対立する相続人を切り離し、結束する相続人間での「共有」を認めた事例|福岡高決平成4年12月25日
遺産分割は、相続人間の共有関係を解消し、各自の単独所有に振り分ける手続だと理解されています。しかし、福岡高等裁判所は、相続人の一部(長男)とその余の相続人(妻・二男・長女・二女)との間に感情的な対立がある一方、その余の相続人どうしは結束していたという事案で、対立する長男を分割によって切り離してその取得分を確定させ、結束しているその余の相続人の間では、本人らの希望に沿って共有での取得を認めました。遺産分割において、対立する相続人を切り離す一方、争いのない相続人どうしには共有のままの取得を認めるという柔軟な分割があり得ることを示した裁判例です。
判例情報
- 裁判所:福岡高等裁判所
- 決定日:平成4年12月25日
- 事件番号:平成3年(ラ)第148号
- 関連条文:民法906条/(平成元年改正前)法例25条/(1990年改正前)大韓民国民法1008条
事案の概要
本件は、家業の林業を営んでいた被相続人の遺産分割で、長男だけが他の相続人と感情的に対立し、残りの相続人(妻・二男・長女・二女)は結束していたという事案です。原審の遺産分割審判に対して長男が即時抗告し、福岡高等裁判所が分割の方法を判断しました。
なお、本件の被相続人は、日本に永住していた韓国籍の方で、相続人・相続分は韓国民法により定められていますが、本記事では分割の方法に焦点を当てて整理します。
登場人物
- A(被相続人):日本に永住し、家業として林業を営んでいた。
- Y1(Aの妻・相手方):相続分は9分の4。
- X(Aの長男・抗告人):相続分は9分の2。日本に帰化した際にAから不動産の贈与を受けた(特別受益)。林業に従事。Y1らと感情的に対立。
- Y2(Aの長女・相手方):相続分は18分の1。婚姻している。
- Y3(Aの二男・相手方):相続分は9分の2。日本に帰化した際にAから不動産の贈与を受けた(特別受益)。A・Y1と同居し、家業の林業に従事。
- Y4(Aの二女・相手方):相続分は18分の1。婚姻している。
時系列
- 昭和62年1月6日:Aが死亡(相続開始)
- 昭和63年:Y1ら4名が長崎家庭裁判所上県出張所に遺産分割の審判を申立て
- 平成元年11月13日:調停期日において、当事者双方が分割対象財産の範囲と評価額を合意
- 平成3年9月27日:原審判(現物の分割と寄託金の分配を決定)
- 平成3年:Xが即時抗告
- 平成4年12月25日:福岡高等裁判所が原審判の一部を変更する決定(本決定)
経緯
Aは、家業として林業を営んでいました。長男Xと二男Y3はいずれも日本に帰化しており、その帰化に際してAから複数の不動産の贈与を受けています(後に特別受益として扱われます)。Aの死亡により相続が開始し、妻Y1ら4名が遺産分割の審判を申し立てました。遺産は、不動産、借地権、分収林(他人の土地に植林し、伐採収益を土地所有者と分け合う契約に基づく権利)、動産、出資金など多岐にわたり、これとは別に、Aの死亡事故に関する保険金のうち2100万円が弁護士に寄託されていました(本件の「寄託金」)。
この遺産分割では、相続人間の対立が一様ではありませんでした。長男XはY1ら他の相続人と感情的に対立していた一方、その余の相続人であるY1・Y2・Y4は、分割の進め方について二男Y3の意見に同調しており、Y1ら4名は結束していました。Y3はA・Y1と同居して家業の林業に従事してきた人物で、Xもまた林業に従事してきました。
Y1らは、相続人全員の間で個別に財産を割り振る分割ではなく、対立しているXと、結束しているY1らグループとの間で遺産を分け、Y1らに割り振られた財産の多くについてはY1ら相互の共有のままとすること、出資金はY3の単独取得とすることを希望しました。原審判はおおむねこの希望に沿った分割をし、Xには林業の継続に必要な財産を単独取得させたうえ、過不足を寄託金で調整しました。これに対しXが、分割の方法などに不服があるとして即時抗告したのが本件です。
争点
結束している相続人と対立している相続人が混在するとき、どのような方法で遺産を分割すべきか
遺産分割の方法については、日本の民法906条が、遺産に属する物や権利の種類・性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態、生活の状況その他一切の事情を考慮して分割する、という基準を定めています。本件の準拠法である韓国民法にはこれに相当する規定がありませんでしたが、裁判所は、明文の基準がなくても諸般の事情を総合考慮して分割方法を定められることを前提に、本件の対立構造をどう分割に反映させるかを判断することになりました。
