その親からの援助、本当に「特別受益」ですか?相続分を減らされないための反論のポイント
「兄貴だけ大学に行かせてもらった」「お姉ちゃんは盛大な結婚式を挙げてもらった」
遺産分割の話し合いで、過去の援助を蒸し返されて「ズルい」と責められるケースは非常に多いものです。しかし、感情論と法律論は別物です。
結論から言うと、親が子供に対して行った援助の多くは、法律上の「扶養義務」の範囲内であり、遺産から差し引く必要のない「セーフ」なケースが大半です。相手の主張に安易に同意してハンコを押す前に、まずは正しい知識で武装しましょう。
そもそも「生前贈与=特別受益」ではない!
きょうだいが主張しているのは、法律用語でいう「特別受益(とくべつじゅえき)」という概念です。
民法では、特定の相続人が親から「遺産の前渡し」といえるような特別な利益を受けていた場合、公平を図るためにその分を遺産から差し引く計算(持ち戻し)をします。
しかし、生前にもらったお金のすべてが特別受益になるわけではありません。ここには明確な線引きがあります。
「遺産の前渡し」ならアウトだが、「親の扶養」ならセーフ
特別受益として遺産から差し引かれる(アウト)のは、以下の条件を満たす場合です。
- 遺贈:遺言によって財産をもらった場合
- 婚姻・養子縁組のための贈与:持参金や支度金など
- 生計の資本としての贈与:住宅購入資金や開業資金など、生活の基礎となる多額の援助
一方で、親には子供の面倒を見る「扶養義務」があります。
「子供が一人前になるまで育てるための費用」や「親族間での通常の援助」は、特別受益には当たりません(セーフ)。つまり、相続分から減額されるいわれはないのです。
どこで線引きする?裁判所の判断基準とは
どこまでが「扶養(セーフ)」で、どこからが「特別受益(アウト)」なのか。裁判所は、主に以下の要素を総合的に見て判断します。
- 金額の多寡:親の資産状況に対して、その援助額が過大かどうか。
- 趣旨・目的:生活費の援助か、独立のための資金(家を買うなど)か。
- 他の兄弟との比較:その子だけが特別扱いを受けていたか。
以下、よくある具体的なケースについて「セーフ/アウト」の判定基準を見ていきましょう。
【ケース別判定】これは特別受益?それともセーフ?
兄弟から指摘されやすい5つの項目について、実務における判定基準を解説します。
①大学の学費・留学費用(医学部以外はほぼセーフ)
- 判定:原則セーフ
「お前だけ大学に行かせてもらった」と言われることがありますが、大学の学費は、原則として特別受益にはなりません。
親には、自分の生活レベルと同等の教育を子供に受けさせる義務(扶養義務)があります。現在の大学進学率を考えれば、大学費用は「親としての通常の務め」の範囲内と考えられています。
【例外的にアウトになるケース】
私立大学の医学部など、学費が極端に高額(数千万円単位)で、かつ親の資産状況から見て不相応に高い場合や、他の兄弟が高卒で一人だけ医学部に進学したような著しい格差がある場合は、特別受益(生計の資本としての贈与)とみなされる可能性があります。
②結婚式費用・ご祝儀(親としての務めなのでセーフ)
- 判定:原則セーフ
結婚式や披露宴の費用を親に出してもらった場合も、原則として特別受益にはなりません。
これらは社交上の必要性や、親としての務め(親族・知人へのお披露目)としての側面が強いため、「遺産の前渡し」とは評価されにくいからです。結納金や新居の家具代なども、常識的な範囲内であればセーフとされる傾向にあります。
【例外的にアウトになるケース】
「持参金」として、新生活の資本となるような多額の現金を渡された場合は、特別受益(婚姻のための贈与)とみなされる可能性があります。
③実家にタダで住んでいた(「家賃が浮いた」だけならセーフ)
- 判定:原則セーフ(建物の場合)
