「介護したから1000万円」は妥当?遺産相続で揉めないための「寄与分」の相場と話し合い方

親の介護を一手に引き受けてくれたきょうだいに対し、「感謝」と「負い目」を感じている方は少なくありません。
しかし、いざ遺産分割の話になったとき、「お前は何もしていないから相続放棄してほしい」「苦労した分として1000万円上乗せしてほしい」と言われ、その金額の大きさに戸惑ってしまうことはありませんか?

介護の労力は本当に尊いものです。しかし、法律上の「寄与分(きよぶん)」として認められる金額は、主観的な「大変さ」とは少し異なる基準で計算されることが一般的です。

この記事では、相手の気持ちを逆なでせずに、法律の専門知識を「共通の物差し」として使い、適正な金額で合意するための考え方を解説します。

目次

感情的な対立を避けるために「法律の基準」を味方につける

兄弟が「これだけ苦労したのだから」と主張するのは、それだけ大変な思いをしたからこそです。まずはその気持ちを受け止めることが大切ですが、金額の決定には客観的な基準が必要です。

「払いたくない」のではなく、「公平に分けるために、裁判所などで使われている一般的な基準で計算してみない?」と提案する姿勢が、話し合いをスムーズにします。

家族の介護は「当たり前」?法律が考える「寄与分」のハードル

民法では、親子や兄弟などの親族間には「扶養義務(互いに助け合う義務)」があると定めています 。そのため、「家族として通常期待される範囲」の世話は、お互い様の義務であり、特別にお金を請求する「寄与分」には当たらないと判断されることが多いのです。

例えば、以下のような行為は、感謝されるべきことですが、金銭的な評価(寄与分)の対象にはなりにくい傾向があります。

  • 週に数回の病院への付き添い
  • 週末に実家へ行き、掃除や洗濯、買い出しを手伝う
  • 単なる見守りや声掛け

裁判所等で寄与分として認められるのは、「仕事を辞めて介護に専念した」「ヘルパーを雇えば高額になる重度の介護を、無償で長期間行った」など、親族としての義務を大幅に超える「特別な貢献」があった場合に限られます。

「もちろん感謝しているけれど、法律上は『家族の助け合い』の範囲内とされることが多いみたいだよ」と、一般論として伝えてみるのが良いでしょう。

プロのサービスを利用していた場合は?

寄与分が認められるためには、その行為によって「親の財産が維持された(減らずに済んだ)」ことが必要です。

例えば、親の年金を使ってデイサービスやヘルパーを利用していた場合、その時間はプロが介護をしています。その分、ご家族の負担は軽減されており、親の財産(年金)もそのために使われているため、追加で家族に「介護料」が発生する余地は少なくなります。デイサービスやショートステイを利用している期間については、介護の実体がないため寄与分として認められません。

具体的な数字で冷静に。「寄与分」の目安となる計算式

では、もし介護の対価を計算するとしたら、どれくらいが妥当なのでしょうか? 相手の提示額が適正かどうか、裁判実務で使われている計算式を参考にしてみましょう。

【裁判所などで参考にされる計算式】

介護報酬相当額(日当)× 介護日数 × 裁量割合

ポイントは「0.7掛け」。家族ならではの調整

この計算式には、少し特別な「調整」が入ります。

介護の専門家ではない家族が介護を行う場合、プロのヘルパーさんと全く同じ金額で計算するのではなく、「裁量割合」と呼ばれる掛け率を適用して減額することが一般的です。

この割合は事情によりますが、多くのケースで「0.7(7掛け)」程度が目安とされています(幅としては0.5〜0.8程度) 。これは、家族としての扶養義務の側面や、専門資格の有無などを考慮したものです。

【話し合いのヒント】

「お兄さんの苦労を金額にするのは難しいけれど、裁判所の実務では『プロのヘルパーさんの日当の7割程度』で計算するのが一般的だそうだよ。この基準で一度、一緒に計算してみない?」

【計算例】3年間の在宅介護の場合

具体的なイメージを持ってみましょう。

仮に、要介護2の親を、3年間(1095日)、毎日欠かさず介護したとします。

  • プロの報酬相当額(日当):約6578円と仮定(要介護2の場合の目安)
  • 裁量割合:0.7
  • 計算式:6578円 × 1095日 × 0.7 = 504万2037円

毎日3年間介護を続けた場合でも、法的な評価額の目安は約500万円となります。「1000万円」という請求が、相場から見てかなり高額であることがわかります。さらに、ここから「同居によって家賃や生活費が浮いていた利益」などが差し引かれることもあるため、実際の金額はもっと低くなる可能性があります。

納得感を高めるために。裏付けを確認しよう

お互いに納得してハンコを押すためには、客観的な裏付けが必要です。「疑っているわけではないけれど、正確に計算するために」というスタンスで、資料の確認をお願いしましょう。

介護の実態を確認する資料

「毎日大変だった」という感覚だけでなく、具体的な記録があると計算がスムーズになります。

  • 要介護認定の資料:親の「要介護度」がわかります。一般的に「要介護2以上」でないと、特別な介護が必要だったとは認められにくい傾向があります。
  • 介護日誌・メモ:「いつ」「どのような介護(排泄介助、入浴介助など)を」「何時間行ったか」がわかると、日数の計算が正確になります。

証拠が少ない場合は「特別の配慮」という形も

もし、法的な「寄与分」として認めるには証拠が足りなかったり、要件を満たさなかったりする場合でも、相手の苦労をねぎらいたい気持ちがあるなら、「特別の配慮」として遺産を上乗せする提案も一つの方法です。

これは「法律上の義務だから払う」のではなく、「家族としての感謝の気持ち」として渡すものです。こうすることで、相手の顔を立てつつ、金額を常識的な範囲(例えば100万円〜300万円など)に抑える話し合いがしやすくなります。

まとめ:感謝は「言葉」と「適正な金額」で

介護をしてくれた兄弟への感謝は、言い値通りの金額を払うこととイコールではありません。無理な要求を飲んで後々までしこりを残すよりも、「法的な基準」という客観的な物差しを使って、お互いが納得できる着地点を探すことが、兄弟関係を長く続ける秘訣です。

まずは「0.7掛けの計算式」や「扶養義務の範囲」について、落ち着いて話し合ってみてはいかがでしょうか。

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