X側の立場:原審判を取り消し、家庭裁判所に差し戻すよう求めました(分割のやり直しを求める立場です)。Xは、債務について判断がない、自己名義の財産を分割の対象とする合意は錯誤により無効である、第三者と範囲を争っている分収林を対象とするのは違法である、などと主張しました。
Y1ら側の立場:相続人全員への個別の分割ではなく、対立しているXとY1らグループとの間で遺産を分けたうえ、Y1らに分割された不動産の多くはY1ら間の共有とすること、出資金はY3の単独取得とすることを希望しました。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:対立するXと結束するY1らグループとの間で遺産を分け、Xには林業の継続に必要な財産を単独取得させて過不足を寄託金で調整する一方、Y1らに割り振った財産については、Y1らの希望に沿って共有での取得を認めました。Xの抗告理由はいずれも退け、原審判のうち寄託金の分割部分のみを変更しています。
- 理由:準拠法である韓国民法には日本の民法906条に相当する分割基準の規定はないものの、当事者間の対立状況、家業への従事状況、相続人らの共有の希望といった諸般の事情を総合考慮して分割するのが相当である、というのが基本的な理由です。
決定文の引用
福岡高等裁判所は、分割の方法について、次のように述べています。
遺産分割の方法について大韓民国民法には我が民法九〇六条に相当する規定はないが、本件において、抗告人と相手方らとの間には感情的対立が窺われる反面、相手方ら間では本件分割について相手方永川善隆の意見に同調する考えであること、相手方永川善隆は、被相続人や相手方崔明順と同居して家業である林業に従事し、他方抗告人も右林業に従事してきたこと
そして、これらの事情を踏まえ、次のように結論づけました。
まず、本件分割の対象財産を抗告人と相手方らとの間で分割し、相手方ら間では共有を希望する不動産については、その希望に応じてこれを認めるのが相当と考える。
最終的な分割は、次の判断に基づいてされています。
本件記録から認められる諸般の事情を総合考慮して、本件分割の対象財産を次のとおり分割する。
判例の考え方
本決定が共有での取得を認めるに至った判断は、次の3つの段階で整理できます。
第1に、相続人間の対立が一様でないことの把握。本決定がまず着目したのは、相続人間の対立の構図です。長男Xと、その余の相続人であるY1らとの間には感情的対立がうかがわれる一方、Y1ら相互の間にはそうした対立がなく、Y1・Y2・Y4は二男Y3の意見に同調していました。つまり、対立はもっぱらX対Y1らという形であって、Y1らの内部は結束していたわけです。本決定は、相続人全員を一律に扱うのではなく、この対立の濃淡を分割方法に反映させる前提を置きました。
第2に、対立する相続人の切り離し。対立しているXについては、その取得分を確定させて遺産関係から離脱させる必要があります。本決定は、Xが林業に従事してきたことを踏まえ、林業の継続に必要な不動産・分収林・動産をXに単独取得させ、Xの具体的相続分(特別受益を考慮して算定した、実際に取得できる相続分)との過不足を、金銭である寄託金で調整しました。対立する相続人については現物の取得分を明確にして単独所有とし、端数は金銭で清算するという、共有関係を残さない処理がされています。
第3に、結束する相続人間での共有の許容。これに対し、結束しているY1らの間では、財産を相互の共有のまま取得することが希望されていました。遺産分割は本来、相続人間の共有関係を解消する手続ですが、本決定は、Y1らがそろって共有での取得を望んでいる以上、その希望に応じて共有取得を認めるのが相当としました。共有のままにしておくと将来再び共有物分割が問題になり得るため、分割では単独所有への振り分けが原則とされますが、当事者がそれを望み、かつ相互に対立がない場合には、共有取得という選択もあり得るという判断です。
このように本決定は、遺産分割の方法を一律に考えるのではなく、相続人間の対立の有無という事情に応じて、対立する相続人は金銭調整を伴う単独取得で切り離し、対立のない相続人の間では本人らの希望どおり共有取得を認める、という使い分けをしました。日本の民法906条が掲げる「各相続人の……生活の状況その他一切の事情」を考慮するという発想と、実質的に重なり合う処理といえます。
