被相続人の占有が他主占有(賃借人や受任者のように、他人の物として占有すること)であっても、相続人が相続による承継にとどまらず、新たに不動産を事実上支配することによって占有を開始し、その占有が所有の意思に基づくものであれば、相続人は自分自身の占有に基づいて取得時効を主張することができます。本判例は、この場面で、占有が自主占有(自分の物として所有の意思で占有すること)であることを基礎づける事情(自主占有事情)について、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である相続人の側がこれを立証すべきであると明示した重要判例です。通常の取得時効では占有者の所有の意思が推定され、これを争う側が他主占有を立証するのが原則ですが、他主占有者の相続人が独自の占有を主張する場面では、立証責任の所在が逆になることを示した点に意義があります。
判例情報
- 裁判所:最高裁判所第三小法廷
- 判決日:平成8年11月12日
- 事件番号:平成7年(オ)第228号
- 関連条文:民法162条、185条、186条1項
事案の概要
本件は、もとの所有者の親族が管理を任されていた不動産について、その占有を相続した相続人が、所有権を時効取得したと主張して、登記名義人側に所有権移転登記手続を求めたという事案です。登記名義はもとの所有者のまま残されており、相続人側は長年にわたって管理・使用・固定資産税の納付などを続けていました。
登場人物
- A(本件土地建物のもとの所有者・被相続人):本件土地建物(門司市所在)の所有者で、登記名義人。Bの父。
- B(Aの五男):Aから本件土地建物の占有管理を任され、賃料の取立てなどを行っていた者。X1の夫、X2の父。
- X1(Bの妻・上告人):Bの死亡後、本件土地建物の管理を専行し、固定資産税を納付してきた者。相続分3分の1。時効取得を主張する側。
- X2(Bの長男・上告人):Bの死亡後、X1とともに占有を承継した者。相続分3分の2。時効取得を主張する側。
- Y1〜Y3(Aの相続人ら・被上告人):本件土地建物の登記名義人であるAの地位を相続した者ら。時効取得を争う側。うちY1はAの後妻。
時系列
- 昭和29年5月頃:B(Aの五男)が、Aに代わって本件土地建物の賃料を取り立て、これを自己の生活費に充てるとともに、本件土地建物の管理を始める
- 昭和30年7月13日:X2(Bの長男)出生
- 昭和32年7月24日:B死亡。妻X1・子X2が占有を承継
- 昭和33年以降:X1が本件土地建物の固定資産税を継続して納付
- 昭和36年2月27日:A(もとの所有者)死亡。Aの相続人ら(Y側)が登記名義人の地位を承継
- 昭和38年12月頃:Aの相続に係る相続税の修正申告書(本件土地建物等が相続財産として記載)が作成され、X1はその写しを受け取るが、記載内容について格別の対応をしなかった
- 昭和47年6月:X1が本件土地建物をX1・X2名義に移転登記しようとし、Y1(Aの後妻)が「亡A名義だが生前にB夫婦に贈与したことを認める」旨の承認書に署名押印。他の相続人の同意は得られず、移転登記はされなかった
- 平成2年9月10日:第一審(福岡地方裁判所)が、贈与を認めて請求を認容
- 平成6年10月27日:控訴審(福岡高等裁判所)が、贈与・時効をいずれも否定して請求を棄却
- 平成8年11月12日:最高裁が取得時効の成立を認め、原判決を破棄して控訴を棄却(破棄自判)
経緯
本件は、もとの所有者Aの五男Bが、昭和29年5月頃から、Aの所有する本件土地建物(門司市所在)について、賃借人から賃料を取り立てて自己の生活費に充てるなどしながら、その管理を始めたところから始まります。所有権移転登記はされませんでした。
Bは昭和32年7月24日に死亡し、妻X1と子X2が相続しました。X1は、BがAから本件土地建物の贈与を受け、これをX1・X2が相続したものと信じ、幼児であったX2を養育する傍ら、本件土地建物の登記済証(権利証)を所持し、固定資産税を継続して納付し、管理使用を専行し、賃借人から賃料を取り立てて専らX1・X2の生活費に充ててきました。
Aは昭和36年2月27日に死亡し、本件土地建物の登記名義はAのまま残されました。Aの相続に係る相続税の修正申告書には本件土地建物等が相続財産として記載されており、X1はその写しを受け取りながら、記載内容について格別の対応をしませんでした。昭和47年6月、X1は本件土地建物をX1・X2名義に移転登記しようとし、Aの後妻Y1に協力を求めたところ、Y1は本件土地建物について「生前にB夫婦に贈与したことを認める」旨の承認書に署名押印しました。もっとも、他の相続人の同意は得られず、移転登記はされませんでした。
