相続分なしと指定された相続人は特別寄与料を負担するか──遺留分侵害額請求権の行使と民法1050条5項|最決令和5年10月26日

判例のポイント

遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、特別寄与料(相続人以外の親族が被相続人の療養看護等に貢献した場合に相続人に対して請求できる金銭)を負担しません。本決定は、平成30年の相続法改正で新設された民法1050条の特別寄与料制度について、各相続人の負担割合(同条5項)に関し最高裁が初めて判断を示したものです。「全財産を相続させる」旨の遺言がある場合に、相続分なしと指定された相続人に対しても特別寄与料を請求できるか、という争族実務上の重要論点に決着をつけました。

目次

判例情報

  • 裁判所:最高裁判所第一小法廷
  • 判決日:令和5年10月26日
  • 事件番号:令和4年(許)第14号
  • 関連条文:民法902条、1046条、1050条

事案の概要

本件は、被相続人の親族(子の配偶者)が、被相続人の療養看護を行ったとして、相続人の一方に対し特別寄与料の支払を求めたところ、その相続人が「全財産を他方の相続人に相続させる」旨の遺言により相続分なしと指定されていた、という事案です。当該相続人は遺留分侵害額請求権を行使していたため、その行使によって特別寄与料の負担が生じるかが争われました。

登場人物

  • A(被相続人):令和2年6月死亡。生前、財産全部をBに相続させる旨の公正証書遺言を作成。
  • B(Aの子・受遺相続人):本件遺言により全財産を相続させる旨の指定を受けた相続人。
  • Y(Aの子・相手方):本件遺言により相続分をないものと指定された相続人。Bに対し遺留分侵害額請求権を行使。
  • X(抗告人・特別寄与者):Bの妻(Aの子の配偶者)。Aの療養看護を行ったとして、Yに対し特別寄与料の支払を請求。

時系列

  • 平成19年11月:Aが財産全部をBに相続させる旨の公正証書遺言を作成
  • 令和2年6月5日:A死亡(相続開始)
  • 令和2年12月:XがYに対する協議が調わなかったとして、名古屋家庭裁判所に特別の寄与に関する処分の申立て
  • 令和3年3月:YがBに対し、遺留分侵害額請求権を行使する旨の意思表示
  • 令和4年3月18日:第一審(名古屋家庭裁判所)が申立てを却下
  • 令和4年6月29日:原審(名古屋高等裁判所)が即時抗告を棄却
  • 令和5年10月26日:最高裁が許可抗告を棄却

経緯

Aは、平成19年11月、自己の所有する財産全部をBに相続させる旨の公正証書遺言を作成していました。Aの相続人は子であるBとYの2名です。Aは令和2年6月に死亡し、相続が開始しました。

Bの妻であるXは、生前のAの療養看護を行ったと主張し、相続開始後にYに対して特別寄与料の支払を請求しましたが、協議が調わなかったため、令和2年12月、家庭裁判所に特別の寄与に関する処分の申立てをしました。

その後、令和3年3月、YはBに対し、遺留分侵害額請求権を行使する旨の意思表示をしました。本件遺言は、Bの相続分を全部、Yの相続分をないものと指定する趣旨を含むものと解されており、Yはこの遺言によって遺留分を侵害されたため、Bに対して遺留分相当額の金銭請求権を取得した形になります。

X側は、Yが遺留分侵害額請求権を行使した以上、民法1050条5項の適用上、Yの指定相続分を遺留分割合(本件では4分の1)とみなすべきであり、その範囲で特別寄与料を負担すべきだと主張しました。これに対し、第一審(名古屋家庭裁判所)、原審(名古屋高等裁判所)はいずれも、Yは相続分なしと指定された相続人であって特別寄与料を負担せず、遺留分侵害額請求権の行使によってもこの結論は左右されないとして、Xの申立てを却下しました。Xは最高裁に許可抗告を申し立てましたが、最高裁も原審の判断を是認し、抗告を棄却しています。

