死亡保険金受取人の変更は遺留分減殺の対象となるか──遺贈・贈与該当性を否定した事例|最判平成14年11月5日
本判例は、自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金受取人を変更する行為について、改正前民法1031条にいう遺贈または贈与に当たらず、これに準ずるものということもできないと判断した最高裁判例です。死亡保険金請求権は受取人が自己の固有の権利として取得するものであり、被保険者の財産に属していたものとみることもできないことを理由に、受取人変更行為に対する遺留分減殺請求を否定しました。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第一小法廷
- 判決日:平成14年11月5日
- 事件番号:平成11年(受)第1136号
- 関連条文:改正前民法1031条/改正民法1043条、1046条/保険法42条、43条
事案の概要
本件は、自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が、別居中の妻に代えて自分の父を死亡保険金受取人に変更した後に死亡したという事案です。被相続人の妻と子らが、新受取人となった父に対して、受取人変更行為が遺贈または贈与に準ずる無償処分に該当するとして、遺留分減殺請求をしました。
登場人物
- A(被相続人・保険契約者・被保険者):社団法人日本貨物検数協会の事務所に勤務。膵癌のため平成9年9月23日に死亡。
- X1(Aの妻・原告・上告人):Aと別居中。本来の死亡保険金受取人。
- X2(Aの長女・原告・上告人):Aの子。
- X3(Aの二女・原告・上告人):Aの未成年の子。
- Y(Aの父・被告・被上告人):受取人変更後の死亡保険金受取人。Aから全財産の包括遺贈も受けた。
時系列
- 平成2年頃:AとX1が、Aの女性関係を契機に不仲となる
- 平成7年1月:Aが家出をしてX1らと別居
- 平成9年5月:AがX1に対し離婚調停を申立て(同年9月取下げ)
- 平成9年7月10日:A、市立医療センターに入院。同日、自己の所有する全財産をYに包括遺贈する旨の公正証書遺言を作成
- 平成9年7月28日:Aが、保険契約一(日本生命との契約、死亡保険金2000万円)の受取人をX1からYに変更
- 平成9年9月22日:Aが、保険契約二(勤務先である社団法人日本貨物検数協会が明治生命との間でAを被保険者として締結した団体定期保険、死亡保険金1500万円)の受取人をX1からYに変更
- 平成9年9月23日:A、膵癌により死亡
- 平成9年10月8日:X1らがYに対し、本件保険金につき遺留分減殺の意思表示をしたとされる文書到達
- 平成9年11月19日:X1らがYに対し、包括遺贈につき遺留分減殺請求の文書到達
経緯
Aは、平成2年頃から女性関係を契機に妻X1と不仲となり、平成7年1月から家出をして別居するに至りました。平成9年5月にX1に対して離婚調停を申し立てたものの、同年9月にこれを取り下げています。
平成9年7月10日、Aは入院した日に、自己の所有する全財産を父Yに包括遺贈する旨の公正証書遺言を作成しました。同月28日には、自身が契約者・被保険者となっていた日本生命との生命保険契約(保険契約一、死亡保険金2000万円)について、受取人を妻X1から父Yに変更しています。さらに、勤務先である社団法人日本貨物検数協会が明治生命との間でAを被保険者として締結していた団体定期保険契約(保険契約二、死亡保険金1500万円)についても、Aは死亡前日の平成9年9月22日に受取人をX1からYに変更しました。Aはその翌日である9月23日に膵癌で死亡しました。
X1とその子であるX2・X3は、Yに対し、まず主位的請求として「本件保険金受取人変更は変更権の濫用で無効である」として変更前受取人としての地位の確認を求め、これが容れられない場合の予備的請求として、「本件保険金受取人変更行為は遺贈・死因贈与契約の履行・無償死因処分のいずれかに該当し、遺留分減殺請求の対象となる」として、自らの遺留分相当額(X1につき各保険金の4分の1、X2・X3につき各8分の1)の支払請求権の確認を求めました。
第一審(福岡地裁小倉支部)、控訴審(福岡高裁)はいずれもX1らの請求を棄却したため、X1らが上告受理申立てをしたのが本件です。最高裁では、予備的請求関係(受取人変更行為が遺留分減殺の対象となるか)が判断対象となりました。
争点
──自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、改正前民法1031条にいう「遺贈又は贈与」に当たり、または、これに準ずるものとして、遺留分減殺請求の対象となるか。
