話し合いはもう限界…遺産分割を「調停」に持ち込むべきタイミングと手続きのポイント
「遺産の話し合いをしたいのに、兄が電話に出ない」
「弟が実家の権利を一方的に主張して、こちらの話を聞こうともしない」
「顔を合わせれば罵り合いになり、もう精神的に限界…」
親が遺してくれた大切な財産のはずなのに、なぜこんなに苦しまなければならないのでしょうか。もしあなたが今、当事者同士での話し合いに「苦しみ」を感じているのなら、その話し合いはもう終わりにするタイミングです。
その苦しみを終わらせる場所、それが「家庭裁判所」です。
「裁判所なんて大ごとにはしたくない」と躊躇する方は多いですが、遺産分割調停は、あなたを相手の理不尽な攻撃から守るための「シェルター」です。当事者同士の話し合いが難しいときこそ、積極的に利用すべきものといえます。
誤解だらけの「遺産分割調停」。実はこんなに守られた場所
「裁判所に訴える」と聞くと、テレビドラマのような法廷で、相手と睨み合いながら主張を戦わせるシーンを想像していませんか?
遺産分割調停は、そのような「対決の場」ではありません。あくまで「話し合いを整理する場」です。まずは、調停がどれほどあなたの精神的負担を軽くしてくれる仕組みなのか、その実態を知ってください。
「法廷で対決」ではない。調停委員とテーブルで話すだけ
調停が行われるのは、法廷ではなく、会議室のような小さな部屋(調停室)です。そこにいるのは、あなたと、男女1名ずつの「調停委員(一般市民から選ばれた有識者や弁護士など)」だけ。
あなたは、長机を挟んで調停委員と向かい合い、淡々と事情や希望を話すだけでいいのです。怒鳴り合いも、机を叩くような威圧も、そこにはありません。
最大のメリットは「相手と顔を合わせなくていい(別室待機)」
遺産トラブルで最もストレスなのは「相手の顔を見ること」「直接文句を言われること」ではないでしょうか。
安心してください。調停では、相手と顔を合わせることは原則としてありません。
裁判所には「申立人(あなた)」と「相手方(兄弟など)」のために、別々の待合室が用意されています。調停室に入るのも交互です。
- あなたが調停室に入り、20〜30分ほど話して退室。
- 入れ替わりで相手が調停室に入り、20〜30分ほど話す。
- その間、あなたは別の部屋で待機。
このように、調停委員が間に入って「伝書鳩」のように双方の意見を伝えてくれるため、直接相手と会話をする必要がないのです。
「廊下やトイレですれ違うのも怖い」という場合は、事前に裁判所(書記官)へ「進行に関する照会回答書」などで「DV等の恐れがあるため、到着・帰宅時間を相手とズラしてほしい」と要望を出してください。多くの裁判所で「申立人は10:00、相手は10:30集合」といった配慮をしてくれます。
「調停」と「審判」は何が違う?解決までのロードマップ
裁判所の手続きには「調停」と「審判」の2種類があります。この2つは似て非なるものです。最終的にどうやって決着がつくのか、その流れ(ロードマップ)を理解しておきましょう。
調停は「合意(和解)」を目指す場。納得できなければ断れる
調停の本質は「話し合い」です。調停委員は双方の意見を聞き、法律的な観点から「このように分けてはどうですか?」と調整案を出してくれます。
しかし、これはあくまで提案です。もし相手が非常識な主張を曲げなかったり、調停委員の案に納得できなかったりする場合は、「NO」と言って構いません。
全員が合意しなければ「調停不成立」となり、手続きは終了します。無理やりハンコを押させられる場所ではないので、安心して主張してください。
審判は「命令(判決)」が下る場。調停が決裂したら自動的に移行
話し合い(調停)で決着がつかなかった場合(不成立)、手続きは自動的に「審判」へと移行します。
ここからは話し合いではありません。裁判官が、法律と証拠に基づいて「遺産をこのように分けなさい」と命令(審判)を下します。
審判の結果には強制力があります。「納得できないから従わない」は通用しません。話し合いが通じない相手に対しては、この「強制力のある決定」をもらうことこそが、最終的な解決策となります。
いきなり審判はできない?「調停前置主義」とは
「どうせ相手は話を聞かないから、最初から裁判官に決めてほしい(審判にしたい)」と思うかもしれません。
しかし、家庭内の揉め事は「まずは話し合い(調停)で解決すべき」という運用が一般的で、これを実務上「調停前置主義(ちょうていぜんちしゅぎ)」と呼びます。
厳密には、遺産分割はいきなり審判を申し立てることも可能ですが、実際には*まずは調停で話してみてください」と、裁判所の職権で調停に回される(付調停)ケースがほとんどです。
