【遺留分の時効】知らないと損!権利行使の期限と起算点を弁護士が解説
「遺言書の内容に納得がいかない」
「他の相続人と比べて、自分の相続分が明らかに少ない気がする」
「亡くなった親が生前に特定の子供にだけ多額の援助をしていたらしい」
相続に関して、このようなお悩みや疑問を抱えている方はいらっしゃいませんか?
相続では、法律で定められた相続人(配偶者、子、場合によっては親など)に、最低限保障される遺産の取り分があります。
これを「遺留分(いりゅうぶん)」といいます。
もし、遺言や生前贈与によってご自身の遺留分が侵害されている(もらえなくなっている)場合、その侵害された遺留分を取り戻す権利があります。
しかし、この権利は永遠に主張できるわけではありません。
実は、遺留分を取り戻す権利には「時効(じこう)」というタイムリミットが存在するのです。
この記事では、遺留分の権利を主張できる期間、つまり「遺留分の時効」について、いつから数え始めるのか(起算点)、そして期限を過ぎるとどうなってしまうのか、重要なポイントを分かりやすく解説します。
ご自身の正当な権利を守るためにも、ぜひ最後までお読みください。
はじめに:遺留分とは?相続で最低限もらえる権利
まず、「遺留分」について簡単にご説明します。
遺留分とは、兄弟姉妹を除く法定相続人(配偶者、子、子がいない場合は親など)に対して、法律で最低限保障されている遺産の取得分のことです。
例えば、故人(被相続人)が「特定の相続人に全財産を譲る」という内容の遺言書を遺していたとしても、他の相続人は自身の遺留分に相当する金額を、財産を多く受け取った相続人に対して請求することができます。
これは、故人の意思を尊重しつつも、残された家族の生活保障などを考慮して設けられた制度です。
この遺留分を侵害されたときに、侵害額に相当する金銭を請求する権利を「遺留分侵害額請求権(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅうけん)」といいます。
今回のテーマである「時効」は、この遺留分侵害額請求権に関するものです。
遺留分にも「時効」がある!権利が消滅する期限とは
「権利があるなら、いつ主張しても良いのでは?」と思われるかもしれませんが、法律の世界では、一定期間権利を行使しないとその権利が消滅してしまう「時効」という制度があります。
これは、長期間放置された権利関係を整理し、社会的な安定を図るためのルールです。
そして、遺留分侵害額請求権にも、この時効の制度が適用されます。
つまり、遺留分を取り戻す権利には、明確なタイムリミットが存在するのです。
この時効期間が過ぎてしまうことを「時効が完成する」といいます。
時効が完成すると、たとえ遺留分が侵害されていたとしても、もはやその分の金銭を請求する権利は法律上消滅してしまい、原則として取り戻すことができなくなります。
これが、遺留分の時効を知っておくべき最大の理由です。
要注意!遺留分の時効は2種類ある
遺留分の時効を理解する上で非常に重要なポイントは、時効期間が1種類ではなく、2種類存在するということです。
具体的には、以下の2つの期間が定められており、どちらか一方でも先に経過すると、権利は消滅してしまいます。
- 短い時効:遺留分権利者が「相続の開始」と「遺留分を侵害する贈与・遺贈があったこと」を知った時から1年間(消滅時効)
- 長い時効:相続が開始した時から10年間(除斥期間)
なぜ2種類あるのかというと、権利があることを知っているのに長期間何もしない権利者を保護する必要はない(短い時効)一方で、権利を知らなかったとしても、あまりにも長期間(10年)が経過した場合は、法律関係を確定させる必要がある(長い時効)、というバランスから設けられています。
それぞれの時効について、もう少し詳しく見ていきましょう。
「知った時」から始まる1年の消滅時効
まず、特に注意が必要なのが「1年間」という短い時効です(民法1048条前段)。
これを「消滅時効(しょうめつじこう)」と言います。
(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
この条文のポイントは、時効期間がスタートする「起算点(きさんてん)」、つまり数え始めのタイミングです。
1年の時効は、以下の両方の事実を知った時からカウントが始まります。
- 相続が開始したこと(=被相続人が亡くなったこと)
- 自分の遺留分を侵害するような贈与(生前贈与)や遺贈(遺言による贈与)があったこと
遺留分の時効「いつから」数える?「知った時」の具体例
この「知った時」というのが、具体的にいつを指すのか、しばしば問題になります。
「なんとなく相続分が少ない気がする」といった曖昧な認識だけでは、通常、「知った」とは認められません。
一般的に、以下のような状況が「知った時」にあたると考えられています。
- 遺留分を侵害する内容の遺言書の存在と内容を知った時
- 遺留分を侵害する生前贈与の事実を知った時(誰に、いつ、どの程度の贈与があったかなど、請求の根拠となる程度に具体的に知る必要があります)
- 遺産分割協議の場などで、他の相続人や遺言執行者から、遺留分が侵害される事実について明確な説明を受けた時
逆に言えば、被相続人が亡くなったことを知っていても、遺言書の存在を知らなかったり、具体的な生前贈与の事実を知らなかったりした場合は、まだ1年の時効はスタートしない可能性があります。
ただし、「知らなかった」と主張すれば必ず認められるわけではありません。
