いきなり届いた「遺産分割協議書」にハンコは禁物!署名する前に確認すべき3つの落とし穴

「税理士(または司法書士)の先生に作ってもらったから、ここに実印を押して返送してほしい」

ある日突然、兄弟姉妹やその代理人から、完成された「遺産分割協議書」が郵送されてくることがあります。専門家が作成した書類だからと信用してしまいがちですが、ここで安易にハンコを押してはいけません。

なぜなら、その協議書は「作成した依頼人(相手方)にとって有利な内容」で作られている可能性が極めて高いからです。

一度でも署名・押印してしまうと、その協議書は法的な効力を持ちます。後になって「金額が安すぎる」「勘違いだった」と気づいても、撤回することは原則としてできませんです。あなたが本来受け取るべき数百万円、場合によっては数千万円を失うことになりかねません。

本記事では、送られてきた協議書に隠された「損をする罠」を見抜き、正当な取り分を主張するための修正ポイントを解説します。

目次

チェック1:不動産の値段、「路線価」で計算されていませんか?

送られてきた遺産分割協議書や財産目録を見てください。不動産の評価額がやけに低いと感じませんか?

もし、その金額が「固定資産税評価額」や「相続税路線価」に基づいているなら、即座に修正を求める必要があります。

遺産分割のルールは「時価」。税金用の評価額(路線価)とは別物

多くの人が誤解していますが、遺産分割における不動産の価値は、税金の計算に使う「路線価」ではありません。「時価(実勢価格)」、つまり「今、市場で売ったらいくらになるか」という金額で計算するのが大原則です。

相続税の申告で使う「路線価」は、国税庁が定めた画一的な基準であり、実際の市場価格(時価)の約8割程度に設定されています。また、固定資産税評価額に至っては、時価の約7割程度が目安です。

つまり、相手方が提示した金額が路線価ベースであれば、あなたは本来の価値より2〜3割も安く見積もられた金額 で納得させられようとしているのです。

なぜ相手は路線価を使いたがるのか?

不動産を取得したい相続人(例えば実家に住み続ける長男など)は、他の相続人に対して、取り分を調整するための現金(代償金)を支払うケースが一般的です(代償分割)。

このとき、不動産の評価額を低く抑えれば抑えるほど、相手があなたに支払う代償金は安く済みます。

「税理士が作った数字だから正しい」というのは、あくまで「税金の申告用としては正しい」というだけの話です。公平な遺産分けのための数字としては、不適切と言わざるを得ません。

特に「マンション」は要注意!路線価と実勢価格の乖離

特に注意が必要なのがマンションです。土地の持分と建物を一体として取引される区分所有建物(マンション)は、市場での人気や眺望、ブランド価値などが価格に大きく影響します。しかし、路線価や積算価格(原価法)による計算では、こうした市場性が十分に反映されません。

実際、都心部のマンションなどでは、路線価による評価額と市場価格(実勢価格)の間に2倍以上の開きが出ることも珍しくありません。相手がマンションを取得し、あなたが現金を受け取る場合、路線価ベースで合意することは致命的な損失につながります。

チェック2:その評価額、「いつ」の時点のものですか?

不動産の価格は常に変動しています。提示された金額が「いつの時点」で計算されたものかを確認してください。

裁判所の基準は「分割時(今)」。死亡時の価格ではない

よくある間違いが、「親が亡くなった日(相続開始時)」の価格で計算しているケースです。しかし、裁判所の実務(調停や審判)において、遺産の評価の基準時は 「遺産分割時(現在)」 とされています。

これは、遺産分割があくまで「共有状態の財産を現在時点で清算する手続き」であるため、現在の価値で公平を図る必要があるからです。

地価上昇エリアなら「今の価格」で再評価しないと損をする

もし、親が亡くなってから協議書が届くまでに数年が経過しており、その間に不動産価格が上昇していたらどうなるでしょうか?

  • 相手の主張:「死んだ時の価格(安かった頃)で計算したよ」
  • 本来の権利:「今の値上がりした価格で計算して、その分代償金を多くもらう権利がある」

地価が上昇している局面では、必ず「直近の価格」で再評価を求めてください。

チェック3:生前贈与や寄与分が無視されていませんか?

協議書に書かれている財産だけで計算していませんか? 生前の「お金の動き」や「介護の苦労」が反映されていない場合、その協議書は不公平です。

使途不明金や生前贈与は持ち戻して計算

特定の相続人が、親の生前に「住宅購入資金」や「高額な生活費の援助」を受けていた場合、それは「特別受益(遺産の前渡し)」とみなされます。

この場合、贈与された金額を遺産に持ち戻して(加算して)計算し直さなければ、贈与を受けていないあなたが損をします。

また、親の預金通帳を見て、亡くなる直前に多額の引き出しがある場合、同居していた相続人が勝手に使い込んでいる(使途不明金)可能性もあります。これらについても、遺産分割の中で清算を求めるか、あるいは不当利得として返還を求める必要があります。

介護の苦労(寄与分)は「特別な貢献」が必要

逆に、相手方が「私は親の介護をしたから多くもらう権利がある(寄与分)」と主張し、勝手に自分の取り分を増やしているケースもあります。

しかし、法的に認められる「寄与分」のハードルは非常に高いものです。単に「同居して身の回りの世話をした」程度では、親族間の扶養義務の範囲内とされ、寄与分とは認められません。

寄与分が認められるには、「特別の寄与」であり、かつ「無償(対価を得ていない)」などの厳しい要件が必要です 。相手が根拠(介護日誌や要介護度の証明など)を示さずに寄与分を主張している場合は、安易に認めてはいけません。

相手に「修正案」を送る手順

内容に納得できない場合、絶対にハンコを押さず、以下の手順で修正を求めてください。

感情的にならず「不動産の査定書」を添えて根拠を示す

単に「安いからイヤだ」と言うだけでは話が進みません。対案として、客観的な根拠を示す必要があります。

  1. 不動産査定書の取得:複数の不動産会社に無料査定を依頼し、「市場価格(時価)」の根拠となる査定書を入手してください。
  2. 修正案の送付:「提示された不動産評価額は路線価ベースであり、時価(〇〇万円)と乖離しています。公平を期すため、時価を基準に再計算してください」と書面で伝えます。

なお、評価額について当事者間で合意できない場合、最終的には「不動産鑑定士」による鑑定評価を行うことになりますが、費用がかかるため、まずは無料査定書(査定書)の平均値などを基準に合意を目指すのが実務上のセオリーです。

話が通じなければ「調停」へ

相手が「専門家が決めたことだ」と聞く耳を持たない場合、当事者同士での話し合いは限界です。その場合は、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てることを検討してください。

調停では、中立な調停委員が間に入り、法的な根拠(時価評価や特別受益の検討)に基づいて調整を行ってくれます。相手が不当に安い評価額に固執する場合でも、裁判所の手続きに乗せることで、適正な「時価」や「鑑定評価」を前提とした議論に持ち込むことができます。

まとめ:納得できないならハンコは押さない。

突然送られてきた遺産分割協議書は、あくまで「相手からの提案書」に過ぎません。それに従う義務はどこにもありません。

  1. 不動産は「時価」で評価されているか?
  2. 評価の基準時は「現在」になっているか?
  3. 特別受益や使途不明金は考慮されているか?

この3点を確認し、少しでも疑問があれば署名を拒否してください。あなたの正当な相続分を守るためには、一時的な摩擦を恐れず、正しい評価を主張する勇気が必要です。

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