争点

遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使した場合、特別寄与料を負担するか

──民法1050条5項は、相続人が数人ある場合の特別寄与料の負担割合について、民法900条から902条までの規定により算定した相続分(以下「法定相続分等」といいます)によると定めています。では、相続分なしと指定された相続人(指定相続分が0の相続人)が遺留分侵害額請求権を行使した場合に、その指定相続分を遺留分割合とみなして特別寄与料を負担させることはできるのでしょうか。

抗告人(X)側の主張:民法1050条5項を形式的に解釈すれば、相続分なしと指定された相続人(Y)の指定相続分は0となり、特別寄与料を負担しないという結論になる。しかし、Yが遺留分侵害額請求権を行使した場合には、相続人間の公平の見地から、同条5項の適用上、Yの指定相続分を遺留分割合(本件では4分の1)とみなすのが相当である。遺留分権利者も、特別寄与者の貢献によって維持または増加した相続財産に由来する財産を遺留分割合に従って承継しているといえるし、全財産を一方に相続させる遺言の場合だけ他方相続人に特別寄与料を請求できないとすることは、相続人間の公平を図る同条5項の趣旨に反する。

相手方(Y)側の主張:相続分なしと指定された相続人は特別寄与料を負担せず、このことは遺留分侵害額請求権を行使しても変わらない。

裁判所の判断

判旨の要約

  • 結論:遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、特別寄与料を負担しない。
  • 理由:民法1050条5項は、相続人間の公平に配慮しつつ、特別寄与料をめぐる紛争の複雑化・長期化を防止する観点から、明確な基準である法定相続分等によることとしたものであり、遺留分侵害額請求権の行使という同項が規定しない事情によって負担割合が修正されるものではないから。

判決文の引用

最高裁は、次のように判示しました。

民法1050条5項は、相続人が数人ある場合における各相続人の特別寄与料の負担割合について、相続人間の公平に配慮しつつ、特別寄与料をめぐる紛争の複雑化、長期化を防止する観点から、相続人の構成、遺言の有無及びその内容により定まる明確な基準である法定相続分等によることとしたものと解される。このような同項の趣旨に照らせば、遺留分侵害額請求権の行使という同項が規定しない事情によって、上記負担割合が法定相続分等から修正されるものではないというべきである。

そうすると、遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、特別寄与料を負担しないと解するのが相当である。

判例の考え方

本決定の論理は、次の3段階で整理できます。

第1に、民法1050条5項の趣旨の捉え方。同項は、各相続人の特別寄与料の負担割合を「法定相続分等」(法定相続分または指定相続分)によることとしています。最高裁は、この規律の趣旨を二つの観点から説明しました。一つは相続人間の公平であり、もう一つは特別寄与料をめぐる紛争の複雑化・長期化の防止です。

ここで重要なのは、最高裁が法定相続分等という基準について「相続人の構成、遺言の有無及びその内容により定まる明確な基準」と性格づけている点です。法定相続分等は、相続人が誰か、遺言があるか、遺言の内容はどのようなものかという、相続開始の時点で定まる事情だけで決まる基準であり、その後の事情変動に左右されません。最高裁は、この基準の明確性を重視しました。

第2に、遺留分侵害額請求権の行使は「同項が規定しない事情」だという位置づけ。民法1050条5項は、特別寄与料の負担割合を法定相続分等によると定めるのみで、遺留分侵害額請求権の行使については何も規定していません。最高裁は、この点を捉えて、遺留分侵害額請求権の行使を「同項が規定しない事情」と位置づけました。

そして、明確な基準という同項の趣旨に照らせば、同項が規定しない事情によって負担割合が修正されることはない、というのが結論を導く中核の論理です。

第3に、相続分なしと指定された場合への当てはめ。民法902条による相続分の指定により、相続分なしと指定された相続人の指定相続分は0となります。1050条5項を素直に適用すれば、その相続人の負担割合も0となり、特別寄与料を負担しないという結論になります。最高裁は、この帰結が遺留分侵害額請求権の行使によっても変わらないと結論づけました。

結論に至る処理

第一審(名古屋家庭裁判所)は、相続分がないものと指定されたYの指定相続分は0であり、Xが請求できる特別寄与料は0円となるとして、申立てを却下しました。原審(名古屋高等裁判所)もこの判断を維持し、即時抗告を棄却しています。最高裁は、原審の判断を「正当として是認することができる」とし、Xの許可抗告を棄却しました。