結論に至る処理
具体的な分割は次のとおりです。分割対象財産の総評価額は、特別受益額と寄託金を含めて1億1736万円とされました。Xについては、法定相続分9分の2にあたる2608万円から、帰化に際して贈与を受けた不動産の価額(特別受益額)740万円を控除した1868万円が具体的相続分となります。Xには、林業の継続に必要な不動産・分収林・動産(評価額合計1215万円)を単独取得させ、具体的相続分との差額653万円を寄託金から取得させました。
結束しているY1らについては、Y1の具体的相続分は5216万円、Y3は特別受益額880万円を控除した1728万円、Y2・Y4は各652万円とされました。現物は、Y1らの希望に沿って、一部の不動産をY1・Y3の共有(持分各2分の1)、動産・出資金をY3の単独取得とし、その余をY1ら4名の相続分に応じた共有(持分はY1が14分の8、Y3が14分の4、Y2・Y4が各14分の1)としています。寄託金の残額1447万円は、おおむね各人の具体的相続分の比率で分配されました(Y1が915万円、Y3が303万円、Y2・Y4が各114万5000円)。
Xの抗告理由については、被相続人の債務は特段の事情のない限り法定相続分に応じた分割債務となるからこれを分割の対象としなくても不当ではないこと、調停期日での合意を錯誤により無効とする主張は錯誤の内容を認める証拠がないこと、遺産分割の審判裁判所はその独自の権能として遺産の範囲を判断できるから第三者との争いが未解決であるだけで分割が許されないとはいえないこと、などを理由に、いずれも退けられました。
最終的に、原審判のうち現物の分割は正当としつつ、寄託金の分割部分のみを変更しています。原審判が寄託金の一部を法定相続分に応じて分配していたのに対し、本決定は、寄託金を含めた総額を基礎に各人の具体的相続分を計算し直し、それに沿って寄託金を分配する形に改めました。
判例の射程
本判例の射程について、決定文の表現に即して整理します。
共有取得は「相続人らの希望」を前提とした事例判断
本決定が共有での取得を認めたのは、Y1らが「共有を希望する」と表明していたことが前提です。決定文は「相手方ら間では共有を希望する不動産については、その希望に応じてこれを認めるのが相当」と述べており、相続人の希望があってはじめて共有取得を認めたものです。相続人が望まない場合にまで裁判所が共有取得を命じてよい、という趣旨を含むものではありません。
対立の有無に着目した「諸般の事情」の総合考慮
本決定は、共有取得を認める判断を、「抗告人と相手方らとの間には感情的対立が窺われる反面、相手方ら間では……同調する」という対立構造の認定と結びつけています。あわせて、家業への従事状況なども考慮した「諸般の事情を総合考慮して」の分割であり、相続人間に対立がない、あるいは結束しているという事情が常に共有取得を基礎づける、という一般的な基準を立てたものではありません。本件の対立の濃淡という具体的事情を前提とした判断です。
分割基準の規定がない準拠法の下での判断
本決定は、準拠法である韓国民法に日本の民法906条に相当する規定がないことを確認したうえで、諸般の事情を総合考慮して分割しています。日本の民法906条そのものを直接適用ないし解釈した判断ではない点には、形式的には留意が必要です。もっとも、考慮された事情の内容は、民法906条が掲げる事情と実質的に重なり合うものといえます。
切り離された相続人の処理は単独取得と金銭調整による
対立する相続人Xについては、林業の継続に必要な財産を単独取得させ、過不足を寄託金(金銭)で調整しています。これは、Xが林業に従事してきたという事情と、調整に充てられる金銭(寄託金)が存在したという本件の事情を前提とする処理であり、対立する相続人を切り離す方法が常に現物の単独取得と金銭調整による、という一般則を示したものではありません。
実務での使い方
本決定は、相続人の一部だけが他と対立し、残りの相続人どうしは結束しているという遺産分割で、分割の方法をどう設計するかを考える場面で参考になります。相続案件における使いどころを整理します。
使える場面
相続の現場では、相続人全員がばらばらに対立しているとは限りません。むしろ、特定の一人(あるいは一つのグループ)だけが他の相続人と鋭く対立し、残りの相続人はまとまっている、という構図はよく見られます。本決定は、こうした「対立の濃淡」がある事案で、対立する相続人をまず切り離してその取得分を確定させ、結束している相続人の間では共有での取得も選択肢になることを示しています。