その後、X1・X2は、Aの相続人またはその順次の相続人であるY側に対し、本件土地建物の所有権移転登記手続を求めて提訴しました。X1・X2の主張は、AからBへの贈与、Bの占有開始を起算点とする取得時効、そしてX1・X2が相続により占有を開始したことを起算点とする取得時効、という複数の根拠に立つものでした。
第一審は贈与を認めて請求を認容しましたが、控訴審は、贈与の事実までは認められない(Aは贈与する心積もりはあったが履行しないうちにBが死亡したという限度で事実を認定できるにとどまる)とした上で、Bの占有は受任者としての他主占有であり、X1・X2が相続によって始めた占有も、相続税修正申告書への無対応や移転登記請求が遅れたことに照らせば、Bの他主占有が相続を境にX1・X2の自主占有に変更されたとは認められないとして、時効取得も否定し、請求を棄却しました。これに対し、X1・X2が上告したのが本件です。
争点
他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効を主張する場合、占有が自主占有であること(自主占有事情)は誰が立証すべきか
──通常、占有者は所有の意思で占有するものと推定され(民法186条1項)、取得時効の成立を争う側が「他主占有であること」を立証する責任を負います。では、もともと他主占有だった被相続人の占有を相続した相続人が、相続を機に「自分は所有の意思で占有を開始した」として取得時効を援用する場合も、この推定が働き、争う側が他主占有を立証すべきなのでしょうか。それとも、占有の性質が変わったことを、時効取得を主張する相続人の側が立証すべきなのでしょうか。
X側(X1・X2)の主張:Bの占有は、Aから贈与を受けて所有者として賃貸・管理してきたものであり、自主占有である。仮にBの占有がそうでなくとも、X1・X2は相続後、所有者として賃貸借を承継し、賃料を徴収し、固定資産税を負担して管理してきたのであるから、相続を機に開始した占有は所有の意思に基づく自主占有であり、取得時効が成立する。
Y側の主張:Bの占有は、Aの委託を受けて賃料を取り立て管理していた受任者としての占有にすぎず、占有権原の性質上、所有の意思に基づかない他主占有である。X1・X2の占有も、Bの他主占有をそのまま承継したにとどまり、自主占有に変わったわけではない。相続税修正申告書への無対応や、昭和47年になって初めて移転登記を求めたことが、そのことを示している。
裁判所の判断
判旨の要約
- 結論:他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合、その占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、占有者である相続人の側が、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情(自主占有事情)を自ら立証しなければならない。本件では、その立証がされているとして取得時効の成立を認めた。
- 理由:相続人が新たな事実的支配を開始したことによって従来の占有の性質が変更されたものであるから、その変更の事実は取得時効の成立を主張する者が立証を要し、また、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないから。
判決文の引用
最高裁は、まず相続人の独自の占有に基づく取得時効について、次のように判示しました。
被相続人の占有していた不動産につき、相続人が、被相続人の死亡により同人の占有を相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、被相続人の占有が所有の意思のないものであったとしても、相続人は、独自の占有に基づく取得時効の成立を主張することができるものというべきである
その上で、自主占有事情の立証責任の所在について、次のように述べました。
これに対し、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において、右占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである
判例の考え方