そのため、最短ルートで解決したくても、まずは「調停」を申し立てるのが基本のステップとなります。
自分でできる!調停申し立ての「7ステップ」
「弁護士を雇うお金なんてない」と諦める必要はありません。遺産分割調停は、本人だけでも十分に申し立てが可能です。実際、弁護士をつけずに調停を行っている人は大勢います。
ここでは、自分で手続きを行うための具体的な手順を解説します。
- 戸籍謄本の収集
まず被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までの戸籍などが必要です。以前は本籍地ごとの役所に郵送請求が必要で大変でしたが、2024年3月から「広域交付制度」が始まり、最寄りの役所でまとめて取得できるようになりました。 これで書類集めの手間が劇的に減っています。 - 遺産目録の作成
不動産、預貯金、株式など、遺産の内容をリストアップします。 - 管轄裁判所を調べる
「相手方(きょうだい)の住所地」を管轄する家庭裁判所に申し立てます。 - 申立書の入手
裁判所の窓口、または裁判所のホームページ(「遺産分割調停 申立書」で検索)からダウンロードして記入します。 - 費用の準備
収入印紙と郵便切手を購入します(後述)。 - 書類の提出
作成した書類を管轄の家庭裁判所に郵送、または持参します。 - 期日の通知
書類に不備がなければ、1か月〜1か月半後に「第1回調停期日」の呼び出し状が届きます。
必要な費用は数千円?意外と安いコスト(印紙代など)
裁判というと何十万円もかかるイメージがありますが、自分で申し立てる場合の実費は驚くほど安価です。
- 収入印紙代:被相続人(亡くなった方)1人につき 1200円
- 連絡用の郵便切手代::数千円程度(裁判所によって内訳が異なりますが、概ね2000〜6000円程度。余れば返還されます)
- 必要書類の取得費:戸籍謄本などの発行手数料
これらを合わせても、1〜2万円程度の出費で手続きをスタートできます。
申し立てから第1回期日までのスケジュール感
申し立てをしてから、すぐに調停が始まるわけではありません。
書類を提出してから約1か月〜1か月半後に、第1回目の話し合い(期日)が設定されます。
その後は、およそ月に1回程度のペースで期日が設定され、話し合いが進んでいきます。解決までの期間はケースバイケースですが、半年〜1年程度かかることが一般的です。
家庭裁判所で「勝つ」ためのポイント
調停は話し合いですが、ただ漫然と参加するだけでは、声の大きい相手に押し切られてしまう可能性があります。以下、弁護士をつけない「本人調停」で有利に進めるためのポイントをお伝えします。
「苦労話」は通用しない。必要なのは「証拠」
調停委員はあなたの味方になってくれることもありますが、基本的には中立の立場です。そして、彼らが最も重視するのは、「感情」よりも「客観的な証拠」です。
「昔、兄にいじめられた」「母は私だけを愛していた」といった感情論は、調停の場では時間の無駄とみなされかねません(ストレートには言いませんが)。
それよりも、不動産の査定書、相手方への振込みが分かる通帳、被相続人のメモ書きや日記など、自分の主張を裏付ける客観的な証拠を揃えることに全力を注いでください。
調停は「4段階」で進む。合意するときは慎重に
調停は混乱を防ぐため、以下の4つのステップ(段階的進行)で進みます。
- 相続人の範囲:誰が相続人か?
- 遺産の範囲:分けるべき財産は何か?(使途不明金や隠し財産の話はここで決着をつけます)
- 遺産の評価:それはいくらの価値があるか?(不動産の価格など)
- 分割方法:具体的にどう分けるか?
最大のポイントは「後戻りが難しい」ことです。
たとえば、ステップ3で「実家の評価額は3000万円」と合意した後に、「やっぱりもっと高いはずだ!」と言い出すことは難しくなります。「早く分け方を決めたい」と焦ってステップを飛ばさず、一つずつ確実にクリアしていくことが、後悔しないための鉄則です。
まとめ:精神的な平穏を取り戻すために、第三者を入れよう
家族だからこそ、許せない。家族だからこそ、甘えが出る。
当事者だけで解決しようとしても、感情のもつれが邪魔をして、時間だけが過ぎていきます。
遺産分割調停は、相手を攻撃するための場所ではありません。不毛な争いを「整理」し、あなたの精神的な平穏を取り戻すための手続きです。
費用は数千円から始められます。そして何より、調停の場では「相手と顔を合わせなくていい」のです。
理不尽な話し合いにこれ以上心をすり減らすのはやめて、裁判所という第三者の力を借りてみてはいかがでしょうか。その一歩が、出口のないトンネルから抜け出すための鍵になるはずです。

