【判例解説】無償返還届出書を提出している貸宅地を更地価格の6.5割で評価(東京地裁平成31年3月19日判決)

30秒で要点

結論:無償返還届出書を提出している貸宅地の評価を「更地価格の6.5割(底地権割合65%)」とする鑑定を採用。税務通達や流通性減価は遺留分算定の時価には直結しない。
理由:借地権の性質(標準的借地+使用借権の混在)や市場データの制約を総合評価。規模減価(広すぎる分の値引き)は10%を相当とした。
注意点:地方裁判所の一事例。評価は個別事情と鑑定次第で変わる。

目次

まず結論

本判決(東京地裁平成31年3月19日判決)は、遺留分の基礎財産を算定するに当たり、無償返還届出書を提出している貸宅地を更地価格の6.5割で評価し(底地権割合65%)、規模減価10%を是認しました。

事案の概要

亡母の遺言で不動産ほぼ全てを相続した次男に対し、他の相続人が遺留分を主張し、価額弁償(お金での清算)で争った事件です。

被相続人Bは2010年1月6日に死亡。公正証書遺言(2005年・2007年)で主要不動産・預貯金等を次男Yへ。相続人らは2010年12月28日に遺留分減殺を内容証明で通知。被告Yは価額弁償を主張。争点は、大規模貸宅地の評価(更地価格・規模減価・底地権割合)、設備や保証金の扱い、変額個人年金の特別受益(生前にもらった分)など。

争点の整理

「相続開始時の時価」をどう出すか—貸宅地の割合、規模減価、通達評価との関係、設備や保証金、保険の特別受益が核心。

  • 争点1:大規模貸宅地の評価(更地価格・規模減価(広すぎて売りにくい分の調整)・底地権(貸している土地の所有権部分)の割合)
  • 争点2:設備(空調・電気等)は建物評価に含めるか、別資産か
  • 争点3:賃貸借の保証金・敷金の「預入金返還請求権」は遺産か
  • 争点4:変額個人年金の拠出は特別受益(生計の資本の贈与)か

裁判所の判断

鑑定結果を中心に、貸宅地は底地権割合65%・規模減価10%で評価、通達評価や流通性減価は採用せず。保険は一部を特別受益、設備の一部は別計上。

①貸宅地(I物件)
周辺に大規模画地の取引事例が乏しいため、中規模事例から更地価格を推計し、規模減価10%を適用。さらに、無償返還届出のある借地が存在し、法律上は標準的借地(60%)、経済上は使用借権(10%)の性格を併有することから、加重平均で底地権割合65%とした。税務通達の「地積規模の大きな宅地」は課税目的の基準にすぎず、遺留分算定の時価に直結しないとした。

②事業用店舗(J物件)・収益不動産(L物件)
原価法と収益還元法を併用。Jは収益の不確実性を踏まえ積算価格に近い2億2000万円、Lは安定収入を重視し収益価格に近い2億2000万円と評価。売却前提の「流通性減価」は本件目的(時価の把握)に適合せず採らない。

③設備
空調・電気・小型昇降機は建物評価に内包、看板・照明・家具什器のみ別資産として合計32万7532円を計上。保証金等の預入金返還請求権は、税務署の更正(未収金でない)にも照らし、遺産に含めないとした。

④変額個人年金(保険料計8000万円拠出)
生計の資本の贈与に当たるとして、被告の特別受益を2424万円と認定。

実務への影響・チェックリスト

遺留分の計算において、貸宅地が争点なら、相続税評価は必ずしも妥当せず、「相続開始時の時価」を鑑定中心に組み立てるのが実務。

  • チェック1:借地の性質(無償返還届出の有無、使用借権性、契約期間・実態)を証拠化
  • チェック2:規模減価の根拠データ(比較事例の画地規模・時点修正)を用意
  • チェック3:設備の内訳は「建物に内包」か「別資産」かを仕分け
  • チェック4:保証金・敷金の返還請求権は契約書・会計・税務処理で裏づけ
  • チェック5:保険拠出は特別受益になり得る—名義や受取内容、資金拠出者を確認

似た場面での分岐点

専門家鑑定で65%前後が相当とされるケースも、借地実態やデータ次第で上下します。AならX、BならYの方針で早期に準備を。

  • A(無償返還届出+使用借権性が強い)なら → X(60〜70%程度の底地割合主張を検討)
  • B(第三者への長期賃貸で標準的借地性が強い)なら → Y(60%近傍の割合・収益還元の重視を検討)

判例比較表

「相続税評価はそのまま使わない」点が実務の指針。比較対象として税務通達を置き、違いを把握します。

項目本件比較(相続税申告の通達的取扱い)実務メモ
要件借地の性質が混在(標準的借地+使用借権)/大規模画地で事例不足相続税評価通達の「地積規模の大きな宅地」(判例ではなく課税指標)課税目的と時価算定の目的が異なるため直用不可
帰結底地権割合65%、規模減価10%、流通性減価否定路線価ベースで補正(課税)遺留分では鑑定中心に事実評価
補足変額個人年金の特別受益2424万円を認定保険は資金拠出・実質を精査

よくある質問(FAQ)

遺留分の計算において、底地の借地権割合は路線価における借地権割合で決まるのですか?

いいえ。路線価の借地権割合は相続税評価額を決めるためのものであり、遺留分の計算においても常に妥当するわけではありません。

無償返還届出書を提出している貸宅地の評価は、常に「更地価格の6.5割」になりますか?

一律ではありません。本件は標準的借地性と使用借権性が併存した特殊事情から65%を相当とした例です。借地の実態・契約・周辺事情により上下します。

「地積規模の大きな宅地」の通達は、遺留分の計算においても適用されますか?

通達は課税目的の内部基準で、遺留分の「時価」を直接決めるものではありません。本件でも通達による補正率(28%減)の単純適用は退けられました。

流通性=売れにくさを理由に値引く主張(流通性減価)は通りますか?

原則、慎重です。本件は第三者への売却前提の評価ではないとして、流通性減価を否定。遺留分では「相続開始時の時価」を適切な方法で把握することが重視されます。

店舗物件の設備は遺産評価に含めますか?

通常付帯設備(空調・電気・小型昇降機など)は建物評価に内包されるのが原則。看板・照明・家具什器は別資産として計上された例があります。

賃貸借の保証金や敷金は相続財産になりますか?

実体として返還請求権が相続開始時点で存在するかが鍵。本件では税務の更正も踏まえ「未収金ではない」とされ、遺産に含めませんでした。

変額個人年金は特別受益になりますか?

資金拠出が被相続人で、被保険者・年金受取人が相続人の場合、生計の資本の贈与として特別受益に算入され得ます。本件は2424万円が算入されました。

目次