【判例解説】相続人間の深刻な対立と2度の調停不成立により、「全遺産の競売」が認められた事例(高松高裁昭和48年11月7日決定)

この記事のポイント
  • 争点: 相続人の一部が反対していても、裁判所は遺産(不動産)すべての売却を命じることができるか?
  • 結論: 裁判所は、当事者の対立が激しく分割が困難な場合、全財産の一括売却(換価分割)は有効と判断した。
  • ポイント: 感情的な対立で「譲り合い」ができないと、大切な実家であっても換金処分されるリスクがある。
目次

事案の概要

本件は、ある資産家の遺産分割協議がこじれにこじれ、最終的に裁判所が「不動産をすべて売却してお金で分ける」という解決策(換価分割)を選択した事例です。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人(亡くなった方):A
    事業で成功し、自宅を含む多くの不動産を残して亡くなりました。
  • 相手方(被抗告人):Y(妻)ら
    被相続人の妻Yは80歳を超える高齢。老後の生活費や相続税の納税資金に困窮しており、遺産の早期分割を切望していました。
  • 抗告人(不服を申し立てた側):Xら(親族)
    被相続人の養子の子などにあたる相続人。遺産の分け方や評価額についてYらと激しく対立し、不動産の一括売却に反対していました。

トラブルの経緯

被相続人Aの死後、妻Yは、生活維持のために急いで遺産を分ける必要がありました。しかし、XらとYらの間には根深い感情的な溝があり、家庭裁判所での「調停(話し合い)」は2度にわたって行われましたが、いずれも不成立(決裂)となりました。
Xらが話し合いの場に出席しなかったり、解決案を頑なに拒否したりしたことで、お互いの不信感は決定的なものとなっていました。

事態を重く見た家庭裁判所(原審)は、「これ以上話し合っても現物(不動産)で分けることは無理」と判断し、遺産管理人を選任した上で、「自宅を含むすべての不動産を売却し、その現金を分けること」を命じました。
これに対し、不動産を残したかったXらが「勝手に売るのは不当だ」として、高等裁判所に不服を申し立てました。

主な争点

この裁判例の最大の争点は、以下の点です。

相続人の反対があっても、「全遺産の売却」は許されるか?

遺産分割は、原則として不動産をそのまま誰かが引き継ぐ「現物分割」が望ましいとされています。
本件のように、一部の相続人(Xら)が現物確保を望んで反対しているにもかかわらず、裁判所がそれを押し切って「すべての不動産を売却し、現金で分ける(換価分割)」と命じることは、法的に許されるのでしょうか?

裁判所の判断

高松高等裁判所は、Xらの訴えを退け、「原審による一括換価(全遺産の売却)による分割は不当ではない(有効)」と判断しました(高松高裁昭和48年11月7日決定)。

裁判所が、原則である「現物分割」ではなく「全財産の売却」という強い措置を是認した理由は、以下の3つの事情に基づいています。

妻の「老齢と生活維持」の緊急性

まず裁判所は、「被相続人の妻の老齢と生活維持等のため遺産の早期分割が必要である」という事情を重視しました。
妻Yは80歳を超えており、生活費の確保が急務でした。いつ終わるとも知れない争いをのんびりと続けている余裕はなかったのです。

「深刻な不信」と「互譲の欠如」による行き詰まり

これが最も決定的な理由です。裁判所は、当事者間の関係について「当事者間の深刻な不信と互譲(ゆずりあい)の態度が希薄なため2度にわたり調停が失敗し、審判においても現物分割による限り早期かつ公平な分割を期することが至難である」と指摘しました。

つまり、お互いに「絶対に譲らない」と意地を張り合っている状態では、誰がどの不動産をもらうかという「現物分割」の話し合いなど到底まとまらないと判断されたのです。

部分的な売却では「価値が下がる」

「自宅だけ残して、他の土地を売る」という方法も検討されましたが、裁判所は、「部分的な換価による価格減損をも考慮して、遺産全部を一括換価することが必要であった」と認定しました。
価値のある自宅を残して、価値の低い他の土地だけを売ろうとしても、全体のバランスが崩れ、かえって損をする可能性がありました。

以上のことから、裁判所は「話し合いで譲り合う姿勢がない以上、全員の公平と早期解決のためには、すべてをお金に変えて分ける以外に方法がない」という現実的な結論を下したのです。

弁護士の視点

この裁判例は、感情的な対立がいかに相続人全員にとって不利益な結果(望まない競売)を招くかを示す、教訓的な事例です。

「互譲(ゆずりあい)」がないと実家を失う

「絶対に相手に渡したくない」と感情的になり、話し合いを拒否し続けると、裁判所は「現物分割は不可能」と見切りをつけます。その結果、本件のように強制的な売却(競売)が選択され、先祖代々の土地や実家を失うことになります。不動産を守りたいのであれば、早い段階で冷静になり、現実的な妥協点を探る姿勢が必要です。

相手の事情(高齢者の生活)を無視しない

裁判所は「公平性」だけでなく「必要性」も見ます。本件では、高齢の妻Yの生活維持という切実な事情がありました。自分たちの主張ばかりを通そうとして、相手の生活を顧みない態度をとっていると、裁判所から「解決を遅らせている」とみなされ、不利な判断(競売など)を招く原因になります。

遺言書で取得者を指定しておく

このような事態を確実に防ぐには、被相続人が生前に遺言書を作成し、「自宅不動産は妻Yに相続させる」あるいは「Xに相続させる」と明確に指定しておくべきでした。遺言があれば、原則としてその内容が優先されるため、泥沼の分割協議や強制売却を回避できた可能性が高いです。

よくある質問(FAQ)

裁判所が勝手に家を売ってしまうことがあるのですか?

はい、話し合いが決裂し、他の方法がない場合はあり得ます。

これを「換価分割」といいます。遺産分割において、現物を物理的に分けることが難しく、代償金(不動産をもらう人が払う現金)も用意できない場合、裁判所は公平性を保つための最終手段として、不動産を競売などで売却し、代金を分けるよう命じることがあります。

私は売りたくないのですが、拒否できますか?

裁判所の決定(審判)が出れば、拒否できません。

協議(話し合い)の段階では拒否できますが、調停や審判に進み、裁判所が「換価分割が相当」と判断してしまえば、個人の意思で止めることはできなくなります。そうなる前に、代わりの解決策(代償分割など)を提案する必要があります。

「互譲(ごじょう)の態度が希薄」とはどういう意味ですか?

「お互いに譲り合う気持ちが全くない」ということです。

遺産分割では、全員が100%満足する結果になることは稀です。お互いに少しずつ我慢や譲歩をして合意を目指すのが通常ですが、感情的な対立から「相手の言うことは絶対に聞かない」「1円でも多く取りたい」と固執してしまう状態を指します。裁判所はこうした態度を「解決を妨げている」とみなすことがあります。

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