遺言信託の現場運用では、説明体制・窓口の一本化・記録化が不可欠です。

損害の認定と慰謝料

本件では、調査費5万円+交渉・訴訟の弁護士費用40万円(相続人3名で按分=各15万円)に加え、慰謝料各10万円が認められ、各人合計25万円の賠償が命じられました。説明・報告の欠如により相続人が被る不安・混乱の程度が評価の要素となります。

報告の範囲

報告は適正な執行を確認できる程度で足り、申告書写し等の過度な資料提出までは不要です。他方、要点とスケジュールを一枚にまとめた書面を用意すると、不要な摩擦を避けられます。

実務におけるポイント

遺言執行者・信託銀行等の側

  • 初動:就任直後に就任通知・連絡窓口を全相続人へ案内。
  • 情報提供:遺産目録を遅滞なく交付(調査中の項目は「調査中」と明記)。
  • 換価前:売却・取壊しの事前通知(登記の流れ/税の扱い/最終報告予定日)。
  • 記録管理:送付控・到達確認・面談メモの系統保存。
  • 体制整備:補助者が主導する場合も説明責任の所在を明確化。

相続人の側

  • 書面の催告:遺産目録の交付・就任通知・換価前通知の請求を内容証明等で行う。
  • 事実の確認:登記情報・固定資産税等の通知・やりとりの時系列を整理。
  • 費用の主張:相当な調査費・弁護士費用は損害として認められ得る。

読者へのアドバイス

  • 知らないうちに家が売られていた/自分名義の登記が出てきた/税の通知が来た場合でも、まずは落ち着いて記録を保全しましょう。
  • 遺産目録の交付と、就任・売却予定・税務の説明を書面で請求すると、状況が整理しやすくなります。
  • 本稿は一般的な解説であり、個別事情により結論は変わり得ます。判断前に事実関係の確認が大切です。

よくある質問(FAQ)

遺留分がない相続人の場合、遺言執行者に遺産目録の交付を求めることはできないのでしょうか?

遺留分の有無にかかわらず、遺産目録の交付義務は相続人に及ぶと判示されています。報告は適正確認ができる程度で足ります。

遺言執行者から何の連絡もないまま、家が第三者に売られていました。違法ですか?

本判決は、就任通知・遺産目録の交付・事前の説明を怠った遺言執行を違法と評価しました。具体的には、不動産売却前の通知と説明が求められます。状況を記録し、遺産目録の交付等を請求しましょう。

信託銀行の遺言信託でも、銀行に責任が及ぶことはありますか?

補助者でも実質的に主導していれば、一般的注意義務を負い、相続人への通知・説明を欠くと、共同不法行為責任を負います。

遺言執行者が遺産目録の交付等をしない場合、慰謝料はどの程度認められますか?

本件では、各10万円(名目的慰謝料に近い性質)+調査費・弁護士費用の実費が認容され、各25万円が命じられました。ただし、事案の事情(混乱の程度、対応の不備)で増減すると考えられます。

遺言執行者に対して、相続税申告書や譲渡所得申告書の写しも請求できますか?

一律の交付までは不要とされ、遺産目録の交付+適正な確認ができる程度の説明で足ります。必要性が高い場合は、具体的理由を示して求めましょう。

まとめ

清算型包括遺贈の執行では、遺言執行者の就任通知・遺産目録の交付・不動産換価前の事前説明が善管注意義務の核心となります。これらを怠り、調査費・弁護士費用に加え名目的慰謝料(各10万円)が認められ、各人25万円の賠償が命じられた事例です。

目次