本判決の論理は、次の3段階で整理できます。
第1に、相続人の「独自の占有」に基づく取得時効を認める点。被相続人の占有が他主占有(所有の意思のない占有)であっても、相続人が相続による承継にとどまらず、新たに不動産を事実上支配することによって占有を開始し、その占有が所有の意思に基づくものであれば、相続人は自分自身の占有に基づいて取得時効を主張できます。相続人の占有の性質は、被相続人の占有の性質に必ずしも縛られないという考え方です。
第2に、自主占有事情の立証責任が相続人側に転じる点。通常の取得時効では、占有者は所有の意思で占有するものと推定され(民法186条1項)、これを争う側が他主占有であることを立証する責任を負います。ところが、他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効を主張する場面では、立証責任の所在が逆になり、占有者である相続人の側が、自分の事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を立証しなければなりません。
第3に、立証責任が転じる理由。最高裁は二つの理由を挙げています。一つは、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって従来の占有の性質が変更されたものであり、この「占有の性質が変わった」という変更の事実は、それによって利益を受ける側、すなわち時効取得を主張する側が立証すべきだという点です。もう一つは、相続人の所有の意思の有無を、相続という占有取得の原因事実だけで決めることはできないという点です。相続そのものは所有の意思を基礎づけるものではないため、相続人が所有の意思で新たに占有を開始したことを、相続人の側で示す必要がある、という発想です。
結論に至る処理
最高裁は、本件のX1・X2について、自主占有事情が立証されていると判断しました。
具体的には、X1が、Bの死亡後、本件土地建物について、BがAから贈与を受けこれをX1・X2が相続したものと信じて、幼児であったX2を養育する傍ら、登記済証を所持し、固定資産税を継続して納付しつつ、管理使用を専行し、賃借人から賃料を取り立てて専らX1・X2の生活費に充ててきたこと、本件土地建物が従来からAの所有不動産のうち門司市に所在する一団のものとして占有管理されてきたことを挙げ、X1・X2は相続による承継だけでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによって占有を開始したと認定しました。さらに、X1・X2のこのような事実的支配がAおよびその妻子らの認識するところであり、これに異議が述べられたことがうかがわれないこと、X1が昭和47年に移転登記を求めた際にY1がこれを承諾し、他の相続人も異議を述べていないことから、X1・X2の事実的支配は外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当であるとしました。
他方、原審が他主占有の根拠とした、相続税修正申告書への無対応や、昭和47年になって初めて移転登記を求めたことについては、X1・X2とAおよびその妻子らとの人的関係等からすれば所有者として異常な態度とはいえず、自主占有を認める妨げにはならないとしました。
その結果、X1・X2の占有は所有の意思に基づくものであり、相続人であるX1・X2は独自の占有に基づく取得時効の成立を主張できるとして、時効中断事由の主張立証がない本件では、占有を開始した昭和32年7月24日から20年の経過により取得時効が完成したと認めました。これと異なる判断をした原判決を破棄し、贈与を認めて請求を認容した第一審判決は結論を同じくするものとして、Y側の控訴を棄却しています(破棄自判)。
判例の射程
本判例の射程について、判決文の表現に即して整理します。
適用場面は「他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効を主張する場合」に限られる
最高裁は、立証責任が相続人側に転じる規範を、「他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合において」と限定して述べています。占有取得の原因が他主占有でない通常の占有者については、民法186条1項により所有の意思が推定され、これを争う側が他主占有であることを立証する責任を負うという原則が維持されます。本判決はこの原則自体を変更するものではなく、被相続人の占有が他主占有であった場合に、その相続人が独自の占有を主張する局面についてのみ、立証責任の所在を明らかにしたものです。