X側(X1ら)の主張:本件死亡保険金受取人変更は、Aが死期が間近であることを悟り、死亡保険金請求権の発生が現実のものとなる状況下で、この権利を妻子から奪い父に付与する内容の合意(死因贈与契約)の履行としてなされたものである。仮に死因贈与契約に該当しないとしても、保険契約の締結により将来の財産として保険金請求権が発生し、これを受取人に贈与したのと同様であるから、他人のためにする保険契約は遺贈と同視すべき無償の死因処分とみるのが相当である。遺留分制度が妻子ら相続人に最低限度の相続分を保障するため遺贈の自由を制限するものであることに照らせば、受取人変更行為も減殺の対象とするのが妥当である。
Y側の主張:本件死亡保険金は、保険契約の趣旨により、Yの固有の権利である。したがってAの遺産とはならず、遺留分減殺の対象ともならない。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、改正前民法1031条に規定する遺贈または贈与に当たるものではなく、これに準ずるものということもできない。
- 理由:死亡保険金請求権は、指定された受取人が自己の固有の権利として取得するものであり、保険契約者または被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成しない。また、保険料との等価関係に立つものでも、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないから、実質的に保険契約者または被保険者の財産に属していたものとみることもできないため。
判決文の引用
最高裁は、次のように判示しました。
自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものということもできないと解するのが相当である。けだし、死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないからである。
判例の考え方
本判決の論理は、次の3段階で整理できます。
第1に、死亡保険金請求権の権利取得の構造。死亡保険金請求権は、受取人として指定された者が、保険契約に基づいて自己の固有の権利として原始取得するものです。被相続人(保険契約者・被保険者)から承継取得するものではないため、被相続人の相続財産を構成しません。最高裁はこの点について先例(最判昭和40年2月2日)を引用し、確立された立場であることを示しています。
第2に、死亡保険金請求権の発生時期と実質。死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生する権利であり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではありません。また、被保険者の稼働能力(労働により得るはずだった収入)に代わる給付ともいえません。これらの点から、死亡保険金請求権は実質的にも被相続人の財産に属していたとみることができないと評価されました。
第3に、「遺贈または贈与」「これに準ずるもの」のいずれにも該当しないという結論。遺留分減殺の対象となるためには、遺贈・贈与またはこれに準ずる無償処分である必要があります。しかし、死亡保険金請求権は被相続人の財産から離脱した別個の権利であり、受取人変更行為は被相続人の財産から無償で財産を移転する処分とは性質を異にするため、「遺贈または贈与」にも「これに準ずるもの」にも当たらない、という結論が導かれました。
結論に至る処理
最高裁は、これと同旨の見解に基づきX1らの予備的請求を棄却すべきとした原審(福岡高裁)の判断を正当として是認し、上告を棄却しました。なお、主位的請求(受取人変更が変更権の濫用で無効であるとの主張)については、控訴審で棄却された判断が確定しており、上告審の判断対象とはなっていません。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
「自己を被保険者とする生命保険契約」の「保険契約者」による受取人変更行為に限定
最高裁は、「自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為」と、対象行為を限定して判断しています。本判決の射程が及ぶのは、保険契約者と被保険者が同一人である生命保険契約における、契約者自身による受取人変更の場面です。
