「遺留分すら渡さない」は可能か?相続権を剥奪する「廃除」の強烈な効果と高い壁
「放蕩を繰り返す息子に、私の財産は一銭も渡したくない」
「親から『お前は勘当だ、遺産はやらん』と脅されているが、本当に何ももらえないのか」
相続の現場では、こうした親子の断絶に直面することがあります。 通常、遺言書で「長男には相続させない」と書いても、子供には最低限の取り分である「遺留分」が法律で保障されています。しかし、この遺留分さえもゼロにして、相続権を完全に剥奪する唯一の法的手段が存在します。それが「推定相続人の廃除(はいじょ)」です。
今回は、法律上の「勘当」とも言える廃除の現実と、家庭裁判所が設けている極めて高いハードルについて解説します。
そもそも「廃除」とは?遺留分を没収する最終手段
相続人の廃除とは、被相続人(親など)に対する虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行があった場合に、被相続人の意思に基づいて、その相続人の資格を剥奪する制度です。
通常、特定の子供に財産を渡したくない場合、遺言書を書くことが一般的です。しかし、遺言書で「全財産を長女に」と書いても、長男には「遺留分」という最低限の遺産を受け取る権利が残ります。この遺留分すらも奪い、相続権を完全に失わせる強力な手続きが「廃除」なのです。
戸籍から消すわけではないが、相続人としての権利はすべて失う
よく「勘当する」という言葉が使われますが、江戸時代の勘当とは異なり、現代の法律では戸籍から親子の縁を消すことはできません。
しかし、「廃除」が家庭裁判所で認められると、その効果は絶大です。廃除された人は相続人としての資格を失います。つまり、遺産分割協議に参加する権利はおろか、遺留分を請求する権利(遺留分侵害額請求権)も一切なくなります。
対象になるのは「遺留分を持つ人」だけ(兄弟姉妹は無関係)
廃除の対象となるのは、「遺留分を有する推定相続人(配偶者、子、直系尊属)」に限られます。
被相続人の兄弟姉妹にはもともと遺留分がないため、廃除の手続きをする必要はありません。兄弟姉妹に財産を渡したくない場合は、「全財産を妻に相続させる」といった遺言書を書くだけで、彼らの相続分をゼロにすることが可能です。
「気に入らないから廃除」は通らない。裁判所の厳しい基準
「息子の性格が気に入らない」「親の言うことを聞かない」といった理由で廃除ができるかというと、答えはNOです。
廃除は相続人の権利を強制的に奪う強力な制度であるため、家庭裁判所の判断基準は極めて厳格です。単なる親子喧嘩や一時的な感情の対立程度では認められません。
認められるのは「虐待」「重大な侮辱」「著しい非行」のみ
民法では、廃除が認められる事由(理由)を以下の3つに限定しています。
- 被相続人に対する虐待:暴力や、耐え難い精神的な苦痛を与えること。
- 重大な侮辱:被相続人の名誉や感情を著しく害すること。
- その他の著しい非行:犯罪行為、反社会的な行動、財産の浪費、無断処分、長期の音信不通など。
重要なのは、これらの行為によって「親子間の信頼関係、あるいは家族的共同生活関係が破壊された」と認められる程度に重大であることが必要です。
認められたケース(暴力団との婚姻)vs 認められなかったケース(嫁姑の不仲)
具体的にどのようなケースで判断が分かれるのでしょうか。
- 認められやすいケース(著しい非行)
過去の事例や実務上の判断基準(著しい非行)に照らすと、以下のようなケースは廃除が認められる可能性があります。- 子供が多額の借金を作り、親がその肩代わりをさせられ続け、老後の生活資金まで脅かされた場合
- 重度の犯罪を犯して服役し、親の社会的信用を著しく傷つけた場合
- 反社会的勢力(暴力団など)に加入し、親との関係断絶を警告されてもやめなかったり、そのような組織の関係者と婚姻し、親に迷惑をかけ続けたりする場合
- 認められないケース
- 「親の希望する就職先に就かなかった」「親が反対する相手と結婚した」という程度では、著しい非行とは認められません。
- 「嫁姑の折り合いが悪い」「数年間実家に帰っていない」といったレベルも、家族関係を破壊するほどの非行とはみなされず、廃除は却下される傾向にあります。
手続きは「家庭裁判所」へ。遺言書に書くだけではダメ
「勘当だ!」と口で言ったり、遺言書に「長男を廃除する」と書いたりするだけでは、法的な効力は生じません。必ず家庭裁判所への申し立てと審判(裁判所の決定)が必要です。
生前に申し立てる「生前廃除」と、死後に行う「遺言廃除」
廃除には、以下の2つの方法があります。
- 生前廃除:被相続人が生きているうちに、自ら家庭裁判所に「推定相続人廃除の審判」を申し立てます。裁判所で認められれば、その時点で子供の相続権は剥奪されます。
- 遺言廃除:遺言書に「長男〇〇を廃除する」という意思と、その理由(虐待や非行の事実)を具体的に記載します。そして、遺言執行者を指定しておきます。被相続人の死後、遺言執行者が家庭裁判所に廃除の申し立てを行い、審理が始まります。
廃除された子供に「子供(孫)」がいれば、孫が代襲相続する点に注意
親が「あいつの血筋には財産を渡したくない」と考えて廃除を行っても、意外な落とし穴があります。
廃除によって相続権を失うのは、その「非行をした本人だけ」です。
もし廃除された子供に子供(被相続人から見た孫)がいる場合、その孫は代襲相続人として相続権を持ちます。つまり、ドラ息子を廃除しても、その息子(孫)が代わりに相続人となり、遺産や遺留分を受け取る権利が発生してしまうのです。
もし親から「廃除する」と言われたら?
親から「お前は廃除するから覚悟しろ」と言われて不安になっているお子さんもいるでしょう。しかし、前述の通り、親の一存だけで廃除は成立しません。
裁判所から通知が来たら無視しないこと。反論すれば認められない可能性あり
親(または遺言執行者)が家庭裁判所に申し立てを行うと、裁判所からあなた宛てに通知が届きます。
廃除の手続きでは、公平を期すために、廃除を求められた側(子供)にも自分の言い分を述べる機会(陳述の聴取)が与えられます。
ここで「暴力など振るっていない」「借金はしたが、今は真面目に働いている」といった反論を行い、親子の信頼関係が完全に破壊されていないことを主張すれば、裁判所は慎重に判断します。
実務上、子供側が争う姿勢を見せた場合、虐待や非行の事実が客観的な証拠(診断書や警察の記録など)で証明されない限り、廃除が認められるハードルは非常に高いのが現実です。
まとめ:親子関係の断絶は最終手段。まずは冷静に検討を
相続人の廃除は、遺留分さえも奪う強力な効果がある反面、家庭裁判所に認められるためには「犯罪レベルの非行」や「家族関係の完全な破壊」といった厳しい条件が必要です。単なる感情的な対立では、まず認められません。
親の立場としては、「廃除」に固執するあまり泥沼の争いになるよりも、生前贈与や遺言を工夫して、特定の子供に渡る財産を合法的に減らす対策(付随して遺留分対策)を検討する方が現実的な場合もあります。
親子関係の法的断絶は最終手段です。現状で廃除が認められる可能性があるのか、他に打つ手はないのかを冷静に検討することをお勧めします。