「実家にタダで住んで家賃を浮かせていたのだから、その分(家賃相当額)を遺産から引くべきだ」という主張もよくあります。
しかし、親と同居していた場合、あるいは親の所有する別の建物に住ませてもらっていた場合でも、原則として特別受益とは認められません。
これは、法的には「使用貸借(タダで貸す契約)」と考えられますが、使用貸借の権利自体には相続財産としての価値がほとんどない(借地権や賃借権とは違う)ため、遺産の前渡しとは評価されないからです。
【注意点:土地の無償利用はアウトの可能性】
親の土地の上に、子供名義の家を建てて住んでいた場合(土地の無償利用)は、「更地価格の1〜3割程度」が特別受益とみなされる可能性があります。
④生命保険金(受取人の固有財産なので原則セーフ)
- 判定:原則セーフ
特定の子供が受取人となっている生命保険金(死亡保険金)は、受取人の固有の財産であり、遺産(相続財産)には含まれません。したがって、遺産分割の対象にならず、原則として特別受益としての持ち戻しも不要です。
【例外的にアウトになるケース】
受け取った保険金額が遺産総額に比べてあまりに高額で、他の兄弟との不公平が「到底是認できないほど著しい」と判断される場合に限り、特別受益に準じて扱われることがあります。
⑤住宅購入資金(原則アウト=特別受益になる)
- 判定:原則アウト
マイホームの購入資金(頭金など)を親に出してもらった場合は、特別受益(生計の資本としての贈与)に該当する可能性が非常に高いです。
金額が数百万円〜数千万円と多額になることが多く、明らかに「遺産の前渡し」としての性質を持つためです。
この場合、原則としてその援助額を遺産に持ち戻して計算することになります。
もし「アウト」でも諦めない!「持ち戻し免除」という切り札
住宅資金援助など、明らかに特別受益に当たる場合でも、必ずしも遺産を減らさなければならないわけではありません。「持ち戻し免除」という法的な切り札が存在します。
親が「返さなくていい」と言っていれば減額されない
「持ち戻し免除の意思表示」とは、被相続人(親)が「この贈与は遺産の前渡しとして扱わなくていい(計算に入れなくていい)」という意思を示すことです。
遺言書などに「長男への住宅資金援助は持ち戻しを免除する」と書かれていれば、その援助額は計算外となり、遺産を減らされずに済みます。
遺言書がなくても、「介護の対価」などで黙示の免除が認められる可能性
免除の意思表示は、必ずしも遺言書などの書面である必要はありません。状況から推測される「黙示(もくじ)の免除」も認められることがあります。
例えば、以下のようなケースでは、「親は遺産から差し引くつもりはなかったはずだ」として、黙示の免除が認められやすい傾向にあります。
- 贈与を受けた子供が、親の介護や事業の手伝いなどで献身的に尽くしており、贈与がその「報い」や「手助け」の意味合いを持っていた場合。
- 贈与が、病気や障害のある子供の生活保障のために行われた場合。
- (改正民法により)結婚20年以上の夫婦間で、居住用不動産の贈与が行われた場合(免除の意思が推定されます)。
まとめ:言われるがままにハンコを押さず、まずは反論を
きょうだいから「お前だけ得をしている」と責められると、罪悪感から要求を飲んでしまいがちです。しかし、学費や結婚費用、実家での同居などは、多くの場合「親の扶養義務」の範囲内であり、法的に返還や減額を強いられるものではありません。
反論のチェックリスト
- その援助は「生活の基礎(生計の資本)」となるほど高額か?(通常の学費や結婚式はセーフ)
- 親の資産状況から見て、無理のない範囲だったか?
- もし特別受益だとしても、親は「あげたもの」として処理するつもりだったのではないか(持ち戻し免除)?
相手の主張が法的に正しいとは限りません。まずは「それは扶養の範囲内だから特別受益には当たらない」と毅然と伝え、ご自身の正当な相続分を守ってください。