立証責任が転じる理由は判決文に明示されている
最高裁は、立証責任が相続人側に転じる理由として、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって従来の占有の性質が変更されたものであり、その変更の事実は時効取得を主張する者が立証を要すること、および、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないこと、の二点を挙げています。この理由づけからすると、本判決の射程は、占有の性質が他主占有から自主占有へと変更されたかどうかが問題となる場面に向けられたものと読めます。
前提として、相続による承継だけでなく、相続人による新たな事実的支配の開始が必要である
本判決は、相続人が「相続により承継しただけでなく、新たに当該不動産を事実上支配することによって占有を開始した場合」を前提としています。単に被相続人の占有を相続によって承継したにとどまる場合には、被相続人の占有の性質(他主占有)がそのまま引き継がれることになり、相続人独自の占有に基づく取得時効の主張は成り立たないことになります。
自主占有事情は「外形的客観的に」判断される
本判決は、占有が所有の意思に基づくものといえるかを、占有者の内心の意思によってではなく、「外形的客観的にみて」独自の所有の意思に基づくものと解される事情があるかどうかによって判断しています。立証の対象となるのは占有者の内心ではなく、占有の態様や経緯といった外形的な事実です。
登記移転を求めない・固定資産税の負担を申し出ないといった事実は、それだけでは決め手にならない
本判決は、原審が他主占有の根拠とした、相続税修正申告書への無対応や、昭和47年になって初めて移転登記を求めたことについて、占有者ともとの所有者側との人的関係等からすれば所有者として異常な態度とはいえず、自主占有を認める妨げにはならないとしました。登記名義を移転していないことや税負担の取扱いといった事実だけを取り上げて占有の性質を判断することはできない、という趣旨です。
関連判例
本判決(法廷意見)が判断の根拠として引用した先例は、次のとおりです。
- 最判昭和46年11月30日(民集25巻8号1437頁):被相続人の占有が所有の意思のないものであっても、相続人が相続による承継にとどまらず、新たに不動産を事実上支配することによって占有を開始し、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、相続人は独自の占有に基づく取得時効の成立を主張できる、とした判例。本判決が、相続人の独自の占有に基づく取得時効を認める前提として引用しました。
- 最判昭和54年7月31日(裁判集民事127号315頁):占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、その占有が他主占有に当たることの立証責任を負う、とした判例。本判決が、通常の取得時効における立証責任の所在を確認する前提として引用しました。
- 最判昭和58年3月24日(民集37巻2号131頁):占有者の所有の意思の有無は内心の意思によってではなく占有取得の原因たる事実等によって外形的客観的に定められるとした上で、所有の意思の推定が覆される場合(外形的客観的にみて他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったと解される事情の証明により、所有の意思を否定できる場合)を示した判例。本判決が、所有の意思を否定する事情の判断枠組みを示す前提として引用しました。
- 最判平成7年12月15日(民集49巻10号3088頁):登記簿上の所有名義人に対して所有権移転登記手続を求めないなどの土地占有者の態度が、他主占有と解される事情として十分であるとはいえないとされた事例。本判決が、本件で占有の性質を判断する際の枠組みとして引用しました。
実務での使い方
本判例は、相続した不動産について相続人が取得時効を主張する争族案件で、自主占有であることを基礎づける事情を誰が立証すべきかを示す中心判例として引用します。
使える場面
典型は、親族間で不動産の管理を任され、所有権移転登記がされないまま世代を超えて占有が続いたケースです。登記名義はもとの所有者(またはその相続人)のままで、実際の管理・使用・賃貸・固定資産税の納付などは別の親族側が長年行っている、という構図になります。