他人を被保険者とする生命保険契約(例えば、配偶者を被保険者として一方が契約者となる場合)における受取人指定・変更の場合は、権利取得の構造や保険料負担の関係が本件とは異なるため、本判決の射程はそのままには及びません。
「遺贈または贈与」「これに準ずるもの」の双方を否定
判文は、受取人変更行為が「遺贈または贈与」に当たるかという点と、「これに準ずるもの」に当たるかという点を併せて否定しています。これにより、X側が予備的請求で主張した「死因贈与契約の履行」としての構成と、「遺贈と同視すべき無償の死因処分」としての構成のいずれもが排斥されました。
特別受益(民法903条)該当性は判断対象外
注意すべきは、本判決は受取人変更行為が遺留分減殺請求の対象となるかという争点について判断したものであり、特別受益(民法903条)に該当して持戻しの対象となるかについては判断していないという点です。特別受益該当性は、本判決とは別個の問題として残されています。
この問題については、後の最判平成16年10月29日が、共同相続人の一人を死亡保険金受取人とする場合に、相続人間の不公平が著しい等の「特段の事情」があるときには903条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象となるとの判断を示しており、本判決と併せて参照する必要があります。
受取人変更権の濫用該当性は射程外
本判決は、遺留分減殺の対象となるかという論点に限定して判断したものであり、受取人変更が変更権の濫用として無効となるかは射程外です。本件の控訴審は変更権の濫用論についても判断したうえで濫用を認めなかったため、結果として全部請求が棄却されています。
改正民法下での射程
本判決は改正前民法1031条の遺留分減殺請求について判断したものですが、令和元年7月1日施行の改正民法における遺留分侵害額請求(民法1046条)および算定基礎財産(民法1043条以下)の解釈においても、生命保険金は引き続き対象外と解されており、本判決の射程は実質的に維持されると考えられます。
関連判例
本判決が判断の根拠として明示的に引用した先例は、次のとおりです。
- 最判昭和40年2月2日(民集19巻1号1頁):死亡保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に保険金受取人の固有財産となるものであり、被保険者の遺産より離脱しているとして、相続財産を構成しないとした判例。本判決における「死亡保険金請求権が相続財産を構成するものではない」という前提を支える基本判例として引用されている。
実務での使い方
本判例は、生命保険金が遺留分の問題に絡む相続案件で、保険金受取人とされた相続人(または受け取った第三者)が「受取人変更行為は遺留分の対象とならない」と主張する際の中心判例として引用します。相続実務における典型的な使いどころを整理します。
使える場面
典型的な場面は次のとおりです。
第1に、被相続人が、配偶者・子等の本来の受取人から、特定の相続人(または第三者)に死亡保険金受取人を変更した後に死亡した場面。本来の受取人や他の遺留分権利者が、新受取人に対して、受取人変更行為を遺贈・贈与に準ずる無償処分として遺留分侵害額請求(改正前は減殺請求)を試みる、というのが典型的な構図です。本件はまさにこのパターンに該当します。
第2に、被相続人が当初から特定の相続人を受取人と指定した場面。受取人を変更したのではなく、契約当初から受取人を一定の者に指定していた場合についても、同じ論理が及び、本判決の射程に含まれると解されます。
本判例は、いずれの場面でも「受取人変更(指定)行為それ自体は遺留分の対象とならない」という結論を基礎づけるものとして機能します。
保険金を受け取る側(新受取人・指定受取人側)
保険金受取人側が本判例を引用する際のポイントは、次のとおりです。
第1に、本判例の射程として「受取人変更行為それ自体は遺留分の対象とならない」というルールを正面から主張します。死亡保険金請求権が被相続人の相続財産を構成しないこと、受取人が固有の権利として原始取得することを論拠として、改正前民法1031条(現1043条以下)の対象外であることを明確に立論します。改正民法施行後の事案であっても、本判決の射程は実質的に維持されると解されているため、引き続き中心的な根拠として用いることができます。
第2に、本判決が判決文中で「遺贈または贈与」と「これに準ずるもの」の双方を否定している点を活用します。相手方が、死因贈与契約の履行としての構成や、無償死因処分としての構成で持ち出してきた場合でも、本判決はそれらを正面から否定しているため、いずれの構成についても排斥できる射程を有しています。