とりわけ、家業用の財産や、相続人の一部が居住・利用を続けたい不動産が遺産に含まれる場合に、結束している相続人どうしがその財産を共有のまま持ち続けることを望むことがあります。本決定は、相続人がそろってそれを希望し、相互に対立がないのであれば、共有取得を認める余地があることの実例になります。
結束する相続人の側(共有での取得を望む側)
結束している相続人として共有での取得を求める立場では、次の点を押さえることになります。第1に、共有を希望する相続人全員の意思が一致していることを明確に示すことです。本決定でも、Y1・Y2・Y4がY3の意見に同調し、Y1らが結束していたことが前提になっていました。第2に、共有のまま取得することの合理性、たとえば対象財産の利用・管理の体制や、共有を望む理由を具体的に説明できるようにしておくことです。
もっとも、共有取得は将来の共有物分割という火種を残す選択でもあります。結束している関係が将来にわたって続く保証はありませんから、共有での取得を選ぶ場合には、持分割合、管理や費用負担の取り決め、将来共有を解消する際の方法などを、あらかじめ相続人間で取り決めておくことが望ましいといえます。
対立する相続人の側(切り離される側)
他の相続人と対立している相続人の側では、切り離されて取得分を確定させられる場面で、自分にとって必要な財産を確保し、金銭調整の額を適正にすることが目標になります。本決定では、Xが林業に従事してきたことを踏まえて事業の継続に必要な財産が単独取得とされ、具体的相続分との差額が金銭で調整されました。自分が事業や生活で必要としている財産があるなら、その必要性を資料とともに主張し、現物での取得を求めることが考えられます。あわせて、調整に用いられる金銭(本件では寄託金)の評価や、自分の特別受益として控除される額が過大になっていないかを点検することが、取得額を左右します。
立証上のポイント
本決定の分割を支えたのは、相続人間の対立の構図と、各相続人の希望、家業への従事状況といった事情の認定です。分割方法を有利に運ぶには、これらの事情を具体的な資料で裏付けることが重要になります。誰と誰が対立し、誰と誰が結束しているのかという相続人間の関係、対象財産の利用・管理の実態、事業や居住の継続の必要性、共有を望む(あるいは単独取得を望む)理由を、陳述や客観的な資料で示していくことになります。
また、本決定で重みを持ったのは、調停期日における対象財産と評価額の合意でした。Xは後からこの合意を錯誤により無効と主張しましたが、退けられています。調停の場で対象財産の範囲や評価額に合意するときは、後から覆すことが難しいことを前提に、その場で慎重に確認しておく必要があります。逆にいえば、いったん成立した合意は分割の安定した基礎になりますから、合意の内容と経緯を調書等で明確にしておくことが、分割方法を巡る後の争いへの備えになります。
併せて検討すべき周辺論点
第1に、遺産共有と物権法上の共有の関係です。本決定はY1らに共有での取得を認めましたが、遺産分割によって相続人が取得した持分は、遺産共有を脱した通常の共有となります。その後にこの共有を解消するには、遺産分割ではなく、共有物分割(民法258条)の手続によることになります。共有での取得を選ぶ場合には、将来の解消手続が遺産分割とは別の枠組みになる点を理解しておく必要があります。
第2に、現物分割・代償分割・換価分割との関係です。本決定は、Xには現物を単独取得させて差額を金銭で調整し、Y1らには共有取得を認めるという組み合わせの分割をしました。遺産分割では、現物をそのまま分ける現物分割のほか、一部の相続人が現物を取得して他の相続人に金銭を支払う代償分割、遺産を売却して代金を分ける換価分割といった方法があり、事案に応じてこれらを組み合わせることになります。どの方法が適切かは、財産の性質、相続人の希望、調整に充てられる資力などを踏まえて検討することになります。
第3に、準拠法と相続人・相続分の確定です。本件の被相続人は韓国籍であり、相続人・相続分は韓国民法によって定められています。外国籍の被相続人の遺産分割では、分割方法を検討する前提として、どの国の法律によるか(現在は法の適用に関する通則法36条により被相続人の本国法によります)、その法律のうちどの時点の規定が適用されるかを確認する作業が必要です。