判例の射程

本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。

「相続分がないものと指定された相続人」に対する判断

最高裁は、結論部分で「遺言により相続分がないものと指定された相続人」と明示的に限定しています。本件のように、全財産を一方の相続人に相続させる旨の遺言があり、他方の相続人の相続分が「ないもの」と指定された場合が典型です。

「全財産を相続させる」旨の遺言は、判決文でも「Bの相続分を全部と指定し、相手方の相続分をないものと指定する趣旨を含む」と評価されており、相続分の指定(民法902条)の一場面として処理されています。同様の指定がされた事案には、本判例の結論がそのまま及びます。

他方、相続分の指定がされていない場合(法定相続分により処理される場合)や、指定相続分が0ではないが法定相続分より少なく指定されている場合(例えば指定相続分が10分の1の場合)は、本判例の射程の外にあります。これらの場合、相続人は法定相続分等に応じた特別寄与料を負担することになります。

「同項が規定しない事情によって負担割合は修正されない」という命題

判旨は、結論を導く前提として「遺留分侵害額請求権の行使という同項が規定しない事情によって、上記負担割合が法定相続分等から修正されるものではない」と述べています。

この説示は、本件で問題となった遺留分侵害額請求権の行使にとどまらず、民法1050条5項が規定しない事情一般について、それを理由に負担割合を修正することを否定するという形をとっています。これは、本判例が単に遺留分侵害額請求権の行使という個別事情についての判断にとどまらず、1050条5項の解釈に関する一般的な指針を示したものとして読むことができます。

「相続分の指定がない者」という関係に関する判断

本件は、特別寄与料を「請求する側」(X)の主張と「請求を受ける側」(Y)の関係についての判断です。判旨は、相続人Y(相続分なしと指定された相続人)が特別寄与料を負担しないという結論を述べたもので、相続分の指定を受けた相続人B(本件で全財産を相続する相続人)の負担関係について直接判断しているわけではありません。

ただし、Bは指定相続分100%(全部)であり、特別寄与料を負担する場合は全額を負担することになるという帰結は、1050条5項から論理的に導かれます。

実務での使い方

本判例は、遺言により全財産を一方の相続人に相続させるとされ、他方の相続人が遺留分侵害額請求権を行使したケースで、特別寄与料の請求を巡る紛争が生じた場合の処理基準を示すものです。争族案件における典型的な使いどころを整理します。

使える場面

典型的な場面は次の3つです。

第1に、全財産を一方の相続人に相続させる旨の遺言がある事案で、被相続人を療養看護した親族(子の配偶者など)が、遺言により相続分なしとされた相続人に対して特別寄与料を請求してきた場面。本件のように、子の配偶者が舅・姑の介護を担うケースは実務でも頻繁に見られます。本判例は、相続分なしと指定された相続人がそもそも特別寄与料の負担主体とならないことを明らかにしました。

第2に、特別寄与料を請求する立場にある親族が、誰を相手方として申立てをすべきかを判断する場面。本判例によれば、相続分なしと指定された相続人は遺留分侵害額請求権を行使していても特別寄与料を負担しないため、請求の相手方は相続分の指定を受けた相続人(本件のB)に絞られることになります。

第3に、遺言の有効性や解釈が争われている事案で、遺言が有効であれば相続分なしと指定される相続人が出る場合に、特別寄与料の請求可能性をあらかじめ検討する場面。遺言の効力次第で特別寄与料の請求対象が変動するため、遺言争いと特別寄与料請求は連動して検討する必要があります。

特別寄与料を請求する側(特別寄与者側)

特別寄与料の請求を検討する立場では、本判例を踏まえて次の点を押さえる必要があります。

第1に、請求の相手方の選定。全財産を一方の相続人に相続させる遺言がある場合、相手方は当該相続分の指定を受けた相続人に絞られます。相続分なしと指定された相続人に対して請求しても、本判例により負担しないとされるため、却下を免れません。

第2に、期間制限への対応。特別寄与料の請求は、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月以内、または相続開始の時から1年以内という比較的短期の期間制限があります(民法1050条2項ただし書)。相続人を確定するためにも、遺言の存否・内容を早期に確認する必要があります。