本件のように、占有を始めた被相続人の占有が他主占有(委任・賃貸借・使用貸借など、所有の意思に基づかない占有)であった、またはその可能性がある場合に、その相続人が「自分は所有者として占有を開始した」として取得時効を主張する場面で問題になります。被相続人の占有が当初から自主占有であった場合とは異なり、占有の性質が相続を機に変わったことを誰が立証するかが争点となります。
時効取得を主張する側(占有してきた相続人側)
第1に、自主占有事情の立証責任が自分(相続人)の側にあることを前提に、立証を組み立てます。被相続人の占有が他主占有と評価される可能性がある以上、占有者の所有の意思が推定されるという民法186条1項の原則に安住することはできません。
第2に、立証すべき自主占有事情として、本判決が評価した事実が参考になります。本件では、贈与を受けたと信じて占有を開始したこと、登記済証(権利証)を所持していたこと、固定資産税を継続して納付してきたこと、管理使用を専行してきたこと、賃料を取り立てて自己の生活費に充ててきたこと、そして、もとの所有者やその相続人がこのような事実的支配を認識しながら異議を述べていなかったことが挙げられています。これらに対応する事実を主張・立証していくことになります。
第3に、「相続による占有の承継」だけでは足りず、「相続人による新たな事実的支配の開始」を主張する必要があります。被相続人の占有をそのまま引き継いだにすぎないという形では、被相続人の占有の性質(他主占有)が引き継がれてしまうため、相続人自身が新たに所有者として支配を開始したという事実を示すことが要所になります。
時効取得に対抗する側(もとの所有者・その相続人側)
第1に、相手方(占有してきた相続人)が自主占有事情の立証責任を負うことを正面から指摘し、その立証が不十分であることを主張します。
第2に、占有を始めた被相続人の占有が他主占有であったこと、すなわち委任・賃貸借・使用貸借などの権原に基づく占有であったことを立証します。本件でも、原審の段階で被相続人の占有は受任者としての占有=他主占有と認定されており、占有の権原の性質を示すことが対抗の中心になります。
第3に、留意点として、登記移転を求めなかったことや、固定資産税の負担を相手が申し出なかったことだけを根拠に他主占有を主張しても、本判決の趣旨からすると決め手になりにくいことが挙げられます。これらの事実は、占有者ともとの所有者側との人的関係等からすれば所有者として異常な態度とはいえない場合があるとされているためです。これらの事実だけに依拠するのではなく、占有の権原の性質を正面から立証していく必要があります。
第4に、時効の更新(中断)・完成猶予事由の有無も検討します。本件では時効中断事由の主張立証がなかったことが、取得時効の完成が認められた一因となっています。
立証上のポイント
自主占有事情は「外形的客観的に」判断されます。占有者の内心ではなく、占有の態様・経緯・周囲の認識といった外形的な事実が問題になります。本件で重視されたのは、登記済証の所持、固定資産税の継続納付、管理使用の専行、賃料の取立てと費消、そして、もとの所有者側がこれらを認識しながら異議を述べなかったことです。これらを裏付ける資料(固定資産税の納付記録、賃貸借に関する書類、関係者の認識を示すやり取りなど)を、占有開始の時期にさかのぼって確保しておくことが、立証戦略の中核になります。
併せて検討すべき周辺論点
本判決は取得時効における立証責任を扱うもので、取得時効と登記の対抗関係(時効完成後に登記名義を取得した第三者との関係など)については触れていません。これらは別途検討が必要な論点です。
また、本件では贈与の主張と取得時効の主張が並行してされました。最高裁は取得時効を認めて請求を認容しており、贈与の点は判断していません。古い親族間の不動産の帰属が争われる争族案件では、贈与の事実を立証しきれない場合に備えて取得時効を予備的に主張しておくことの実務的意義は大きく、本件もまさにその構図になっています。
時効期間についても触れておきます。本件では、占有を開始した時(相続開始時)から20年の経過による長期取得時効が認められました(民法162条1項)。占有開始時に善意・無過失であれば10年の短期取得時効(同条2項)が問題になりますが、その場合は占有開始時の善意・無過失を別途立証する必要があります。