相続財産の調査をすれば容易に知ることができたはず、といった状況では、「知っていた」と判断される可能性もあります。
そのため、「おかしいな」と感じたら、早めに情報収集を試みることが大切です。
相続開始から10年の除斥期間
もう一つの時効期間は「10年間」です(民法1048条後段)。
これを「除斥期間(じょせききかん)」と言います。
(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
除斥期間の大きな特徴は、その起算点が「相続開始の時(=被相続人が亡くなった時)」のみである点です。
つまり、遺留分が侵害されている事実を知っていたかどうかに関わらず、相続開始から10年が経過すると、遺留分侵害額請求権は自動的に消滅してしまいます。
例えば、相続開始から15年後に、初めて遺留分を侵害する遺言書の存在を知ったとしても、すでに相続開始から10年が経過しているため、原則として遺留分を請求することはできません。
この10年の除斥期間は、非常に長期間にわたって法律関係が不安定なままになることを防ぐための規定です。
2つのタイムリミットの整理
2つのタイムリミットを表で整理すると、以下のようになります。
種類 | 期間 | 起算点(いつからカウント開始?) | 注意点 |
---|---|---|---|
短期消滅時効 | 1年 | ①相続開始 ②遺留分侵害を知った時 (①と②の両方を知った時) |
「知った時」の判断が重要 |
除斥期間 | 10年 | 相続開始の時 | 遺留分侵害を知っていたかどうかにかかわらず進行 |
重要なのは、この1年と10年のうち、どちらか早い方の期間が満了した時点で、遺留分侵害額請求権は時効により消滅するということです。
遺留分の時効が過ぎたらどうなる?権利を失うリスク
では、もし1年または10年の時効期間が過ぎてしまったら、具体的にどうなるのでしょうか?
答えは明確で、遺留分侵害額請求権は完全に消滅します。
つまり、法律上、遺留分に相当する金銭を請求する権利そのものがなくなってしまうのです。
「ほんの数日過ぎただけなのに…」という場合でも、原則として時効の完成は覆りません。
そのため、権利を失うリスクを避けるためには、時効期間を正確に把握し、期限内に適切な対応をとることが極めて重要になります。
時効完成を防ぐために:権利行使の意思表示をする
遺留分の時効完成を防ぐためには、時効期間が満了する前に、権利行使の意思表示を明確にしておく必要があります。
口頭や普通の手紙でも法律上は有効ですが、後で「言った」「言わない」の争いになるのを避けるため、配達証明付きの内容証明郵便で権利行使することをお勧めします。
配達証明付きの内容証明郵便は、郵便局が「いつ、どんな内容の手紙を、誰が誰に送ったか」を証明してくれるサービスです。
これを使えば、「ちゃんと期限内に請求の意思を伝えた」という強力な証拠が残ります。
内容証明郵便のポイントは、「遺留分が侵害されているので、遺留分侵害額請求権を行使する」という意思を明確に記載することです。
時効の期限内にこの意思表示が相手に届けば、遺留分侵害額請求権が時効で消えるのを防ぐことができます。
つまり、遺留分侵害額請求権という権利が「確定」し、相手に対して具体的な金銭の支払い請求権を持つことになります。
最も確実な方法は、時効期間内に調停の申立てや訴訟の提起を行うことですが、まずは内容証明郵便で請求の意思を示すのが一般的です。
いずれにしても、「いつか請求しよう」と考えているうちに時効期間が過ぎてしまうことのないよう、早めに行動を起こすことが肝心です。
誤解されがちな「権利行使後の金銭債権」との違い
よく誤解されている方がいますが、この2つのタイムリミットは、あくまでも遺留分を請求するという意思表示の話です。
知ってから1年以内に具体的な金額まで請求しなければならないわけではありません。
遺留分侵害額請求権を行使する意思表示を行うと、その権利は具体的な金銭債権に変わります。
この金銭債権にも、遺留分請求の意思表示とは別の消滅時効があります。
金銭債権の消滅時効は、原則として、権利を行使できることを知った時(通常は遺留分請求の意思表示をした時)から5年間です(民法166条1項1号)。
つまり、遺留分請求の意思表示さえしておけば、具体的な金額の請求は5年以内に行えばいいというわけです。
まとめ:遺留分の時効は短い!自分の権利を守るために期限を意識しよう
今回は、遺留分の時効について解説しました。
最後に、重要なポイントを振り返っておきましょう。
- 遺留分侵害額請求権には時効があり、期限を過ぎると権利は消滅します。
- 時効には2種類あり、「遺留分侵害を知った時から1年」と「相続開始から10年」のうち、早い方が適用されます。
- 特に「知った時から1年」の時効は短いため、注意が必要です。「知った時」がいつなのか(起算点)を正確に把握することが重要です。
- 時効の完成を防ぐには、期限内に権利行使の意思を明確に示す(内容証明郵便での請求、調停申立て、訴訟提起など)必要があります。
相続の問題は、感情的な対立も絡み、複雑になりがちです。
しかし、ご自身の正当な権利である遺留分は、法律で保障されたものです。
ただ、その権利も、時効というタイムリミットがあることを忘れてはいけません。
「もしかしたら自分の遺留分は侵害されているかもしれない」と感じたら、まずは遺留分の時効について正しい知識を持ち、ご自身の状況に当てはめて期限を意識することが、大切な第一歩となります。
相続に関する疑問や不安を抱えたままにせず、早めに情報を確認し、適切な対応を検討するようにしましょう。