第3に、遺留分侵害額請求権の行使を待たないこと。本判例により、相続分なしと指定された相続人が遺留分侵害額請求権を行使しても特別寄与料の負担関係は変わりません。したがって、遺留分侵害額請求権の行使を理由に請求対象を拡げる主張は通りません。期間制限の関係でも、遺留分侵害額請求権の行使の有無が確定するのを待つ必要はなく、むしろ相続開始から速やかに動くことが求められます。

特別寄与料の請求を受ける側

請求を受けた相続人の立場では、自らが「相続分の指定を受けた相続人」(指定相続分があり0より大きい相続人)なのか、「相続分なしと指定された相続人」なのかを最初に確認する必要があります。

相続分なしと指定された相続人であれば、本判例を引用して特別寄与料を負担しないと主張できます。遺留分侵害額請求権をすでに行使している場合や、これから行使する予定がある場合でも、それによって負担関係が変わることはありません。

他方、相続分の指定を受けた相続人(本件のような全部指定の場合は全額負担)であれば、特別寄与料の額そのものを争う方向で対応することになります。具体的には、特別寄与の事実(被相続人の療養看護等)の有無、寄与の程度、相続財産との関係などを争点として検討します。なお、家庭裁判所は一切の事情を考慮して特別寄与料の額を定めることとされており(民法1050条3項)、その「一切の事情」には遺留分を有する相続人の利益も含まれると考えられます。

立証上のポイント

本判例の射程は明確であり、立証上の中心は遺言の効力と相続分の指定の有無・内容にあります。

第1に、遺言が「全財産を相続させる」旨のものか、それ以外の指定をしているか。「全財産を相続させる」旨の遺言は、相続分の全部の指定の趣旨を含むと解されており、他方相続人の相続分は「ないもの」と指定されたことになります。

第2に、「相続させる」旨の遺言と「遺贈する」旨の遺言の区別。本判例は「相続させる」旨の遺言の事案ですが、判旨は遺言による相続分の指定の場面を念頭に置いた説示となっています。包括遺贈の場合の処理は、本判例の直接の射程とは別の検討を要します。

第3に、遺言自体の効力(遺言能力、方式違背、撤回の有無等)。遺言の効力が認められなければ相続分の指定がないことになり、各相続人は法定相続分に応じて特別寄与料を負担することになるため、遺言の効力は特別寄与料請求の前提として極めて重要です。

併せて検討すべき周辺論点

本判例は1050条5項の解釈に関する判断ですが、特別寄与料制度全体を扱う実務では、以下の周辺論点も併せて検討する必要があります。

第1に、特別寄与者の範囲(民法1050条1項)。特別寄与料を請求できるのは、相続人以外の被相続人の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)です。子の配偶者(嫁・婿)、被相続人の兄弟姉妹、甥姪などが典型例で、内縁配偶者や事実上の養子は含まれません。

第2に、「特別の寄与」の意義。被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をしたことが要件とされ、療養看護や家業従事などの労務の提供が典型です。日常的・通常の親族関係に基づく行為は「特別の寄与」とは評価されにくく、寄与の程度や継続性が問題になります。

第3に、期間制限(民法1050条2項ただし書)。特別寄与料の請求は、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月以内、または相続開始の時から1年以内に家庭裁判所に処分の請求をしなければなりません。短期の期間制限であり、徒過すると請求できなくなるため、相続開始後の早期対応が必須です。

第4に、特別寄与料の額(民法1050条3項)。当事者間の協議が調わない場合、家庭裁判所が一切の事情を考慮して額を定めます。「一切の事情」には、寄与の時期・方法・程度、相続財産の額のほか、遺留分を有する相続人の利益なども含まれると考えられており、家庭裁判所の裁量の幅は広く認められています。

第5に、相続させる遺言と相続分の指定の関係。本判例は「全財産を相続させる」旨の遺言を相続分の全部の指定として処理していますが、財産を特定して相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)が当該財産を超える相続分の指定を含むかどうかは、遺言の解釈問題として個別に判断されます。遺言の文言、被相続人の意思、相続財産の構成などを総合的に検討する必要があります。

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