【判例解説】無償返還届出書がある貸宅地を更地価格の6.5割で評価(東京地裁平成31年3月19日判決)

この記事ポイント
  • 争点
    無償返還届出書が出ている土地の評価は、相続税評価額(80%)か、通常の貸宅地(約40%)か?
  • 結論
    裁判所は、借地権と使用借権が混在する実態を考慮し「更地価格の6.5割」と判断した。
  • ポイント
    税務上の評価額と遺産分割の時価は異なるため、個別の鑑定や対策が必要になる。
目次

事案の概要

今回の事案は、亡くなった母親(被相続人)の遺産をめぐり、多くの財産を譲り受けた次男と、その他の相続人との間で起きたトラブルです。

主な登場人物とその関係

  • 被相続人(亡くなった方):母親(平成22年1月死亡)
  • 相続人(揉めた当事者)
    • 被告:次男(母親の遺言により、不動産や預貯金の大部分を相続した)
    • 原告:その他の相続人(遺言により自身の取り分が少なくなり、遺留分を請求した)

経緯

母親は生前、公正証書遺言を作成しており、主要な不動産や預貯金を次男に相続させる内容としていました。

これに対し、遺産をほとんど受け取れなかった原告らは、法律で保障された最低限の遺産を受け取る権利である「遺留分」を主張し、次男に対して金銭での解決(価額弁償)を求めました。

その際、遺留分の計算の基礎となる「不動産の価値(時価)」をいくらにするかで意見が対立しました。特に、次男が経営する会社などが利用していた土地(貸宅地)の評価額が大きな争点となりました。

主な争点

「無償返還届出書」がある土地は、相続税評価額(80%)で計算すべきか?

争いとなった土地について、被相続人(母)と会社の間では、税務署に「土地の無償返還に関する届出書」が提出されていました。

これは、「将来土地を返すときは、立退料などを請求せず無償で返します」という約束を届け出るものです。
相続税の計算ルール(財産評価基本通達)では、この届出がある土地は借地権の価値がゼロ(または20%)とみなされ、地主の権利(底地)は「更地価格の80%」として高く評価されます。

  • 原告(遺留分請求者)の主張
    「税務署への届出通り、更地価格の80%の価値があるはずだ。(評価額を高くして、自分たちの遺留分を増やしたい)」
  • 被告(次男)の主張
    「実際には建物があり自由に使えないのだから、借地権割合(60%)等を考慮して、更地価格の40%程度にすべきだ。(評価額を低くして、支払う額を減らしたい)」

このように、評価額が倍近く変わってしまうため、裁判所がどう判断するかが注目されました。

土地が広いことによる減額(規模格差補正)は認められるか?

また、土地が約4,000平方メートルと広大であるため、市場で売却しにくいとして価格を下げる「規模格差補正(規模減価)」が認められるかも争点となりました。

裁判所の判断

結論

裁判所は、不動産鑑定士による鑑定結果を採用し、対象となる貸宅地の評価額を「更地価格の6.5割」と判断しました。

判断の理由

裁判所は、「相続税の計算ルール(80%評価)は、あくまで公平な課税のための画一的な基準であり、親族間の争いにおける『時価』とは必ずしも一致しない」としました。

その上で、この土地の利用権の実態を次のように解釈しました。

  1. 「通常の借地権」ではない「無償で返す」という約束がある以上、借地借家法で強く守られる通常の借地権(一度貸したら半永久的に返ってこない権利)ほど、地主の権利は弱くありません。したがって、被告が主張する「40%評価」は低すぎます。
  2. 「使用借権」でもないかといって、会社が建物を建てて事業を行っている以上、いつでも追い出せるような弱い「使用借権(ただ借り)」とも言えません。したがって、原告が主張する(あるいは税務上の)「80%評価」は高すぎます。

この「借地権と使用借権が混在した中間的な権利」である実態を考慮すると、80%と40%の間をとった「65%」という評価が妥当であると結論づけました。

また、土地が広大である点については、開発に道路開設などのコストがかかることを考慮し、10%の減額(規模減価)を認めました。

弁護士の視点

この判例から学べる、将来のトラブルを防ぐための対策は以下の通りです。

相続税評価額と「時価」のズレに注意する

この判例の最大の教訓は、「相続税申告で使う評価額と、遺産分割で使う評価額(時価)は別物である」ということです。

多くの相続トラブルでは、「税理士さんが計算した相続税評価額」をそのまま遺産分けの話し合いに使おうとして揉めるケースが見られます。特に本件のような「同族会社への貸地」や「無償返還届出書がある土地」は、計算方法によって評価額が数千万円〜数億円単位で変わることも珍しくありません。

遺言書作成時に「時価」をシミュレーションする

特定の相続人に不動産を集中させる場合、他の相続人から遺留分を請求されるリスクがあります。

その際、「相続税評価額」ではなく「時価(裁判になったら認定されるであろう金額)」で見積もっておかないと、想定外の高額な遺留分を請求され、不動産を売却せざるを得なくなる可能性があります。遺言書を作成する際は、不動産鑑定士等の視点も交えてリスクを把握しておくことが、円満な相続への第一歩です。

無償返還届出書を出していれば、土地の評価額は必ず6.5割になりますか?

いいえ、一律ではありません。

本判決はあくまでこの事案の個別事情(土地の利用状況、契約の経緯、地域の特性など)に基づいて判断された一事例です。状況によっては5割になることもあれば、8割に近い評価になることもあり得ます。「6.5割という決まったルールがあるわけではない」と理解してください。

遺留分の話し合いで、相続税評価額(路線価)を使ってもいいですか?

相続人全員が合意すれば問題ありません。

実務上は、鑑定費用を節約するために路線価などを使って話し合うことが一般的です。しかし、本件のように誰かが「実際の価値と違う」と不満を持った場合は、より厳密な時価(鑑定評価など)で決着をつけることになります。

親の土地を自分の会社で使っていますが、相続で揉めますか?

揉めやすい典型的なケースです。

会社経営に関わっていない兄弟からすると、「自分は恩恵を受けていないのに、次男の会社だけ土地を安く使っていて不公平だ」と感じやすいためです。生前のうちに「土地の使用料(地代)」を適正にするか、遺言書で代償金の手当てをしておくことをお勧めします。

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