保険金受取人の指定がない場合の死亡保険金は相続人の固有財産であるとした事例(最高裁昭和48年6月29日判決)
- 争点:保険金受取人の指定がない場合に「被保険者の相続人に支払う」とする約款に基づく死亡保険金は、被保険者の遺産に含まれるのか?
- 結論:最高裁は、この約款の定めは保険金受取人を「相続人」と指定したのと同じであり、死亡保険金は相続人の固有財産であると判断した。
- ポイント:死亡保険金が遺産に含まれないという判断は、相続債権者への弁済や遺産分割に大きな影響を与える。
事案の概要

この事件は、交通事故で亡くなった方の死亡保険金が遺産に含まれるのかどうかが争われたケースです。
A(被保険者)は、江ノ島鎌倉観光株式会社の従業員でした。Aは、昭和43年11月、X(原告・自動車販売会社)から乗用自動車1台を代金68万1,860円で購入し、月賦(分割払い)で支払う約束をしていました。
ところが、Aは、昭和44年1月16日、交通事故により即日死亡してしまいます。この時点で、自動車の残代金42万8,880円が未払いのままでした。
Aの単独相続人であるB(Aの父)は、限定承認(相続した財産の範囲内でのみ故人の借金を返済するという手続き)を行い、相続財産の清算を進めました。Xに対しては、債権額に応じた配当として3万4,656円が支払われ、清算手続は昭和44年12月8日に終了しました。
一方、Aは生前、勤務先を通じて千代田火災海上保険株式会社との間で交通事故傷害保険契約(団体保険)に加入していました。この保険契約では、保険金受取人の指定がされていませんでした。Aの死亡により、保険約款の規定に基づき、相続人であるBが保険金487万5,000円を受け取ることになりました。
しかし、Bも昭和45年1月25日に死亡。Y1〜Y5(被告・Bの共同相続人5名、相続分各5分の1)がBの権利義務を引き継ぎ、同年5月1日に保険金を受領しました。
そこで、自動車の残代金を回収できなかったXは、「保険金はAの遺産であり、それを財産目録に記載せずに清算したのは不当だ」として、Y1〜Y5に対し、各自7万8,844円の支払いを求めて訴えを起こしました。
主な争点
保険金受取人の指定がない場合の死亡保険金は「遺産」か「相続人固有の財産」か?
本件の保険約款第4条には、次のような規定がありました。
「当会社は、被保険者が傷害を被り、その直接の結果として180日以内に死亡したときは、保険金額の全額を保険金受取人、もしくは保険金受取人の指定のないときは被保険者の相続人に支払います。」
Aは保険金受取人を指定していなかったため、この「被保険者の相続人に支払う」という条項が適用されます。
ここで問題となったのが、この条項の法的な意味です。
Xは、「受取人を指定していないのだから、保険金はまずAに帰属し、相続財産としてBに相続されたにすぎない。したがって、限定承認の清算対象になるべきだ」と主張しました。
一方、Y1〜Y5は、「この条項は受取人を相続人と指定したのと同じであり、保険金はBの固有財産であって、Aの遺産には含まれない」と反論しました。
団体保険の場合にも同じ法理が適用されるか?
Xはさらに、本件が勤務先を通じた団体傷害保険であることを理由に、「団体保険は従業員やその家族の福利厚生が目的であり、被保険者以外の第三者に保険金を受け取らせることは団体保険の趣旨に反する」とも主張しました。
裁判所の判断
死亡保険金は相続人の「固有財産」である
最高裁は、Xの上告を棄却し、死亡保険金はAの遺産ではなく、相続人の固有財産であると判断しました。
まず、約款の「保険金受取人の指定のないときは、保険金を被保険者の相続人に支払う」という条項について、最高裁は次のように述べています。
右条項は、被保険者が死亡した場合において、保険金請求権の帰属を明確にするため、被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解するのが相当であり、保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがないというべきである。
つまり、「受取人の指定がないときは相続人に支払う」という規定は、単なる手続き上の便宜ではなく、実質的に「相続人」を受取人に指定したのと同じ意味を持つと解釈したのです。
その上で、最高裁は、過去の判例(昭和40年2月2日第三小法廷判決)を引用し、次の法理を確認しました。
保険金受取人を相続人と指定した保険契約は、特段の事情のないかぎり、被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者のための契約であり、その保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固有財産となり、被保険者の遺産から離脱したものと解すべきである。
これをわかりやすく言い換えると、死亡保険金は相続によって受け取るお金ではなく、保険契約によって相続人が直接取得するお金だということです。相続財産とは別のルートで相続人のもとに届くものなので、遺産分割の対象にもならず、相続債権者が差し押さえることもできません。
団体保険でも結論は変わらない
Xが主張した「団体保険だから被保険者以外が受取人になるのはおかしい」という点についても、最高裁は明確に退けました。
本件保険契約が、団体保険として締結されたものであつても、その法理に変りはない。
原審も、「死亡保険金の場合は被保険者が死亡することによってその請求権が発生するのであるから、当然当該被保険者以外の者が保険金受取人となるべき筋合のもの」と指摘しており、団体保険であるかどうかは結論に影響しないことが示されました。
弁護士の視点
この判例から学べる実務上の教訓は、死亡保険金と遺産は法的に別物であるという点です。この区別を理解しておくことで、将来のトラブルを防ぐことができます。
保険金受取人は明確に指定しておく
本件では受取人が指定されていなかったために争いが生じました。保険金を確実に届けたい相手がいる場合は、保険契約の段階で受取人を具体的に指定しておくことが重要です。特に、法定相続人以外の方(内縁の配偶者や特定の子など)に受け取らせたい場合は、必ず指定が必要です。
限定承認をする場合は相続財産の範囲を正確に把握する
限定承認は相続財産の範囲内で債務を弁済する手続きですが、その前提として相続財産の範囲を正しく確定する必要があります。死亡保険金は原則として相続財産に含まれませんが、他の財産(不動産、預貯金、有価証券など)は漏れなく財産目録に記載する必要があります。
相続債権者の立場では保険金を当てにできないことを認識する
故人にお金を貸していた方や未払い代金がある方にとって、この判例は厳しい内容です。死亡保険金は遺産ではないため、相続債権者が保険金から弁済を受けることはできません。債権回収のためには、生前に適切な担保を設定しておくなどの対策が求められます。
まとめ
本判例は、保険金受取人の指定がない場合であっても、約款に「被保険者の相続人に支払う」と定められていれば、それは受取人を「相続人」と指定したのと同義であり、死亡保険金は相続人の固有財産になるという重要な判断を示しました。
読者の皆さまに覚えておいていただきたいのは、死亡保険金は原則として遺産とは別物であるということです。この理解があるかないかで、限定承認や遺産分割の場面での判断が大きく変わってきます。保険契約の内容や受取人の指定状況を、ぜひ一度確認しておくことをおすすめします。

