【判例解説】寄与分や不動産の評価に食い違いがある遺産分割協議を有効とした事例(東京高裁平成28年5月17日判決)

30秒で要点

結論:遺産分割協議に要素の錯誤はなく、有効。
理由:寄与分の評価や不動産価格の見立ては協議で処分できる事項であり、合意の中核的要素(要素の錯誤)とはいえない事情が中心。
注意点:評価の不一致だけで錯誤にはならない。疑義があれば、再協議や家庭裁判所への申立てという選択肢があることも重視。

目次

まず結論

本判決(東京高裁平成28年5月17日判決)は、遺産分割協議における「錯誤(勘違い)」の主張を退け、協議は有効と判断しました。

事案の概要

母Cの相続をめぐり、相続預金の配分を合意した後、他の相続人が「錯誤(勘違い)」を理由に無効を主張した事件です。

相続人らは自宅で遺産分割協議を行い、母名義の預金合計1874万3,934円のうち、相続人4名がそれぞれ200万円、原告が残額を取得する内容で協議書に署名押印しました。その後、預金を管理していた被告が全額を引き出したものの、協議は無効だとして支払いを拒否。第一審(横浜地裁)は錯誤無効を認めて請求棄却しましたが、高裁は原判決を変更し、原告の請求を一部認容しました。

争点の整理

「錯誤」が合意の根幹(要素の錯誤)に当たるか、寄与分・不動産評価の説明がどこまで影響したかが中心でした。

  • 争点1:要素の錯誤(合意の重要部分の勘違い)があったか(民法95条)。
  • 争点2:寄与分(特別の貢献)の説明や算定が誤りで、合意を左右したか(民法904条の2)。
  • 争点3:自宅土地の評価の見立て(近隣事例等)が合意の決定的要素だったか。

裁判所の判断

高裁は錯誤を否定。寄与分や不動産評価は当事者が協議で処分し得る事項であり、合意の中核には当たらないとしました。

高裁は、①寄与分は当事者の協議で調整できる性質の事柄であり(扶養型寄与でも事実に応じて幅がある)、②自宅土地の「600万円」という見立ては近隣成約事例の説明があり、一応の合理性がある上、固定資産税評価・路線価・鑑定の数値を踏まえても遺産全体に占める影響は決定的とまではいえない、③疑義があれば資料提出や再協議も可能で、当日に合意を避けることもできた、と判示。したがって要素の錯誤は認められず、遺産分割協議は有効と判断しました。

実務への影響・チェックリスト

評価の食い違いだけでは、遺産分割協議は容易に無効とはなりません。

  • チェック1:寄与分(扶養・療養看護・財産維持)の根拠資料(家計簿・領収書・介護記録)を用意。
  • チェック2:不動産評価は固定資産税評価・路線価・近隣成約事例・簡易査定を併記(過度に単一数字へ依存しない)。
  • チェック3:疑義が出たら一旦持ち帰る・再協議・家裁申立ての選択肢を必ず提示。
  • チェック4:遺産分割協議書は配分根拠や前提(特別受益の扱い等)も可能な範囲でメモに残す。

似た場面での分岐点

A(説明が根拠なく重要部分を誤信させた)なら無効・取消の余地あり、B(合理的根拠があり協議可能だった)なら有効が基本路線です。

  • A(相手が虚偽の事実を断定的に述べ、重要部分について誤信させた)なら → 錯誤・詐欺の主張、家裁や訴訟での救済を検討。
  • B(評価は幅のある見立てであり、再協議の機会もあった)なら → 合意維持。必要に応じて一部条件調整で再合意。

判例比較表

同一事件の第一審と控訴審の結論が逆転。錯誤評価の枠組みが整理されました。

項目本件(東京高裁・平成28/5/17)比較判例(横浜地裁・平成27/10/13)実務メモ
要件寄与分説明・不動産評価の相違は当事者処分事項。合意の中核的錯誤は否定。要素の錯誤を肯定。評価の幅・再協議可能性・説明の合理性を丁寧に記録する。
帰結遺産分割協議は有効。遺産分割協議は無効。
補足寄与分は「扶養型」でも当事者の主張として十分あり得ると評価。家裁申立の示唆や持ち帰りの機会が重要。

よくある質問(FAQ)

遺産分割協議に誤解があれば、「錯誤」で簡単に無効にできますか?

いいえ、容易ではありません。本判決は、寄与分や不動産評価の見立ての違いは協議で処分できる事項であり、要素の錯誤には当たらないとしました。疑義があれば、再協議や家裁での調整が可能だった点も重視されています。

寄与分(特別に貢献した分)は、どの程度まで当事者間で決められますか?

寄与分は当事者の協議で幅広く調整できます。扶養型の寄与でも、支出記録や同居状況等に基づく主張は「当事者の主張として十分あり得る」と評価されました。

不動産の価格が違っていたと後で分かったら、遺産分割協議は無効になりますか?

原則、無効にはなりません。近隣成約例等に基づく合理的な説明があり、再協議の機会もあれば、重要部分の錯誤とは評価されにくいためです。

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