第3に、特別受益(民法903条)の論点は別途展開され得ることを前提として、相手方の主張に応じた防御戦略を組み立てます。具体的には後述の最判平成16年10月29日の枠組みに基づく主張に備える必要があります。
遺留分を主張する相続人側
逆に、保険金を受け取らなかった他の遺留分権利者の立場では、次の点を踏まえる必要があります。
第1に、本判例の射程により、受取人変更行為それ自体を遺留分侵害額請求(旧:減殺請求)の対象とすることは難しいことを前提に、別の枠組みでの主張を検討します。受取人変更行為=遺贈・贈与またはこれに準ずる無償処分、という構成は本判決によって正面から否定されています。
第2に、特別受益(民法903条)の枠組みで持戻しを主張することを検討します。本判決後の最判平成16年10月29日は、共同相続人の一人を死亡保険金受取人とする場合の保険金請求権について、原則として特別受益に該当しないとしつつ、保険金受取人とされた相続人と他の共同相続人との間に生じる「不公平が903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情」がある場合には、同条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象となるとの判断を示しました。「特段の事情」の判断要素として、保険金額、当該保険金額の遺産総額に対する比率、保険金受取人の被相続人との関係(同居の有無、介護等の貢献の度合い等)、各相続人と被相続人の関係などの諸般の事情の総合考慮が示されています。
第3に、変更権の濫用論の主張も理論上はありえますが、本件の控訴審が示すとおり、生命保険契約の長期性や法律上・約款上受取人変更権が契約者に留保されている性質に照らし、変更権の濫用が認められるハードルは高く、立論としてはセカンドラインに位置付けるのが現実的です。
立証上のポイント
特別受益の枠組みで持戻しを主張する場合、立証上は次の事実関係が決定的になります。
第1に、保険金額と遺産総額との比率。最判平成16年10月29日の事案そのものでは、保険金が遺産総額に対して相当の比重を占める事案ではなかったとして「特段の事情」は否定されています。実務では、保険金が遺産総額(保険金額を加えない遺産総額)に対して相当に高い割合を占めること、または遺産総額をはるかに上回ることを具体的な数値で主張・立証することが鍵となります。
第2に、受取人とされた相続人と被相続人との関係、他の相続人と被相続人との関係。受取人とされた相続人が被相続人の介護に当たっていなかった、他の相続人がむしろ介護貢献していた、被相続人と長期間別居・疎遠であった、といった事情があれば、不公平の評価に資する事実として位置付けられます。
第3に、保険契約締結や受取人変更の経緯。受取人変更が被相続人の死期間近になされたか、変更の合理的理由があったか、被相続人の真意・意思能力に問題はなかったか、といった事実関係は、変更権の濫用論や特別受益論の双方で立論材料として機能し得ます。本件のように離婚調停中に行われた受取人変更や、死亡前日の受取人変更は、合理性や経緯の点で問題視され得る事情となります。
併せて検討すべき周辺論点
本判決が扱うのは死亡保険金受取人変更行為と遺留分の関係に限定されますが、実務では次の周辺論点も併せて検討する必要があります。
第1に、特別受益による持戻しの可否(最判平成16年10月29日)。前述のとおり、特別受益の枠組みでは「特段の事情」がある場合に限り持戻しの対象となるため、保険金額と遺産総額との比率、相続人間の不公平の程度、被相続人との関係の諸事情を総合考慮した主張立論が必要となります。本判決で受取人変更が遺留分減殺の対象とならないと判示されたことと、特別受益の枠組みで持戻しの対象となり得ることは、両立する別個の問題として整理しておく必要があります。
第2に、受取人変更権の濫用論。本件のように、別居中の配偶者に対する金銭支払義務を免れる目的での受取人変更等、変更権の濫用が問題となる場面はあり得ます。ただし、変更権の濫用が認められるハードルは高く、本件控訴審も濫用には当たらないとした点は前述のとおりです。
第3に、改正民法下での遺留分侵害額請求への影響。本判決の射程は、改正民法1043条以下の遺留分の算定基礎財産の解釈にも実質的に及ぶと解され、生命保険金は引き続き遺留分(侵害額)の対象外となります。生命保険金を巡る争族案件では、改正民法施行後も本判決と最判平成16年10月29日の二本立てで論点を整理する必要がある、というのが基本的な実務の枠組みです。

